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西原理恵子「毎日かあさん 8 いがいが反抗期編」

西原理恵子「毎日かあさん 8 いがいが反抗期編」
溝にはまって泥だらけで遊び、雨の日に鉄棒を舐めていた長男も中学生になり、よその家の子と同じように反抗期を迎えるようになった。同世代の子たちがそれぞれの性格に添った反抗期を迎えるのだが、単純なところのある息子は、サイバラ曰く「パートタイム反抗期」だ。さっきまで反抗的な態度をとっていたかと思えば、肉やラーメンやどうでもいいことですぐに戻る。友達を呼んできて屈託なく家で遊んでいたかと思えば、ろくに口をきかなくなる。その繰り返し。
沢山の男の子の反抗期というものを目の当たりにしたことがないので、かれの反抗期がレアなのかそうでもないのか分からないのだが、それなりに平和にやっている方なのかなあ。海外ドサ回りには文句言いつつもついてくるし、運動会やよさこい祭りを見に来て欲しいと主張するし。サイバラも息子のころころかわる態度にぶーぶー言いつつも、楽しんで振り回されているようなふしがある。

初期の「毎日かあさん」に通じる、馬鹿馬鹿しくてお腹を抱えて笑うようなネタは、大家族麦ママが提供してくれる。汚れる・失くすからソックスを履くことを母から禁じられた息子は、靴下を履いていないことをクラスメイトに指摘され、裸足に油性ペンでソックスの線を引いた。ばっかだなあ。子供が大きくなるので仕方がないけれど、こういうネタをもっと沢山見たかったな。「ああ息子」のノリが好きなのです。

サイバラが自著の中で、「不安だからネタを(文字を)詰め込む」というようなことを言っているのを何度も読んだ。半年ぶりの「毎日かあさん」の新刊を読んだときに感じたのは、文字と絵が細かく詰まりすぎていてちょっと読みづらい、ということだった。元々そういう芸風(作風というよりは芸風、と呼びたい)のサイバラではあるのだけれど、今回は非常にそれが顕著というか、いつもより多めに詰め込んでおります、という状態。となると、上述の発言を思い返してしまう。不安なのかなあ。正直ここ数巻の「毎日かあさん」はそれまでのような尖がった面白さではなくなっている。その代わりに、大きくなる子供を見つめる母の気持ち・今後大きく変化することのない大人が、日々変化してゆく子供に驚かされつつも寂しい気持ちを描く事に長けてきているとは思うので、失っていくものばかりでもないのだけれど。
このあたりは寧ろ、読み手の境遇・状況にもよるのかな、と思う。子供を持ったことがなく、親戚の子供や友人の子供と深く接することもないわたしには、子供離れできないことを自覚しながらどうすることもできないサイバラの葛藤を、もう少しだけ、といいながらいつか来る未来を先延ばしにするしかできない母の孤独を、想像することしかできない。共感できないぶん、どうしてもサイバラが丸くなったように思えてしまう。どうしても、物足りなさが先に出る。
十分面白いのだけれど、西原理恵子にはまだまだ円熟期に入らず、一生反抗期のまま攻め続けてほしい。
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posted by: mngn1012 | 本の感想 | 20:57 | - | - |

LaLa 2011年9月号

・夏目友人帳 夏目音物語2
付録のドラマCD。1本目が30分、2本目が15分。付録で全部で45分は豪華だと思う。

1.月小夜の姫君
校外学習の一貫で、写生のために外へ出てきた夏目たちは、地元に住む友人たちが口をそろえて話題にするお化け屋敷のある遊園地の方へ向かう。そこで夏目は、お化け屋敷が諸事情により現在閉館していること、また、名取周一がプライベートでこの場にいることを知る。
テンションの高い友人たちを目の当たりにしつつ、いつも通りぼんやりしている夏目は、一人ぼっちの少女と出会う。周囲に保護者がいる様子のない彼女に家族の所在を聞くときに、「家族、つまり一緒に住んでいる人たちのことなんだけど」と言う夏目のせりふが凄く好き。単に「家族」という熟語を理解できなかった子供のために噛み砕いて喋っただけとも取れるが、夏目にとって家族の概念はまさに「一緒に住んでいる人」だろう。血の繋がりや一緒にいた年月ではないものを共有する「家族」と、かれは幸せに暮らしている。
小夜と名乗る少女の主張は、子供らしく言いっぱなしでとりとめがない。「ヒフミを探す」と言ったかと思えば「ヒフミを忘れた」と言う。忘れたと言った口で、写生のための画板を持った夏目を「ヒフミに似ている」とも言う。ともあれヒフミがおそらく家族なのだろうと感じた夏目は、彼女を放っておくわけにもいかず、迷子案内所へ連れて行こうとする。
そして足を踏み出したところで、友人たちの言葉により、小夜がかれらには見えない存在=妖であることを察知する。更に、遊園地のスタッフに事情を聞いた友人たちから、お化け屋敷に本物のお化けが出るという騒動が起きて、閉館しているのだと聞かされたことで、夏目の中で少しずつ点が繋がり始める。
そこへ、名取が現れる。お化け屋敷の騒動を不安に思った遊園地のオーナーに依頼された名取は、男を誘惑して魂を食う伝説を持つ「月小夜の姫君」とその手下があやしいと感じている。成人女性の姿をしている「月小夜の姫君」と幼い少女の姿をした「小夜」に関係があるのかも分からないまま、夏目はいつもの調子で事件に自ら足を突っ込んでしまう。
再び顔を合わせた小夜は、自分がヒフミのことを忘れて行くと夏目に泣きついてきた。事情が読めないでいる夏目の目の前で、小夜は大きな顔の妖に食われてしまう。慌てて小夜を探し、閉館しているお化け屋敷へ辿りつく夏目。大顔のとった行動は攻撃ではなく、そうすることでしか人を運べないかれの手段だった。
小夜を助けに向かう夏目とニャンコ先生、大顔一行を祓おうとする名取と柊が鉢合せする。そして被害者かと思われた小夜は、大顔を「家族」だと言った。まだ幼い彼女が、大顔に命令をしていることから、立ち位置が見える。すぐにでも祓おうとする名取を諫めて、なんとか事情を聞くことにする。
小夜とそのお付きの妖たちによって明かされる小夜の事実が、物凄く切なくていい。卵から大人の姿で生まれたあと年を経るごとに若返り、思い出を少しずつなくしていって卵に戻って死を迎えるのが小夜の一族の運命だ。かつて「月小夜の姫君」として辺り一帯を統べていた妖は、人間の高校生に泣きついてくる幼い少女の姿になった。そして小夜は、自分が思い出を失くしてゆく生き物なのだと知っている。知っていて、どうすることもできないでいる。なんと残酷な設定なのだろう。凄く好き。
そして小夜が探している「ヒフミ」は、かつて心を通わせた人間の男なのだと言う。小夜が見えたヒフミは、小夜が自分たちとは違う生き物であることを知らなかった。知らないまま恋をしたかれは、真実を告げた小夜の告白に影響を受けて、かつてこの遊園地を創業したのだ。いつか子供になった小夜が、笑って暮らせるような花畑と遊園地を。添い遂げられるような、最後面倒をみられるような寿命ではないからこその選択だったのだろう。
そのことを小夜は思いだしたけれど、その記憶すら、いずれ失われてゆくものだ。「いつまで覚えていられるだろう」と言う小夜の声は幼い少女のものだけれど、口調には諦めや憂いが滲んでいる。きっと忘れる。絶対に忘れる。けれど忘れたときにも、彼女が笑って過ごせる遊園地はある。それが、とうに亡くなった男の遺した愛情のかたちなのだろう。
むちゃくちゃ良い話で、小夜の芝居もすごく良くて泣けた。この小夜役の声優・諸星すみれちゃんがまだ小学生か中学生くらいの子なんだけれど、超良かった。(「鋼の錬金術師FA」のニーナもこの子だと知って納得した…)せつないよー。
このどうしようもなさやるせなさは、夏目のエピソードの中でもかなり上位に来るくらい、好き。

2.夏目百物語
こっちはドタバタに時期的なものを絡めて、更に大事なところはおさえてる感じ。
西村の提案で、田沼の家で百物語をする。西村の最大の目的は、夏目の友人である多軌を誘うこと。でも多軌は夏目が連れてきたニャンコ先生に夢中だし、夏目はまたもや事件に巻き込まれるし。かわいい日常。
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posted by: mngn1012 | 本の感想 | 22:53 | - | - |

