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あべ美幸「君は僕を好きになる」全4巻

あべ美幸「君は僕を好きになる」全4巻
体は小さいけれど人一倍元気な遥は、同級生でバスケ部の田島に恋をする。諦めない遥の猛烈な押しに、最初は取り合わなかった田島も次第に反応するようになってくる。

猪突猛進で前向きで明るくて、何も考えていない…ように見えて実は繊細な遥と、クールで大人っぽく見えて結構無神経なところも多い田島の、なかなかうまくいかないおはなし。全四巻で表紙が春から冬へと変わって行くのがいい。

15年程前の作品の復刻なので、本人が繰り返しネタにするくらい、寧ろ繰り返し言わなければいたたまれないくらいに、絵が違う。決してこのときも下手なわけではないし、あの時代によくあるタイプの絵だと思うので、ずば抜けて読みづらいということはない。ただまあ当然のことながら古い。絵柄も処理も、服装も古い。時代に添って絵が洗練されながら変化しているのだな、と改めて思わされる。とは言え何も知らず(もしくは「SUPER LOVERS」だけを知っていて)表紙につられて買ったとしたら、サギだと言いたくなるレベルではある。

「お前は絶対俺を好きになる」という宣言と共に、遥はひたすら田島へ思いをぶつける。死語で言うなら猛烈なアタック。必死のアピール。いきなり生まれた恋の衝動に突き動かされるように、田島の無反応にも冷たい態度にもめげず、遥の努力の日々は続く。
遥の突然の恋が真剣であることを、冷やかしたり慌てたりしつつも、最初は誰も信じていなかったように思う。かれの周囲にいる、親衛隊のごとくかれを守ったり愛でたりしている友達連中も、田島も、取り合わなかった。同性相手であることや思春期の年齢からは考えられないほどにからっとした遥の明るさやオープンな態度、あしらわれても傷ついたそぶりのない感じが、かれらの印象を強めた。読者側も、遥の屈託のない笑顔からぽんぽん出る軽口の「好き」がどれくらいのものなのかを計ることが難しい。

けれどその印象は次第に変化する。遥がたまに見せる真剣な眼差しや、強くて揺ぎのない言葉、同じくらいよく見せる涙、そういうものから、かれが本気で恋をしているのだと分かる。それと同時に、かれが多くを語らない家庭のことや、バスケに対する複雑な心境が徐々に明らかになるにつれ、遥自身に対する印象も変化する。底なしに明るくて前向きで単純で、言ってしまえばあまり物事を深く考えないばか、それだけの人間ではないのだと知ることになる。

付き合うまでも付き合うようになってからも、冷めているというよりは冷たい、そっけないというよりは優しくない田島の言葉や態度に何度となく傷ついて、挫けつつもそれでも頑張る遥を阻むものがある。田島がひと時の間とはいえ遥よりも優先した幼馴染みと、その友人と言うのがふさわしいとは思えない不気味さを持った男。きれいな少女。遥の傍にいて、かれに並々ならぬ思いをずっと抱えていた友人。遥の外面だけを見てかれを妬むクラスメイト。ある時は田島に、ある時は遥に寄ってくるそれらに遥は何度も傷つけられる。自分への直接的な被害、田島との距離を遠ざけられる寂しさ、田島が自分をそれほど重んじていないのではないかと実感してしまう哀しさ。見た目と違ってそういうものを敏感に察知してしまう遥は憤ったり落ち込んだりして、泣いてわめいて怒って、それでも田島が好きだと思う。だからもう一度頑張ろうと前を向く。エピソードのひとつひとつは良く出来ているけれど、決して目新しいものではない。ただ何度でも立ち上がる遥の不屈の精神がすがすがしくていい。
それに比べて田島はええいもうちょっとお前も頑張れ。単純で気持ちが顔に出すぎる遥を見て安心してにやにやしてるだけじゃなくてお前も安心させてやれええいもう。

なかなかうまくいかない、と言うよりは、うまくいったかと思ったら実際はそうじゃなかった・まだまだだった、の繰り返し。見た目も中身も正反対なのに、大事な事ほど口にしないところだけがそっくりな二人は距離を縮めることがとても不器用だ。近づきたい、相手を知りたいと強く思うくせに、同じ強さで、相手を自分の面倒に巻き込みたくないとも願っている。
全く違う、似た者同士のふたり。ぶつかるときはぶつかるけれど、うまく隠したつもりの傷に一番敏感なのもまたお互いだ。誰にも気づかれない、分かられない傷を見つけてくれる。隠した分だけばつが悪い思いをすることにもなるけれど、深い根っこのところを分かってもらえることの幸せもある。
けれどそんなことはたまにしかなくて、日常はやっぱり分からないことだらけ。分からないからこそ、相手を知りたいと思う。田島のことを知りたいと、かれと晴れて恋人同士になったあとも思い続ける遥は、これから先もかれを知ろうとすればいいと思う。勇気を出して何度も田島に告白したことや、揉め事のあと勇気を出して何度も田島と仲直りして今の関係を築いてきたように、勇気を出して踏み出すことが大切なのだと遥は知っているから。そうして手に入れられるものの大きさ、幸福を知っているから。

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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 20:25 | - | - |

辛酸なめ子「女子校育ち」

辛酸なめ子「女子校育ち」

女子校育ちです。
中高女子校出身で、中高が一緒ではない女友達もかなりの確率で女子校育ち。女子校育ち独特の駄目なテンションを未だに引きずって生きています。

自身も中高女子校だった辛酸なめ子の、女子校についてと女子校育ちのひとびとについての本。
東京生まれ埼玉育ちの作者らしく、女子校について例に挙げられているのは都内近郊の学校のみ。自分が暮らしていない他の地方の学校に比べると、多少なりとも知識はあるけれど、殆どは名前を見てもぴんとこない。もしくは名前を知っているだけで、他に何の知識もない。こういうデザインの制服が可愛いと評判、と説明されると多少は分かるのだけれど、作者のあのタッチの絵と文章ではしっくり来なかった。都内近郊で中高時代を送ったひとが読むとこのあたりは面白いのかな。自分の地元バージョンで読んでみたいものだけれど、例に挙げられているお金持ちの子の異常なまでの金持ちっぷりは、東京だからとも言える。

