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一穂ミチ「ムーンライトマイル」

一穂ミチ「ムーンライトマイル」

「オールトの雲」のスピンオフ。
太陽の弟の大地と、流星の高校の部活の先輩で、太陽とも合宿先で話したことがある昴の話。これ単体でも読めるけれど、大地と流星が結構出てくるので「オールトの雲」から読んだ方がいいと思う。というか良い作品だから読むべき!
みたいなことばかり言っているな。

女にだらしなく、居酒屋でアルバイトしているフリーターの大地と、科学館で働く昴が出会ったのは、その科学館の中にあるプラネタリウムだった。デートで入ったプラネタリウムが始まった瞬間、女と修羅場を繰り広げた大地。神聖なる仕事を汚されて憤っていた昴が職場の飲み会で足を踏み入れたのが、大地のバイト先の居酒屋だったのだ。
「オールトの雲」ではどこにでもいる普通の子供だった大地が、まさかこんなふうに成長するとは思わなかった。昴が一瞬で「ヤリチン」と見抜いた大地は、バイト先でも「その日会った女とホテル行ったりしてる」という認識を持たれている。それはあながち間違いではないようで、実際昴と一緒に飲みに来た美樹を初対面で口説こうとしたりしている。大地が…歪んだ大人になってしまった…。
しかしあの両親と兄の家族である。下半身がだらしなかろうと、それ以外は非常にまっとうな青年であった。居酒屋でひとり酔い潰れた昴を自宅までおぶって連れて帰り、代金もひとまず立て替えた。金額など分かるはずもない昴から、多くとってやろうというような気もない。とても誠実で、まともな人間だ。

翌朝大地の家で朝食をもらい、かれが流星の友人である太陽の弟だと知った昴は、科学館でのアルバイトを持ちかけてきた。大地のそういう性格を一気に見抜いたのだろう。これまで全く関心のなかった科学館でのアルバイトを、辛辣で遠慮のない昴から提案される。そんな状況なのに、なぜか大地はそれを引き受ける。かれ自身でも不思議に思うその行動の理由を、昴という人間に興味を引かれたからだ、と大地自身は分析している。
頭が良く仕事ができる昴からの指導は厳しく、大地は叱られてばかりいる。けれど本気で不満に思わないのは、昴が誰よりも自分に厳しく働き続けているからだ。その姿を見ると、不平も飲み込んでしまう。大食いで、未成年みたいな容姿で、彼女がいたことのない、職員からの信頼が厚い、28歳の昴。かれは地元の科学館とは比べ物にならない規模の話を断って、この職場にとどまり続けているらしい。

大地は兄と流星がただの幼馴染みじゃないことに薄々気づいている。気づいていて、いつか告げられる日がきたら絶対に賛同しようと思っている。ふたりについて語る「互いの骨をひとかけら交換したような余人には立ち入れない結びつきがあった」というモノローグが、この作品の中でいちばん好き。他人じゃない、けれど他人だからこそ築ける確固たる絆がふたりの間には存在する。
その要素が一切この本では描かれないこともいい。太陽は大地の良き兄として、流星はすこし不思議なところのある幼馴染み(あるいは昴の後輩)としてのみ描かれる。ふたりの関係はほのめかされないし、ふたりの会話もいたって単純なものだ。けれど確かにそこには結びつきがある。誰が知らなくても、大地が知っている。おそらく昴も、早くから気づいていただろう。

ちっとも気があわないはずなのに、昴と大地は時間をともにする。七夕に科学館の中で飲み会をするというお約束があるからと言って、昴はわざわざその日アルバイトのシフトに入っていない大地の予定が空くのを待って、二人きりで飲み直してくれる。べつにまた今度飲みに行こうね、で済む話なのに、わざわざその日に実施してくれる。
それは、昴が心を許している証拠だと思う。そのことに少し浮かれた大地は、かれが書いた七夕の短冊に打ちのめされる。「元気でいますように」という抽象的な言葉には、特定の誰かが存在するような感じがある。それを隠す昴の態度にかっとなった大地はかれにキスをしようとして、当然拒まれる。なぜそんなことをするのか、という昴の問いに「言ってもいいわけ?」と大地は問いで返した。どんな答えよりも雄弁な返事に、昴は「聞きたくない」と言った。自分から聞いておいて、聞きたくない、と。それは昴が我がままなのか、それとも昴が聞きたくないような気持ちをいきなり捻じ込んできた大地が我がままなのか。

そしてなぜ昴が「聞きたくない」のか、を大地はすぐに知ることになる。アメリカから一時帰国した幼馴染み、恒の存在だ。恒といるときの昴の声には甘えが含まれ、この上なく楽しそうに振舞う。昴のことばかり見ている大地には、その理由がすぐに分かった。
指摘したときの昴の反応が残酷だ。関係ないとつっぱねたり、黙っていてくれと縋られるくらいならよかった。なんでわかるんだ、とかれは本気で焦っている。初めて見た大地に分かるなら恒にも気づかれてしまうのではないかと恐れ、改善しようと思っている。大地の気持ちのことは念頭から消し去られている。

宇宙飛行士になる、と普通に言ってのける恒はくせがあるけれど魅力的な人物だった。元々は二人がそれぞれ抱いている共通の夢だった宇宙飛行士だが、生まれつき視力が弱い昴はスタートラインに立つことすらできなかった。その事実を二人が知ったときから、恒が宇宙飛行士になることが二人の夢になった。かつて少年だった恒が言った「お前のぶんまで見てきてやる」ということばは、傲慢で無神経にもとられかねないが、昴をずっと支えてきた希望の星なのだろう。

自分から「聞きたくない」と言ったくせに、昴は大地に「僕のこと好きなの?」と聞いた。知っているはずの答えを実際に大地の口から聞いた昴は、嬉しさと苦しさの両方を味わう。誰かに思われている喜び、そこには少なからず、好意的に見ている大地だからという加算もあるだろう。けれど自分は恒がずっと好きで、答えられるはずもない。報われない恋の辛さをずっと味わってきた昴は、好意を抱いている・更に自分を好きだと言ってくれる大地にその思いを味わわせるのが心苦しい。でも答えてやれない。
どうしたらいい?と昴は聞いた。大地が望むものはやれないと知っていて、他に何かできることはないか、と聞いてきた。残酷な質問だけれど、それは恒への片思い以外に恋愛らしいものを全くしてこなかった昴の、精いっぱいの誠意だったのだろう。百戦錬磨の大地が出した答えは「一発やらせて」だった。どんなふうに退けばスマートなのか知っていて、どんなふうに言えば昴の気が楽になるのかもおそらく想像できるだろう大地の捨て身の願いを、昴はあっさり受け入れた。
心を大地にくれない昴は、肉体をひととき差し出してくれる。状況だけ見れば惨めだとも残酷だとも取れるけれど、実際そのことで昴の心は少し動いた。愛されるということを身をもって知ったかれは、少し強くなった。

アメリカで仕事をしないかという恒の誘いを、迷った末、科学館を愛する昴は断った。やりたい仕事を捨ててでも、恒の傍にいる道を選ぶこともできた。恋は報われなくとも、今よりずっと一緒にいられる。けれどそうせずに済んだのは、かれが一人の人間として・職業人として矜持を保つことができたのは、大地の存在があったからだ。
宇宙飛行士は少しの私物を持って宇宙に行ける。その私物の中に、恒は昴の眼鏡を入れることにした。子供の頃の約束を昴が大事に持っていたように、かれもまた忘れてはいなかったのだ。「愛してるぞ、昴」という言葉がつらい。恒は昴が自分に抱く気持ちを知っている。その上で同じ愛をかれに返すことはできないことを仕方ないと思う反面、心苦しくも感じている。けれど恒もまた、昴を愛しているのだ。かたちは違うけれど、その愛が昴からの愛よりも小さいとか薄いとか、誰が言えるだろう。敢えて「愛」という、友情ではそれほど使わない言葉を口にした恒の優しさがかなしい。
その言葉を昴は受け止めた。受け止めて、恒のいない日本でこれからも働く決意をした。そして大地は、本当の意味で失恋した昴を諦めない。