夏コミ新刊2

・一穂ミチ「愛情生活」
「街の灯ひとつ」の番外編。
誕生日を間近に控えた片喰は、何が欲しいのかと初鹿野に聞かれて戸惑う。初鹿野が自分の傍にいることで全てが完結しているかれには、欲しいものなんて本当にないのだ。しかしそういう心情を察しているであろう初鹿野は、敢えて片喰に主張させようとしている。嬉しいこと嫌なこと、欲しいもの、したいこと、そういうのをきちんと言えるように、対等に言い合える恋人になるように。
初鹿野のことは何だって覚えているくせに自分のことには頓着がない片喰は、誕生日に特に華やかな思い出はない。家族くらいにしか祝ってもらったことがなかったし、それだって食べきれないで残ったケーキを見て気落ちするような思い出とセットの記憶だ。そして何より、誕生日が憂鬱な理由がある。
自分の読者がきちんと誕生日を覚えていて、それに合わせてプレゼントや手紙を送ってくれるのだ。もう作品を発表していない、この先も発表することのない、片喰鉄のために。もはやこの世にいない、作家片喰鉄のために。いつかまた作品を出してほしいという善意の期待に満ちたプレゼントに、片喰は押しつぶされそうになる。感受性が人一倍豊かで、初鹿野曰く「お人よし」のかれには、それらを無視したり捨てたりすることはできなかった。きちんと目を通して、食べ物は食べて、それ以外のものは保管しておく。けれど一年に一度送られてくるその存在が、片喰を苛むのも事実だ。
片喰にとっては、長い間誕生日はそういう日だったのだろう。それは今年も、きっと来年も変わらない。けれど初めて初鹿野と過ごすことで、少しでもいい思い出が生まれるといい。
誕生日というキーワードから、またもやストーカー時代の記憶を引っ張ってくる片喰。初鹿野に片思いをしていた少女のような勇気も積極性も持てなかったかれは、結局何もできずに卒業の日を迎えた。友人たちと笑う初鹿野、一足先に帰る初鹿野を見つめながら、片喰は自分のふがいなさを責めて泣いた。ほとんど狂気の愛情を抱えて、初鹿野の残した足跡をなぞる片喰がせつなくて、狂っていていい。

・一穂ミチ「a scenery like you」
「is in you」の番外編。二人して圭輔の実家に寄った「is in me」のあと、香港へ帰ってきた日の物語「うれしくってだきあうよ」は、圭輔と付き合いだして以降自分のペースを見失って困惑する一束がかわいらしい。自分がマイペースなこと、一般的にみて「変わっている」ことを一束は知っている。そして圭輔が、そういう自分を好きになってくれたことも分かっている。圭輔の今の気持ちを疑ったりはしないけれど、圭輔に翻弄されてそのマイペースを崩してしまったときにどういう反応をされるのか、については自信がない。
そんな理由から、もう少し一緒にいたいのに言いだせない一束。脳内でぐるぐるしている一束だけれど、きっと傍から見ればいつもと変わらない無表情なのだろう。圭輔はそういう一束の本音を見抜いているのかいないのか、かれなりの緊張感を持って、一束を誘う。二人して一緒にいたいと思っているのに、その気持ちを分かち合うのには遠回りが必要。
そして圭輔に翻弄されていると思っている一束の反応に、圭輔は翻弄されているのでした。
圭輔の二人の妹が香港旅行にくる「brother sun,sister moon.」は、圭輔のいないところで圭輔の話を聞かされる一束が、自分の知らない圭輔に悶々とするはなし。社会人としては、人に失礼なことを言われても笑って受け流すだけで怒らない人という評価をされている圭輔だが、妹たちにすればすぐに怒る兄だったと言う。それは長男としての責任感とか、圭輔・妹双方の若さとか、妹の行動とか色々な要因があるのだけれど、一束にしてみれば新鮮な話だった。どこの兄弟でも交わされていそうなやりとりに、一束は羨望の気持ちを抱く。自分が一人っ子だから兄弟が羨ましいとかじゃなくて、彼女たちみたいに圭輔に雑に扱われてみたい、と思ってしまう。大事にされたい特別に扱われたい、邪険に扱われたい適当に流されたい、恋愛はどんどん我が儘になる。
自分のことを話さない圭輔に、友人たちや妹たちが苛立つことはたまにある。それは皆かれが好きだからだ。相談してもらえないこと、秘密を明かしてもらえないことがまるで特別ではないと言われているようで寂しいからだ。けれどその気持ちは、悪気なく悩みを打ち明けないだけの圭輔には分からない。一束にはどちらの気持ちも分かるだろうけれど、それを圭輔に教えることはしない。だめなところがあって、いいところがあって、それでも好きだと感じるだけだ。
日本に帰る佐伯と、かれを送りだす美蘭の話「Anywhere is」も切ない。佐伯は本当に、当て馬なんていう言葉で片付けるのが勿体ないくらい、歪んで魅力的な当て馬でした。

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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 17:50 | - | - |

夏コミ新刊その1

・砂原糖子「言ノ葉便り<冬木立の頃>」
「言ノ葉ノ花」の番外編であり、同人誌「言ノ葉便り<前略>」の続編。
果奈が兄に恋人を紹介するという、家族のプライベートな食事会に誘われた余村は緊張していた。妹が恋人を連れてくる長谷部よりも、部外者のかれのほうが動揺している。別に、果奈の恋人が以前のようなろくでなしでない限りは長谷部も反対はしないし、余村なんてもっと関わりのないことだ。けれど余村は、長谷部が苦笑するほどに緊張している。
緊張はしかし、杞憂に終わる。果奈の恋人は好感のもてる青年で、二人は非常に幸せそうだった。そう遠くない日に彼女は、青年とともにこの家を出るだろう。それは長谷部にとっては寂しいことだけれど、妹を何よりも大切に思うからこそ喜ばしいことでもある。まだはっきり決まっているわけではないその日が来たら、両親が遺した家で一緒に暮らしたいと長谷部は余村に切り出す。友人同士の期間限定のルームシェアではない、永遠に続く共同生活を実現するには、果奈へのカムアウトが必要になる。全てを打ち明けたいと言う長谷部に対して、戸惑いながらも余村は「いつか」話すことを約束した。今すぐにでも打ち明けそうな長谷部とは異なり、余村の「いつか」は予定のたっていない「いつか」だ。まだ遠い未来、自分の勇気が出たら。そう思っていたけれど、「いつか」は次の瞬間にやってきた。部屋で抱き合っているところを、恋人を見送って戻ってきた果奈に見られてしまったのだ。
真実を打ち明けられた果奈は、驚きながらも二人の関係を受け入れた。少なからず緊張していた長谷部にしてみれば、拍子抜けするようなオチだったかもしれない。しかし余村は、何の気なしにかすめそうになった自分の手を、果奈が振り払ったことに気づいてしまった。
その日から、余村の頭をそのことが苛むようになる。結果的にカムアウトを済ませて受け入れられたと、完了したことのように受け止めている長谷部とは対照的に、顔を合わせることもない果奈の反応ばかり気にしてしまう。果奈が何か言っていなかったか、どう思っているのか、心配でいてもたってもいられなくなる。そしてかれは、恋人に黙って、果奈に連絡をとってしまう。
果奈に電話をかけた余村は、果奈の本音を知りたいという気持ちで頭が一杯だった。しかし実際に果奈に会って、彼女の本音を聞いてしまえば、今度は知らされた本音がかれの頭を支配する。カムアウトした時には反対も批難もしなかった果奈だけれど、やっぱり戸惑っているし、納得できていない部分もある。「親友」だと思っていた余村と兄の関係の親密さについては謎が解けたかもしれないが、やはり果奈にしてみれば、兄には彼女をつくって結婚して家庭を持ってほしいと言う願いもある。友達ではだめなのか、と思ってしまう。余村が乞うて聞かせてもらった果奈の本音に、かれ自身が苦しめられる。
そしてとうとう余村は、長谷部に今まで通り接することができなくなる。果奈の態度が、言葉がちらついて、気になって、どんどん内に籠ってしまう。あれほど忌み嫌っていた「声」が聞こえればいいのにと、思ってしまうほどに。
こじれたところで待て次巻。どんより鬱々とする余村さんは久々で懐かしくて好きだ。果奈の反応はおそらく一般的なもののうちの一つだろうと思うので、だからこそどう乗り越えるのか楽しみ。頭ごなしに批判されたりしない分、余計に本当の意味で納得して受け入れてもらうまでに時間がかかりそう。

