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2011.09.30 Friday
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"美ィ汚ゥSHOW"-OBSESSION-3-同化night@西九条BRAND NEW
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ライヴタイトルの意味というか区切りが見えない。
前日の夜に何かライヴないかなーと調べてて見つけた一本。
・UNRAVE
・umbrella
バンド名にちなんでか、雨の音のSEで幕を開ける。
初めて見た&聞いたけれどなかなか良かった。歌詞がちょっと前向きというか眩しい感じで、個人的な嗜好としてはその辺が厳しかったけれど、バンドとしてはいいとおもう。
ヴォーカルが「傘です」って挨拶してたので、umbrellaと書いて傘と読むのかな。しかしそのあと物販でベースが「アンブレラ物販やってます」って言ってたので結局謎のまま。
・DISH
お目当て。
目の周り黒くしておいて、結局前髪がスダレになって顔が殆ど見えないというのが手刀界隈のデフォなのかしら。地獄絵を思い出しますね!
「インダストリアルハニィ」に入る前に、K-POPの女の子グループの曲をシビィさんが口ずさんでたのがジワジワ面白かった。最初何言ってるのかさっぱり分かんなかったけど、「ヤッパめっちゃめっちゃ〜」って歌いだしたので多分K-POP。間奏は「前髪切りすぎたけど、愛してくれな、嫌やでー」でした。
オルタナで真っ黒で楽しい。ある程度スペースがあるところでゆらゆら見たいバンド。
・SUICIDE ALI
数回見てるんだけど、ベースがZENITHのKOZIさんだとやっと気づいた…!
2曲目あたりからヴォーカルが凄く歌いにくそうで、低音を出すのが苦しそうなので調子が悪いのかな、と思っていたのだが、どうもdieSのカヴァー曲だったらしい。そりゃ歌いにくいわな。(このあとdieSが同じ曲をやってたので知った)その後もちょっと苦しそうに見えたけれど、こんなものなのかも。
ギタートラブルのために間を繋ぐMC。メンバー紹介します、っていうくだりはよかったんだけれど、盛り上げるということを一切考えずに「僕は●●でー●●って呼んでくださいー彼はXXでーXXって呼んであげてくださいー」とぼそぼそ紹介していくのが逆に面白かった。狙ってないんだろうけど。
SUICIDE ALIは小説の名前で、その中で旅を続ける登場人物がメンバーという設定。なのはいいんだけど、「ドラムが義手という設定」「こないだどこから(どこの部分から)義手なのかと聞かれたけどその辺はあやふや」というくだりがすっごい可笑しかった。意味が…わからない…。
相変わらず世界観とかやりたいことが先走って、ライヴがそれに追いついていないんだけれど、この情熱は買う。音源も好きです。
・dieS
主催。今年は大阪今日が最後・大好きな大阪でイベントが出来て嬉しい・好きなバンドとやれて、色々用意している、とのこと。サーカスっぽいというか、派手でめまぐるしくて楽しいバンド。アー写とイベントタイトルから想像するバンドより大分良かった。盛り上がっていた。
「インダストリアルハニィ」をカヴァーしていた。「関西弁の女の子がすごい好き!」的な間奏。
あんまり知らないバンドが出ているイベントに、ひょこっと行くの楽しい。確固たる目当てがない方が集中d力が続くので、真面目に全バンド見られるし。お酒飲んで空いてるスペースでへろへろ見るのが好き。ヴィジュアル系ばんざい。
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2011.09.30 Friday
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「Animate Selection Jewel2011」
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AGFことAnimate Girls Festival2011で限定販売された、「全国のアニメイト店員がオススメする選りすぐりのボーイズラブ作品の描きおろしを掲載した会場限定本」であり、内容は「Presentをテーマとしたアナザーストーリー」である。
いつまでリンクが残っているか分からないけれど、詳細はこちら。
80名を超える作家が参加している、200ページを超える大型本でお値段2500円。AGFに行くお友達に、整列などで不備だらけの非常に大変な中買ってきてもらいました…うううありがとう。
AGFは色々あったようだし、地方民としては会場限定販売には複雑な思いもあるけれど(勿論もっと遠くから交通費を使って実際に会場に行ったひとも沢山おられるんだろうけれど)、非常に面白くて良い本だった。作家が大勢&豪華だというだけでなく、すべてが商業作品の番外編で出来ていることだ。二次創作の同人誌も好きだけれど(オリジナルは門外漢)、やっぱりわたしは商業BLが好きだなーと実感した。
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イラスト一枚から、数ページに渡るストーリーものまで色々。一番枚数が多かったのが、こだかさんの「BORDER」番外編の5ページ。さすがに全部の感想はかけないのでいくつか。・一穂ミチ「おくりもののレシピ」
「さみしさのレシピ」の番外編。一穂さんが参加されると知って、いてもたってもいられず友人に頼んだのでした…。 家で翻訳の仕事をする慈雨と、家に帰って来てから食事をつくる知明の二人暮らしはいつも通りで、なんでもない軽口とか仕事の進み具合の話とか生活の役割分担に、かれらの生活がきちんと続いてきたことを実感する。これがふつうのこと、になっているのが凄くいい。
テーマに添った贈り物の話。自分がリクエストを聞くと高価な酒をうそぶく慈雨に、知明は呆れたり買えない自分を悲しく思ったりしているのだけれど、たぶんこれは慈雨なりの配慮でもあるんだろうな。もらえたら本当にうれしいし、実際物欲がそれほど強くないのだろうけれど、そういう問題の前に、知明に何かを貰おうなんて思っていない感じがする。酒飲みの突飛な冗談、気まぐれな大人の無茶ぶりに見せておいて、本当はなにもいらないんだろうなあと思う。
そんな慈雨が、他の男から貰ったものに喜ぶ姿に嫉妬してしまう知明。たとえその相手が小学二年生の子供であっても、だ。その様子に気づいてにやにやする慈雨。拗ねる知明も、そんな知明が可愛くって嬉しい慈雨も、全く違うベクトルで相手をだいすきなのだと実感できてほくほくする。あーもうかわいいかわいいかわいい!
・本間アキラ
「兎オトコ虎オトコ」のイラスト。超かわいくてどうにかなりそう。実際のところはどうなのか知らないが、作品自体は出版社やレーベルの意向でエピソードを伸ばされたように見える。しかしやっぱり二人は可愛くって悶えるのであった。
・渡海奈穂「買い物の事情」
「兄弟の事情」「恋人の事情」の番外編。長男の誕生日プレゼントを物色するために外出した二人だけれど、真面目な紬里と紬里をからかって茶化してばかりの和臣。自分から一緒に行って半額出すと名乗り出たくせに、全く誕生日プレゼントに対して思い入れのない和臣。紬里と出かけたいだけの和臣。平常運行!