ただ、その学校独自の、部外者にしてみれば非常に衝撃だったり胡散臭かったりする文化や習慣などのエピソードは非常に面白かった。習慣であった「運針」を受験直前に行って精神集中をしたひととか、信仰はないけれどミサに行くと熱唱してしまうひととか、自分は実際経験していないけれどすごく分かってしまう。クリスチャン系学校のお掃除事情なんかも面白かった。この一線越えちゃった感じが女子校ならではなのかシスターならではなのかは分からないけれど、その時は動揺しつつも従っていたことが今になって振り返ると物凄くおかしい、というのは誰しも経験しているはず。
わたしは仏教系の学校だったので、こういうクリスチャン学校のあれこれは非常に興味がある。すこし前に女友達二人(勿論学校外で知り合った女子校育ち二人)と学校の話になったんだけれど、カトリック系のお嬢様高校に通っていた友人曰く、シスターに全員起立して目を閉じるように言われ、「マリア様の声が聞こえた人から座ってよろしい」というものがあったそう。声が聞こえるはずもない友人は、周囲の席の子と目線を合わせて、目立たないように皆で同じくらいのタイミングで座ったと言う。こうやって書くと薄気味悪いかもしれないけれど、学校には多かれ少なかれそういうところがあって、世間を知らないお嬢様な生徒たちほど、疑うことも反発することもなくやり過ごす術を持っているのだと思う。笑い話でした。
これに匹敵するエピソードを持っていないのが口惜しいけれど、わたしも卒業するときにひとりひとり名前を一文字入れた仏教名みたいなのを授けられたり、冬にお寺に泊まり込んで修行させられたり、写経をさせられたりした。あと般若心経を1分以内に暗誦するテストっていうのもあった。皆が友達に時間を測ってもらいつつ暗誦する休憩時間の異様さよ。
一度変なあだ名をつけられるとクラス替えがあっても中高ずっと継続される、みたいな女子校全体について、女子校の一般論については面白かったし、その鋭い視点には感嘆する。その変なあだ名ってどんどん進化するので、結局本人も何故そういうあだ名になったのか覚えてない場合があったりする。そしてこの年になってもその名前で呼び合ったりするわけだ。

いじめの話、男子校とのあれこれ、みたいなのは個人的には微妙。特にいじめは、そういう本ではないけれど女子校について語る上で外せないと判断したのか、薄く触れられているのみ。女子校は陰湿というイメージは必ずしも正解ではないと言いたいけれど、でも実際に陰湿なものもあるんですよ、という煮え切らないシメで終わっていた。
同じくプラトニックラブの話も、男性がいないからこそ男性的な要素を持つ生徒・先輩に憧れる、けれどそれは女子だけの生活を終えた瞬間にお互いにとってなかったことになる、という流れは非常にあるあるなんだけれど、それだけで終えてしまうことが未消化に思える。けれどこれはわたしがそういう渦の中にいた女子校育ちだからであって、女子校というものを知りたいひとにはためになる情報かもしれない。実際に長身でショートカットの体育会系の子はアイドル視されていたし、男性っぽい子をめぐっての喧嘩とかもあったし。知らない後輩に「○○さん(アイドル視されてる子)と映ってるプリクラください」といきなり言われた経験があるのはわたしだけじゃないだろう。
男子校とのあれこれは、桜蔭の文化祭の話だけが突出して面白かった。文化祭の在り方は声を上げて笑った。謎の客観性と自意識と、一番大切なことを見失ったままの会話。いいぞいいぞ。男性三人との対談とか、文化祭のぎこちなさはいまひとつ。そこまでページを割かなくていいから、もっとオモシロエピソードを聞かせてよ!対男性のことより女子校内部のこと!女だけだからこそのぐうたらで悲惨な日常を!と思うこの気持ちがすでに、男のいない世界で生きてきた女子校育ちそのもののような気がしてならない。
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posted by: mngn1012 | 本の感想 | 10:10 | - | - |

野田地図(NODA・MAP)第16回公演「南へ」@東京芸術劇場 中ホール 19:00開演


方向音痴なのもあるんだけれど、今回何度も行っているはずの芸劇に行くのにいつもより右往左往したのは、節電のために非常に暗いからというのもあるだろう。街全体も暗いけれど、普段はこうこうと灯りが点いているだけに劇場周辺の暗さには驚いた。



柱のポスター。ここもライトが最低限なのでとても暗い。
当日券は完売と表示されていたけれど、席は今までに比べて空席が目立つ。さまざまな理由で来られなくなった人がいるんだなあ、と改めて実感。

初めての二階席だったけれど、広くて位置がいいので非常に見やすかった。表情はさすがに分からないけれど、一階の後列より見えるかもしれない。

***

作・演出:野田秀樹
南のり平/ノリヘイ:妻夫木聡
あまね/アマネ:蒼井優
里長/サトオサ:渡辺いっけい
ミハル/ハルミ:高田聖子
道理:チョウソンハ
あまねに似た少女:黒木華
ミハレ/ハレミ:太田緑ロランス
帝のお毒見/帝の巫:銀粉蝶
人吉/ヒトヨシ:山崎清介
妃のお毒見/妃の巫:藤木孝
VIP/役行者:野田秀樹

以下ネタバレ。

戯曲はコレに載ってる。

続きを読む >>
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posted by: mngn1012 | ライヴ・舞台など | 23:00 | - | - |

東京へ

野田地図「南へ」を見てきた。

まだ余震が続き、停電や節電の話に加えて、放射線の話も浮上してきている中東京へ行くこと、には若干の躊躇いがあった。電車が止まったら、それこそ被災してしまったら。もちろんどこにいたっていつ何が起こるかわからないのだけれど、可能性がより高い関東へ関西から足を運ぶことの後ろめたさはあった。仕事に支障が出るかもしれない、家族を心配させる、何かあれば泊めてくれる友だちに迷惑をかける。それでも行ったのは、少しずつこれまでの生活・日常に戻ろうと必死に努力する人々の尽力の甲斐あってのここ数日の東京の様子を聞いたことと、野田さんが早々に舞台を再演したことに対するコメントを読んだことが影響している。

