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薄桜鬼WEBラジオ 新選組通信 出張版 上洛編@大谷ホール

ネット配信されている「薄桜鬼」のWEBラジオ「新選組通信録」の公開録音。アニメイトで関連商品を3000円購入ごとに一枚貰える応募券を使って応募して、抽選で招待されるというもので、7枚出したら当たった。

 
この看板、肝心のラジオのタイトルが書いていないのはわざとなのか何なのか。

会場外で整列を誘導しているスタッフや、中でハガキの確認をしているスタッフが皆だんだら羽織を着ていてちょっといたたまれなくなった。中に入るとアンケートが二種類。普段のラジオのコーナーの説明をした上でどれでもいいので投稿してくれ、というようなものと、以前ラジオで話題になっていたオリジナルTシャツの案を募集するもの。
あとはコラボ八ツ橋のパッケージが飾られていたり、これまでの「入隊希望」コーナーで採用されたひとの名前が張り出されていたり、「慰められ隊士」の署名があったり。注意事項の張り出しや、席の案内表までだんだら模様が入っていたりと細かいところに手が込んでいる。

ホールに入るとステージ上には「薄桜鬼WEBラジオ 新選組通信 出張版 上洛編」と書いた看板が吊られていて、緑の布が敷かれて桜が飾られた机に予め役名プレートが用意されている。それぞれの飲み物も準備済み。上手から土方、斎藤、沖田の順番。
そしてその前に三本のマイクスタンド。下手にはめくり台があって、「開幕」と書かれている。

開演時間の14時を5分ほど過ぎたところで、スタッフがステージにこっそり来て「開幕」の文字を「準備中」に戻していた。…早まってたのね…。
そして三木さんのアナウンスで、携帯電話など音の出るものは切る・撮影録音録画は禁止・気分が悪くなったらすぐに言う、という三つの注意事項がなされたあと、暗転。

以下ネタバレいろいろ。色んなことが前後したり抜けてるはず。ちなみに座席はセンターブロックの通路より前。結構見やすかった。
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posted by: mngn1012 | ライヴ・舞台など | 23:51 | - | - |

更新お知らせ

ちるちるさんでコラム更新して頂きました。

崎谷はるひ特集ということで、「キスができない、恋がしたい」です。
本人の体調不良によって一端凍結してしまった、崎谷さんのHPの十周年企画で予定されていたこの作品の続編配信をわたしは心待ちにし続けている。いつまでも待つわよ!
CDもたのしみ。
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posted by: mngn1012 | その他やおい・BL関連 | 10:23 | - | - |

「ゲキ×シネ いのうえ歌舞伎★壊 蜉蝣峠」

宮藤官九郎が脚本をつとめた、劇団☆新感線の舞台を映像化したもの。お客さんが入っている舞台の映像をスクリーンで見るのだけれど、「ゲキ×シネ」は単なる舞台を撮影したものではなく、色々手が混んでいるらしい。まあ取り敢えず舞台が映画館で見られるわけです。

ちょっと話の前後や人間関係があやふやな部分があるので、あらすじは話半分にしておいて頂けるとありがたい。

***

座長の妻と内通したことがばれて劇団を負いだされた役者くずれの銀之助は、蜉蝣峠で記憶を失った男と出会う。闇太郎と言う名前と、蜉蝣峠で待っていろという約束をしたこと以外の全てを忘れたというかれを連れて、銀之助は酒と女を求めてろまん街へ向かう。
しかしろまん街に昔の面影はなく、先代の死をきっかけに勃発した立派組と天晴組による抗争が日常茶飯事になっている。巻き込まれてしまった闇太郎は、天晴組にいるお泪という女性と出会う。彼女は自分の名前に大きく反応し、幼いころに結婚を誓い合った幼馴染だと主張する。

闇太郎:古田新太
天晴:堤真一
お泪:高岡早紀
銀之助:勝地涼
サルキジ:木村了
がめ吉:梶原善
流石先生:粟根まこと
お寸:高田聖子
立派の親分:橋本じゅん 

休憩15分を挟んで二部構成で3時間弱くらい。

蜉蝣峠のあたりで農民たちが軍鶏を追いかけている場面から舞台は始まる。厳しい年貢の取り立てによって貧しい生活を強いられているかれらは、腹が減っているのだ。通常サイズの軍鶏を追いかけて舞台を走りまわったり、ハケたりしているところ、次に舞台から出てきたのは中に人間が入った着ぐるみの軍鶏。顔の部分だけがくりぬかれているのだけれど、嘴をつけている上に色の濃いサングラスまでしているので、誰が入っているのか長い間分からなかった。キャストをろくに確認せずに見に行った所為もあるんだけれど、まさかの堤さんだった。
関西弁を喋る強気の軍鶏とあれこれやっている農民たちが、先ほどからちらちら見えていた男の存在にようやく気付く。腹を減らしたかれらの傍でずっと何かを食べている男に農民たちは絡んでいくけれど、すぐに、その男が頭のおかしい男だと気付く。下半身丸出しでぬぼっとしたその男を皆は相手にしないけれど、かれらの中にいた役者くずれの男・銀之助だけは男と意気投合する。と言っても銀之助が一方的に話しかけているだけなのだが、その会話で二人の男の経歴が明らかになる。駆け出しの役者であった銀之助は座長の妻とできてしまったことがばれて、性器を切り落とされた上追い出されてしまった。闇太郎は面倒なので馬鹿の振りをしていただけであり、闇太郎という名前と、誰かと蜉蝣峠で会う約束をした事以外の全ての記憶がない。誰と約束したのかも覚えていないなら、ずっと蜉蝣峠にいても意味がない、と銀之助は言う。一緒に、女や酒のような楽しいことを求めて、峠を降りてろまん街へ行こう、と。