いくつものすれ違いを超えておさまるところにおさまったあと、和臣は一時期の素っ気ない態度が嘘だったかのように紬里を構うようになった。しかしその構い方は以前と変わらない意地悪で好き放題暴走するものなので、元々真面目で常識人の紬里は困惑する。その困惑すら可愛いと思われているので、もうどうしようもない。
同世代の男二人がひっついてあれこれしていることに紬里が人目を気にすると、和臣は兄弟だから大丈夫だ、という。それを聞いた紬里が、こちらを気にしている人たちに聞こえるように「お兄ちゃん」と兄弟アピールすると、和臣はその呼び方がたまらない、と満足そうに笑う。だめだこりゃ。
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2011.09.29 Thursday
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尾崎南「BRONZE 最終章」
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尾崎南「BRONZE 最終章」
まさか出る日が来るとは思っていなかった「BRONZE」新作。尾崎南、「絶愛-1989-」、「BRONZE ZETSUAI since1989」についてのわたしの複雑で痛々しい心境はこちらに。このときの心境に更に付け加えると、脊髄反射でポストできるTwitterは、向いてないと思うよ…そもそも誰でも気軽に無料で見られるワールドワイドウェブ自体が向いてないよ…。
(女性向け二次創作に対する現状、風当たり、当事者たちのスタンスと、彼女が当時のまま持ち続けている認識が乖離しすぎていて冷や冷やする。そして問題がそれだけじゃないあたりには更に冷や汗である) 以下、一部感想を上リンク先から使いまわしています。
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さてBRONZE。
・「愛ニ溺レ 愛ニ死ス」は本編14巻のあと、緋奈と広瀬と漱志が重傷をおった隙をついて、條統の屋敷から何とか逃げ出した晃司と拓人の物語だ。こちらは「コーラス」に掲載されたものだけれど、同名の同人誌と同内容と見ていいのかな。
「サッカーができなければ死ぬ」泉と、「泉が生きてるから存在してる」晃司は、現状、サッカーが(未来永劫)できない泉のままで生きている。
渋谷の手回しで足のつかないホテルで落ち着くことができた二人は、これまでのこともこれからのこともうまく言及できない。先送りにしているというのも、見ないふりをしているというのも少し違う。なんともいえない焦燥感の中抱き合って、ついに泉は今まで一度も口にしてこなかった言葉を告げる。
このシーンは自分が現役で熱狂しているときに読んでいたらさぞかし感動していただろうなあ、と思ってしまうのがちょっと哀しい。これまで決して言わなかった言葉。晃司の激情に「引きずられてるだけかもしれない」と自分を疑っていたかつてのかれが決して真正面から返事できなかった言葉を、乞われるでもなく泉は口にした。あらゆるものを失ってきたかれが、とうとう「唯一のもの」まで失って、晃司だけが最後に残った状態で言った言葉。けれど悲痛な状況に流されたというわけでもなく、非常にフラットな状態で出た本音というのが泉らしい。精神的に追い詰められた末の、自分を投げ捨てるみたいなかつての柔らかさではなくて、本来の柔らかさが出ている。
何一つ解決していないけれど、何一つ明るい未来は見えないけれど、「離れない」というこたえだけが出た。
・「堕園」
そのあと物語は「堕園」へと続く。堕落の園と書いてルビは「ラクエン」な!(「楽園崩壊」ってありましたよね!)
飽くまでも存在価値を亡くなった父におく広瀬と、広瀬を存在価値とする倉内。二人の関係は泉と晃司の関係とは決定的に違うけれど、その構図は酷似している。広瀬と倉内に関しては、書いてるうちに作者の萌えに火がついて、後付け的に過去の話を作って絆を補完しているような印象があるんだけれど、ともあれ現状の「BRONZE」では、ふたりはこう、なのだ。
父は亡くなり、最初に公になった遺言状には跡継ぎを家を全く省みなかった三男晃司にするように書かれてあった。父の喪失だけでも深く絶望していた広瀬は、そのことで決定的に生きる理由を失う。それでもここまで生きてきたのは、倉内がいたからだ。倉内が傍にいるからではなく、自分が死んだら倉内もまた生きていないと分かるから。唯一のものを見つけて、それを踏みにじられて奪われて、それでも広瀬は生きてきた。その姿は、サッカーができなくなった泉とリンクする。
二人を隔離して事件を追っていた渋谷と高坂は、広瀬の入院先の病院を突き止める。二人が見た広瀬はかつての高慢さなど全くなく、倉内に抱きついて怖がる子供のようだった。子供の頃ですら、広瀬はこんな顔を見せなかった。
倉内に聞いた連絡先で、正体も目的も分からない不気味な医師・緋奈と渋谷が会話をしている間に、高坂が晃司と泉が泊まっているホテルに二人の安否確認の連絡を入れる。しかしホテルは既にチェックアウトされており、二人との連絡は途絶えた。
どこにいるのか分からない二人は、正気を失いつつある笑顔で抱き合っている。普段のような軽口を叩いて、闘争心のかけらもない穏やか過ぎる表情で、かつて交わした約束を果たそうとしている。
「何の心配もないように」「きれいなままで」「殺すから」という言葉は、何度となくモノローグで繰り返されてきた会話だ。裏切ったら殺してもいいと言った晃司に、裏切る時は自分を殺せと言った泉。自分の気持ちの強さと、無意識のうちに永遠の愛を誓った晃司を、泉もまたかれらしい言葉で受け止め、かれなりに気持ちを返した。人も愛も本当の意味では信用できない泉にとって最大限の信頼だった。
そのときの会話に途中から裏切り・信頼の意味が薄れる。生と死の臨界に何度も立たされるかれらにとって、この時の軽口がいつからか「約束」になる。
最終章の第一話に、秋人の運転する車に轢かれて脊椎を損傷した泉を見た晃司が、かれの意識が戻る前に殺してしまおうとするシーンがあった。そのときも晃司はこの「約束」を口にしていた。そして実際に行動に出て渋谷たちに制止されたあと、自分に泉を殺すことは「できない」と言った。目を覚ました泉がどれほど絶望するのか、そのあとどれほど苦しい日々が待っているのか分かるのに、それでもかれを失えないと泣いていた。その晃司に、もういちど泉に「生きててよかった」と思わせるようにしろと同じように泣きながら渋谷が言った。
そこから長い年月を経て描かれたのは、同じように「約束」を果たすべく泉を自分の手で終わらせようとする晃司だった。あの時と違うのは、泉には意識があって、状況を全て分かっている。分かった上で、笑いながら、その「約束」に自分を委ねようとしている。自分たちの今が傍から見れば逃げだと言われることも分かっていて、それでもようやく解放されるという安堵に満ちている。
ここで最終章の一話にリンクするのには驚いた。とはいえそのあとどうなったのか、は描かれない。次巻に期待することもできないのが「BRONZE」だ。著者コメントで「最終回はありません」って断言されているので、これもまた「エンドレスエンド」だ。うん…まあ…それもいいかなと思うよ…。
・「華冤断章-天使降誕-」
生まれた時から、つまりは広瀬が生まれてくる前から、南條の家の跡取り・條統の跡取りに使えることが決まっていた倉内はそのための教育をされる。現当主である広瀬の父に仕える父は厳しく、その責務を理解している母は明るく優しいけれど容赦がない。広瀬の役に立つ人間、広瀬を守り抜く人間になるべく鍛えられるばかりの日々は、倉内にとって面白いものではなかった。
ガタイがよく、鍛えられたおかげで圧倒的な強さを誇る倉内は、喧嘩っぱやいどこにでもいる学生だ。同じような仲間と過ごす怠惰な日々は悪くない。自分の運命への反発も相俟ってか、やさぐれているように見える。こういう倉内は意外だけれど、よく考えればこっちのほうが普通だ。あのガチガチの守護神みたいな10代だったら気持ちが悪い。
広瀬の進学に伴って学校を変わり、それがきっかけで彼女とも別れた倉内は、人前でにこにこ笑っている広瀬が癪に障る。恵まれた家の子供、何不自由のない暮らしの中で呑気に笑うお坊ちゃん。年上の男を従わせること、身を呈して自分を守らせることに何のためらいもあるはずがない子供。倉内の中にある広瀬への苛立ち、広瀬と自分の立場への葛藤は、広瀬の言葉と態度で昇華されてゆく。
命をかけられる相手がいること・命を投げうってでも自分を守ろうとしてくれる相手がいることの幸福、倉内の父と広瀬の父が持っているその幸せは、その価値がある人間にしか得られないものだ。当主に傅く父を情けなく思っていた倉内の気持ちは変わり始める。それと同時に、広瀬への意識も変わってゆく。
馬鹿にしていた・侮っていた・何とも思っていなかった相手の優れた一面を見て一気に印象が変わる、というのは尾崎南作品の醍醐味だ。多くの場合はそれによって恋が、自覚しないままに始まるんだけれど、倉内の場合は、いずれ堅固なものになる敬意の芽が出たところかな。相手への認識を変えた瞬間世界が変わる、そういう世界は相変わらず。