そして二人は三か月ほどの「試用期間」にはいる。
昴の視点で描かれることもあってか、色々慌てているのは昴のほうだ。大地が昴に片思いをしていて、答えを出すのは昴の方なのに、昴が色々気をもんでいる。よからぬ心配をさせたくないからと嘘をついたり、デートの後のことを考えて食べるメニューを制限したり、自分の行きたいところばかり行ってるのではないかと不安になったり。大地以外の相手との会話がおざなりになったり集中できなかったりすることも含めて、それらは全て恋をしている人間の症状だと思うけれど、かれにはそれがわからない。
職場の既婚女性に、今まで気にしていなかった結婚のきっかけを今更聞いたりするあたり、恥ずかしいくらい恋愛モードである。

最初から同じテンションで、同じ気持ちでスタートする恋愛はそう多くない。他の相手を好きだった昴は、大地と出会って少しずつ変化した。前の恋に決別して、新しい恋にはまっていく。そのことにかれは気づけない。「オッカムのかみそり」のように、最初の状態から変化したことに対応できない。
けれどそういう昴の融通のきかなさや鈍さが大地を傷つけるわけではない。大地を落ち込ませるのは、答えが出ていない癖に無理やり結論を出そうとしてする、投げやりな昴の態度だ。たぶん煮え切らない「試用期間」に焦っているのは昴の方で、大地はそれでも構わないと思っている。いつか答えが出れば、今はこの半端な保留状態でもいいと思っているのだ。その間にかれは出来ることをやり、少しずつ大人の男に変化してきている。惚れた弱みの理屈で言えばアドバンテージがあるのは昴のはずなのに、昴ばかりが焦っている。その焦りもまた恋愛の要素だと、かれは遠回りの果てにようやく知ることができる。

めんどくさい昴とチャラめの大地。店員と話しこむ大地に嫉妬した昴が、割り込むために買おうと選んだポストカードは非売品の見本だった。話を遮るきっかけであればよかったので、別にどうしても欲しかったわけではない。けれど昴が欲しいものを手に入れられなかったと思った大地は、わざわざ店舗に確認して、後日入荷したものを買いに行った。大地はチャラいけれど、そりゃみんな好きになっちゃうよね、と思わせてくれるエピソードがたくさんあった。
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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 23:18 | - | - |

ミュージカル「エリザベート」@梅田芸術劇場 13:30公演

エリザベート:瀬奈じゅん
トート:山口祐一郎
フランツ・ヨーゼフ:石川禅
ゾフィー:杜けあき
ルドルフ:平方元基
少年ルドルフ:鈴木知憲

***
大千穐楽。
五月に帝国劇場で幕を開けた「エリザベート」が、博多座・中日劇場を経て、本日この梅田芸術劇場で幕を下ろす。

始まると終わる。一曲終われば、その曲が次に歌われるのはいつになるのか分からない。聞きたいけれど始まって欲しくないような、不思議な気持ちだった。
感無量になっているこちらと同様に、寧ろそれより何倍も強く、舞台の上の感情も過多なほどに強まっているようだった。瀬奈シシィはもともと感情表現が非情に豊かなのだが、今日は更に、笑う、叫ぶ、泣く、怒る、と全身全霊で生きている感じがした。
一幕最後の「私だけに」の扇の使い方が、瀬奈さんも春野さんも同じようにしっくりきていない印象があった。二人ともなので、演出の問題というかわたしと演出の相性の問題なのだと思うが。精神病院のヴィンディッシュの扇の使い方が一番好みだったんだけど、この日は瀬奈シシィもきれいに決まって気持ち良かった。
最初の「私だけに」の表情のつけかたも好き。フランツが出て行ったあと、誰もいない扉に向かって切ない顔を見せる。そのあと正面を向いて歌い始め、次第に夢や希望を取り戻し始める。きりっとした顔でベッドの掛け布団を床に投げる。どんどん生気が戻ってくる。エリザベートが「自我に目覚め」始める。

結婚式、トートの「全て汝の意志であることに間違いはないか」の問いにシシィは笑顔で「はい!」と答える。この時、彼女の言葉を聞いた瞬間に満面の笑みになる禅フランツの可愛さと言ったら。結婚式のシーンは、不安そうな顔をしていたシシィがフランツが現れたことで安堵し、問いに答えることで結婚の自覚を得て幸福に満ち足りた笑顔になるのに対して、フランツは最初からずっとにこにこしている。シシィかわいい!ドレスでさらにかわいい!こんな可愛い子が僕のお嫁さんになるなんて!という浮かれっぷり。
いきなり訪れた恋の成就の幸福の中で歌う「あなたが傍にいれば」と同じメロディーで、永遠に分かりあえないことを歌われる切なさ。この日の「夜のボート」は情感たっぷりで、はちきれそうな寸前のところまで思いを詰め込んでいるような印象。どれほどシシィが好きで、シシィを必要としているのかを伝えるフランツは、これがラストチャンスなのだと知っている。長らくすれ違い続けてきた妻とやり直す機会は、今をおいて他にない。この最後の機会に籠める思いの強さが、大千穐楽の思いの強さとリンクしている、というのは考えすぎかしら。ともあれ今までの中でも随一の渾身っぷりであった。
そのあと「悪夢」に至るフランツの目が潤んでいて更にせつなくなる。この人は本当にシシィが好きだったのだ、と痛いほどに実感できる。それでもフランツは、オペラの特等席に自分を案内するルキーニに対して皇帝らしくふるまう。その習慣、感情を押し殺してつねに求められている姿であろうとする習慣もまた悲しい。禅フランツ大好き!!!!よ!!!!
あとシシィとの掛け合いで、ゾフィが「ルドルフに酷い躾を」しているとシシィに告げられたフランツが「聞いてない」と驚くものの、シシィが「体罰よ小さな子を鞭で打つの」とその実態を明かすと、苦々しく「しきたりだ」と答えるのも切ない。つらそうな反面、そんなことか、という顔にも見えるから、フランツもまたそうやって「しきたり」に則って「酷い躾」をされてきた「小さな子」だったのだと、一瞬で分かってしまう。扉の向こうにいるシシィにはフランツの顔が見えないから分からない。見えたら、分かっていただろうか。分かったとしても彼女はゾフィのやり方を認めなかっただろうけれど。
「独立運動」が失敗に終わったあと、ルドルフの元に現れたフランツ。自分に弁解しようとする息子の言葉を遮って「何も言うなハプスブルクの…」と一息に述べ、すこし間をあけて「ハプスブルクの、名誉にかけて」と繰り返していた。平方くんの「父上!」の絶叫もすごかった。

ルキーニの舌が青いのは、かれが黄泉の国の住人であること・トート閣下の手下であることを象徴しているだけでなく、Un giorno bellissimoな日の空の色ともかかっているのかな、とか今更思った。空の色と血の色が同じだなんてドラマティック!
まあ兄が「今回は舌の色何色にしようかな」と言ってたくらいなので、そんな意味合いはないんでしょうけどね。想像するのは自由よね。