記憶がないことを確認されるとき、闇太郎は銀之助に、人は自分の見たいものしか見ない、という話をする。記憶がない自分には見たいものがないから、かげろうの向こうに何も見えないのだ、と。

なにがすごいって、二人がろまん街へ行くまでの間、ずっと闇太郎は下半身っていうか股間丸出し。勿論本物じゃなくて造られたものなんだけれど、どんなに精巧であれ造られたものならいいのか!と突っ込みたくなるくらいの丸出しっぷり。
旅の途中でさすがにパンツを履いた闇太郎を見て、銀之助が「お、履いたのか」と言うと、闇太郎が「さすがにあれで二時間半はきつい」と返していた。見てる方もきつい。それ以外にもどぎつめの、小学生男子が喜びそうな下ネタが沢山あった。これがずっと続くとちょっと厳しいな、と思っていたら、さすがに収まったのでよかった。

二人がろまん街へ行くと、そこは銀之助の話とは全く違う荒れた街だった。やくざ者の抗争に怯えていると、見るに見かねた両目に刀傷を負う盲目の男・がめ吉が、自身の飲食店に匿ってくれた上、現状を説明してくれる。
先代のうずらの親分の死後、姉のお寸と結婚した立派と、弟の天晴が率いるそれぞれの組が縄張り争いを続けていること。お寸と立派は離婚と復縁を繰り返しており、今から101回目の結婚式が行われること。
お寸と立派の結婚式は派手でバカバカしくていい。姉御肌で気のきついお寸と、口はたつけれどすごく臆病な立派のバカップル。長らく抗争を続ける敵方の大将であり、お寸の実の弟である天晴にも結婚式の招待状を出したけれど顔を出さない、と怒る立派の構成員たちに背中を押され、立派は恐る恐る天晴を呼びに行く。喧嘩を売ってるのに及び腰。
そして出てきた天晴は、刀をしまったことがないというほどの殺人狂で、常に酒を飲んでいる。これが堤さんなのだが、長い髪を振り乱し、白地に黒の薔薇と鎖の模様が入った着物姿で敵を斬りまくる姿がものすごく格好良かった。テレビなどで見たことはあるけれど、ドラマが好きじゃないこともあって、それほど興味を示したことのない役者さんだったのだけど、いやあこれはこれは格好良いわ。そりゃ人気あるわ、と2010年にようやく理解したよ…笑い方ひとつひとつに天晴がかたぎじゃない、マトモじゃない様子が出ている。立派に勝ち目などひとつもないと思い知らされる。

その抗争に結局巻き込まれてしまった闇太郎は、自分を知る女性に出会う。天晴組に所属するお泪という名前の彼女は、自分と闇太郎は同じ村の出身で、遠い昔に結婚を誓い合う恋仲だったのだと言う。遠い昔、あまりにひどい領主の横暴に堪忍袋の緒が切れた農民たちが一揆を起こした。首謀者であったお泪の父親は領主の手下に殺され、泣き叫ぶ母親もまた彼女の目の前で斬られた。このままでは闇太郎まで殺されると思ったお泪は、役人への嘆願書を持ってかれに村を抜けるよう伝える。離れたくないというかれに、お泪は、蜉蝣峠で待っていてと伝えたのだった。
結局自分が蜉蝣峠に行った時は闇太郎がおらず、待ちきれなくて峠を降りたのだと彼女は言った。闇太郎は話を聞いても過去を思い出せないけれど、初めて会ったはずの彼女に心惹かれてゆく。
そして闇太郎は天晴に賭けを吹っ掛けられる。皆が憎んでいる役人・善兵衛を殺してくれれば、この街でお泪と所帯を持たせてやる、とかれは言った。お泪は金で天晴に買われた女なので、天晴が許可すれば彼女は自由になれるのだ。
お泪は止める。闇太郎のことはずっと好きだったし、ずっと待っていた。そして再会したかれに記憶がなくても、やっぱり自分はかれを好きなままだ。けれど、人殺しになどなってほしくない。だから逃げればいい、と彼女は言う。元々ふらりと立ち寄っただけの闇太郎なのだから、このろまん街にとどまることはない、と彼女は思っているのだろう。
ろまん街に住むのはアウトローばかりだ。女郎やならず者が集まって、喧嘩したり派手に宴会したり色事で儲けたりしているばかりの街だ。そこでしか生きてゆけない者も沢山いる。そこでならば生きてゆける者には優しいけれど、そうでない者が留まって身を持ち崩すことはないはずだ。
けれど闇太郎は賭けに乗る。記憶にはない女を好きになってしまったからだ。朴訥な口調で愛の言葉を言うかれが切なくていい。返り血を浴びて戻ってきた闇太郎を、街中が歓迎した。