「劇場の灯を消してはいけない」-ニュース-野田地図

人々のココロや文化についての野田さんのコメントを読んで、行く方法がある限り、見にいかねばならない、と思った。

文化娯楽はこんなとき何かと後回しにされる。飲食物や寝床、薬の前ではたしかに娯楽や文化は無力だ。暖かい部屋や明るい夜道の前で、ライヴも芝居も無力だ。生存者や配給場所の情報の前で、バラエティ番組も映画も無力だ。
体の危機の前で心の充足は無力だ。

阪神淡路大震災が多くの人にとっての「過去の経験」になったように(もちろん未だにあの震災で負った体や心や生活への深手が、癒えない傷のまま残ってる方も多数おられるでしょう)いつかこの震災がそういうものになったとき、「南へ」が数日休演したこと、そのあと、暗くて寒い劇場で続けられたこともまた、過去になる。
またいつか避けられない天災がこの国を襲ったあと、この芝居が続けられたことがなにかの前例になるかもしれない。

野田地図は早々に再開した。その理由は野田さんが語った上記の言葉や、これから先の長い演劇の歴史のためとも思えるけれど、わたしはなにより、やりたかったからなのではないか、と思っている。
ライヴの中止や延期を知らせるバンドマンたちが、ぎりぎりの変更になったことを詫びながら、本当はやりたい、とこぼすのを見た。いちばん好きだったのはSiznaさんが言った
「正直、僕は今ライブをやりたいです。
それはライブが生きてることを実感できるからです。
この世の中の流れで非常に自分勝手かもしれませんが
生きがいを失くしてしまっては生きていてもあまり意味を感じられません。」
というものだ。
いつもの天井で|Moran Sizna オフィシャルブログ
これが多分ステージに立つものの総意なのだとわたしは思う。
バンドマンの多くはその意思を通す位置にいなかったり、通すだけの言葉を持たない。けれど野田秀樹は通す位置にいる。野田さんのやりたい・やろうはそのままやる、になる。

そしてわたしもまた、ただ見たいから見に行った。愚かだけれど。

***
たくさんの関東に住むひとたち、東京でずっと暮らしているひとたちが既に書いていることだけれど、数か月ぶりに行った東京の印象、として。
さすがに節電しているため、駅も店も暗い。材料調達などの理由で出せないメニューがある店、通常の営業時間よりも短縮した時間帯で営業している店が殆ど。普段つけているモニターを消していたり、看板などの電気も消えている。顕著だったのが夜のコンビニで、看板などに電気が点いていないため、遠くからでは営業中かどうかが分からない。目の前まで行くと店内の電気が控えめに点いている。
そしてコンビニは確かにものがない。わたしが見た数点では、カップ麺・カップスープが9割以上売り切れ。パンは7割〜8割くらいが売れている。おにぎりやお弁当などはそこそこにある。お菓子も通常よりは売れているだろうけれど、特に売り切れ続出、という感じはない。
2リットル水は軒並み完売。500ミリは結構あった。
通勤時間ではない平日と、土曜の昼間に乗った電車は普段通りの混み具合。本数が減っているとは言え、JRやメトロはそれほど待たなくても来る。運休の線などのアナウンスもあった。都心部は機能している印象。

iPhoneアプリの「ゆれくるコール」をDLして設定しておいたんだけれど、地震が来る前にその通知がきたあとの恐怖がすごかった。●●秒後にくる、という案内のあとの居心地の悪さ、恐怖心、内臓がぐわっと体の中で蠢きだすような不安と不快。これが連日連夜続くのは、慣れると皆笑うけれど、ほんとうに大変なストレスだと思います…。設置しないという選択も勿論あるんだけれど、危機回避のためには設置するだろうし。
実際わたしが東京にいる間にも余震は数え切れないほどあった。
体感できたものはなく、「揺れてる」と友達に言われて、「たしかにそう思えなくもないな」と言う程度。地震と言えば地震だけれど、強風と言えば強風だし、気の所為と言えば気の所為、くらいの。けれどやっぱり怖い。関西にだっていつ起きるか分からないわけだし、実際起きているわけだし。被災者の方の心労は計り知れない。

少しでもはやく体と、心と、環境が落ち着いて、傷が癒えますように。
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posted by: mngn1012 | 日常 | 22:17 | - | - |

陵クミコ「愛しい声」

陵クミコ「愛しい声」
祖父母と暮らしている衛は、行きつけの喫茶店のマスター柳井に思いを寄せている。柳井の親友であり、同じく常連客の鵜瀬も柳井を狙っていることに焦る衛は、誕生日の夜、とうとう柳井に告白する。

父ははじめからおらず、母が亡くなったのを機に衛は祖父母と暮らしている。優しい祖父母との生活に不自由はないけれど、どうしたって寂しくなってしまうこと・祖父母だけでは満たされないことはあっただろう。さらに衛を孤独にしたのが、同性を恋愛対象にするかれのセクシャリティだ。そういう孤独を癒してくれたのが柳井だった。20歳近く年上の柳井は、大学生でおそらくそれほど社交的でもない衛にとって、殆どはじめて接した他人の「大人」だったのだろう。客商売と年齢によって多少のことでは動じない、けれども穏やかな雰囲気に衛は癒され、自分の事を何もかも打ち明け、それでも動じない柳井に恋をした。

衛の柳井への気持ちを知っていて、牽制したりからかったりしてくるのが柳井の友人で、かれとは正反対の性格をしている鵜瀬だ。口が悪くて大雑把で、そして自分と正反対の鵜瀬に恋をしている。
鵜瀬からの情報と自分が実際に体感したことから、衛は自分の恋がうまくいかないであろうことを知っている。柳井がヘテロであることも、自分にそういう思いを一切抱いていないことも知っている。知っていて、それでも好きでいる。
おとなしそうな見た目で孤独を抱える衛だけれど、なかなか気性が荒く、根性がすわっている。駄目だとしてもきちんと自分の口から伝えたい、と言う。