・和泉桂「sweetie」
夏コミじゃなくて6月J庭新刊だった。見落としていた。
清澗寺はお馴染みの全員集合パラレル、今回は温泉旅行の巻。前に旅行した時は、冬貴の伝手を使って贅沢な日々が過ごせて和貴が対抗意識を燃やしていた記憶があるんだけれど、今回は深沢が普通に手配しての旅行。相変わらずでなによりです。
普段4組のカップルからあぶれてしまう鞠子のところへわざわざ冬貴が訪ねていって、(親子として)仲良くしている奇妙なシーンが可愛いのだけれど、実はここ二人他人なんだよなあ。だからこその距離感なのかな。和貴は冬貴の・清澗寺の血が流れていないからこそ鞠子を大切に思えるふしがあるけれど、冬貴がそこまで考えているのかどうかは定かじゃない…。鞠ちゃんの幸せな姿をちょっとでも見ておくぞ…。

・和泉桂「Short Pieces vol.9」
「タナトスの双子」の番外編は、過去を思い出し、今とはあまりに違いすぎるそれぞれの物語。マックスに夢中なあまり、悪気なくヴィクトールのことを邪険にしていたユーリ。周囲にも本人にも分かるくらいミハイルが好きくせに、決してかれに触れなかったアンドレイ。別々の土地で、別々の階級で離れて生きていた双子は、悲しい別れやいくつもの事件を超えて、今の状況になんとか落ち着くことができた。今が一番いいのかは分からない。何も知らなかった昔のほうが幸せだったかもしれない。けれど時間は戻せないし、あのままなら双子はお互いのことを知らないままだった可能性もある。だから今がいいのだと、思うほかない。
「夜ごと蜜は滴りて」は和貴の記憶喪失もの。作者自ら「お約束」というだけあるベタな展開だし、同人誌の深沢はそのことを重たく受け止めたりしない。寧ろ最近では見なくなった、和貴のツンケンした態度にちょっと嗜虐心を煽られてすらいる。深沢さん超絶ポジティブで人生を謳歌して楽しそう。記憶が戻ったあと、記憶を失っていた時の自分を可愛いと言う深沢に「いつもの僕は可愛くないのか」なんて拗ねる和貴は大分愛されることに慣れてきている。かわいいよ!
「せつなさは夜の媚薬」は体も心も少年に戻ってしまったクラウディオの話。今のクラウディオが言葉を濁して語ろうとしなかったかれの少年時代を、幼いクラウディオの口から聞いて、道貴は切なくなる。自信に満ちたかれは、想像できないような暮らしをしていた。使用人のように扱われるかれの心を占めていたものは、一族を没落させた者への復讐。それはとりもなおさず清澗寺への復讐であったけれど、その気持ちがいずれ消化されることを道貴は知っている。小さいクラウディオと過ごした時間はほんのわずかだったけれど、このまま続けばかれも道貴を好きになりそう。
「この罪深き夜に」は国貴と遼一郎が他人の赤ん坊を預かる話。四人兄弟の長男の国貴は案外赤ん坊の扱いに慣れているのは分かるのだが、年齢差の問題であっても「和貴だけ抱っこしたことがない」というエピソードがいい。可愛そうな次男…知らないままでいさせてあげたい…。ベタなドタバタだけれど、弟妹が幼いころを思い出す中で、国貴が伏見のことを考えるところがいい。国貴は兄弟の中で唯一伏見を嫌悪し敬遠していたけれど、遠く離れて年齢を重ねて思い出してみると、かれはかれなりに冬貴以外の清澗寺の面々のことを考えてくれていたのだ。
「罪の褥も濡れる夜」屋敷の前で伏見が拾った子猫は、引き取り手が見つかるまでの間、清澗寺家で飼われることになる。喜々として子猫の玩具を買い、世話を焼く伏見の姿に、国貴の回想がリンクする。そしてそんな伏見が、冬貴は面白くない。拗ねる冬貴に慌てて伏見がフォローを入れるのだけれど、「いつもは可愛くないのか」と和貴と全く同じことを言ってるのがいい。似たもの父子。この短篇は音声化すべき…!
兄弟たちが幼かったころの七夕を描いた「ひとつの願い」がいい。寮制の学校に入学し、週末も滅多に実家へ帰ってこない国貴のことばかり考えている和貴は、笹に飾る短冊に、自分の一番の願いを書けなかった。このころの和貴は既に、兄がこの家や、父にそっくりな自分を敬遠していることに気づいているはずだ。だからこそ、一番の願い、兄に帰って来てほしいという願いを書けない。国貴が見るわけでもないのに、言葉にできない和貴の繊細さがかわいそうでいい。そのことに唯一気づいている伏見は、「そのうちに、待つのも楽しくなるよ」と言った。確信していたのか、優しい慰めだったのか、ともかくその言葉は本当になった。逃げるために海外へ渡った兄を思うこと、保証のない再会を待つことも、今の和貴には幸福だ。
鞠ちゃんの方が道貴より年下とは思えない短冊の内容である。


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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 11:39 | - | - |

志水ゆき「是-ZE-」11

志水ゆき「是-ZE-」11
最終巻。そういえば「LOVE MODE」も全11巻だった。

力一が作り上げた桃源郷に部外者が入ってきた。後になって思えば、それが崩壊の始まりだったのだろう。
宇多が川で拾った傷だらけの男・穂積は、既に介抱されていた貴光の弟であった。ここで暮らしたいと願い出たいかにも事情がありそうな怪我人二人を、力一は笑顔で受け入れた。豪快な力一は単純かつひとが良さそうに見えるけれど、実際のところはそれなりにひとを見て判断している。あとは、己の並外れたつよさがあれば多少のトラブルはなんとでもなると思っているのだろう。

しかし思っていた以上に、トラブルの火種は大きなものだった。両親の都合によって幼い頃に引き離された兄弟は、再会後に生まれた確執をどうすることもできなかった。母に捨てられた兄・貴光は努力によって成功を収めたけれど、ろくでなしの弟・穂積によってそれらすべてを台無しにされた。貯金も恋人も踏みにじられた兄は、自分が生き残るために弟を刺した。それは借金の取立てに来た男の命令によって起こした行為だったけれど、ある意味で貴光の願いでもあったように思える。
ともあれ徹頭徹尾合わない兄弟は、借金取りが追ってこない場所にあってもなお、相容れるものではなかった。あからさまに貴光宇から憎しみの目を向けられる穂積と、かれをはじめに拾った宇多は次第に接近する。おそらくこれまで女を利用し、弄んできたであろう穂積は、宇多という特異な女に惹かれた。言葉や感情の表現が非常に少ない宇多もまた、穂積に惹かれた。そして、桃源郷の穏やかで豊かでのんびりとした生活に居場所を見出せなかった穂積は、宇多とともに出ていくことを決意する。

最愛の妹を送り出した力一は、彼女の幸せを願いながらも、当然寂しく感じている。笑顔の奥にある感情に気づいた真鉄は、力一を慰めようと懸命だ。力一にこどものように抱きついて、添い寝でも何でもしてやるという真鉄の言葉に笑いながら、力一は和記に「いいのか?」と聞く。和記がそういう意味で真鉄に執着していることを、無視するような力一ではない。
そして和記はあの食えない笑顔でもって、「いいよ」と返す。かつて真鉄が穂積の傷を引き受けたとき、かれが力一以外の誰かの傷を治すことを面白くないと感じていた和記だが、ここでは力一相手にも嫉妬している。けれどかれはそれをおくびにも出さず、「空いた穴を埋めるようにとりあえず笑う」のだ。

遠く離れた宇多から送られる便りが力一の楽しみだった。穂積との生活が楽しくて満たされていることが記されている手紙の中で、彼女は妊娠の報告をしてくる。言霊師は出産するとその力を失うため、これでようやく彼女は普通の人間になれるのだ。何重もの喜びに、妹と長らく会えない寂しさを堪えて祝いの酒を飲む。
穂積がいなくなったあとも、貴光は相変わらず独り暗い部屋に籠もっていた。かれに食事を届ける千乃は、貴光と接近する。ここにはかれの敵はいないし、追っ手もたどり着けはしない。なにかあったら自分が守る。だからもう恐れるものはないのだと拙い言葉で伝えてくる千乃に、貴光の傷ついた心が癒されていく。

変化がと争い多い毎日の中、和記の幸せは真鉄の存在だった。力一の紙様として動いているかれも、夜は和記の隣へ来て眠る。最後には自分のところへ戻ってくるということが、和記を満たす。