カーテンコールはさすがに数え切れないほど。
拍手を知憲くんが前にでてきて煽ってから三本締め。そのあと高嶋さんがスタンディングオベーションを一端座らせて、「夢から覚める日がやってきました」と挨拶。語りきれないのでここでは語りません、さまざまな人のサポートによってここに立っている、ありがとうございましたというような内容。「東宝ミュージカルお決まりの挨拶が始まるわけですが」という身もふたもない仕切りで、平方くんから順番にコメント。
終わってしまう実感がまったくない、ルドルフという役をやりたいと思ってから実際やれるようになってここまできた。どんな日も舞台に立てば拍手で迎えてもらった、駄目な日もいい日も励まされた、感謝しています、というような話。トークショーでも「楽しいことばかりではなかった」と言っていたし、結構あけすけというかさらっと言いづらいことを言うんだけど、それがいやな風に取られないタイプだなー。
「お決まり」という言い方はよくない、「恒例の」と言い換えます!という高嶋さんの注釈のあとは今井さん。
稽古から六ヶ月目、毎日顔を合わせているメンバーと会えなくなるのは淋しい。シングルキャストで五ヶ月公演は久方ぶりで体力が心配だったが、優秀なスタッフ・共演者の笑顔・お客様の声援で乗り越えられた。いつかどこかの劇場でお会いしましょう、というような話。「会えなくなるのは淋しい」のくだりで、隣の禅さんが淋しそうに笑っていた。
そのあとは杜さん。
「感無量」だと話し始めた杜さん、本当にそうなのだとひしひしと伝わってくるような話し方で聞いていて泣けてきた。千秋楽の拍手は格別、六か月間あっという間。長い人生の中でこんなにすぐ過ぎてしまう五ヶ月は勿体ないけれど役者にとっては格別。孫たちがどんどん大きくなる。ほんの少しのエンプティ感は、カンパニーとお別れする淋しさによるもので、体の殆どは充実感でいっぱい、というような話。
「ほんの少しのエンプティ感」ってすばらしい言いまわし。BABY感と併せて使って行きたい日本語である。
あらゆる意味で期待できる禅さん。
半年前、小池先生が「エリザベート」は激動の時代を生き抜いた独りの女の話で、今激動の日本で上演することに意味がある、と語っていた。フランツは時代を説明する役で、そのことについてのプレッシャーがあった。テレビをつけるのもどきどきするような情勢の中、劇場に足を運んで頂き、カンパニーが心をひとつにして芝居が出来る、こんなにしあわせなことはありません、という真面目な話が続く。「フランツは時代を説明する役」というのは納得だなあ。
そして「最後に!」と声をあげて、健全な肉体には健全な精神が宿ると言うから、皆健康でいなければならない。『孫は優しい』という言葉がありまして、バランスのとれた食生活のために必要なものの頭文字のこと。まは豆!ごはゴマ!わはわかめなどの海藻!やは野菜!しはしいたけなどのキノコ類!いはいも類!これらを摂れば多少のプレッシャーには打ち勝てるのではないかと思います、みなさま元気でおすごしください!というまさかの健康コメントであった。
「ご」のくだりくらいから春風さんが爆笑し、「わ」のあたりから山口さんが怪訝な顔で高嶋さんや今井さんと目を合わせ、ウロウロしはじめていた。石川禅すごい。ほんとすごい。
「50になるとそういうこと気をつけないといけませんね!」という高嶋兄の身も蓋もないコメントに続いて、山口さん。
四捨五入すると…になってしまいますけれど、またこの劇場でお会いできるそのときまで精進してまいります、ありがとうございました!と自虐を入れつつさっぱりご挨拶。かと思えば「三つ忘れていました!」と大きなジェスチャーで拍手を遮る。仲間のマテがコンサートします、明日初代エリザベートの一路さんがドラマシティでコンサートします、宝塚のガラコンサートがこの劇場であります。是非足をお運びください!という宣伝三連発でした。祐さまもたいがいです。
ガラコンチケは完売間近でネットで15万らしいよ、という兄のツッコミのあとは瀬奈さん。
長かった公演も、独りの休演者もなく皆で揃って笑顔でご挨拶できることをほっとしています。歌詞のように「泣いた笑ったくじけ求めた」そんな約半年ではありましたが、このような経験をさせていただき、作品に関わらせていただき、役を与えて頂き、支えてくださった全ての皆さまに感謝しています。連日足をお運びくださいましたお客様、本当にありがとうございました!というような内容。
最後の挨拶のまえにちょっときりっと顔をあげて、声をひときわ張ってお礼を言うところが好き。中心で挨拶を繰り返してきた人のやり方だな、と思う。

そのあともひたすらカテコ。塩田さんを筆頭にオケの人たちが出てきて、一列で手を繋いで万歳したり、小池先生が清史郎くんと一緒に出てきたり。清史郎くん、グレーのカットソーに赤のスキニーパンツに黒のスニーカーで、眼鏡かけててものすごいおしゃれだった。あれはTシャツじゃない、カットソーと呼ぶにふさわしい着こなしだった…恐ろしい子…!うつむいてて、ちゃんと「自分の楽は既に終わってるから一歩下がってる」感じがあった。この子は聡明な分、評価もされているけれど苦労もしているんだろうな。すごくいい俳優さんだったので今後も楽しみ。

小池先生の挨拶。
今日で1067回だそうです、全部出た方もいます。カンパニーの面々はこれからも舞台やテレビに出るので、是非行ったら「エリザベート良かったです」と言ってあげてください、とのこと。引っ張り出されて若干パニックになっていたんだろうけれど、他の舞台見に行って前の舞台の感想言ってどうする…天然…。客席も舞台上も皆失笑しつつの拍手だった。

そのあとはシシィとトートだけで出てきたり、皆で出てきたり。最後は皆床に座って、トートダンサーたちはステージによじ登ってのお手振り。カテコ衣装だと手があまり上がらないから、お手振りが胸の前で小さくバイバイになってしまうフランツ・ヨーゼフ閣下可愛いです。あぐらかいて満面の笑みのトート閣下も可愛いです。

***
「エリザベート」は過去の物語の芝居ではなく、現在まで続いているルキーニの裁判において、毎夜蘇った亡霊たちが証人として過去を演じる物語の芝居である。ステージの上は1898年9月10日ではなく、2012年の今日だ。そしてわたしたちは芝居の観客ではなく、裁判の傍聴人である。
すべての証言を終えたかれらは再び棺桶に入り、再び裁判で召喚されると現れる。またいつか死んだはずのルキーニが絞首台から下ろされ、「毎晩毎晩同じ質問ばかり」繰り返されるその時までの、しばしのお別れ。数に限りがある傍聴席に再び座れる日を、指折り数えて待っています。

とは言っても淋しいので再演してよ!DVD出してよ!CD出してよ!