決死の覚悟で、駄目元で告白する衛のまっすぐさがいい。けれど柳井はそれを取り合わない。かれらしくなく動揺して、勘違いだとまで言ってのける。その言葉に当然衛は傷つき憤るけれど、柳井にもやすやすと受け入れられない理由がある。衛は知らない、かれの根本を揺るがす、残酷な理由が。
明かされてしまったその理由に驚いた。驚いて、そのどろどろ具合が非常に好きだと思った。表2の作者コメント「のほほーんな話です」が完全に詐欺!前半のこのあたりの部分、柳井への片思いが募って告白してから真実が明らかになるまでの展開が、非常に残酷な偶然が重なって生まれた昼ドラばりの悲劇で面白かった。

そこから鵜瀬と恋愛するようになるまでの後半は、いきなり起こった刑事事件といい、トーンダウンした感じが否めない。。衛が鵜瀬を好きになったのは分からなくもないんだけれど、鵜瀬がいつから衛を好きだったのかいまいちはっきりしない。最初から衛狙いだった・衛に興味を持っていたようにも見えるし、途中で宗旨替えしたようにも感じられる。なんかこうBLパターンをある程度把握している観点から見ると分かるんだけれど、単に物語として見ると物足りない。過剰にドラマティックなラストは嫌いじゃないんだけれど。前半が良かっただけに惜しい。

どうでもいいBL豆知識:職業を聞かれて「公務員」とだけ答える口の悪い男は大体警察関係者。気づいてしまう自分がいやだ。
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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 21:48 | - | - |

腰乃「鮫島くんと笹原くん」

腰乃「鮫島くんと笹原くん」
大学生の笹原は、大学もバイト先も同じ友人・鮫島にいきなり告白される。それをいなして適当に友人付き合いを続けていた笹原に、鮫島はしつこく食い下がってきたり、いきなり全てを諦めようとしたりする。

腰乃さんの作品にはコンビニがよく出てくるなーとか呑気に考えていたら、繋がっていた。傍から見るとばればれな鮫島と笹原の関係を見守っているというか、遠い目をしてみないふりしてくれているのは「コンビニ店長と落ちる男」の犬丸店長だし、二人よりもよっぽどしっかりしている高校生バイトは「名前で呼んでください」のコンビニ君こと大滝だ。別に知らなくても問題ないけれど、知ってるとちょっとうれしい。

普通の大学生、という以外に表現が見つからない普通の大学生笹原は、ちょっと潔癖でちょっとコミュニケーション下手でとってもヘタレでちょっと粘着質な友人鮫島からの告白を、その場でぶった切ってしまう。と言うよりもそれが本当の告白だと分からなかったのだ。そして最初にぶった切ったのをいいことに、そのあと鮫島が肉体関係を含む恋愛関係を望んでいると主張したのも適当にあしらって、かれと友人関係を続けた。鮫島も最初はやいやい言いつつも、なんだかんだとこれまでのような関係を続けてくれる。しかしかれは吹っ切れたのか、笹原への好意や欲求を隠さない。好きだと繰り返すこと、たまに一線切れて強引な行動に出ることで笹原にアピールする。そしてそのアピールに、あろうことか笹原は流されて、落ちる。

非常に作者らしい物語だ。一見普通なのにヘンテコで、ヘタレなのにエキセントリックな、全体的に残念な攻。とても普通で健全で前向きで底ぬけに明るい受。攻の不器用だけれど他の人からは貰えないような熱量のこもった愛情に、受は流されるようになる。繰り返される言葉に翻弄されて恋を開始する。そうなってしまえば元々ポジティブな受は、寧ろ攻をリードするようになる。
いつものパターンとも言うべきその流れは、繰り返されているだけに巧みだ。普段なら拾いあげられないような細やかでなんでもないやりとりや言葉を、小さなコマいっぱいに詰めてかたちづくる。駆け引きも真っ向勝負も雑談も逃げも、全部。手書きのひとこと台詞なんかも皆面白い。

自分で立てたフラグを自分で折る男、鮫島のトップスに描かれた鮫の絵がまたいい。普段黒い服を着ていることが多い鮫島は、決して表情豊かなわけではない。だからなのか何なのか、鮫島のTシャツには時たま鮫が登場する。海を泳いでいる鮫は、鮫島の気持ちを表情で代弁してくれる。つらい、かなしい、どきどきする、うれしい、舞い上がる。物言わぬ鮫の演出がにくい。

「嘘みたいな話ですが」と構造が似ていると思う。しかしサラリーマンの上司と部下であるあの話とは異なり、鮫島も笹原もまだ若く、幼い。若いゆえに鮫島は暴走しがちだし、恋愛経験が未熟なので、相手の裸はみたいけれど自分の裸は見せたくないなどと主張する。若いゆえに笹原は残酷で、自分に気がある鮫島に、バレンタインにお菓子をやったりする。相手のことを考えて行動すること、は今のかれらには無理だ。そのためかれらはよくぶつかり、くだらない理由の言い合いは耐えない。けれど、後先も相手のことも考えない生の、今の言葉がある。それを使って二人は関係を強固なものにしていくのだろう。大人なら気取ってしまうことをストレートに口にするだけの勇気や誠実さだって持っている。
それもまた幸せのかたちだ。
少し良くなった・進んだと思えばすぐに後退せざるを得なくなる展開はばかばかしくて可愛くてもどかしい。
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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 23:25 | - | - |

一穂ミチ「is in you」

一穂ミチ「is in you」
父の仕事の都合で七年間暮らした香港から日本へ戻ってきた高校一年生の一束は、学校生活のあらゆる面に馴染めず、旧校舎で一人時間を潰してばかりいる。一人きりの世界にいきなり入ってきたのは、三年生で水泳部に属する圭輔だった。しかしうまく自分の気持ちを受け入れることさえできない一束は、圭輔の告白を振り切ってしまう。
そして十三年後、香港でコーディネーターをしている一束は、転勤してきた圭輔と再会する。

読み終わったあとも動揺とか高揚が取れず、数日間世界に引っ張り込まれた作品だった。寝ても覚めても余韻が残っている、そういう話だった。面白かった!