ある夜、真鉄が誘拐されかける。間一髪のところでその目論見を失敗した犯人は、かつてこの里から出て行った穂積だった。逃げたかれを追って下界へ出た白波瀬と貴光は、かれの家で、病床の宇多と再会する。足を入れた瞬間、力一宛の手紙に書いていた生活の様子とは全く異なる貧しい生活をしていることが分かる家で、宇多は横たわっていた。うまくいかない生活の中、言霊師としての力を悪用して金を作ったという宇多の顔は傷だらけだ。もう命がながくないと実感し、諦めている宇多とは違い、穂積は彼女をなんとか延命させようとしていたのだと言う。真鉄を誘拐したのも、そのためだろう。しかし穂積の願いも空しく、宇多はかれにみとられることなくこの世を去った。
逃げ出したはずの穂積を追い詰めたのは力一だ。宇多のために金を悪事を働いて稼ごうとする妹婿を、かれは殺さなかった。その代わり、宇多が遺した息子を置いて去るように告げる。しかしそんなことで退く穂積ではない。自分と宇多の息子を人質に金を要求してくるかれに、力一たちも手が出せない。(言霊使ったら勝てるんじゃ、と思ったけれど。)
その窮地を救ったのが真鉄だ。文字通り人間離れした身体能力を持つかれは、穂積の手からかれの息子を取り戻した。しかし形勢逆転したと思ったのも束の間、真鉄は穂積に刺されてしまう。穂積を迷いのない腕で斬ったのは和記だ。そして刺されたことで真鉄が手離した赤子を救うべく、谷へ赤子ともども力一が落ちてゆく。
なんとか意識を保っている真鉄は、重傷を負わされたにも関わらず、谷底の力一を助けに行くのだと主張する。力一のことも省みず「行くな」と言う和記の言葉を聞かず、「おれは力一の紙様だから」と。
しかし結局、真鉄は力一のもとへ行けなかった。その前に、かれは涙を流して白紙になってしまったのだ。白紙に戻った真鉄の風に流され、谷底の力一の元へとたどり着く。谷から落ちて腹に大きな穴を空けた、もう長くない力一のもとへ。最強の言霊師は近衛と阿沙利に、これからも和記と他の言霊師・紙様を守ることを命じる。ともに死ぬことを許さない強い意志を感じる。
力一が命と引き換えに守った宇多の忘れ形見であり、千乃と貴光が引き取って育てた子こそ、三刀彰伊だ。亡くなる瞬間の宇多の「不幸や災厄は全て私が持っていくから」「彰伊だけは幸せになれますように」という願いは結果的に叶ったことになる。かれの孤独な少年時代を救ってくれた阿沙利は、全ての記憶を維持したまま再生(再成)した。本来起こらないはずの奇跡が起きた背景には、言霊師・宇多の最期の言霊の力もあったのではないかと思わされる。寧ろ、宇多の短すぎる生涯をみるに、そうならばいい、と思えてならない。

力一は死んだ。真鉄は白紙となった。そして、和記の桃源郷は終焉を迎えた。それ以外かれは、空いた穴を埋めるための笑顔を顔に貼り付けて、死んだような生を続けている。常に背を持たれさせている黒い棺桶に入っているのは、再成したまま目覚めさせないでいる真鉄の肉体だ。
そのまま永遠に澱みの中で酔いながら生きて死にそうな和記の背中を押したのは、これまでかれが部外者として傍観者として見てきたいくつもの事件だろう。記憶を失って再成した氷見と新しい関係を築いた玄間、あらゆる可能性を知った上で阿沙利を目覚めさせた彰伊と全ての記憶を残して戻ってきた阿沙利、一族の落ちこぼれと揶揄されながらも初陽と幸福な関係を築いている月斗と星司、主人亡きあと新しい言霊師・隆成とぶつかりながらもようやく行動を共にするようになった守夜、特定の言霊師を持たず自分の価値を見いだせずにいた紺に新しい世界を見せてくれる一般人・雷蔵。様々な問題を乗り越え、今共同生活を送っている櫻花・琴葉たち。和記の想像を遥かに超える行動をとることも多いかれらに、少しずる和記は影響されていたのだろう。
そして死ぬ時の力一の言葉。自分に繋がる者たちが、和記の願いを叶え続けると力一は言った。和記の願いは娯楽と希望だ。退屈な人生を生涯楽しませてほしい、という願い。それは、真鉄を目覚めさせるべく行動を起こした和記を、力一に繋がる者である阿沙利たちが既に待ちかまえていたことだけでないと思う。ずっと冷めた目をしながら、それでも和記は何組もの言霊師と紙様の関係性の変化を楽しんで見ていたはずだ。時に喜び、時に憤りながら、決して退屈はしていなかったはずだ。和記が力一に掲げた条件は、常に果たされ続けていたのだ。かれらが今住んでいる屋敷もまた、力一が作り、皆が守ってきた桃源郷なのだと思う。

****
物語の初期からずっと匂わされてきた和記の過去、力一という言霊師、黒塗りの棺の謎を暴いて、その先に一歩進んで物語は終わる。真鉄がどうなったのかの判断を読み手に任せるオチは、思わずお約束と言いたくなるけれど、どちらにしてもポジティブさが見えるラストで良いと思う。力一のいない「退屈な日常」を生きていくと決めた和記が、真鉄に向ける顔はひどく優しくて、日常を「退屈」だと思っている人間には出せない顔だ。
谷底に落ちた力一を助けるため、和記の願いを拒んだ真鉄を、和記はどう思っているのだろう。そもそも真鉄は和記が作った存在だ。傷を軽減する、身代わりに受ける、言霊師のための存在だ。谷に落ちたのが琴葉だったら、彰伊だったら、誰が止めても近衛や阿沙利は危険を顧みずに谷底へ向かうだろう。それが紙様だ。けれどかれらは言霊師の紙様なだけでなく、唯一無二の恋人でもある。真鉄にとってその相手は、永遠の番を誓い合った相手は和記だった。言霊師と恋人を別に持ってしまった紙様は、恋人の忠告を払いのけて言霊師のところへ向かおうとした。
勿論真鉄に悪気はない。和記にとっても力一はこの上なく大切な人だし、力一と真鉄が存在することが和記の幸福に繋がる。しかし、力一の安否を問わず、このあと真鉄が戻ってくれば話はまた違っただろうが、かれは次の瞬間に白紙になるのだ。生きている真鉄の最後の選択は、縋る和記の願いを聞かずに力一のもとへ行こうとしたことになった。そのことを和記は気にしているのかいないのか、定かではない。力一を大切にする真鉄を見て何とも言えない焦燥感をおぼえていた和記だからこそ、気になる。
「LOVE MODE」同様、色々と手を広げすぎたきらいもあれど、グランドフィナーレまで堪能させてくれる最終巻だったと思う。長らくお疲れさまでした。わたしは阿沙利が好き!
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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 02:23 | - | - |

井上純一「中国嫁日記」1

井上純一「中国嫁日記」1

20代の中国人女性と結婚した40代の井上純一(井上純弌)がWEBで発表していた作品の書籍化。ネットではちょこちょこ読んでいたんだけれど、50ページ以上のなれそめ漫画書き下ろしや、4コマ一本ごとに月さんのコメントが付け加えられていたり、解説があったりと読み応えがある。

著者と結婚するにあたって中国から日本に来た中国嫁・月さんは、中国で日本語を勉強していたとはいえ会話はカタコト。日本の文化なども当然越してくるまでよく知らなかったので、われわれにしてみれば気にならないようなことに驚いたり感動したり疑問を感じたりする。
カタコトでなされる大きなリアクション、ドヤ顔で間違った言葉を使ったり、間違った使用法で家具を使ったりするのは、異文化コミュニケーションもののお約束だけれど面白い。トイレに紙があって驚くとか、鶏肉でつくった丼を「牛丼」だと言ったりとか、そういうベタなこと。
あとはとりあえずデフォルメされた月さんが明快な上に可愛い。大相撲の春場所休場に絶望したり、イチゴ狩りに前日から興奮しすぎて眠れなかったり、スライスチーズを乗せたトーストの美味しさに感動したり。くるくる変わる表情の豊かさと、短くて単純だけれど的確な言葉。どれくらいが実話で、どれくらいが誇張やフィクションなのかは知らないけれど、どちらにせよ、非常に漫画として巧い作品だと思う。表情が秀逸だし、魅せ方も巧い。夫妻の面白い出来事を書いたから面白いのではなくて、面白く書いている(書けている)のだと思う。

面白いだけじゃなくて、夫妻が育んでいる愛情が可愛らしくて微笑ましくてきゅんとさせてくれるのもいい。一緒に夜散歩しているときの月さんの「ケコン前独りの時はそれが普通で平気だったのに」「今は独りだと寂しいのカンジ」という言葉から、何でもない日常の中で、二人だけの楽しいこととか幸せなことを見つけている関係が伺える。それ以外にも、旅行先でジンサン(=著者。苗字の「井上」を中国語読みしたもので、月さんがこう呼ぶ)がしみじみ「月と結婚して良かったな」と言うと、月さんが「でしょネー」と返すのも可愛い。
そんな甘いものじゃないとしても、やっぱり恋愛とか同棲とか結婚って、しみじみ幸せを噛み締めるものであるべきだと思う。ちくしょういいなあ、と思わせてくれるくらいでちょうどいい。
ちくしょう。