エリザベート大好き!!!
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posted by: mngn1012 | ライヴ・舞台など | 22:14 | - | - |

御徒町鳩「ファンタジー」

御徒町鳩「ファンタジー」

触れた相手の心を読むことができる14歳のるみは、その能力ゆえに両親と離れて暮らすことを余儀なくされていた。
同じように「フツウ」ではない力を持った仲間たちと生活をし、かれらだけの学校に通う。さまざまなきっかけで能力を失って一般社会に戻っていく仲間が多い中で、能力がなくならないるみは、額に目を持つかえでという友人と一緒に暮らしている。
るみは単なる学生ではない。学校の傍ら、犯罪者の心を読むことで事件の解決を狙う警察組織で働いている。黙秘を続ける犯人に触れ、かれらの心を読む仕事は決して容易なものではない。望まなくても流れ込んでくる感情と向き合いながら、るみは仕事をこなす。

そんな彼女の心を支えているのは、警官・ジンさんだ。定年間近の59歳、朗らかな妻に先立たれ、娘は嫁に行って孫を産んだ。るみはジンさんに、早くに失ってしまった父や祖父の面影を抱いているのではなく、恋をしている。そしてジンさんもまた、彼女を女として見ている。
仕事で疲弊した彼女はジンさんのもとへ向かい、かれに抱きしめてもらう。そこにあるのは優しい労わりばかりではない。年齢、立場、職業柄るみに手を出すわけにはいかないジンさんと、決まりなんかどうでもいいと頼むるみ。ジンさんが目の前にいるるみについて脳内で色々と想像することで、るみがジンさんにふれてその想像を共有することで、ふたりは抱き合う。頭の中でなら何をしてもいいからと、二人は現実にならない妄想を通して抱き合う。
相手の心が読める、相手の見ているものが見える能力というのはあらゆるジャンルでよく出てくるキャラクターだけれど、るみとジンさんのプラトニックな逢瀬は、その能力ならではの抱擁だ。

るみの恋の相談を受けていたかえでは、寂しさから同じく「フツウ」ではない月野を誘い、かれと寝てしまう。かえでを好きだった月野は舞い上がったあと、かえでが自分と同じ感情を持っていたわけではないことを知る。けれど、恋愛や友情の区別をうまくつけられないかえでの真意を知ったかれは、かえでと付き合いはじめる。
決して両思いで始まった恋ではない。かえでの自覚のない打算と、それを読み取れなかった月野。けれどかえでは月野に愛されたことで、額の目を含めた自分を受け入れることができた。かえでが月野を好きになったことで、月野が抱えていた女性への嫌悪感を緩和し、かれの孤独を埋めてあげられた。
二人が幸せなら、順番なんかどうでもいいのだ。

ある殺人事件について黙秘する容疑者と、言葉をなくしてしまった目撃者の児童の謎に包まれた哀しい事件。14歳と59歳の恋と、かえでと月野の恋、恋によって亀裂が走りかけるかえでとるみの友情。

鳩(親しみをこめての呼び捨て。ほらわたしDear Girlだから!)は何を描いても結局のところ、最小単位の世界で起こる繊細で傷つきやすくて痛ましくて幸福な人間関係に帰結するところがいい。るみやかえでのフツウではない能力も、ジンさんとるみのフツウではない年齢差も、すべてがそこに還る。人との距離をうまく保てずに孤独になったり、親しくなりすぎて離れられなくなってしまったりする、どこにでもある恋や友情の物語。
設定が学校だろうと会社だろうと、ファンタジーであろうとどこにでもいる学生であろうと、男だろうと女だろうと、大人だろうと子供だろうと行き着くさきは同じで、そのことが非常に幸福だと思う。
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posted by: mngn1012 | 本の感想 | 19:20 | - | - |

原作:木原音瀬・漫画:小椋ムク「キャッスルマンゴー」2

原作:木原音瀬・漫画:小椋ムク「キャッスルマンゴー」2

ゲイの十亀が年端も行かない弟に手を出すかもしれないという危機感から、嘘をついて十亀が自分と付き合うように仕向けた万。記憶はないものの、恋愛経験のない万に手を出した責任を取るために万と付き合い始めた十亀。にせもの同士の、どちらにも恋心のない恋人関係は、しかしなかなか順調だった。恋心がないからこそ順調だったのかもしれない。フォローしようとする十亀と、弟に興味を沸かせないために必死になる万。端から見ればお互いを思い合う・気遣い合う関係に見え…なくもない。

しかし所詮はにせものの関係だ。
友人に誘われた万は十亀に黙って女の子と一緒に花火を見に行く。かれの気持ちの上では十亀と恋人同士なわけではないから断らないし、そのことに罪悪感を覚えることもない。
そのことを知ってしまった十亀は、責めることも確認することもせずに万に冷たく接する。かれだって万と両思いの恋人であるつもりは毛頭ないから、裏切ったのなんのと言ったりはしない。けれど、面倒な相手から解放されて良かった、とも思えない。好きでもないし付き合いたくて付き合い始めた相手ではないけれど、相手が戸惑うくらい素っ気ない態度をとってやる程度には、十亀は面白くないと感じている。もっと言えば、傷ついている。

そんな十亀の態度に万は傷つく。けれどそのことについて考えて、行動している時間はなかった。父亡きあと一人で息子二人を育ててくれた母が倒れ、そのまま入院したのだ。
母親の見舞い、家事、家計を考慮してのホテル運営。それらを一気に引き受けることになってしまった万は思いつめ、苛立ち、余裕をなくす。親戚は頼れないし、弟はまだ子供だ。十亀とは連絡がとれないし、学校の友人にも話せない。

万の弟・悟から十亀はかれらの母親の状況を知る。そこで素直に万に連絡をしないのは、花火のことを引きずっているというよりは、花火のことで冷静になってしまったからだろう。自分といる以外の道があること、そのほうがかれにとって明るい道であること。
かれがかつて非常に貧しい生活をしていて、誰にも助けてもらえずここまで生きてきたことも関係しているかもしれない。未成年が困っているなら大人は手を差し伸べるものだ、なんて十亀は絶対に思えないだろう。十亀の過去は壮絶で、今食べるものに困らなくても、今生活できていても、昇華しきれるものではない。

けれど切り捨てることもできなかった。十亀は悟に自分からだということを隠すように告げて食べ物を差し入れし、金のためにゲイAVに出ようとする万を助けるために大きな仕事のチャンスを捨て、更にはホテルの修復費用を出そうとした。

お互いがお互いを意識している。なのに徹底的に噛み合わない。弱っている万が欲しかったものは十亀からの連絡だった。けれど十亀は悟には「自分は嫌われている」などと言い、一切連絡しないまま、隠れてサポートしてくれる。会ったら頭ごなしに罵られる。
万が思いつめたのは、十亀から連絡が来なかったのも理由の一つだ。冷静な判断ができなくなったかれが金のためにAV男優になろうとしたとき、十亀は怒った。一切連絡をしてこなかった、悟には会っていた十亀の干渉に腹を立てた万は「関係ない」と言う。それに更に腹を立てた十亀は、出たいなら成人してからにしろ、と言う。
それを聞いた万は、自分がはねのけたくせに、十亀は自分が他の相手と寝ても構わないのか、と傷つく。その傷ついたところを見せればまだしも、表面的に投げつけた言葉は「死ねっ」である。気性が荒いうえに事情を話すことをしないふたりが、そのままで分かり合えるはずがない。

そのくせ、離れているときはお互いのことばかり思っている。連絡がこないのに・連絡をしないのに、ひどいことを言ったのに・酷いことをいわれたのに、相手のことばかり考えている。二人そろって恋愛下手!