いくつもの不便や差別を経てようやく慣れ親しんだ香港からの帰国に一束は倦んでいた。日本の風景も学生も何もかもが合わず、掌を返したように日本を称賛する母親を疎み、不満を抱えて立ち入り禁止の旧校舎で煙草を吹かす。誰にも入られないためにダイヤル式の錠まで付けて。
けれど圭輔はその数字を説いて旧校舎の、一束が籠る教室へ踏み込んだ。そしてかれは、何重にも警戒の網を張った一束の心にも踏み込んでくる。
背中の毛を全て逆立てて警戒していると言いたげな態度と、瞬きすら億劫でなにもかもどうでもいいと言いたげな態度。日本に苛立つと同時に、中国への返還という大きなイベントを迎える香港に今いないことに消沈している一束は、その両方を滲ませていた。けれど、遠慮がない代わりに素直で真っ直ぐな圭輔の言葉に、かれは心を開く。他の誰に言われても不快だったことが、圭輔だと気にならない。だれともろくに会話していない一束を見抜いたのか、圭輔はかれと沢山会話をしてくれた。香港の話を聞きだしたり、水泳部に勧誘してみたり、数学記号の読み方の違いを言い合ったり、まだ漠然とした将来の夢を語ったり。なんでもない学生の会話がつもって、一束は圭輔に興味を持つようになる。学校で会うだけでは足りないと思うようになる。友達との会話や付き合いに慣れていない一束が、考えるより先に口から出してしまったその希望を、圭輔は飲んでくれた。

奇妙なほどに順調に進む展開は、そう長くは続かない。初めて学校の外で会うと決めた日、待ち合わせ場所に来た圭輔は、自分の彼女と部の後輩という、あからさまに一束に興味を持っている女子を連れてやってきた。圭輔に同じ部の彼女がいることはクラスメイトの噂で知っていたし、圭輔が彼女に後輩の男子である一束と二人で出掛けることを報告していてもおかしくない。部活の子に言ったって、別に悪くはない。ひと組のカップルと、男と、その男と仲良くなりたい女。どう見たって「そういうこと」だ。圭輔が発案者ではないにしても、かれは「そういう」状況を作ってしまった。
何より一束が腹を立てたのは、圭輔が後ろめたそうにしていることだ。圭輔はこの状況に対して罪悪感を抱いている。この状況が、一束にとって望まない状況だと知っている。知っていて、二人を連れてきた。
怒りの衝動のまま、一束は店を出る。追いかけてくる圭輔に、日本語では言えない本音を広東語でぶちまけて、雨の中を傘もささずに帰る。この頃の一束にとって、日本語はうまく気持ちを乗せきれない、表現しきれないものだった。先日まで日常的に使っていた広東語を口にしたことが、かれ自身も整理しきれないでいた感情を暴発させた。腹が立つ、訳が分からない、かなしい。
はじめ、一束は伝えたくないから圭輔に分からない言葉を選んだのかと思ったけれど、そうではなかった。かれにとって最初に出た言葉が、一番感情を表せる言葉がそれだったのだ。それほどまでに一束はこの時感情的になっていたのだ。

そしてその言葉は、広東語をひとつも知らないはずの圭輔に伝わった。後日冷静になった一束は圭輔からの謝罪を受け、彼女と別れたという話を聞き、ふと、自分が言ったことが伝わったかと聞いた。広東語を浴びせかけた圭輔の顔色が途中で変わった気がしたからだ。すると圭輔は、分からないけれど、と前置きしたうえで、かれが察知した雰囲気を口にした。それはそのまま、あの時一束が抱いて一方的にぶつけた感情だった。
分かられている。分かってくれている。その感情が一束を揺さぶる。泣きだしてしまったかれに圭輔は狼狽し、けれど抱きしめて、「好きだ」と言った。二人きりの待ち合わせに女の子たちを連れて行った理由。これまで一束に抱いていた感情。それは一束の望むもので、一束と同じ感情だった。けれど圭輔の手が体をまさぐった瞬間、一束は力一杯かれを突き飛ばして、逃げた。
そしてそれっきり、十三年間会わなかった。

十三年後の香港でかれらは再会する。香港在住のコーディネーターとして週に数日新聞社の仕事を手伝う一束が紹介された、新しく赴任してた支局長こそ、圭輔だったのだ。
若かったとはいえ、ひどい別れ方をしたのだ。気まずくないはずがない。一束だってそのあと恋愛経験を重ねているし、公私混同で仕事に支障が出るようなことは望まない。けれどどうしたって気さくに打ち解けられるはずがない。そういう微妙な心情を知ってか知らずか、圭輔は気軽に話しかけてくる。仕事の話、香港でのルールや住居の相談、仕事仲間の噂話。そうやってある程度気持ちがほぐれてきたところで、かつての、あの最後の日のことを謝罪する。圭輔は昔からそうだった。年齢の差なんか関係なく、自分が悪いときは謝ることのできる男だった。単純だけれど気配りもできる、そういう男だから一束は好きになったのだ。なあなあで済ませずきちんと謝罪した圭輔の言葉を受け入れた一束は、その上で新しい関係をつくろうと言う。