馴れ初めはストーリー漫画で語られる。どうやって中国人女性と結婚したのか、そもそもどうやって出会ったのか、一回り以上の年齢差や言葉の問題はどういう風に解決したのか、などがざーっと描かれていて面白かった。
一番面白かったのは、本人がまえがきで言っているように、漫画とアニメのことばかり考えて美少女フィギュアを買い漁っているようなもてない40男であること、つまり一般的に見てマイナスポイントだらけのジンサンの個性が、月さんにしてみれば結婚相手としての条件を満たしていたことだろう。中国ではかれらくらいの年齢差は普通だし、太っていることは裕福さの象徴だし、オタクにありがちの会話下手やもてないことは浮気をしない・誠実な男として受け止められる。月さんにしてみればジンサンは第一印象が良かった、のだ。
会うまでは散々ごねたりアクシデントが発生したのに、実際会ったらあれよあれよと進む結婚の道。多分漫画には描かれていないような大変なこともあっただろうけれど、今が幸せそうなのでよかったよかった。

あとがきのまだ後、「最後に嫁に聞いてみた」が無茶苦茶いい。元々月さんには秘密で開始された日常生活を描いたブログは、どんどんアクセス数を増やし、彼女にも知られ、とうとう書籍にまでなった。想像できない数の人々が自分たちのことを知っている、自分たちに注目していることについて、ジンサンはネガティブにもなる。関心を抱かれていることは、必ずしもいいことばかりではないからだ。
けれど月さんは「関係ない」「同じ」だと言う。「毎日ごはん作って食べてるデしょ」「二人とも元気」「同じよ」と。それは彼女がこの事態を把握できていないからとか、インターネットに潜む悪意などの怖さを知らないからというのもあるんだろうけれど、多分根本はそうじゃない。ネットでどれほど騒がれても、本が売れても、夫妻の生活が変わるわけではないのだ。これまでのことについて「愛さえあれば何でも乗り越えられる」と語る彼女の真っ直ぐな強さ、ポジティブさが、ジンサンのネガティブを吹き飛ばす。おしあわせに!
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posted by: mngn1012 | 本の感想 | 21:28 | - | - |

ひのもとうみ「それが愛だとするならば」

ひのもとうみ「それが愛だとするならば」
容姿、人望、成績の全てが常にトップクラスの哲也は、年下の幼馴染み・透に頼まれて、一時期かれを居候させることになる。何かと要領が悪い透を幼いころからずっと庇ってきたおかげで、いまも哲也は透に懐かれている。
ある日仕事がうまくいかず苛立っていた哲也は、酒の勢いを借りて無理やり透を抱いてしまう。翌朝後悔に苛まれる哲也は、透が以前から自分を好きだったことを確信する。


初書籍となった前作で、非常にいやな攻が輝いていた作者の二作目。やっぱりこっちも攻がいやな奴である。ちょっとそれを期待してた。
頭が良くて顔が良い哲也は当然モテる。そして要領が良いかれは、人間関係を円滑に進めることも得意だった。会社の重役の娘である恋人と付き合っているけれど同性の同僚にだって嫌われないし、仕事が出来るので上司の覚えもめでたい。とにかく外面がパーフェクトのかれは、別に凄く悪い奴でもない。普通よりは大分出来がいいけれど、ごく普通の男だ。困っている人がいれば自分に出来る範囲で助けるし、世の中には不条理が溢れていることは知っているけれど、それなりに良くないとも思っている。自分の何かを犠牲にしてまでそれらに立ち向かいはしないけれど、出来る範囲で出来ることはする。そういう、普通の男だ。
社会人となってばりばり働いている今だけでなく、かれは昔からそうだった。隣の家に引っ越してきた二歳年下の透がクラスメイトにからかわれているのを見たときも、哲也は助けてやった。だけでなく、もしまたからかわれるようなことがあれば自分を呼べと、透を励ました。小学生の間の二歳差は非常に大きい。哲也にとって透をいじめる連中など敵ではない。そういう、哲也にしてみればあまり大したことではない態度が、幼く孤独な透には唯一の救いのように思われた。その日以来透はずっと、哲也に懐いている。勉強を教わったり、一緒に遊んだりしてきた。哲也が大学進学で地元を離れるまで。

高校時代のある日、哲也はからかい半分で透の体に触れた。大したことではないと手を伸ばしたけれど、そうじゃないことはすぐに分かった。透の反応と、自分の動揺を感じながら、それでも哲也は止めようとしなかった。行為は途中で終わり、哲也が何でもないことのように言って透の言葉を奪ったためにふたりの関係は変化しなかったけれど、哲也はその時から透を少し避けるようになった。そしてかれに何も言わず、実家からは通えない距離の大学を目指し、勉強し、見事合格して家を出た。透から、離れた。
高校卒業後地元で就職していた透は、祖母の死をきっかけに、哲也と同じ東京で働くことを決めた。家族の了解は得ており、あとは仕事を探すだけだ。就職活動は出来るが、そのためには金と時間と、家が必要になる。それほど貯金も多くない透は、哲也に頼み込んで、三か月の期限で居候することとなった。
透との生活は、いざ始まってみるとなかなか居心地の良いものだった。家で料理をすることが多かったというかれの作る夕飯は、外食三昧の哲也に優しく沁みた。その反面、要領や呑みこみが悪く、田舎での生活の感覚が抜けない透に苛立つこともあった。実は非常に自分勝手で、損得なしに他人に譲歩することがなかなか出来ない哲也にとって、
透の存在は良くも悪くもあった。

就職先が決まったものの、すぐに給料が入るわけではない。居候生活を継続している透を、哲也はある日抱いた。ずっと一位だった営業成績を同僚に抜かれたことでやけ酒をかっ喰らい、苛立ちと朦朧とした思考によって理性がきれたのだ。そして、無理やり乱暴をされたはずの透の反応を見て、哲也はずっと自分の中にあった疑念を確信に変える。透は自分を好きなのだ。自分に、恋愛感情を抱いているのだ。
そう思った瞬間、哲也は自分の気持ちよりも先に、かつて兄に言われた言葉を思い出す。学生時代、べったりだった二人の様子を見ていた兄は、「普通じゃない」「心配だ」とからかうような真剣なようなトーンで言ってきたのだ。その時躍起になって否定した言葉を、哲也は改めて否定しようとする。自分と透は幼馴染みであって、それ以上の関係ではない。そうあろうとして、哲也は透の気持ちからも自分の気持ちからも逃げた。
しかし自分の気持ちからは逃げられたところで、透からは逃げ切れない。あからさまに自分を避けている哲也に、さすがに鈍感な透も気づいていた
。あの夜のことを無かったことにしてくれと謝る哲也に対して、透は「ずっと好きだった」と告白してくる。そんなことは哲也はとっくに知っていた。知っていて、ずっと見ないふりをしていた。同じ家で暮らしながらも、いや、学生時代毎日一緒に行動しながらも、気づかないふりで逃げていた。そして真正面から告白された今もまた、逃げようとする。同居を半ば強制的に解消させて、哲也は透を避け続ける。

避けてしまう気持ちに、営業成績の熾烈な順位争い、新しいプロジェクトのリーダーを狙ってのプロポーズなど忙しくなるばかりの仕事とプライベートが加わり、哲也は透からの連絡をまともに取り合えないでいた。かれにしては珍しい積極性と頻度で会いたい、話をしたいと言われても、時間を取ってやることをしなかった。かれがいきなり家を訪ねてきてもまともに話を聞かず適当に口先だけで励まし、会社の前で待っていたときも次の仕事を理由にして追い払った。
これまでの透の行動を考えれば、かれがどれほど切羽詰まっていたかも分かるだろうに、哲也は考えなかった。どころか、いきなり会社の前で涙交じりに相談してくる透が煩わしく、自分がかれの気持ちに応えられなかった腹いせの行動なのではないかとまで疑った。仕事でいっぱいいっぱいになっているかれは、元々あまり沢山持っていなかった思いやりの心を完全になくしてしまう。
透を救ったのは、哲也と営業一位の座を競いあっていた同僚・奥園だった。かれは一度哲也の家で数名で呑んだときに顔を合わせただけの透の相談に乗り、不当な職場を辞めさせ、次の仕事先まで紹介してくれた。透の窮地を救ったのは婚約者とその父親へのフォローと、増える一方の仕事に追われている哲也ではなかった。婚約したことも知らせず、電話もろくにかけなおさず、かと言って会いに行ってもすげなく対応される哲也を、それでも透はきらいになれない。
奥園から事情を聞かされた哲也はさすがに少しばかり反省し、透を訪ねる。哲也が自分を避けていたこと、自分を気にかけていなかったことを理解している透は最初こそ素っ気なく応対しているものの、結局哲也への想いを諦めきれない。その様子を見た哲也は、おそらく初めて、透の恋を哀しく思う。ちっとも誠実じゃない、優しくない男をずっと好きだと思い続け、好きなのだと涙ながらに繰り返す透の姿に、罪悪感が生まれた。それと同じくらい、透の気持ちに応えられないとも実感する。透と同じ気持ちを持てないのではなく、このままいくと持ってしまいそうで、怖いと。そして応えてやれない以上、哲也にはこれまでのような関係を続けることは出来なかった。損得勘定で動き続けた男の、数少ない優しさだったのだろう。