十亀の過去をぼんやりと聞いた万のモノローグが好きだ。話を聞いてあげたかった、ご飯を食べさせてあげたかった、泊まらせてあげることもできたのに。恋愛に疎いかれは、自分がどれほど十亀を思っているか分かっているだろうか。貧しいけれど家族仲は良好である万の持つ、家族愛を含んだ愛情がせつない。それは十亀がとうに手離したもので、そして今後持つことを諦めているものだ。

十亀と離れた万は、生活が次第に元通りになったことも影響してか、少しずつ平静さを取り戻し、自分の気持ちに向き合うことになる。そしてかれは自分が十亀を好きなことに気づく。自覚して、かれに告白する。
けれど十亀は万を突き放した。「十年経っても同じ事言ってたら考えてやる」という返事は、拒絶も同然だ。まだ高校生のかれの十年は十亀の十年よりもひどく長い。しかも、実際に経っても「考えてやる」でしかないのだ。
だから万はそれ以上の告白を止めた。礼を言って、引き下がった。恋愛経験がなくても、自分がふられたことくらいは分かる。

十亀が万をはねのけたのは吉田が推測するとおり、まだ高校生で根っからのゲイというわけでもないかれの将来を考えたからだ。そしておそらく、既に決意していた海外での長期的な撮影のことがあったから。更に言えば、高校生は面倒くさい、という拒絶の言葉も多少は真実だっただろう。面倒なのは高校生全般というより万だという気もするが。

ともあれそのあと二人は一年強の間会わなかったし、連絡もとらなかった。十亀は万が届けた御守りを持って海外に発ち、万は高校を卒業して大学生になった。
環境が変わっても、声を聞くことがなくても変わらず十亀を好きでいつづけた万の気持ちに、ついに十亀が折れた。
再会しても万が十亀を好きだったのは分かるし、そんなことを路上で言い出すかれを「面倒」と十亀が跳ね除けるのも分かる。それに万がキレて去ろうとするのも、心配していたと泣くのも分かるんだけど、その涙で十亀の箍が外れたのはよく分からなかった。そんな単純なことでいいのか、とこれまでの複雑にひっからまった関係を思えば驚かざるを得ない。
これまで一貫して万と恋愛をすることを拒んでいた十亀である。十年後ならまだしも、一年数ヶ月で何がどうなったのだろう。かれがケニアで何を考えていたのかとか、何がかれのスイッチを押したのかとか、引っ張るだけ引っ張ってその最後の部分がはっきりしない話だった。
これだけやきもきさせられて、一喜一憂して、焦れて焦れて、…あれ?みたいな。散々苦くて最後の甘さはちょっとだけ、ってあたりは木原さんらしいけれど、ちょっと拍子抜け。ううう伏線を見逃してるのかしら。
オビの「リバーズエンド」紹介を読む限り、小説で多少は明かされるのかな。けれどそれぞれ単独の作品である以上、もしそうだとしてももやもやする。
終盤まで超絶盛り上がっていただけに、肩透かしをくらったような印象のラストだった。うーん。
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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 21:43 | - | - |

高河ゆん「LOVELESS」11 限定版

高河ゆん「LOVELESS」11 限定版
(おそらく)「ななつの月」のひとりでありながら、清明を倒す事を立夏と草灯に持ちかけた御門みかどと戦闘機・藤原時野。ふたりがかつての仲間の打倒を願うのには理由があった。
帽子を脱いだ御門みかどはショートカットで「耳」を持たない少女だった。彼女は自分の意志とは無関係に、赤目二世に強姦され、髪を切られたのだ。それを命令したのは、二世のサクリファイスである青柳清明だ、とみかどは淡々と語って聞かせる。
みかどを溺愛している時野の怒りは単純で明白だ。みかどを傷つけた二人を許せない、だから倒したい。けれどみかどの考えはそれほど簡単ではない。彼女は二世にされた行為そのものや、それを仲間であった清明が命じていたことに嘆いているのではない。その理由を清明が「ない」と答えたことに、どうしようもない焦燥や絶望や憤りを感じている。まだ幼い、かよわい少女に見えるけれど、みかども立派なサクリファイスであり、ななつの月の人物なのだと実感させられる。彼女は初めてだったその行為に、さほど心を裂かれていない。仲間だと思っていた、気の合う、分かり合える相手だと信じていた清明から理由がないといわれたことがショックだったのだ。それはみかどにとって、清明から与えられた決別のことばであり、断絶だったのだろう。肉体が傷つけられるよりもよほど大きな侮辱を彼女はそのときに受けた。

ある程度本性が見え始めている兄についての衝撃的な発言は当然立夏を動揺させる。小学生のかれがどこまでリアルにそれを酷いこととして受け止められたのかは定かではないが、どんどん明らかになる清明の人物像が、兄を妄信していた弟を苦しめることに違いはない。
しかしそれよりも動揺していたのは、二世の前に清明の戦闘機であった草灯だ。「清明がする筈ない」とかれはMOONLESSの主張を真っ向から否定し、実行犯が清明に命じられた他の男だと知れば「聞きたくない」と逃げる。時期がずれていれば、過去が変わっていれば、それは草灯の仕事だったかもしれない。
草灯はそんなことをしない、と立夏は言う。草灯はそのことについて否定も肯定もしない。

家族を含めた他者から認識しづらい、顔や存在を覚えられないFACELESSの能力を持つ重森姉弟の調査により、立夏の記憶が戻りそうもないことを赤目二世は確認する。記憶が戻ったり、もともとの人格に戻ったりするのはまずいのだろうか。これほど清明が本性を明かし始めているのにも関わらず、まだ隠さなければならないことがあるのだろうか。

草灯は立夏を我妻家の墓に連れていく。部分的に明らかになっていた草灯の過去が、本人の口から語られる。ある程度想像できたその過去よりも、ついでに明らかになる律先生のちょっとした言葉や態度のひどさが印象的。律先生変態無神経きもちわるい大好き!

オレを捨てないよね?と草灯は立夏に縋る。普段は言葉遊びや駆け引きめいたことばかりしている草灯がたまに見せる、全身全霊をかけての懇願が情けなくて切ない。長身を折り曲げて、きれいな顔を歪ませて、戸惑っている小学生に捨て身で縋りつく。そのプライドのなさ、なりふり構わなさこそが、幾重ものトラウマにがんじがらめにされている草灯の本質だと思う。捨てられたひとりぼっちの幼い草灯が泣いている。
けれどその一方で、清明に逆らえないのも草灯の本質だ。赤目二世を伴って現れた清明の言葉ひとつで、草灯は立夏の前から立ち去る。捨てるなと願い出て、絶対に放さないと誓ってくれた立夏を、かれは簡単に捨てる。
立夏の行くなという言葉も通じない。
「名前は運命」「絶対に逆らえない」とかつて草灯は言った。幼い草灯にかれの容姿を気に入っていた律は「君を傷つけてもいいのは君の主人だけだ」と言った。それが青柳清明であり、このやり方こそが清明の支配なんだろう。草灯はそれを嫌悪しながら、憤りながら悦んでいるようにも見える。草灯さんもやっぱり変態。

FACELESSの仕事で二世を見つけることに成功したMOONLESSのふたりは、単独で行動しているかれにスペルバトルを仕掛ける。そこには、戦うものの矜持もルールも関係ない。それを守るに値しない相手だからだ。
そこへ二世のサクリファイスである清明が、かつての戦闘機・草灯とともに現れる。攻撃をしかけられているのは二世である以上、その傷を受けるのは清明になる。清明に口を聞くことすら禁じられている草灯は何のために現れたのか。清明ならば二世を切り離すこともやりかねないが、MOONLESSの憎しみは二世・清明両者にかかっているので(寧ろ清明に重きを置いているので)、切り離したところで同じことだ。
あと2,3冊で終わるということが明かされた「LOVELESS」、はたしてどうなることやら。
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企画・原作:サンライズ、作:吉田恵里香、画:上田宏「TIGER&BUNNY THE COMIC」1

企画・原作:サンライズ、作:吉田恵里香、画:上田宏「TIGER&BUNNY THE COMIC」1
アニメ15・23話に共同脚本として参加していた吉田恵里香原作による、「TIGER&BUNNY」のオリジナルストーリー。角川版がアニメをコミカライズしているのに対して、こちらは番外編のような感じ。脚本に関わっている人が作っていることもあってコミカライズやスピンオフ作品にありがちな違和感も薄く、物語として面白い。