かつて本人が「BRONZE」の同人誌において、倉内と広瀬はそうならないからこそいいのだ、と言っていた。本編以上の関係を描きたいと思う衝動があるけれど、それは許されないのだと、それがないからこその空気感・距離感なのだと葛藤していたその言葉に凄く納得したのを覚えている。実際この過去編ではどうにかなりようもないし、あの時の気持ちのままならそれ以降も、二人の間には濃くてねっとりした主従関係だけが存在することになる。
美しく優しかった母の命と引き換えに生まれてきた広瀬は、自分は父の期待通りの当主になるために生まれてきたのだと常日頃から言っていた。自分に無理に言い聞かせているのではなく、本当にかれはそう信じきっているようだった。そのために努力を怠らず、結果を出しているかれの姿は倉内を躊躇わせ、苛立たせた。
年下の子供に何をそんなに苛立つのか分からないまま、倉内は今日もまた仲間たちと「脱走計画」について話しあう。息が詰まる家で暮らす倉内と、それをよく知る友人たちが何度となく口にした冗談だった。冗談のつもりだった。しかし実際倉内が屋敷へ戻ると、門前に友人たちが倒れている。かれらは倉内の会話から屋敷の内情を知り、広瀬を誘拐しようとしていたのだ。状況を読み切れずに動揺する倉内を、誘拐犯の一味として・首謀者として真っ先に疑ったのは実父だ。息子の主張も否定も聞こうとしないかれは、息子を自分の手に掛けようとする。それを止めたのが、被害者になるはずの広瀬だった。
細かいことは何も聞こうとせず、「ぼくの「倉内」を返して」と言った広瀬の凛とした姿に、当事者の倉内も呆気にとられる。倉内と一番長く、一番近くにいたのが自分である以上、たとえ本当に反逆の意図があったとしても広瀬はそれを受け入れる。それに何より、今まで父から広瀬を庇い続けてくれた倉内の優しさを広瀬は知っている。その言葉を聞いた倉内は、自分が広瀬に感じていた焦りや嫉妬の正体を知る。広瀬は自分が持っていないものを持っていた。絶対的な信頼や無償の愛情と言ったもの。倉内が父から与えられず、父に抱けなかったもの。それをこの瞬間広瀬に抱けたことで、かれの苛立ちはなくなり、広瀬への忠誠が生まれる。
倉内が広瀬を本当の意味で主人として認識し、膝をついて「広瀬様」と呼ぶまでの経緯が描かれ、そして、明るいように見えた広瀬の未来が一気に黒く塗りつぶされる未来が暗示される。ラストのヒキっぷりというか、演出は結構いい。これで絵が「BRONZE」3巻あたりの絵だったらすごく良かったのではないか、と思う。見せ方が古いけれど印象的。
相変わらずBRONZE内では多用されている心情表現をファンタジックに表現する描写って最近とんと見なくなった。傷ついたときに硝子が割れたり、衝撃的なことがあったときに心臓に十字架が刺さったり、羽根が?げたりするやつ。主流であった時代はないにせよ、こういうことやってる人はあの時他にいくらでもいたのだ。黒地に白ヌキでモノローグとか、難しい漢字に横文字のルビとか、笑い飛ばしきれない懐かしさよ。
BRONZEをBLのくくりに入れるのは乱暴だけれど、今のBLって設定にせよ何にせよ地味というか、われわれの日常と近しい非常に一般的でどこにでもある舞台で起こる物語が主流になっているので、こういうバブリーでゴージャスで超絶ギリギリドラマティックなものって、気恥ずかしいけれど懐かしい。
なんか散々ネタにしてるわりには、わたしまだまだ真面目にBRONZE好きなんじゃないか…とこの記事書いておもった。潜在意識こわい。
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2011.09.27 Tuesday
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崎谷はるひ「ひとひらの祈り」
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崎谷はるひ「ひとひらの祈り」
「鈍色の空、ひかりさす青」<感想>の番外短編集。
本編のあとの話「けものの肌に我はふれ」、那智の体に刺青が入れられるまでの過去を描いた「みずから我が涙をぬぐいたまう日」、数年後の幸せな正月の出来事を描いた「ひとひらの祈り」、そこからさらに数年経過した基の大学生活を描いた掌編「かすかな光」の四本が収録されている。いつもよりハードな内容だった本編に近いのは那智の過去話くらいかな。
「けものの肌に我はふれ」は、本編から一か月ほど経過した時期の物語だ。
全てが解決したあと、那智と基はようやく抱き合うことができた。そしてかれらは何の障害もない、両思いの恋人同士になった、はずだった。しかしそのあと那智は仕事で忙しくしてなかなか帰ってこないだけでなく、あからさまに基を避けている。恋人同士としての時間どころか、普通の会話すらままならない。同居していて、職場も同じ建物なのに、この状況は普通じゃない。そうなったときに、怒りではなく悲しみが、那智への失望や叱責ではなく自己否定が先に出るのが基だ。
何かしてしまったのではないか、そもそも両思いなどではなかったのではないか。考え出すときりがなく、基はどこまでも不安と後悔の念にとらわれる。更に、父やクラスメイトなどからの一方的で暴力的な欲望しかしらなかった基は、那智の体を知ったことで変わってしまった。基は那智に触れられたいと頻繁に思うようになり、そんな自分をまたしても責める。長い間自分の性も他人の性も嫌悪して憎むべきものだった基にとっては、この場にいない那智を焦がれることすら罪悪感を覚えてしまう。
そして、内容は知らないまでもどんどん目に見えて落ち込み、悩みを抱えている基を気づかったマサル(とその場にはいない村瀬)によって、基の不安や悲しみは一気に膨れ上がる。慣れない酒を飲まされて酔った基がぶちまける本音はかれの年齢からすれば非常に未熟で、何もしらなければ笑ってしまいそうな内容で、だからこそ根が深い。同世代の友人などひとりもいなかった基は、自分が抱えている悩みが「普通」だとは知らない。相談できる相手も比べる相手もいないまま、自分を罪深く汚いものだと貶めるばかりだ。
その後は番外編らしく、帰ってきた那智を自分の都合のいい妄想だと思って本音をぶちまけてすべてが解決するのだけれど、この基の屈折したものの考え方が好きだ。自分が嫌で嫌で仕方がなくて、そんな自分だから相手にも嫌がられているのだと確信する。優しい相手だからそれでも自分を追いだせないのだろう・切り離せないのだろうと思って、かれの迷惑にならないようにかれの真意(だと思いこんでいるもの)に添った行動を取ろうとする。相手のことだけが大切で、自分を大切にできない。欲求も不満も口に出さず、欲求を抱く自分を責める。卑屈な受好き好き。
「みずから我が涙をぬぐいたまう日」はやくざの息子として危険にさらされ、規制された生活を送らされて鬱屈としている那智の背中に刺青が入れられるまでの話と、そんなかれが生家と絶縁するまでの話。暗くていいなー。ページ数の問題もあってかあっさり目に描かれていたけれど、これくらいでちょうどいいのだろう。那智の刺青の話について、単に人前で肌を見せられないとかいうレベルの問題だけでなく、汗腺が死んでいるから命にかかわるという描写があるのが好き。妙にこういうところが丁寧ですよね。
基がひどい10代を過ごしてきたように、那智もまた凄まじい10代を過ごしてきた。けれど二人はその狂った家に別れを告げて、いま自分たちの足で歩いて生きていこうとしている。そういうかれらと、おそらく同じように色々な経験をしてきたマサルが、正月に村瀬の実家へ挨拶に行く「ひとひらの祈り」は穏やかな話。家族の情というものをろくにしらないかれらは、村瀬の父母と祖母の素朴だけれど芯のつよい優しさ・思いやりにふれる。少しずつ心を許せる相手が増えて、知り合いが増えて、「普通」の生活を獲得していく。
とはいえ完全にまっとうにはなれなくて、依存の仕方や愛し方にどことなく狂気が残っている。そのくらいでいいのだろう。
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既刊紹介がついに三段組みの縦書きになった。新刊が刊行されるたびに文字が小さくなり、それでも苦しくなっていってこの先どうなるかと思っていたのだけれど、こういう方法があったのか。既に三段のうちの2.4段くらいは埋まっているので、そういつまでももたなさそうだ。
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2011.09.26 Monday
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「石丸幹二のミュージカルへようこそ」
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このジャケット、衣装も背景もポーズもト音記号も素晴らしく好みである。すばらしいよ!