10年以上片思いし続けている透と、10年以上片思いをされて、流されそうになりながら踏みとどまっている哲也。二人が結ばれるようになるまでは長くて遠回りで、じれったい気持ちのすれ違いの連続が待っている。
決定的だったのは、透が一番辛い時に何もしてくれなかった哲也なのに、哲也が一番辛い時にむき出しの優しさや愛情を透が向けてくれたことだろう。まっすぐなかれのきれいで強い思いを感じてようやく、哲也は自分が愚かだったことを知る。兄の言葉や外聞を恐れて、会社での昇格を期待して、自分の気持ちと向き合うことが出来なかった。それらを全てはねのけて考えてみれば、ずっと透を好きだったように思えてくる。

いやな攻が、それなりに後半痛い目に合って反省するので一件落着。しかし絶対奥園さんと付き合った方が幸せになれると思います。悪いところがない…あんなに紳士なのに当て馬…奥園さんが世界一幸せになるスピンオフ希望。
イラストがどちらも小椋ムクさんであることだけでなく、樋口美沙緒さんの「愛はね、」を連想してしまう展開だった。よくできる自分勝手な攻とおっとりいじめられっこ受。受の気持ちを散々踏みにじってきた攻が、最後に受への愛を自覚して取り戻しにいく、という話。そして正直「遠くにいる人」ほどの衝撃はなかったけれど、そつのない一冊だった。
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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 23:20 | - | - |

Sizna birthday special Moran vs amber gris@福井響のホール

Moranとしては初のSiznaバースデーライヴは、Siznaさんの地元・福井で行われることになった。物販が行われているロビーには、「Sizna Family」からの花だとか、後でご両親が出されたと判明したPVを流すモニターだとかが所狭しと並べられている。
実際に中に入るまでいまいち写真を見てもつくりが分からなかったのだけれど、この日の構造は、一階の前方がフロア・後方の階段部分が座席スペース。二階は全席座席スペースだが、前もってそちらには入らないようにと言われる。ここが関係者スペース。

***
・amber gris
細かいところでは色々あるんだろうけれど、amber grisはいつ見てもいいな…いまのところハズレのライヴを見たことがない…。さすがに音響が良いホールだということもあり、乾いた世界観がうまく広がっていたと思う。手鞠がMCで「Siznaくんを祝いたいけれど、悲しい曲しかない」というようなことを笑いにするでもなくさらっと言っていた通り、さみしい曲やかなしい曲に満ちた空間ができている。
告知のMCはやっぱり敬称のつけすぎでいまいちわかんない事になりがちで、あとよく噛むけどなんとなく伝わる。東名阪ワンマンツアーについては「日程などは検索を…皆の自主性に任せる」「言うは易し行うは難し」「ポスターをメモったり写メったり」と丸投げ。大阪では大阪の日程を、名古屋では名古屋の日程を言っていたので、福井県だとどこを薦めるのか難しい、ということもあるのかも。
あとは殊さんも福井出身だ、ということにも勿論ふれていた。
「wishstar and sunlight and darkness.」で、「もうすこし夜更かしして」まで歌って客席にふるところの違和感が結構好き。「お話がしたいの」って歌わされるのがおかしくていい。

悲しみ暮れる黄金丘陵
wishstar and sunlight and darkness.
feel me
Million Dead Baby Songs
Amazing world
Room No.13
Hummingbard's
Awake or sheep
銀色のコフィン
ファラウェイ、ファラウェイ

・Moran
まさかの幕なし。暗転中に主役が出てきて普通に機材チェックしてるよ!その代わりなのか何なのか、転換すごく早かった。

SEもなし。楽器隊が奏でる音楽の中Hitomiが登場して、「忘れられない夜が、ここに」で「遙かの青」へ。音響いいよー!この曲ようやく生で聴けたのだけれど、思っていたよりもかなりライヴでの再現性が高かった。ちょっと侮ってました。Soanのかく重すぎないバラード、ミディアムテンポの曲はもっとライヴで演奏されるといいなあ、と思っている。「Flower Bed」とか大好き!
「はじめようか!」で「マニキュア」へ。この時点で盛り上がりが結構異常で、まさにお祭り騒ぎ。しっちゃかめっちゃかになる様子をステージから見下ろしたHitomiが嬉しそうに「素晴らしい色に染まってるよ」「俺たちから見れば、君たちは、真っ赤だ」と二曲をきれいに繋げて「紅差し」へ。この繋ぎ地味だけど凄く巧いと思った。新曲に戸惑う客席を指揮するのもこの日はうまくいっていた。「寡黙の夕べ」とかも最初は棒立ちの客席を、Hitomiがうまく引っ張っていたので、今の曲たちも多分そうなるんだろうな。というか既にそうなりつつある。

「俺が今目の当たりにしているのは信じられないような光景で。特別なものがあるわけじゃないんだけど、福井だよ!?まさかの福井でこれだけの人に会えるとは思ってなかった」と冒頭から超絶悪気なし暴言をぶちかますHitomiさん。ここまで真正面から笑顔で言われると突っ込みづらい、というのがこの人の武器な気がしないでもない。福井の人は怒ってもいい。
客席に笑顔が溢れている。なるべく多くの笑顔を残すから、それを切り取って残しておいて、という流れから「笑顔はずっと君の中にしまっておいて」で「君のいた五線譜」へ。君が笑って 嬉しくなって、だ。全てが終わったあとにも、残しておけるもの。終わるからこそ、切り取って一枚でも多く残しておきたい。可能なうちに。

「Lost Sheep」から「Breakfast on Monday」、そして「溺れたい、その指に、その手の中に!」で「Sea of fingers」へ。今まで聴いた中で一番いい「Breakfast~」だったと思う。ギターソロが好きだからだと思うんだけど、Siznaさんを見ちゃうこの曲。そしてくるくる回ってた。主役様、この日はいつにも増してステージ間の移動が多くて、センターでソロ弾きまくりでした。

「楽しんでるだろうから楽しんでるかいなんてどうでもいいことは聞かないけどさ、幸せかい」というMCがずるくて好き。俺は今とても満たされてる、皆と時間を共有できてるから、「なんたって今日、誕生日じゃん!」と誕生日の話へ。世界中で色んな人が誕生日を迎えているけど、どの誕生日の人よりもSiznaを祝いたい、君たちもここにいるんだから世界中の誰か他の誕生日の人よりSiznaを全力で祝ってあげてほしい、というHitomiさん。同じ誕生日の人は他にいるのかと聞かれたSiznaさんが「梅宮アンナ」と言うと、「梅宮アンナより祝うぜ!」という謎の煽り。アンナもこんなところで話題になっているとは知るまい…。
自分はヘップバーンとカリスマホストの十座と同じ誕生日だと言うHitomiさん。後者に対する反応が薄かったために「いたよね!」とわざわざ後ろを振り返ってSoanに確認すると、「何で俺に聞くの」と笑うSoan。「二人よりは詳しそう」「ヘアメイクの人に一時期『十座っぽく』って言ってたの知ってるよ」とHitomiが笑顔で反論すると、本気で恥ずかしそうなSoanが「まじで恥ずかしい」「俺がホスト雑誌見てこれーとか言ってるのがばれた」と墓穴を掘っていた。
久々のアットホームとHitomiさんが言ってたのがすごくしっくりくる雰囲気だった。

Siznaさんが(おそらく)福井の方言で煽って「White Out」「Stage gazer」「Party Monster」へ。北陸の友達はおれども北陸のイントネーションで喋る友達がいないので分からないんだけど、結構関西弁に近いのね。

アンコール、まさかの福井だよ、と出てくるなり失礼なHitomiさん。軽く歩いたら裁判所しかない、この街でこれが育ったのかと思うともしかしたら福井ってのはとんでもないところなのかもしれない、と暴走。確かに裁判所はやけに西洋風で周囲の景色から浮いていた。
久々の福井を「のどか」と称するSiznaさんに、「のどかでこれは生まれない」「突然変異だよね」と笑い、同じ福井の「殊は普通じゃん、篤人も普通だし」とぶった切るHitomiさん。…普通か…?他に誰かいるかと言われたSiznaさんが「個人的な友人しかいません」と返事してたのが面白かった。
集まってくれたみんなと、Moranに加入してくれたSiznaに感謝しているから、自分とSoanと真悟から感謝を伝えたい、「夏の終わりにひと泳ぎしようか」と言うHitomiの言葉をきっかけに、手鞠・殊が参加しての「今夜、月の無い海岸で」が始まる。手鞠さんのキーがHitomiさんと異なるのでちょっと歌いづらそうだったけれど、「お前の為に綴る唄を」「私の為に綴る唄を」をツインヴォーカル掛け合いでやるのが凄く良かった!