1話目はキャラ紹介・作品紹介を兼ねたどたばた作品。
大掛かりなファンサービスやテレビ中継のための行動に否定的なタイガーと、それも仕事だと言うバーナビー。いつもの、何度も繰り返されてきた、そしてこれからも何度だって繰り返されるであろうやりとりだ。他のヒーローも勢揃いで犯人確保につとめ、それぞれの性格と特徴と技を見せつける。
華やかな逮捕劇のあと、誰にも気づかれずにしれっと新しい犯罪の火種を潰したおじさんと、その火種にもおじさんが気づいて行動することにも気づいているバニーちゃん。今まで誰にも知られなかったであろうワイルドタイガーの、ポイントに加算されないたくさんの仕事は、相棒が知ったところで変わらない。その事実を周知のものにしたいなんてタイガーは微塵も思っていないし、バーナビーも吹聴するようなタイプではない。だから何も変わらない。けれど気にかけてわざわざその場に来てくれる相棒がいることは、これまでになかった幸福なのだと思う。
ありがちなエピソードだけれど、犯罪を起こす人間の思想とか、おじさんなりの真っ直ぐな哲学が見られる良いエピソード。

二話目はタイガー&バーナビー不在の中で進められる物語。ヒーローを支持する市民の現状が面白くないのは、犯罪者だけではない。ヒーローと同じ目的で動く警察もまた、ヒーロー人気に嫌気が差している。
いくら自分たちがヒーローだと知らない人間の発言だとは言え、目の前で散々言いがかりのような悪口を聞かされても、その男に見せ場を譲ってやるかれらは本当にヒーローなのだと思う。職業とは言え、心根がヒーロー。そしておじさんの影響力の大きさたるや。
あとバニーちゃんは仕事を選ぶべき。選ばないからこそバニーなのか。寧ろ選んであれなのか…。

三話目はイワンとパオリンのちびっこコンビの話。バニーの誕生日企画が催されていたことを知った二人は、自分たちも何かしようとプレゼントを準備することになる。何なのこの子たち超かわいい!
どうでもいいけれど他のヒーローたちはせめてプレゼントを袋に入れて渡してあげてください…。
バニーはいつもプレゼントを貰っても嬉しくなさそうだった、と乗り気じゃないイワン。そういう遠慮が良くないのではないか、とパオリン。ネガティブとポジティブで、考えすぎと単純でバランスがいいんだなー。
自分の荷物の横に置かれたものがプレゼントだとバーナビーには分からない。忘れ物だと思ってわざわざ届けてくれる程度には親切で優しくて常識人で、それが盗まれた時に真剣に怒って取り替えそうとしてくれるくらいいいやつなので、そのあたりが余計に二人を呆然とさせる。
バーナビーは頑なで、自信とそれを裏付ける実力があるため、人に頼ることをしない。頼りたくないプライドと、頼る必要がない状況と、不器用な性格。それをおそらく全ヒーローが知っている。面と向かって指摘できて後腐れがないのは、性格的にパオリンだけだろう。バーナビーが虚勢を張らなくていい相手な分、一番まっすぐ響く気がする。
漢字圏の人間じゃないのででかでかと包装紙に書かれた「祝」の文字がわからなかった、というオチもうまい。理解できる折紙先輩の方が異常なんですけど。

四話目はスカイハイとルナティックの話。あとがきで吉田さんが「キースとユーリは似たもの同士」と言っていて納得した。正反対のところを目指しているけれど、そのベクトルの勢いは一緒だ。
ヒーローを嫌っているユーリは、普段のキースの行動に苛立っている。どう見ても詐欺のような手口に何度も騙され、それでも笑っているかれの姿は、ユーリから見れば滑稽だし愚かだし腹立たしい。けれどはぐれてしまった愛犬を必死に探しまわり、自分に悪意を向けていた人間を命がけで救おうとするキースに、動揺もする。
騙されて笑っていることが解せないユーリに対してキースが言った「疑念で自分を曇らせたくない」「手を差し伸べることで変わる『何か』を信じたい」という言葉がかれの信念なんだろう。その理想論を本当に実行するからかれはスカイハイで、ヒーローなんだろう。
スカイハイにせよ本編のタイガーにせよ、ユーリはヒーローと接することで新しいものの考え方を知る。反発して跳ね除けるけれど、否定しきれない傷跡が残る。
あの家庭で鬱屈した少年時代を送ったユーリさんは、早い段階で心が荒んでしまったために、人間と触れ合う機会が非常に少なかったんだろうなー。
かれの知っている小さな唯一の世界は最低のものだったけれど、その周囲にはたくさんのものが清濁併せ呑んで存在している。けれど最初の世界で心を閉ざしてしまったので、清らかなものに気づけない。憎しみと猜疑心で生きてきた原因が原因なだけにやるせない。

五話は本編ばりのシリアス展開。
タイガーがバーナビーを庇ってルナティックの攻撃をくらった後の話。タイガーが自分を庇って怪我をしたうえに、それを誰かに言うこともなく平静を装って普段通りにしていることにバーナビーは複雑な心境だ。感謝も心配もうまく言いだせず、ほかのことばかり言ってしまう。
おともだちがいたことのないバニーちゃんが他者との距離感を掴みかねてまごまごしている間も、事件は起こり続ける。不審火、放火。いつものように救援に向かうヒーローたちの中で、タイガーはあることに気づく。犯行に使われた紙片は、最近になっていきなり完売が続いていたワイルドタイガーのヒーローカードだった。
そしてタイガーは犯人が誰なのかを知る。
どうも因縁の相手のようで、うまいところで待て次巻。
おじさんは大変な過去だらけだな。
オリジナルエピソードの面白さを楽しみつつ、原作(本編)の面白さ、キャラクターの魅力を再認識できるいい作品だった。
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posted by: mngn1012 | 本の感想 | 20:59 | - | - |

原案:秋元康・原作:青山剛昌・漫画:梧桐柾木「AKB48殺人事件」

原案:秋元康・原作:青山剛昌・漫画:梧桐柾木「AKB48殺人事件」

「AKB49」にせよこの「AKB48殺人事件」にせよ、AKBを漫画にしたときに、誰か分からない・見分けが付かない、という問題がある。
実際、動いている彼女たちを見たって見分けがつかない人は多いんだから仕方がないとも言えるが、髪型や身長以外の部分での描き分けができていない。台詞でこのキャラが誰なのかは分かっても、後で出てきたり服装が変わっていたりするともう分からない。それは決して「AKB48が多すぎて(同じような女の子がいすぎて)見分けがつかないから」ではないと思う。
ただそれを差し引いても、漫画としてなかなか面白かった。青山剛昌すごい。

犯人も被害者もお任せだったのでやりたい放題やった、と青山さんが作者コメントで書いている。ある程度AKBに詳しくなければ第一の被害者がかとれな・犯人がみなるんにはならないと思うんだけど、そのあたりどうなんだろう。最初にトリックを考えてその設定に当てはまる人物を尋ねた、とか?犯人も含めて秋元さんが考えてると思ってたので、このコメントはびっくりした。

卒業を決めた前田敦子には夢があった。そのために彼女は大枚はたいてローンで物件を買い、「前田探偵事務所」を始める。彼女は探偵になりたかったのだ。
その夢に向かって進む彼女の、AKBメンバーとしての最後の仕事は、大富豪から借りた別荘でのメンバー総出のロケ。撮影のあと、橋で繋がっている二つの島の片側にある大きな屋敷で彼女たちは夜を過ごす。
悲鳴を聞いたメンバーが食堂に駆けつけると、メンバーの一人加藤玲奈が頭から血を流して死んでいた。悪天候の所為で警察も撮影スタッフもこの館には来られない。混乱するメンバーの前で、前田は探偵としての初仕事にとりかかる。