圭輔の前任の支局長であり、もうすぐ日本へ帰る上司・佐伯が凄くいい。幼いころから病弱だったかれは、日本で待つ同じく病気がちな妻を溺愛しており、かつ、一束と寝る関係にある。お互いに相手が自分の一番でないこと、自分が相手の一番でないこの関係を楽だと感じる一束は、佐伯が香港にいる間だけのことだと割り切って関係をずるずる続けている。
仕事ができて皮肉屋で、新聞記者らしい無茶も通す佐伯は魅力的だ。けれどかれの一番の魅力は、どうやったって隠しきれない昏い影や憂いだ。健康なもの、自由なものへの過度な憧れが形を変えたいびつな嫉妬。手に入れられないものがひとより沢山あった子供は、諦めることに慣れた大人になって、その分自分が手に入れたものを欲している相手にわざと見せびらかす。妻を愛する気持ちに偽りもぶれもないかれは、見るからに一束に惹かれている圭輔の前で、わざと露悪的に振舞ってみせる。かれにとって、若くて健康で健全な精神を持っている圭輔は最も憎たらしい相手だったのだ。
そう思えば、赴任先で女と遊びまくっていたという噂も流れる佐伯が、香港で一束とばかり関係を持っていたのも分かる気がする。既に克服したとは言え、佐伯と同じように自分ではどうしようもない病を持っていた一束は、かれにとって心が許せる、魅力的な存在だったのだろう。佐伯は一束の体のことを知らなかったし手術痕を見ても特に話題にしなかったけれど、病の内容やその状態ではなく、病を持っていたことのある一束の心が佐伯を引き寄せた。
一番好きなエピソードは、佐伯が子供のころに読んだ本の話をするところだ。なんでもない雑談、お約束とも言える物語の羅列から、一束は少年時代の佐伯の鬱屈を感じ取った。感じ取れる一束だからこそ佐伯はかれを気に入った。

佐伯の露悪的で攻撃的な挑発は圭輔を煽った。おそらく過去の経験から必死に自分を抑えていた圭輔は、佐伯との事を投げやりに語る一束の態度に焦りと憤りと、単純で純粋な欲求を覚える。どこまでいっても素直に圭輔を好きだと言えない一束には、この方法が一番良かったのだろう。
かれがあの時好きだった圭輔を拒んだ理由、ぶかぶかの服ばかり着ていた理由も明らかになる。事情は分かっても、圭輔はその時の一束の心情を本当の意味で理解することはできないだろう。佐伯ならば言わなくても分かってくれるその気持ちを、口にされても圭輔は分からない。けれど、分からないからこそ乗り越えられる。なにより、そんなことは瑣末だと思えるくらい、一束も圭輔が好きなのだ。

十三年間ずっと一束のことだけを思っていたと言えば嘘になるけれど、一束以上に好きになる人はいなかった、と圭輔は言った。都合がいいけれど、自分でも都合がいいと分かった上でかれが言った、言わずにおれなかった、不器用な告白だ。
それが嘘でも大げさでもなかったことは、何も言わずに混乱した国へ飛び立って行った圭輔のマンションを一束が家探ししているときに明らかになる。一束に見せると言っておきながら約束が反故になった飼い犬の写真の裏に隠されている、文字の消えかけたメモ。それだけで一束はすべての覚悟を決める。

ふしぎなラストだった。それまでの展開からは想像しがたい展開がどこへゆくのかと思ったら、あっさり解決してしまう、そういうオチだった。けれど結果ではなく、一束の心情が確かに変化したこと、圭輔の長い愛情が分かることが大切だったのだと思う。拍子抜けしたというよりは奇妙な感覚に陥ったけれど、その不思議さも含めてとても好きな話。

その後の話「is in me」はもう少しやわらかめの話。「朝から朝まで」でも感じたけれど、作者が「報道」というものに対して一過言ありそうな印象を、こちらでも受けた。最悪の状況で、それでも眠ってしまう圭輔なんかすごく生々しい。それをあさっての方向で受け止めてる一束が可愛くていじらしくてピントがずれてていい。

久々に手放しで好き!大好き!と言える作品。

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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 22:24 | - | - |

海遊館


数年ぶりに海遊館に行ってきた。
ちっとも詳しくはないのだけれど、鮫とかエイとか深海魚とかクラゲとかを見るのは大好き。

大阪から遠い印象があったんだけれど、実際は乗り換えや駅からの徒歩を含めて30分弱くらい。それほど遠くない。ちなみに海遊館入館と交通機関が乗り放題になるOSAKA海遊きっぷを買った。海遊館のあとにどこかで食事したり遊びに行ったりするのにも便利だった。

平日なのでお客さんは少なめ。すいすい見られて良かった。あと今Nintendo DSでガイドを聞いたりクイズに答えたりできるようで、小さい子は皆DS持ってた。
全体的に生き物が人間慣れしてるのか、ものすごく水槽の際まで寄ってくる。満遍なく移動してくる。空気読んでサービス良くしてくれてるのか、と思えるほど。奥の方で泳いでてよく見えない…みたいなことがなかった。

わたしのデジカメよりiPhoneの方がカメラの機能がよっぽど良かった。勿論性能のいいデジカメの比ではないけれど。
写真多いのでサムネイルで表示してみる。

マンタ!マンタ!マンタ!
泳いでると飛行機というか戦闘機みたい。旋回するとかっこいい。

主役ジンベエザメ。でかいので正面じゃないとカメラにおさまらない。今一匹しかいないんだなー。

ウツボ。目が小さいのが地味にかわいい。

ナポレオンフィッシュ。「金持ってそう」「金のチェーンネックレスしてそう」「セカンドバッグにマネークリップでとめた万札入ってる」「金払いがいいから北新地では好かれるね」「愛娘を溺愛してて、部下に3DS並んで買わせてそう」などと延々擬人化してた。最低だ!

タカアシガニ。カニかっこいい。

マンボウ。マンボウって昔はマンボウ専用水槽みたいなところでひっそり泳いでた記憶があるんだけれど、今回はサメやエイたちと一緒のでかい水槽にいた。すみっこで地味にふよふよしてた。


特設でクマノミとイソギンチャクの会場もあった。「ファインディング・ニモ」の影響で、子供たちはものすごくクマノミがお好き…所狭しと響き渡るニモコールと、見向きもされない他の色の魚たち…。



くらげ大好き!
水槽の背景やライトを使った、それぞれの固体を一番きれいに・幻想的に見せる演出、が巧い。


特別企画「ちいさな海のいきものたち かわいい!コレクション」も面白かった。その名の通り小さないきものたちが並んでいるのだけれど、それぞれの柄・模様に合わせた水槽が作られていてショーウィンドウみたい。洗練されていて二重に楽しめる。
サメやエイが触れるコーナーもあったのでここぞとばかりに触ってきた。エイはぬるぬる、サメはごわごわ。気持ち悪いけど気持ちよかった。

結局3時間半くらいいたのかな。満喫したーまた行きたい!