各20曲収録されたディスク2枚からなる、ミュージカル曲のコンピレーションアルバム。そのうちディスク2の最後の2曲は録りおろしの「愛と死の輪舞」「震える男」となっている。まあはっきり言ってこのディスク2の19曲目のために買ったわけです。
あの夏舞台で何度も聞いた「愛と死の輪舞」とは違って、非常にお行儀が良いというか、丁寧でまじめな「愛と死の輪舞」だった。あの爬虫類のような、ねっとりした、自己愛と自我のつよいトートは、メイクと衣装と舞台装置と対象となるシシィ、それら全てが揃ってこそ成立した存在なので、それでいいと思う。見ている人間を力づくで引っ張って流れに巻き込むような力のある、けれどシシィの前では空回ってしまうどこか不器用なトート。けれど彼女の長女の命を奪うことも、長男の夢を砕いて命を奪うことも辞さない、罪悪感を覚えることすらないトート。そういう存在ではなくて、非常に誠実に歌い上げることで、トートの切なさが伝わってくる。
黄泉の帝王が、なんでもない一人の少女に一目惚れをしてしまったことへの戸惑い、うまれたばかりの恋へのためらい、胸を焦がすものへの驚き、ときめきすら伝わってくる。そしてこれから始まる長い駆け引き。おかしな話だけれど、トートって本当にシシィが好きなんだな、と改めて実感させられる。
「震える男」は年末に上演される「GOLD~カミーユとロダン~」の曲。予定が合えば見に行きたいんだけれど、どうかなー。見る可能性がある舞台に関しては、出来るだけあらすじを知らずにいたいのでロダンについても芝居内容についてもろくに知らないままなんだけれど(WEBで公開されている三曲は聞いた)、この一曲でも非常に色々と話の筋が見えて興味深い。
トートとはまた違う、弱さや後悔の滲む感情のブレがいい。引き裂かれそうな感情の中で、恋と彫刻をはかりにかけて必死に立っている。
それ以外の38曲も、さすがに大量の曲の中から選ばれただけあってすてきな曲がいっぱい。ミュージカルの曲とかさっぱり知らないもので、非常にためになるというか役に立つというか、いくつも扉が用意された感じ。気に入ったら扉を開いて足を踏み入れればいいよ、と提示されている。もうちょっと暗い曲があっても嬉しかったけれど、取り敢えず初心者には優しいCD。
東宝エリザベートも新しいCD出さないかな…既存のお二方だけじゃなくて武田・石丸・城田トートのCDもほしいよ!
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2011.09.25 Sunday
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8月ごはん
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8月半ばはひーたそ強化週刊でした。職場に颯爽登場し、「今晩泊めて、まーたその母親にはこっちでメールする、着替えはない」というひすいさんをわたしは愛しているよ…!
・花たぬき
ひーたそ強化週刊。仕事でオムライスを食べてきたけれどそれなりに食べられるよ、と言うことだったのでお好み焼き屋へ。一番上の明太子オムレツは、オムライスを食べてきたばかりのひーたそが頼んだメニューです。オムレツおいしそうだけどオムライス食べてきたばかりだもんな…というわたしの無言の願望を察知したと同時に、配慮を打ち砕く的な。
ソフトクリームがずっと食べたかったのでメニューにあって嬉しかった。一人で食べづらいじゃないですかソフトクリーム。近所にミニストップないしさ。
・ダイニングバーばんけっとNishiki
ひーたそ強化週刊。誘われる外食が肉ばっかりで魚に飢えていたので、お魚メインの創作居酒屋へ。
京都の夏なので、鱧です。
鯛。
あさりちゃん。
なぜかライスメニューにあったタイ風カレー。激辛とメニューに書いてあったので「そんなに辛いですか」と聞くと、店員さんが「全然辛くないです」とまさかの全否定。頼んだ結果としてはそこそこ辛いけど激辛ではなかったです。
・ちゃぶや
こんな感じの焼き鳥屋。
チーズとアボカドと刺身。
生レバー。
とり!
とにかく焼き鳥が全メニュー美味しい。店の喧騒っぷりも焼き鳥屋らしくて凄くいい。個人的にはもうちょっと肉以外のサイドメニューと生ビールがあればいいなと思うけれど、ワインも日本酒も瓶ビールもあるのでしあわせ。チキンラーメンというメニューがあるのですが、ほんとに野菜が入っただけのチキンラーメンでした。
・Fortnum&Mason
久々にこっちに帰ってきた厨がアフタヌーンティーしたい!というのでF&Mへ。リッツカールトンという選択肢もあったのですが、暑さと遠さで断念した。価格は張るけどおいしそうなので行ってみたいなー。
ぺろり。
5,6年前にも行ったことがあって、そのときは全体的に悪くないけど特筆するものもないと思っていたのだけれど、この日は美味しかった。メニューは多分殆ど変わっていないと思うのだけど。数時間喋り倒し食べ倒しでまんぞく。
・スタバ
ひーたそ強化週刊。ミントチョコケーキ。スタバのフードはとにかく大味というかアメリカーンでオイリーでスパイシーな感じだけど、これも例に洩れず。
・ヨーロッパ軒総本店
福井にて、ソースカツ丼。レディースセットなのでカツが一枚少なくてご飯もちょっと少ないのかな。食べ始めたときは普通のセットでもいけたな…とか思ったんだけど、侮ってました満腹です。充分です。
カツもソースもあんまり興味ないんだけど、カツが薄めでかりっとしてて、食べ易くて美味しかった。関西で食べるカツ丼と比べてどうこうと言うよりは、別の食べものとして両方美味しい。
・秋吉
こちらも福井で。チェーン店焼き鳥屋。焼き鳥以外のメニューがあんまりなかったけれど普通においしくいただきました。ライヴのあとだれかとお酒飲んだりご飯食べたりできるって幸せ。
・MARISQUERIA GOZO UMEDA
魚介メインのスペイン料理屋で、パエリア食べ放題のランチ。既に出来上がったパエリアがホットプレートで保温状態になっているものなので、タイミングによっては出来てから時間が経過していてかたくなっているかも。最初に食べたのがそういう感じでした。二杯目は出来たてなので美味しかった。
休みなのでビール。最近昼からビール飲み過ぎですね。
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お土産でもらったどじょうすくい饅頭。包みを剥ぐとほっかむりは脱げます。
・JEAN-PAUL HÉVIN JAPAN
大阪の三越伊勢丹超楽しくて大好き!地下のジャンポールエヴァンカフェが比較的空いていたので、並ぶことに。メニューを見つつ並んでいるのだけれど、全然決められなかった。そしてやっとの思いで決めたメニューが、店内に入った瞬間「今品切れました」と言われる口惜しさよ。
チョコアイスにチョコがかかっているスイーツ。さすがにアイスもかかっているチョコも濃厚だけどしつこくなくって美味しい。上質ーおいしー。
・秀寅
夏だけどもつ鍋行っちゃったぜ!