逃げられない状況、自分たちだけの夜、犯人はこの中…つまりAKB48のメンバーの中にいるという展開。このベタさ加減がたまらない。
元々あまり推理ものを読まないんだけど、このトリックというかダイイングメッセージの解説はどうなんだろう。腑に落ちないというか、結局解説されてもややこしくて無理やりっぽいというかこじつけっぽい印象がある。母音が四つなのは二人だけ!って言われても…。その話をしていたかとれながダイイングメッセージに使ったのはまだしも、他のメンバーはもうちょっと分かりやすいヒントがなかったのだろうか…母音を英訳されてもぴんとこなかった。
「握手会」「総選挙」で犯人を絞っていく、という展開はAKB48らしくて良かった。過程はいいんだけどオチが肩透かし。

ただ動機はよかった。
昔ドラマ「古畑任三郎」で、犯人がSMAPという回があった。グループ名も5人の個人名も実名で出たもので、インパクトのある企画だったけれど、あれはかれらが同じ孤児院出身という架空の設定があり、それに基づいた被害者と殺人の理由があった。
けれどこの「AKB48殺人事件」は、殺人の理由も含めて現実に基づいている。勿論全てが真実ではないだろうけれど、明らかな架空の設定やエピソードはない。
しかも連続殺人事件を起こしたのは犯人の考え方の問題だけれど、彼女をそこまで追い詰めたのはAKB48のシステムだ、ということが暗に示されている。秋元康がチーム4に対して実際に言った言葉に彼女は焦りを感じ、キャプテンとしての重圧に苦しんだ。総選挙や握手会など数字が明らかになるAKBの「実力主義」のシステムの中でチーム4が、自分が生き残るためにみなるんは犯行に及んだ。
勿論チーム4の他のメンバーはそんなことを考えていないし、現にかとれなはみなるんの計画を止めようとした。けれど、AKBのこれまでになかった、非難されやすいシステムたちがみなるんを凶行に走らせたとも言えなくはない。「負けが続けば誰にも見てもらえなくなる」から、負けないうちに敵を葬る必要があったのだ。
そういう、普通なら躊躇ってしまうようなことを公式でやってしまうところがAKB48の醍醐味だと思う。悪趣味で、悪乗りで、けれどそういうところが見ていて飽きない・もっと見ていたくなる理由なのだと思う。
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posted by: mngn1012 | 本の感想 | 19:48 | - | - |

穂積「式の前日」

穂積「式の前日」

短編集。
表題作「式の前日」は、ひとつ屋根の下に住む同世代の若い男女の一日を描いた物語。
有給がとれたと昼間からごろごろしている男を女は起こし、明日のドレスを着る手伝いをしてくれと頼む。そのあとも、席配置は本当にこれでよかったのか、料理のコースはあれでよかったのか、と言う女を男は適当にあしらいつつ宥めてやる。二人の付き合いの長さや、関係の親しさ、男が女の性格を完全に理解している感じが滲んでいて微笑ましい。
タイトル通り、結婚「式」の前日の男女のほほえましいやりとりだ。しっかりものだけど細かいことを気にする繊細さも持っている彼女と、いい加減にも見えるけれど寛容な彼氏。お似合いのふたりに見える。

しかしこれは既に家族・友達のような同棲カップルの結婚前夜の話、ではなかった。「式の前日」は両親を亡くして二人きりで暮らしてきた姉弟が、二人きりの家族として迎える、おそらく人生最後の日のことだった。
明日の主役は女だと言う男。男の知らないゲストが沢山くるけれどちゃんと愛想よくしてくれ、と言う女。
男を「亭主が昼間っから寝転んでいるよう」だと言う女。恋人同士のやりとりに見えたそれらは、改めて読み返すと無理なく姉弟の会話に置き換えられる。

カップルの物語として読んでも十分に完成されている。結婚式前の緊張と高揚。女と男の温度差と、二人でしみじみ分かち合う穏やかさの両方があって、既に夫妻のようなふたりの些細な会話や、お互いを思いあう眼差しが微笑ましい。
そして最後に真実を知って一気に物語に引き込まれ、改めてもう一度読み返したくなる。そうすると、物語は全く違う世界を見せてくれる。暖かさや優しさはそのまま、別の景色を教えてくれる。隠されていたものと言うよりは、思い込みで見えていなかったものが明らかになる。結婚前日の姉の涙のわけ、若い二人が暮らすにはやけに広い家のわけ。ドレスを前日に、地味なやり方で見せてしまうわけ。すべてが繋がった時の説得力がいい。
そして「式の前日」が終わり、最高に寂しいけれど、最高に嬉しい一日が始まる。

それ以外の短編も秀作揃い。すべてがこういう、終盤に真実が明かされることで思い込みがひっくり返されるかたちの作りなのだが、日常ものからファンタジーまで、国籍や年齢を問わない人々のドラマはそれぞれ毛色が違うのでワンパターンにならずに読めた。

あとがきが、お世話になった人への謝辞のみなので作者のパーソナリティなどは全く分からない。表2の作者紹介で分かるのは、誕生日と好きな飲み物くらいである。
何者なんだろうこの人。多少のぎこちなさはあるけれど、ほぼ完成されたと言っても良い、読みやすく美しい絵と、最後までどうなるのか分からない物語。良い話・暖かい話はあまり得意ではないのだけれど素直に面白かった。またすごい人が出てきたなー!
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posted by: mngn1012 | 本の感想 | 20:19 | - | - |

渡海奈穂「小説家とカレ」

渡海奈穂「小説家とカレ」
小説家の芦原は、面倒見はいいけれど、口が悪くて自分の仕事を一切理解しない幼馴染みの高槻に、長い間片思いをしている。ある時作品のドラマ化がきっかけで人気俳優四方堂と知り合いになった芦原は、四方堂から好意を寄せられる。

性格が良くて自分の仕事や性格を理解してくれる当て馬より、口が悪くて態度が横柄で自分の仕事や行動を否定してばかりの本命がいい、という話だった。
腑に落ちないというか、鬱憤をためまくってカタルシスできずに終わってしまうのは、ひとえにわたしがこの高槻を好きになれないからだ。

昔から小説を書くことに高槻は否定的だった。プロになっても、それなりに売れて映像化されても、その態度は変わらない。「おまえの小説なんて読まない」と断言し、早朝まで仕事をしていた芦原が寝ていると怠惰であるかのように責める。執筆中にも部屋に入ってきて邪魔をする。
かれにとって芦原は、何もせずに昼夜逆転生活を送り、外にも出ず、実家で親のすねを齧ってゴロゴロしているろくでなしの引きこもりに見えているのではないか、と思う。高槻の言葉は到底対等な友人からのものではない。優しさとか労わりとか思いやりとか、そういうものが感じられない。
けれど芦原はそんな高槻がずっと好きで、その気持ちを知られてはならないと必死に隠しながら片思いを続けている。でも芦原は高槻の態度や言葉に幸福を感じているわけではない。かれが自分や仕事を頭ごなしに否定することに傷つき、なぜこんな男をずっと好きなのかと何度も考えながら、それでも好きでいることをやめられない。