そして「Happy Birthday」の歌を合唱して、amberの3人と真悟さんがギター型のケーキを持って登場。砂糖で作ったづらがいたのに大興奮のSiznaさん。会場の都合で火がNGなのでエア蝋燭を吹き消したあとは、プレゼント渡し大会。ラミさんからづら用の福井の缶詰、amberからは「英語が苦手なSiznaに」中学英語の教材サイン入りと、猫の名前を「づら」に書き換えた写真集。真悟さんからはストリングス、Soanからはストリングスとカポ(逆かも)、スタッフからはストリングスと切り放題!
Hitomiさんは「大阪のインストでなんとかループが欲しいって言ってたじゃん」とネタを振り、Siznaさんが「エネループ!」というと、「ピップマグネループ!」とドヤ顔でボケる。…なんというオヤジギャグ…。そのあとエネループも渡して、「実は妹さんが来ています」というサプライズ。
花束を持った妹さんが現れて花束贈呈。「こんなお兄ちゃんどう?」と聞かれて「良いと思います」と答えていた。ハケていく妹さんにSiznaさんが「お兄ちゃんがんばる!」と言ってた。
そのあとは、折角殊さんと一緒のステージに立ったし、福井だしということで「咎人の空」(Sugar)をMoran+手鞠・殊で演奏。Soanがだいぶ大変そうだったけれど嬉しかった。
ハケていくメンバー、最後に残ったSiznaさんが「福井ばんざーい!」と言いだすので、皆で福井万歳三唱。人生でなかなか福井に万歳三唱することもあるまい…。

Wアンコールは「呼んだからには暴れられるんだろうな!」で「Silent Whisper」へ。終わったあと、「全国をまわってきたけれど福井が最高だった」「さすがSiznaの地元だ!」というHitomi先導のもと、客席から「おめでとう!」の声でおしまい。

遥かの青
マニキュア
紅差し
五線譜
Lost Sheep
Breakfast on Monday
Sea of fingers
White out
Stage gazer
Party Monster
<Encore>
今夜、月のない海岸で
咎人の空(Sugar)
<WEncore>
Silent Whisper

***
さすがに徹頭徹尾お祭り騒ぎだった。だってお祭りだもの。楽しかったー。

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posted by: mngn1012 | ライヴ・舞台など | 23:48 | - | - |

森羅万象tour'11 #2@BIG CAT

・HERO
KISAKIブログで暴走してた人、という印象が大きい高橋尽がいるバンドHERO。開演時間を2分くらい前倒しして登場したかと思えば、前に押し寄せる客相手に「俺のことKISAKIさんだと思って咲けよ!今日KISAKIさん来てないけど!KISAKIさんだと!KISAKIさんだと思って!」と叫んでオンステージ開始。この時、あとでやる曲ですごい企画を用意してる、みたいなことを喋ってた。
曲前にも「HEROメンバーの名前を長めのデスヴォイスで叫んでくださーい、知らない人はKISAKIさんを叫べよ!」と言えば周囲から聞こえるKISAKIコール。
MCで、他の地方でのライヴの時、後方で見ていた子が床に座ってて、その座ったままヘドバンと折り畳みを始めてすごくびっくりした、という話題。そのあと、「ノリのいい大阪でしかできない」と前置きして、客全員で正座して折り畳みしようぜ!と言いだすミスター高橋。東京の奴は気取ってるからむりだろ、みたいなことを言って笑いを取ってたけれど、まあ実際のところそこそこスペースに余裕がある動員の時じゃないと無理ですよね。余裕でしたよね。
「のらなくてもいいから座るだけ座って!」みたいな下手に出た言葉もあり、立ってるほうが悪目立ちするのもあり、ともかく全員が座った客席はさすがに圧巻だった。ふしぎな光景。「周囲を巻き込む」のがかれらのライヴらしく、隣の人と肩組めだのなんだの言うのだが、これを延々繰り返すのはちょっと面倒くさかったなー全く興味がなければホールから出て行けるのだが、ライヴ自体・曲自体は結構好きだったのよ。
と言うわけで結構バンドとしては好きだった、です。こういうMCが異様に達者な人ってある程度のスパンで出てくるな。

・アンド
数か月ぶりに見たらすごい巧くなってた。実際の技術がどれくらい上達したのかは分からないけれど、ライヴの質が上がってて驚いてしまった。
デビューおめでとうございます。

・DEATHBIE
ドラムD.novem、ベース鴉、ギターアルプス、ヴォーカル山田から成る悪意と悲げ…DEATHBIE。白塗りで目元を黒く塗りつぶしてたのかな、謎のメイクのD.novem、胸元に包帯を少し巻いただけで上半身裸にスタッズが沢山ついた革ジャン・エナメルショートパンツの鴉、白エクステをつけてガンメイクのアルプス、そしてウエストくらいまであるストレートの黒髪にフルメイク・白いジャケットに黒のカボチャパンツ・黒白ボーダーソックスの山田。遠くから見た山田には夢人の原型がなかった…細身なのでGacktと言うよりは、メイクと上半身が「MIND」のときの一至っぽい…きゅん…。
メイクから想像できる通りの、メタルよりの90年代どヴィジュアル系バンド。山田は取り敢えずGackt。振りは基本的には今風なんだけれど、随所にどこかしら懐かしいエッセンスが見え隠れしている。手首を拳で叩いてる…!歌声だけじゃなくて、MCの喋り方とか、客席が笑っても「なにが可笑しいんだ?」とテンションを崩さず・かと言って気分を害さずに同じことを繰り返すところもGackt。そしてGacktだけでなく、あの時代にはこういう人が沢山いたよねえ、と懐かしくなった。
メンバー紹介で、「ドラムD.novem、のっちと呼んであげてください」「ベース鴉、インテツと呼んであげてください」「ギターアルプス、あ~ちゃんと呼んであげてください」「ヴォーカル山田です。かしゆかと呼んでください」とか。
あとは大阪のホテルのトイレのウォシュレットの水圧が強い上に「止」ボタンを押しても止まらず、掃除のおばさんに電気を消された上全てを見られた、というMCもあり。黒髪長髪でウォシュレットの動きを再現する山田様。あと客席を煽るときに「そんなんじゃウォシュレットの方が激しいぞー!」と言ってて爆笑した。この一回終わった話を引っ張ってくるところがうまい。
「俺たちは千年前に死に、甦ってきた」と言うと笑いが起こる。「何がおかしいんだ、もういっかい言うぞ、俺たちは千年前に死んだ」と無表情で繰り返す。「死んだ」のところで、親指で首を切るジェスチャーをやるのがまた可笑しい。これも3,4回言ってた。
あとは「フランス語の曲です」という雑な紹介で「la gueule de bois」が始まったり、ラスト前に「ここまではBIG CATだ、そしてここからが暗黒空間だ!」と真顔で煽ったり、「頭を振れ!俺は諸事情で振れないんだ!」と言ってみたり。物販CDについても「お前たちが買うと、財布が、潤う」と親指と人差し指でお金マークを作って言ったりしていた。AYABIEの大阪ワンマンの宣伝もあった。9/23という日付を何度か言ったあと、「9月のー?」「23日!」というコール&レスポンスをさせる。これ日付忘れないし巧い宣伝だと思う。「俺たちは出ないけれど、是非遊びに行ってあげてほしい」とのこと。
どヴィジュアル系を夢人Gacktが歌うんだけれど、今っぽい要素とか、最近のAYABIEに通じるメロディーなんかも見え隠れして面白い。ポテンシャル高いよー面白いよーまた見たいよー。

・Duel Jewel
Gackt系が続きます。今日はいまひとつ煮え切らないというか、暴れ曲が主軸になりすぎていて個人的には物足りなかった。ツアーで全国をまわってきて、美味しいものを食べすぎた祐弥さんが太ってしまったというMC。たしかにこないだ見たときよりむちっとしてる!「ゆーちゃんを痩せさせるくらい暴れて」という切実な煽りでした。