レバー。
鍋。
ほんといつ行ってもいつ食べても美味しいこの店。とっても好みです。
・DRUNK BEARS
この全く伝わらない写真しかない。
梅田のNU茶屋町の地下にあるパブ&グリル。各国のビールが飲めてとっても美味しかった。料理はモロにビールに合うメニュー!という感じ。好みを言うとビールを見つくろって紹介してくれるのでいい。最近ビールとってもすきです。夏だしね!
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ともだちの北海道土産のクリオネグミ。中から桃味のソースがぴゅっと出てきます。なかなかシュールな造形。
・まんまるの月
お好み焼き&鉄板の店。外観よりも大分奥に広く、大分オシャレ。
一品料理も手が込んでいる。ここで一緒に行ったひとが「上に半熟玉子・温泉タマゴがのっかってる料理は大体いいやつ」という名言を発する。その通りだ。
これがたぶん特製お好み焼き的なやつ。
これもお好み焼き。
かぼちゃーうめーかぼちゃ好きだよー。
あとはドトールでライヴ前にダラダラしたり、モスでテニミュ前にだらだらしたり、スタバでひとりぼんやりしたり、色々。
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2011.09.24 Saturday
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和泉桂「清澗寺家シリーズ第一部完結記念 PREMIUM BOOK」
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「終わりなき夜の果て」上下巻購入者特典全員サービス本。当初の予定より大分遅れて到着。
いわゆるBLコミック、BL小説の全サなんて、予定通りのスケジュールで到着するものの方が少ない。作者に原因があるとき、出版社に原因があるとき、その両方のとき、天災などの影響があるときなどいろいろだが、最後の選択肢を除けば何度経験したって不愉快なものは不愉快だ。(今回はブログなどを信用すれば、作者の遅れと予想以上の応募が来たことでの出版社の遅れに地震が重なったようだ)
もう慣れたし、実際予定の日に来るなんて思っていないけれど、それでも予定日を謳っている以上はそれに合わせるべきでしょう。なので、届いたものが豪華であれなんであれ、「だから許す」なんてのはおかしな話だと思う。というかいっそのこと予定の日を出さなきゃいいんじゃないのかなあ。随時WEBや雑誌でお知らせします、で終わったらいけないのかしら。
それはさておきようやく届いた特典本。通常のリンクスノベルスと同じデザインで、表紙は「終わりなき夜の果て」上巻の口絵イラスト。そして二段組みで240ページ強。シリーズで一番薄い「紅楼の夜に罪を咬む」が260ページほどなので、殆ど変わらない。あとがき2ページとキャラへの筆記インタビューという企画ページが3ページあるほかは、ひたすら短篇その数24本。雑誌に掲載されたものの修正版が12本、書き下ろしが12本。これはさすがに凄い。
決して触れることも気持ちを告げあうこともしないからこそ絶妙の距離を保ち続けている嵯峨野と貴久の「秋宵一献」から始まり、清澗寺父子とそれぞれの恋人たち、執事の内藤、浅野と天佑の物語が描かれ、最後は一家の長女にして末っ子の鞠子の暖かい眼差し「光一条」で終わる。
作者本人が清澗寺家シリーズの番外編やパロディネタなどを同人誌で出し続けていることもあり、清澗寺家シリーズの短篇というのは数え切れないくらい存在する。同人誌に関しては作者がパラレルであること、キャラの性格を誇張して書いていることが注意書きされているので当然と言えば当然なのだけれど、やはり同人誌で発表されたものと(販売されないとはいえ)商業誌として発表されるものは違うと実感した。編集がどうのと言うことではなく、キャラの台詞のひとつひとつが硬質な感じがする。かたくってギリギリのところを歩いていて、駆け引きも恋も生活も命がけで凄くいい。くすっと笑えるシーンもあるんだけれど、それすらもかっちりしている。
特に好きだと思ったものいくつか。
夜会で和貴に一目惚れした深沢の助言で、和貴が木島の秘書となった初日を描いた深沢視点の物語「断章」がいい。地味に根回ししていた深沢の抜け目なさも褒めてやりたいけれど、なにより、わたしがずっと知りたかった政治家秘書時代の深沢が語っていた理想についてふれられていたのが嬉しかった。
和貴の前で猫を被っていた時代に、深沢は和貴に自分の政治論をあつく語ったことがあった。まんまと深沢の愚直な演技に騙されていた和貴はそれを聞いて、理想論だと内心鼻で笑っていた。それすらも和貴を油断させる深沢の演技だと言う考え方もあるんだけれど、どうにもあの全てが和貴を安堵させるためだけの嘘であったとは思えなかった。政治家になることで実現に向けて尽力できるはずのかれの理想は、清澗寺の経営にまわったことで潰えたはずだ。それについて深沢がどう思っているのかが知りたかったのだ。
実際はそれについてのストレートな話ではなく、当時木島の秘書である深沢が抱く理想と、それに対するかれ自身の違和感について言及されている。その理想が自分自身のものなのか、それとも自分の境遇が抱かせた理屈でしかないのか。母の死を気になにかに心を揺さぶられることのなくなった深沢には、その理想すら遠いものだったのだ。かれにとってのリアルは、夜会で見た和貴だけ。
深沢は出自も含めて非常に魅力的で興味深すぎるキャラです。
執事の内藤が引退して甥の箕輪に仕事を引きつぐ際に語った、貴久との出会いから清澗寺家に勤めるようになるまでの話「執事の回顧」も面白かった。まさか内藤目線の話が読めるとは思わなかった。
しかしわたしは内藤を、「凍える蜜を蕩かす夜」で思春期の和貴が雨に濡れて帰ってきたときに事情も聞かずに罵ったという一点においてずっと「国貴を贔屓して和貴に冷たい人」「和貴の理解者たりえなかった人」だと思っているので、その辺りの心情も読んでみたかったな。貴久に惹かれた内藤が、なぜ破天荒さで貴久や冬貴の足元にも及ばない和貴に冷たかったのか。つねに埒外から見つめていたはずのかれが、ほぼ唯一干渉したあの時の気持ちを知りたい。
子供たちが大人になり自立してゆくのと平行して、年老いてゆく伏見と冬貴のその後の話「黄昏」もいい。冬貴がかつてのように伏見を、伏見がいないときは他の男や女を、貪り求めていた日々は既に過去のことだ。と言っても冬貴は変わらぬ若さと美しさを保っているし、伏見の訪れがなければ不特定多数とのふれあいも拒まない。けれどその一方で、抱き合わなくても伏見といるだけであたたかくなる、そういう感覚も冬貴はおぼえるようになっていた。
伏見以外の男によってたかって凌辱されたときですら「お前でなくてもよかった」と言って悦んだ冬貴が、侵入した男に殺されることも拒まなかった冬貴が、ようやくここまできた。情緒のなかったかれに情緒ができた、愛を知らなかったかれが愛を体得した、そういう風に言うのは簡単だけれど、少し違う気もする。うまく言えないけれど、伏見が長い間冬貴に注ぎ続けてきたものが、ようやくかれの餓えを少し抑えはじめた。それと同時に、相手が伏見であることの必要性が増してきた。伏見以外の誰でも、冬貴をこんな状態にはしない。