それは、芦原の人間関係が非常に希薄だから、高槻以外に親しい人間が数えるほどしかいないから、ではなかった。皮肉にもそれを証明することになるのが、芦原の熱心な読者であり、芦原本人の人柄にも好意を抱いた俳優・四方堂の存在だ。
映像化される芦原の作品で、主役を演じるのが人気俳優の四方堂だ。元々原作を読んでいたというかれは、最初から芦原に興味と好意を示していた。そして実際会ったことでその気持ちが更に増し、恋愛感情に発展した。
芦原を理解している四方堂からのアプローチは非常に熱心で、決してプレッシャーにならない。かれが送ってくれる本や写真は面白く、芦原に新しい世界を見せてくれる。押し付けがましくないメールのやりとりも、芦原は戸惑いつつ楽しんでいるように見える。作品を、創作を、性格を重んじてくれる四方堂との時間は芦原を楽にしてくれる。

けれど芦原は高槻を選ぶ。四方堂に優しくされても、積極的にこられても、同じことだ。恋愛感情が理屈ではない以上、そういうことはおおいにありうることだ。頭で考えればどう考えたって四方堂なのに、そのことを分かったうえで芦原は高槻への思いを止められない。

携帯電話のメールの話が非常に象徴的にふたりの男を表していると思う。不慣れな芦原のメールの文章が老人のようだと笑ってメールそのものへの意欲を削ぐ高槻と、無理のない範囲で返事すればいいと気負いを与えない程度のやりとりをすすめてくる四方堂。何がいいんだ高槻の!!!

高槻にもいいところはある。ぼんやりしていて危機感の薄い芦原はかつてストーカー被害にあったことがある。それを覚えている高槻は、芦原が再びそのような事件に巻き込まれないように、かれを守ろうと裏で色々行動する。心配するあまり、危機感のない芦原に苛立つこともある。
その過程や事情を話さないのが高槻で、そのためにかれは芦原に誤解されている。誤解しているにも関わらず、芦原は傷つきながら高槻を好きでいる。何なんだこの二人は…。
高槻はてっきり最初から芦原が好きなのだと思っていた。それゆえに芦原を独り占めしようとしたり、何もできない芦原のままで可愛がろうとしたりしているのだ、と思っていた。そういう言えない事情があるからこそ、黙って裏で働くのだ、と。
けれどそうではなかった。高槻は四方堂という存在によって初めて、自分が芦原をどう思っていたのかに気づく。つまりそれまでは気づかずに独占しようとしていたのだ。高槻こわい!

最初に好きだと思った相手との恋が成就する、のがBLを含めた一巻完結恋愛もののスタンダードだと思うので、芦原が高槻を選ぶことは分かっていた。もともとそのつもりで読んでいたので、そのことについて不満はない。四方堂に勝る要素が家の近さ以外に見つけられないけれど、不満はない。ことにする。
ただ、一回くらい芦原が溜め込んでいる傷をぶつけるシーン、爆発するシーンが欲しかったな。それで高槻が反省する、という経緯があるともう少し許せる気がする。
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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 20:40 | - | - |

マキヒロチ「いつかティファニーで朝食を」1

マキヒロチ「いつかティファニーで朝食を」1
不規則な時間帯で働く恋人と暮らすOLの麻里子、バーの雇われ店長で年下の男性に片思いをしている典子、子供のいる主婦の栞、ヨガインストラクターで恋愛に積極的になれない里沙。28歳の女性四人それぞれの生活を、実在する店のモーニングメニューを通して描く物語。

メニューの豊富な朝食を家族みんなで一緒に食べること、が麻里子にとっての朝食だった。それを叶えたくて一緒に暮らし始めた恋人・創太郎だったが、仕事の時間帯がまちまちなうえ付き合いでの飲み会も多い創太郎とは、約束した朝食もままならない。
そのことに苛立った麻里子は、友人三人を誘うものの、それぞれの事情があるために集まれそうにない。ならば、と彼女は友人たちに再びお誘いのメールを送る。夜ご飯や休日の昼ではなく、気になっていたカフェの朝食に。
豊富なメニューをいろいろ注文して分け合って食べ、これまで我慢していた気持ちを話したあと麻里子は気づく。「朝から美味しいものを誰かと一緒に食べる」ことの楽しさと、自分が本当に望んでいたもの。
誰が言ったのか定かではない(内容的におそらく夜間勤務の典子か、きびきびした物言いからみて里沙か)「朝早いと一日が長くていいよね!」という台詞がとても好き。ちょっと眠たくても、美味しいものを好きな友人と食べれば目が覚める。そしてひと息ついて我にかえっても、まだ一日は始まったばかり。自分がだらだら寝るのが嫌いで早起きが好きなこともあって、凄く共感できるシーンだった。
冒頭の朝は、創太郎が勝手に目覚ましを止めてしまったために、朝起きたらもう正午近かった。けれどこの日麻里子が迎えた朝は、着替えることもせず寝ているかれを無理やり起こして、不機嫌そうなかれとコンビニで買ったおにぎりを食べた朝とは全く違う。
そして麻里子はこれまでの自分が我慢して、妥協して維持していたものを手離すことにする。創太郎と別れて、彼女は一人での生活を始める。
別れを告げる前のシーンも印象的。ひとつの映画を見て、真逆の感想を抱く二人。麻里子が憧れの大好きなシーンは、創太郎に嫌悪感を抱かせるシーンだった。趣味の違いや、相手の趣味を頭ごなしに(おそらく何も考えずに)否定すること。否定されても麻里子はもう傷つかないし、反論もしない。
言い過ぎたと気づいた創太郎が慌てて取り繕おうとするも、麻里子は決意を変えない。創太郎のすべてがもう遅いことを象徴している。

麻里子の話を聞いた時、創太郎は彼女がほかに男を作ったのだと思った。その言い訳に朝食を持ち出しているのだと。それに麻里子は呆れ、新しい自分だけの家で泣いた。
その後創太郎は麻里子の喪失に慌て、彼女とやり直そうと必死になる。早起きして車を出して、彼女が行きたいと願っていた店に行く。麻里子は美味しい朝食とロケーションに感動して幸せそうだし、それを提供してくれた創太郎にも感謝をしているけれど、そこにはもう恋は存在しない。
ここで麻里子と創太郎がやり直さないところが痛快で好きだ。だって創太郎は二週間したらまた同じ生活に戻るもん…籍入れたって何も変わらないだろう。寧ろ別れにくくなり、文句を言いづらくなるだけだ。最初のかれを受け入れる相手じゃないとお互いに不幸だから別れて正解よ麻里子…!
麻里子は結婚したかったはずだという創太郎のピントがずれた感じには呆れるし、頭を抱えたくもなるけれど、彼女が何を求めていたのかを考えてそれを与えてやろうと努力した誠意はかわいらしいと思う。幸せになれよ…。

ほかの三人にも、それぞれの立場・性格ならではの悩みがある。子育てや母親同士の人間関係に悩んでいるのに、話を聞いてくれない夫に苛立って思いつめてしまう栞。自分を律しすぎて枠に閉じ込めてしまい、身動きがとれない里沙。今のところ皆にアドバイスをしたり、食事に付き合っている典子にもきっと何かがある。大きな事件じゃなくても、日常の些細なことは生きている限り避けて通れない。
そういうものに対して朝食が何かをしてくれるわけではない。けれど誰かと一緒にわいわい言いながら食事をすること、もしくは一人で落ち着いて食事をすることで、見えてくる答えもある。自分のことや相手のこと。それは見落としていた愛情の再確認であったり、惰性で続けていた情との決別だったり、知らない間に疲れていた自分と向き合うことだったり。
実在のお店がおいしそうというガイドブック的情報も勿論あるんだけれど、あまりそちらに話題を割きすぎていないので、近場に店がなくても十分楽しく読める。
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posted by: mngn1012 | 本の感想 | 17:27 | - | - |