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posted by: mngn1012 | 日常 | 12:02 | - | - |

一穂ミチ「ハートの問題」

一穂ミチ「ハートの問題」
一人暮らし開始早々厄介な隣人に迷惑を被っている要は、苦情を言わんとするところで、同じ階に住むサンと出会う。自分の部屋へ要を迎え入れてくれたサンは、要の正体に気付いた。かれが姉である歌手・つぐみのPVに出た、かつての美少年「ヨウ」であることに。

10歳年上の姉は歌手になりたいと言う夢を、華やかなデビューではなく地道な方法で叶えた。爆発的な人気やヒットはないけれど、着実に固定客を掴んで音楽を続けている。そんな彼女のPVに、要は一度だけ出たことがある。誰が見ても美少年だった子供のころに言われたその話を、家族も思い出作りくらいの気楽さで承諾した。しかし実際にPVが出回るや美少年「ヨウ」は大きな話題の的になり、報道やストーカーまがいの被害の連発に、一家は引っ越さざるを得なくなった。
そして数年がたち、要は地味で野暮ったい高校生になっていた。子供のころの天使のような美しさや華やかさは影をひそめ、かれは自分が言う通り「しょぼくなった」。それはかれ自身も認める、ここ数年の周囲からの評価だったのだ。

自分で鏡を見て分かる過去とのギャップと、周りから散々言われた変化によって、現在の要は非常に内向的な青年だ。服装や髪形も地味にして、年頃の男子なのに、そういうものに興味を向けることを己に禁じているふしがある。そして他者からの目や言葉に物凄く過敏に反応してしまう上に、そういう自分を自意識過剰だと考えてもいる。気にしてはいけない。本気でそのことを気にしたら、本当のことになってしまう。ひどいこと、になってしまう。だから笑って、なんでもないことのように受け止めていなしてゆくしかない。
けれどサンはそれを認めない。ヨウと要に違いはないと、かれが周囲を意識してしまうことを当然のことだと断言してくれる。誰に何を言われても傷付くことも腹を立てることもうまくできなかった要に、「代わりに俺が怒るから」と言ってくれた。だから「呼んでね」と。この瞬間要は恋に落ちたのだ、と思う。なんでもない日常のやりとりの中で少しずつ心を許して行った要が打ち明けた本音を、真剣に受け止めてくれたサン。いままで誰も気づいてくれなかったことに気付いて、欲しかったものをくれるサンに、要は恋をした。電車がホームに入ってくるときみたいなスピードと勢いで、恋を。
一穂さんの小説の、恋をした瞬間の描写がとにかく好きだ。ぶわっと一気に世界が変わるような衝撃が、心の中で起こる。嵐みたいな激しさで、花園の蕾が一斉に開花するような美しさで、恋に落ちる。
けれど恋はきれいなばかりじゃない。どきどきして息苦しくて、それまでなら適当に聞き流せることが耳について、つまらない雑談にも嫉妬する。そしてその都度自己嫌悪する。
本当はヨウだって、いやヨウが一番分かっている。外見の変化や、外見の美醜は自分のせいだけじゃない。けれど内面の美醜は、自分が作ったものだ。

要のそういうややこしい内面を理解した上で、サンは好きだと言ってくれる。ストレートなことしか言わないかれの言葉と、嘘のなさに要は救われ、心を開く。好きになった人が自分を好きだと言うことに、展開の速さやその他もろもろに対する戸惑いはあれども喜びを感じる。
あと一歩、のところだった。半ば流されるようなかたちであっても、サンと付き合いはじめれば要は変化してゆける。そうなるはずだった。けれどそんなある日、かれはサンの仕事を知ってしまう。「服とか売ってる」というかつてのサンの言葉から、ショップ店員だと思っていたのだが、実はモデルだった。服を着て宣伝して売る、という意味ではかれの言葉は嘘ではない。けれど要は、それを簡単に受け止められなかった。騙すみたいなかたちを取られていたことへのショックとか、自分がかつて在籍して、そのおかげで傷ついた世界で生計をたてていることへの嫉妬とか、そういうものが要を支配する。誰にも注目されたくないけれど、道を歩いていて注目されるサンにコンプレックスを感じる、そういう気持ち。面倒くさいけれど、ひしひしと伝わってくるその葛藤が切ない。
もう少しでうまくいくところで壊れてしまった関係を、それでもサンは必死に繋ぎとめる。体を張って要を守って。仕事をする自分を見せて。駆け引きの出来ないかれは、真っ向からのアピールで要に訴えかける。そしてその必死さに要は折れる。嫌いな自分と向き合って、サンが好きだと言ってくれることに支えられて、前を向く。自分に似合う洋服を見立ててくれ、とサンにいうのはその最初の決意だ。

要と書いてかなめ、と読む。「ヨウ」は本名の漢字をもじった、PVのためだけの芸名だ。ヨウという名前以外はすべて秘密、というプロモーション方法は報道によって踏みにじられたけれど、かれはあくまで「ヨウ」として世間に出た。だから、要を知らないサンがずっとあの子供を「ヨウ」だと思っていたことも、要が名乗る前に「ヨウ」と呼んでいたこともおかしくはない。
そしてサンは要に名前を聞いた。今の、本人いわく不細工で地味になった要に。そして要は答えた。けれどサンは引き続き「ヨウ」と呼ぶ。名前を教えたのに、と要が言っても、ずっと焦がれていた「ヨウ」に話しかけられる幸福から、サンは「ヨウ」と呼ぶことを主張した。サンの整った顔と真摯な態度で呼びたいけれどだめか、と言われた要は断らずそれを容認する。サンにしてみればPVの中にいた美少年も、今目の前にいる男子高校生も全く同じ「ヨウ」なのだ。
サンがなぜそれほどまでに「ヨウ」を思い続けていたのかということは後半になって明かされる。何にも一生懸命になれずに荒んだ生活をしていたサンの心の中にいきなり入ってきたPVの中の少年。その存在がサンを突き動かし、かれは今こうやって華やかな世界で仕事をしている。そこへ行くために辛い目にいくつもあって、何度も諦めそうになってもしがみついてきた。そして今はそれを続けるために、朝のストレッチのような地道な努力をいくつも重ねているのだろう。「ヨウ」はサンを動かし、鼓舞し続けるものだ。かれにとって「ヨウ」はそういう特別な存在だった。
そしてヨウと要の間に、サンは差異を感じていない。けれどつぐみのように、「ヨウ」という音を単なるニックネームとして口にしているわけでもない。だからこそ最後までサンが要を「ヨウ」と呼び続けたことがすこし気になった。要自身も気にしていないし、サンはあまり物事を深く考えるタイプではないんだけれど、ちょっとばかりさみしい。