冬貴はずっと伏見だけが特別だと言い続けてきたけれど、その意味がようやく伏見に本当の意味で伝わりはじめている。人生の黄昏時ではあるけれど、決して遅くない。今まで一緒にいたように、これからも一緒にいる。あの出会いからようやくここまできた。
冬貴と鞠子の、傍から聞いているとちっともキャッチボールできていない会話の応酬もいい。「私をこの世に呼んでくださってありがとう、お父様」という鞠子の台詞がとても好き。「光一条」で女学生時代に自分だけが三人の兄と違う、と言って伏見をどきりとさせた鞠子は、自分の出自について知っているのではないかと思う。(いまいち鞠子だけ父親が違うということを、誰が知っていて誰が知らないのかが分からない…)けれど彼女は、冬貴にこう言う。自分を抱くことも育てることもまともにしなかったであろう父に、今だって何も与えてくれない父に、心から。
お料理の苦手な国貴と心配性の成田のすれ違いとか、相変わらずきざったらしいクラウディオと魔性の道貴のドタバタコメディとか、とにかく豪華な一冊でした。ドラマティックな本筋の展開も勿論大好きだけれど、その中に埋もれてしまったサイドストーリーがどれもすてき。
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2011.09.23 Friday
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杉原理生「親友の距離」
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杉原理生「親友の距離」
同期の異動で新しく担当することになった仕事相手は、高校・大学時代の親友で、かつて自分を好きだと言った男・一ノ瀬だった。一ノ瀬と再会した進一は、気まずさを抱えつつも再び友情関係を築きはじめる。
かれと仕事をしている同期と後輩から、名前を知らないまま噂だけは聞いていた。イケメンだとか、ゲイらしいとか、そういうよくある噂である。適当に相槌をうちながら聞きつつも、進一はまさかその相手が一ノ瀬だとは思わなかった。実際自分が担当することになって事前に名前を聞かされて初めて、何度となく話にのぼっていた相手が一ノ瀬だと知ったのだ。
高校・大学と同級生で、下の名前で呼び合い、何度も家に遊びに来た友人。話が合って他の相手には言えないような不満も言い合える、まさに誰から見ても「親友」だった。しかしここ数年、一切連絡を取っていない相手でもある。そんな一ノ瀬との再会を直前に控えた進一は動揺しながらも、社会人としてかれに次に会うことについてのメールを送った。しかし、返事は来なかった。
久々にメールをして、しかもこういった状況で返事が来ないと、酷く避けられているような感じがする。けれど実際対面した一ノ瀬はフランクでにこやかで少し毒のある、当時のままのかれで接してきた。そのことに更に動揺しつつも、進一は反射的にかれを飲みに誘う。当日こそは無理だったが、きちんと日付を決めて確約をとった。そしてかつて親友だった二人の男の関係が再開する。
物語は学生時代、つまり進一と一ノ瀬が親友同士だった時代と、現在が交互に進行する。なぜかれらが仲良くなって、そのあと疎遠になったのか。再び出会った二人がどういう道を進むのかが、徐々に明かされていく。
学生時代、最初にゲイであると噂になったのは一ノ瀬ではなかった。一ノ瀬や進一と同じサークルに所属している、竹内という男だった。がっしりした体つきと寡黙な性格をしたかれが、ゲイ向けのバーに出没しているところを見た人間がいた。サークルの他のメンバーが仲間の下世話な噂を面白おかしく吹聴する様子が気に食わなかった進一は、その話題に積極的に参加することはなかったけれど、ある日他人事のままではいられない噂が追加された。竹内と一ノ瀬がデキている、というものだ。
その場では気にならないふりをしたけれど、その噂は進一を動揺させる。友人がゲイであったということや、それを打ち明けてもらえなかったというだけではない驚き。その感情の正体に気づかないまま、焦燥感を抱えて進一は竹内と一ノ瀬を見るようになる。そしてその先入観を持って見ると、二人の間には単なる友情ではないものが成立しているように見えるからふしぎだ。
一ノ瀬からは打ち明けられない、けれど自分からも聞けない。何でもないふりで親友関係を続けていた進一は、ある日一ノ瀬から竹内と飲みに行く場に誘われる。サークル仲間と言えばそれまでだが、進一にしてみればそんな単純なものではない。その場では何も言えず普通に飲んで解散したあと、ようやく進一は一ノ瀬に噂の真相を聞き出すことに成功する。
そもそも、その話題を匂わせたのは一ノ瀬が先だった。何故自分を誘ったのかという、ぼんやりした(卑怯な)質問をした進一に、かれは「ふたりきりはマズイ」と言ったのだ。サークルの仲間同士しか元々親しくしていた二人だったのに、男同士で「マズイ」ことなんかあるはずがない。あるとすれば、そこには友情以上のものがある。おそらく竹内単独だけでなく、自分もまたそういう噂に巻き込まれていることを一ノ瀬は知っていたのだろう。知っていて、かまをかけたのだ。そして長らくこの噂に振り回されていた進一はまんまとそれに引っ掛かった。好奇心とうまく言いあらわせない感情によって、これまで避けていた話題に踏み込んだ。
関係を聞かれた一ノ瀬は、頼まれて一度寝た、と答えた。付き合っていたわけではなく、一度寝ただけだ、と。好きだと言われて縋られて、自分も興味があったのだ、と。しかし進一は普段の冷静さを失って責めてくる。「関係ない」と一ノ瀬が正論を投げれば、「なんで俺にいうんだ」と進一は反論する。質問したのはかれなのだが、嘘をつくこともできる状況で一ノ瀬が露骨な真実を言ったことに苛立ちを隠せないでいる。問われた一ノ瀬は「期待したから」とつぶやいたあと、言及されるまえに真っ当な理由を重ねて、無理やり進一を納得させた。混乱していた進一は、一ノ瀬の吐きだした本音を取りこぼしてしまう。
一ノ瀬にしてみれば、決死の覚悟のカムアウトだったのだろう。竹内との関係を自棄に気にしている、言ってしまえば嫉妬している進一の態度を見て、かれは賭けに出た。かれの淡々とした語り口からは伝わりにくいけれど、自分の恋愛対象が男であること、そこには当然なまなましい肉体関係が含まれることを正面から告げることで、何かしらの感情が生まれるのではないかと期待したのだろう。そして、早々に諦めてしまった。
けれど一度外れた箍は簡単には直らない。ある夜、とうとう一ノ瀬は進一に気持ちを告げる。好きなのだ、と。頭がおかしいのかもしれない、打ち消そうとしても消えないと苦しそうに言うことから、かれの気持ちが長きにわたるものだと分かる。分かるからこそ、進一はすぐに返事ができなかった。告白を受け入れることも、きちんと断ることもできず、勢い余って竹内の名前を出してしまった。その言葉は、一ノ瀬にしてみれば不実を責められたような気になっただろう。自分を好きだと言いながら、他の男と寝たじゃないかと頭ごなしに罵られるよりも苦しかっただろう。全てを「忘れてくれ」という言葉で片付けて、かれはその一連の告白を消してしまった。