・Moran
「青蟲、赤裸々、白昼夢」
今回のツアーは悉く予定が合わなくて行けなかったので、久々Moran。「トリコロール」の曲はライヴで初聴き。
幕が開くと同時に楽器隊三人が登場。センターに出てきたSiznaさんが「大阪イエー!」といきなり喋り出す。リズム隊の音をBGMに「明日は俺の誕生日!今日は前夜祭!」と歌い出して、「そろそろHitomi−?」とあっさりHitomiさんを呼ぶ。Hitomiが出てきて「イエー!」という歌のコール&レスポンスをして、いきなり「はじめようか!」でライヴが始まる。色々フリーダム。
「紅差し」は客席のノリという意味では色々模索中だけれど、ライヴでの演奏はとてもいい。ややこしい曲なのでどうかと思ったら、ライヴだとからっと突き抜けた感じが出ていて良い。下手を向き気味に歌って、ひと房赤く染めた髪を見せつけるHitomi。
「Stage gazer」のあとは「真っ白の霧の中で、お前が殺したものを、教えてよ」という語りが挟まれて曲へ行く…はずが、音が出ない。「またかよ!」と苦笑気味にHitomiが上手を向くと、Siznaがギタートラブル真っ最中。前にも「White Out」の前にトラブルあったよね、と言いつつ、いきなり「真悟のベースタイムで」間を繋ごうとするHitomiさん。真悟さんがびっくりして苦笑しつつも前に出てベースソロを引きだすと、案外早くSiznaさんの問題が解決したみたいで「もういいよ」とおしまい。冒頭に、前倒し気味にHEROが出てきた瞬間から「時間がない」と色んなバンドが連呼していたので、そのあたりの焦りもあるのかしら。トラブルを俺にも言ってよ、とHitomiさん。「ライヴ中は前しか見てないから、メンバーのことなんか見てないよ」だそうです。たぶん自分で思ってたよりも出ちゃった言葉が強かったのかな、慌てたように「たまに振り向いてSoanを見るくらいだよ」と付け加えていた。にこやかに手を振るSoanでした。
「White Out」もノリ模索中っぽい。ただステージ上の完成度は非常に高いので、あとは繰り返しやるだけ、だと思う。個人的には客席がぼんやりステージを見つめているのも好き。
「真夏だから僕らは渇きを求めて」で「南へ」へ。フォーメーションチェンジ好き!センター三人ともが花柄っぽいジャケットだったので余計に並んだ時のバランスが良い。暑い事、苦しいこと、渇くことで感じられるものを求めて、「渇きを感じるために暴れよう」で「Party Monster」へ。暗転したところでHitomiが全然歌わずに必死に上半身の重ね着を脱いでた。蝶は分かってるから歌って!でもボウタイ外すためにフラッシュリングを口にくわえてたのがちょっとすてきでしたよ。
最後は「呼ぶ声が途切れるまで、俺はミュージシャンかもしれないし、アーティストかもしれない。でも呼ぶ声が途切れても、俺は道化だ。笑えよ」でおしまい。求められなくなったあと、の話を、憔悴した顔と不釣り合いな爛々とした瞳で語る。笑えよと言うくせに、生半可な気持ちで笑ったら呪われそうだ。差し出してくる代わりに、奪われそうで、いい。
そしてこの25分が、こういう熱狂が自分を動かしているのだ、とも実感する。

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posted by: mngn1012 | ライヴ・舞台など | 23:16 | - | - |

倉田嘘「百合男子」1

倉田嘘「百合男子」1 
百合作品を愛好する高校生・花寺は、クラスメイトの女子たちの様子を見て勝手に百合妄想したり、百合オンリーイベントに繰り出して百合作品の現実を目の当たりにしながら、毎日「百合男子」として生きている。

発売前から楽しみにしていた百合男子!
百合作品を以前から愛好している高2の花寺は、家庭でも学校でもそのことを一切明かさずに生きている。書店で百合作品を購入するとき、クラスに来た転校生が幼馴染みとの再会を喜んでいるとき、クラスの女子がほかの女子をじっと見詰めているとき、花寺はいつも一人で脳内で悶えている。勝手にクラスメイトのアフレコを脳内でしたり、自分が愛する百合作品の名場面と結びつけて更に悶えたりしている。馬鹿馬鹿しくて、いい。膨大なネームで語られる花寺の心情から、作者自身が百合作品を本当に愛しているのが痛いほど伝わってくる。出版社の垣根を超えて、花寺の暴走は続く。
クラスメイトをウォッチして「百合ん百合ん」しているところを見るのが楽しい花寺のこだわりは、百合に男は必要ない、というものだ。男子に怒り、女装男子に怒り、己にすら怒る。百合を愛して百合に近づきたい気持ちと、愛する百合に自分が介入することは許されないという気持ちの間で、かれの葛藤もまた、続く。

同人誌即売会の帰りに百合男子五人で集まって自己紹介をするシーンだけで十分くらい笑える。全員ムダにイケメンで背景に花を背負って、好きな百合ジャンルについて真顔で語り合う。これは実在の作品の名前をばんばん出して、ああだこうだと忌憚のない意見を言い合うからこその面白さがある。やっぱり百合者にとって「オクターヴ」は地雷なんですね…ガングロ金髪高2生の正二郎が「成年コンテンツから百合を探すのが生きがい」的なことを言ってるのはいいの?(「少女セクト」は年齢制限ついてないのでセーフだけど)
もはやBLもGL(百合)もひとつのジャンルとして確立されていると思うので、それを好む人を一概に相対化して語ることは不可能だ。なので女性でありながら男性同士の恋愛を好む腐女子と、男性でありながら女性同士の恋愛を好む百合男子を比べてどうこう言うつもりはない。実際わたし自身がBLも百合も好きなので、その時点で論旨がむちゃくちゃになる。BLの世界に自分が不要であることに救われてきた自分と、百合の世界に自分が不要であることに苦しむ花寺の比較ならできるけれど、それ以上の大きなくくりは無理だと思う。
ただ、性描写は必要か否かとか、心情表現やリアリティの必要性についての討論は、友情とも恋とも分類しがたい精神的なつながりで完結する作品から、肉体関係を持つ恋人同士であることが常識になっている作品まで幅広く分布している百合だからこそだと思った。面白いなー。

「ZUCCA×ZUCA」にせよ「おっかけ!」にせよ、「妄想少女オタク系」にせよ「腐女子ッス!」にせよ「げんしけん」にせよ、「何か(あまり一般的でないもの、市民権を得ていないものだと尚良し)に夢中になりすぎている人間」の長所と短所を巧く端的に描いていると思う。
勝手にクラスメイトを脳内で百合妄想したり、自分の好きな作品のストーリーに摺り寄せて一人で萌えている花寺の馬鹿馬鹿しさは面白い。けれど妄想が暴走するあまり、それを現実だと確信して本人に話しだす花寺は、その妄想が事実であっても・孤独な少女への優しさが含まれていたとしても、愚かで痛い。同じ百合作品を愛する者同士だという共通点だけで意気投合し、集まった男たちの友情は微笑ましい。けれど、TPOを弁えず熱くなって口論したり、両方が妄想であるにも関わらずカップリング論争を繰り広げる様子は馬鹿馬鹿しく迷惑だ。そういった、必死になるあまり周りが見えなくなっているものを第三者の目線で描くことに優れた作品だと思う。
そして何より、その全てのシーンにおいて花寺が真剣なのが可笑しくていい。百合作品を家族から隠すときだって、わざわざ見つけやすい場所にエロマンガを隠すカムフラージュまでしている。白熱する百合談義を止めるときだって、単に迷惑だから止めるのではない。百合総合スレの荒れ方と同じであることを思い出した上で、苦悩しながら叫ぶ。周囲の人のため、今日初めて出会った仲間たちのためではなく、百合業界の今後のために、叫ぶ。花寺は徹頭徹尾百合のことしか考えておらず、かれがこれまで培ってきた百合知識や百合業界での常識に従って動いている。それは愚かだけれど、見事だとしか言いようがない。かれが真剣だからこそギャグとして成立するシーンが多数あるのは、作者自身がこの作品をギャグだと思っていないからこそこの作品が面白いということと同じだろう。
好きなものへの度を超えた執着と愛情。その結果として失ってしまった常識や理性。「何かに夢中になりすぎている人間」の気持ち悪さと、愛すべき愚かさが描かれている。キモ愛しい。
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posted by: mngn1012 | 本の感想 | 20:47 | - | - |