サンの会社の社長であるしょう子が乱暴な言葉で語る彼女の壮絶で、理解されがたいけれど、きっと宝物みたいな過去。つぐみと要が忘れられない、ふたりの転機になった最悪の思い出と、彼女の現在。サンと要の恋愛以外の部分の描写、本題の恋愛以外の事柄も多かったけれど、ひとつひとつが面白くて印象的でいい。要の広岡に対する態度が凄く好きだ。一生許さないし憎み続けるけれど、同じくらいのつよさで許している。人生をやり直しているかれに、その道を進む後押しをしてやっている。それもたぶん、つぐみの望んだ通り、サンと恋愛ができたから、だろう。

非常にBLらしい話だった。BLらしい起承転結、BLらしいキャッチーでお約束を踏襲した物語。これまでの作品と比べるとやさしすぎるような印象もあるけれど、随所にちりばめられた作者特有のオモシロ会話や独特の言葉選びは健在。取り敢えずサンがばかでかわいい。大事なことを全部知っているばかなので、その存在や言葉に慰められて、救われるのだと思う。
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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 22:07 | - | - |

秀良子「ネガティブ君とポジティブ君」

秀良子「ネガティブ君とポジティブ君」
陰気、悲観的、心配性、秀才、メガネ、制服はシャツをパンツに入れて着こなす「ネガティブ君」藤原と、陽気、根拠の有無を問わない楽観的、バカ、茶髪、ボタンを開けたシャツの中に赤いTシャツを着て腰パンの「ポジティブ君」橘。何もかもが正反対の二人は付き合っている。

やまもおちもないBLが好きです。
ドラマティック歴史主従重厚濃厚陰鬱BLが一番好きなんだけれど、戦争で離れ離れにされてしまったり、すれ違いが原因でこれでもかというくらいにこじれてしまったりする話が好きなんだけれど、同じくらい、カップルの平和でばかばかしくもいとおしい日常BLが好きです。やまもおちも既に終わっていて、既に付き合うところまでいってから、の物語。見せ場が全部終わってしまっているようにも思えるけれど、何気ない日々にも沢山楽しいことはある。
(疲れてるとか年取ったとかそういうことは言わない!)

これもまさにそういう話。
正反対の二人が既に付き合っているところから物語は始まる。正反対だからこそあらゆる物事に対する反応が真逆で、けれどそれがすれ違いではなく、いい方向に進む。どれだけ藤原が悲観的に物事を考えたって、それを凌駕する勢いで橘が楽観的にかれを支えて励ますから問題にならない。なってもすぐに解決する。どれだけ橘がばかでも、藤原が細かく計画しているからなんとかなる。なんとかならなくても、橘が笑えばそれで解決する。ほら、やまもおちもない。やまもおちも、二人の幸せなだらかな道にしてしまう。それが可愛くて仕方がない。

橘はよく喋る。藤原にも、藤原以外の友達にも、にこやかに明るくたくさん喋る。藤原はあまり話さない。その代わり、かれの回転の良い頭はいつも人一倍まわり、色々なことを考えている。
そのことを一番知っているのは橘だ。無表情な藤原がどれほど自分を思っているか、心配しているか、かれは本能的に察知する。
バカポジティブ若干空気の読めない橘はものすごくいい彼氏だと思う。一番好きだなと思ったのは、いつも調理パンを昼食にしている橘を、健康の観点から藤原が心配する「純ちゃんは心配性」だ。今に始まったことでもないその習慣にいきなり気づいた藤原は、それが心配で心配で仕方がない。そして翌日橘が学校を休んだことで、かれの心配が一気に頂点に達する。一人暮らしの橘なら、たとえ倒れていたって、それこそ息を引き取っていたって誰にも気づかれない。不安の中藤原は、授業が終わった瞬間にかれの家へ向かう。ここで嘘をついて、たとえば体調不良などを主張して、中退したりしないところがまた藤原だ。
藤原が訪れると、橘は家で一人で寝ていた。眼を覚ますと、自分が今までみていたトンデモな夢の話を笑顔で始めて、空腹で腹を鳴らす。そこで藤原が差し出したのが、かれが栄養を考えて作ってきた弁当だ。それを見て橘はすべてを察する。昨日の雑談が藤原の本気であったこと。必死で考えて、自分のために料理をしてくれたこと。今日自分が無連絡で欠席したことで、かれがどれほど心配していたか。それらひとつひとつについて決して話さない藤原の真意を、橘は即座に理解する。だから真剣な顔に戻って、藤原の目を見てきちんと謝る。言い訳もごまかしも、茶化すようなこともしない。そのまっすぐさがとてもいい。
そしていざ弁当を食べはじめると、その話はしない。きれいな線引きが、かれらの関係を良好に保っている。更には満面の笑みで「世界で一番うまい」なんて言ってくれる。言われたときの藤原の、片方の口の端だけを上げた、ひきつった笑みがまたいい。かれにとっては満面の笑みなのだろうと分かるから余計にいとしい。あーかわいい。ダ学生になっても大人になってもおじいさんになってもずっとこんな感じなんだろうなあ、と思えてならない。ひー幸せ!

とにかく一事が万事そんな感じ。最後に収録されているなれそめはちょっとばかりやまとおちがあるけれど、それもやっぱりなだらかめ。和む。
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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 21:17 | - | - |