お互いが過去のことを口に出しきれないまま、現在の友情が再び育まれていく。しかし進一は何も知らなかったころには戻れず、どこかしらぎこちない。空白の期間があるからのぎこちなさではない、もっと他の何か。何でもない接触にいちいち言い訳したり、そっと見た横顔の睫毛の長さに驚いたり。恋愛事情を聞いてもやもやしたり、些細な言葉の裏を考えてしまったり。
それってもうとっくに友情じゃないよね状態はやっぱり長く続かず、進一は一ノ瀬への現在の気持ちを自覚する。かれを恋愛対象として好きになっていると打ち明ける。当然一ノ瀬は慌て、怒り、それを受け入れない。信じもしない。信じたところで、進一に男と付き合う覚悟・同性と恋愛する覚悟が備わっているとは思えない。そしてかれもまた、今更期待してあとで傷付くような恋をしたくないのだろう。
そこからは進一が努力する番だ。かつて一ノ瀬が自分に恋をして、隠れて一喜一憂して、期待して結果失恋したように、今度は進一が何度も当たって砕ける番だ。一ノ瀬の気持ちを動かすために努力して、誠意を尽くして気持ちを伝えて、態度で示して、閉ざしてしまった心を開かせるしかない。
地味だけど丁寧で、あー杉原さんらしいなーという作品。もうひと波乱くらいあっても良いかなと思える地味さではあったけれど、この筋の通った緩急のよわさは嫌いじゃない。
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2011.09.21 Wednesday
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内田カヲル「帰らなくてもいいのだけれど」
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内田カヲル「帰らなくてもいいのだけれど」
「そして続きがあるのなら」<感想>の続編。
坂口が入ったコンビニで藤代がバイトをしていたという偶然の再会を機に、漫画家になった藤代と、出版社を辞めてかれのマネージャーになった坂口。藤代はあれよあれよと売れっ子漫画家になり、藤代もマネージャーとして辣腕をふるっている。学生時代から坂口のことが好きだった藤代の、ひたすら好きだと繰り返す愛情表現と、坂口なしでは仕事も生活もなにもかも滞る依存っぷりを受け止めている坂口の、傍から見るとつりあいが取れていないように見える恋愛もなんだかんだで順調だ。
傍目にはよく分からない関係だけれど実際は付き合っている(そして実は超蜜月な)ふたりに訪れる、小さかったり大きかったりするトラブルの数々。
坂口のかつての職場の上司と顔を合わせた藤代は、仕事が出来て色男で、当然ながら藤代が知らない話題で坂口と盛り上がる様子を見て、一気に自信をなくす。それでなくても坂口が好きすぎてかれの評価が非常に高く、それに反比例して自己評価がものすごく低い藤代は落ち込み、妄想にふけって暴走する。勿論二人の間に藤代が邪推しているようなことは一切なくて笑えるオチがつくのだけれど、藤代の自信のなさと、なによりも坂口が実はものすごく藤代を好きなことがこれまで以上に顔を出し始める。
いつものアシスタントが病欠したことで急遽手配された臨時アシスタント二人は、それぞれ野心を抱いて人気作家・藤代のもとへ来た。なんとかプロへの道、出版社への伝手を掴もうとしている男と、藤代のような儲かっている作家の元で専属アシをしたいと願っている男。全く異なる夢を持つ男たちは、藤代と坂口のラブシーンを見たことで団結する。ファッション誌にまで載っているイケメン人気漫画家藤代のスキャンダルを利用して這い上がろうと決めたのだ。
しかしこれも結局は大きな問題にならない。坂口は条件を丸呑みしないまでも適度に話を聞いてやって事なきを得ようとするのだが、当事者である藤代は赤面しつつも嬉しそうに「どうぞー」の一言で片付ける。坂口の愛情をひしひしと実感している藤代にとっては、アシスタントに知られることも世間に知られることもすべてどうでもいいことなのだ。寧ろ、自分と坂口が愛し合っていることを世界中に言って回りたいくらいの幸せなのだ。
一事が万事そんな感じで、もはや何のトラブルもないと思われるふたりの前に、ひとつの大きな難関が現れる。漫画家として大成功を収めてもなお藤代を認めようとしないかれの実家が、強引に見合いをセッティングしてきたのだ。実家に無理やり帰らされた挙句いきなり見合いに連れて行かれた藤代は、世間体ばかり気にして自分の話を決して聞こうとしない両親と見合い相手の前で、男と付き合っていると打ち明ける。不器用な藤代らしい、最悪のタイミングは両親を激怒させ、かれはそのまま勘当される。
昔よく浮かべていた苦笑いで顛末を話した藤代を、坂口は自分の実家へ連れて行く。藤代が自分の所為で勘当されたのなら、自分も藤代のことを話して勘当されてやると思ったのだ。不器用で、そして決して藤代が望んではいないかたちだけれど、このときの坂口に出来る最大の愛情表現だ。好きかと聞かれても、肯定するだけで決して言葉にしてこなかった坂口の、何より雄弁な告白だ。
とはいえすべての家が藤代の家のようなわけではない。騒がしい坂口家は、久々に帰ってきた息子のいきなりの告白に戸惑い、仰天し、怒ったけれど、息子の現状と息子が連れてきた男を受け入れた。藤代にだけは手をあげるなという坂口と、自分よりも家族を大切にしろと泣く藤代の姿を見れば、受け入れるほかない。やいやい言いつつも度量がが広くて思い切りがいいのは、坂口家の性格なのだろう。
仕事が出来て口が悪い坂口と、仕事以外はばかで生活能力のない藤代。やっぱり順調。
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2011.09.20 Tuesday
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崎谷はるひ「爪先にあまく満ちている」
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崎谷はるひ「爪先にあまく満ちている」
成績優秀・品行方正・容姿端麗しかも父親はかつてテレビで有名だった会社社長という綾川寛は、大学でも人気者だ。しかしある日寛は、やぼったい容姿の岡崎來可からあからさまな敵意をぶつけられる。そんな來可が気になってしまう寛は、ある事件をきっかけに來可と顔を合わせるようになる。
「心臓がふかく爆ぜている」「静かにことばは揺れている」に続くグリーン・レヴェリーシリーズ(でいいのかな)の第三弾だけれど、全部主役が異なる上に、この本に至っては舞台が十数年後なので、これから読んでも問題ないとおもう。取り敢えずお父さんは男と同棲してるのね、くらいの知識で。
マクロビだのなんだのと、近年のお仕事描写の増加に加えて興味のないジャンルの物語であまり好きなシリーズでもなかったのだけれど、この話は面白かった。会社のことが殆ど出てこないというのもあるし、恋愛のあれこれ・人間関係のあれこれに重点がおかれている。学生なのもいいのかも。
「静かに~」の主役である綾川の息子・寛の物語。綾川と、かれと付き合いだした乙耶に可愛がられて育った寛は、ミスターキャンパスとして大学内外を問わず注目を集める青年に育っていた。綾川の子なので見た目が整っているのは分かるけれど、何でもできる上に全ての人に聖人君子のように接する「王子様」になったのは意外なような納得できるような、面白い展開。いい顔をするのは癖と処世術で、インタビューなどに顔を出すのは自分が取りかかっているボランティア活動の手助けになればいいと考えているからだという寛は、さすがにやっかまれることもあるけれど、さほど気にしていない。有名になる以上敵も増えてしかるべきだし、遠くから投げられる憎まれ口など放っておけばいい。
しかしその日絡んできた連中の中にいた一人の男に、寛はなぜか興味を抱いてしまう。いかにもと言った感じの派手な男たちの中にいる、ぼさぼさの髪と黒縁眼鏡の小柄な男。嫉妬や挑発なんかじゃない敵意をみなぎらせて去っていく、「岡崎」と呼ばれた男。
とは言え人数の多い大学で初めて顔を合わせたような男と再び会う機会などそうそうない、はずだった。しかし同じボランティアサークルに所属する米口が、特別に借りた本を返却しないまま連絡が取れない状態になってしまったことで、代表者として寛が呼び出された大学図書館に、かれがいた。返却していない本の情報などを貰うため、図書館で手伝いをしているという岡崎と寛は顔を合わせることになる。あからさまに自分を嫌い避けている態度を崩さない岡崎だが、状況を知っているためさすがに協力はしてくれる。そんなかれに、面と向かって「嫌い」と言われてもなお、寛は興味を抱いてしまう。
寛の不可思議な行動に、当然岡崎は戸惑う。嫌悪感を剥き出しにした態度をとって、嫌いだと告げてもなお、微笑んで接してくる。米口の件もあるけれど、それを抜きにしても寛は岡崎に興味を、好意に近い感情を持っているのだ。失礼な態度をとっているのだから避けてくれればいいのに、何故だかどんどん距離は近づく。そのことが、寛との間に寛本人が気づいていない軋轢を抱えている岡崎を苦しめる。単に嫌っているのではなく、恐れている。寛の屈託のなさや懐の広さや明るさを。寛と接しているうちにかれを嫌う気持ちが削げてしまうことを。
名前を教えてほしい、と寛は岡崎に言う。友人にも「岡崎」「岡ちゃん」と呼ばれていたし、図書館でも「岡崎くん」と呼ばれているかれの、下の名前を知らないからだ。かれに興味を持っている寛からの質問を、岡崎は断った。珍しい名前を告げれば、寛に自分が誰なのか気づかれてしまうかもしれない。必死に変えて隠している容姿からは気づかれていないけれど、名前を言えばすべてが明るみに出るかもしれない。そう考えて岡崎は断るけれど、たぶんその気持ちと並行して、名前を言っても気づかれなかった場合に傷付くことを避けているのもあるだろう。気づかれたくないくせに、気づかれないことに傷付く。その結果の苛立ちを寛にぶつけても肩透かしを食らわせられるばかりだ。そして望んでいないのに、寛と共有する時間は増えてゆく。
その時間に戸惑いながらも、なんだかんだで岡崎はそれを楽しんでいたのだと思う。しかしある時投げかけた質問に対するかれの答に、一気にその熱は冷める。転売すれば高額になる本を持ち逃げして連絡がとれない米口について、裏切られたのだとしてもその事情を本人の口から聞きたい、元々は悪い人間ではなかったかれがそんな行動を取るようになった理由を知りたいのだ、と寛が言ったからだ。その言葉に岡崎は呼吸を奪われ、そのまま倒れてしまう。
かれの家を知るよしもない寛は、いきなり気を失った岡崎を自分のマンションに連れて帰る。どうしたものかと思っているところで岡崎の携帯に兄と登録された男から着信があったため、それに出た寛は、真実を知ることになる。目の前にいる岡崎の正体。かれが自分を「嫌い」だと言っていた理由。下の名前を明かさなかった理由。整っている顔を隠すような格好をしていた理由。足をかすかに引きずっていた理由。それらを、寛と岡崎が親しくしていることに憤るかれの兄から聞かされる。
岡崎が気になって仕方がなかった寛と、寛を避けていた岡崎。すべてが繋がったことで描かれるかれらの過去の思い出は過酷で凄く好きだった。作者本人も言う通り「昭和」なノリの学園生活、それぞれの中で育っていく淡い恋と、裏で練られているひどい策略。うまく行くはずがないと分かっていながらも、恋愛にまだ慣れていない寛と純情すぎる岡崎のぎこちなさが可愛く、だからこそ最悪の幕切れが刺さる。事件としてはそれほど大きなものではないけれど、岡崎が負った傷はあまりに深かった。そして寛もまた、この事件があったからこそ、米口への接し方を選ぶことができた。けれど岡崎にしてみれば、自分は米口なんかよりも信じるに値しない存在だったと実感させられるほかない。
岡崎が眠っている間に全てを知った寛は、当時の事情を知っている父に真実を打ち明けて相談する。その中で綾川に叱咤激励され、更には自分が岡崎に持っている感情が恋愛なのだと気づかされる。傍から見れば恋以外のなにものでもない関心や執着は、その名前を与えられたことによって、寛の中で一気に膨れ上がる。
そこからの開き直った寛のアピールと、戸惑いつつも拒みきれない岡崎の関係が可愛い。恋愛に対してもスマートで一歩引いたところのあった「王子」がなりふり構わず恋をしている姿は仲間たちの目には微笑ましくうつる。岡崎はイエスと言わないけれど、なんだかんだで寛とともに行動する。
その姿を許せないのが岡崎の戸籍上の兄であり、高校時代の全てを知っている健児だ。しかしその健児の行動が、結果的に岡崎の背中を押したことになる。そもそも高校時代に両思いだったのだ。何もなければどちらからともなく告白して結ばれていたはずの二人は、再会してやっぱり恋に落ちる。
寛からの「名前を教えて」という言葉を断り続けてきた岡崎は、ついに自分から名前を教える。とっくに寛は思い出しているけれど、それは健児に言われた名前だ。同じものであっても、岡崎本人から聞かされたものではない。だから岡崎本人が、來可本人が名乗ったときにかれは初めて目の前の男の名前を知るのだ。
來可が名前を名乗ることがきっかけで関係が始まるというエピソードが好き。寛の求愛に流されるのではなく、きちんと來可の方からも気持ちを見せて受け渡したという儀式。
許すかどうかわかんないけど謝って、と來可は言った。謝ってほしいというよりは、そうすることで寛の気持ちを落ち着かせると同時に、自分達の関係のひとつのリセットを図ったのだろう。そして二人はわだかまりを抱えたまま、すぐに失くすことのできない傷や葛藤を抱えたまま恋人同士になる。
こういう、今すぐ何もかもがリセットされるわけではないまま向き合って、長い時間をかけて少しずつ辛かったことを過去にしていく関係を書くことが多い作家だと思う。そういうところが人間っぽくて好き。何度も失敗して、つらかったことに引きずられて、ちょっとずつ忘れていく。完全には忘れられないから、立ち止まりながら前に進む。可能ならその長くて大変な付き合ってからの日々、ハッピーエンドのあとの日々を読んでみたいのだけれど。(そういう意味でも慈英×臣は珍しい作品なんだと思う。臣さんは何度も同じところをぐるぐるし続けているし。)
「恋愛証明書」の准も大人になって登場。相変わらずしっかりした最強キャラでなにより。最強攻様になると思っていたら女の子と結婚してた…ショック!
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