闇太郎という名前には聞き覚えのあるものも多かった。
がめ吉の目が見えていたころ、かれはひとりの青年に道案内をしたことがあった。蜉蝣峠の場所を聞くその青年こそが、若い日の闇太郎だった。役人に嘆願書を届けるべく走って村を抜けたかれが、たどり着いたのがろまん街だった。色好みの領主が女を買いに入ったところを見ていたがめ吉は、帰り道の上機嫌な役人に渡すのがいい、と薦める。それまではここで待っていればいい、腹が減っているだろうから握り飯を作ってやろうと言って、かれは厨房へ消えた。
そこへ、悲劇が襲う。「大通り魔」という連続殺人鬼に街が襲われたのだ。いきなり現れた正体不明の殺人鬼によって、うずらの親分はもとより、街の住人が片っ端から殺されていった。助かったのは厨房にいたがめ吉と、新婚初夜で物音など聞こえもしなかったお寸と立派、何をしていたのか分からない天晴、そして闇太郎だけだ。
がめ吉が闇太郎を探して店を出るとそこは死体の山で、かれは生きているものを探して入ったうずらの親分の屋敷で、犯人の男に両目を切られた。見えない目で、闇太郎に握り飯を渡し、殺される前に逃げろとかれを蜉蝣峠に向かわせたのだ。
このあたりの回想は実際の演技と、映像で再現される。シルエットだけの映像で描かれる大通り魔の殺人の様子がなまなましい。そのあとがめ吉が店を飛び出して、死体に次々呼びかけるシーンがあるのだけれど、「○○屋の○○さーん」「▽▽屋の▽▽さーん」「八百屋のげんさーん」「魚屋のげんさーん」「○○屋のげんさーん」と続いて、最後に「あんたもげんさんでいいかーーい」と嘆いていたのが面白かった。

おそらくその事件のショックで闇太郎は記憶を失ったのだろう、あの事件を生き抜いた伝説の男がお前だったのか、と皆が闇太郎に好意的になる。かれはお泪と所帯を持ち、幸せに暮らし始める。

一方銀之助は、その整った顔と若さで年増の女郎たちに言い寄られていた。女好きのかれは大喜びでまとめて相手しようとするけれど、かれは性器を切り落とされたのだった。銀之助が初めての相手だと息巻いていた生娘の女郎・お菓子は傷つき、身投げしてしまう。そして銀之助は責任を取らされ、変なおさげにされて化粧をされ、二代目お菓子を襲名させられる。
このくだりは完全にギャグなので、身投げとか言っても深刻なものではない。なんでついてないのにあたしたちとやろうとしたんだ、とにらまれたときに銀之助が「あるていで」なんとかなるんじゃないかと思って、と言っていたのが可笑しかった。

天晴が話を持ちかけたおかげで善兵衛が殺された。天晴の株が上がり、お寸は弟の元へ戻り、闇太郎の家にすべく立派の親分は家から追い出されてしまう。街を負われたかれがいっそ死んでしまおうかと自分に刀を向けたとき、殺されたうずらの親分の霊と善兵衛の霊と出会う。お前も死んでしまえ、天国は楽しいぞ、と誘われて、そこで何故か三人で「YAKUZA IN HEAVEN」というPerfume風の曲とダンスが始まる。オッサン三人のぎこちないけれど結構完成されたPerfumeかわいい!「久々の劇団員だけのダンス楽しゅうございました」と立派の親分が、肩で息しながら言っていた。
このまま三人でいけるな!と息巻く霊たちに、立派の親分が「あまりに地味だ」と言う。派手なやつが欲しい、というところへ思いっきり派手な男が登場する。

ろまん街には、立派とお寸の息子・サルキジが二人の舎弟を連れて帰ってきていた。最初こそは喜んでいたお寸だったが、闇太郎の事件以降、サルキジへの辺りがきつくなる。天晴はなぜかサルキジを非常に嫌っており、舎弟二人だけを自分の組に迎えてサルキジだけを放逐する。
そんなサルキジに優しくしたのが、二代目お菓子になった銀之助だった。どっからどう見ても男の奇妙な女装なのだが、サルキジはお菓子に優しい。俺は一人前の男になるまで女郎遊びはしねえよ、などと明らかに口だけの事を言って、いっちょまえに白いマントを翻すかれにお菓子は「カッコイイ…」とときめいてしまっている。いいのかそれで。
しかしサルキジは気になることを言う。自分は闇太郎と名乗る男に以前会って、蜉蝣峠の道を聞かれて教えてやったことがある。それは今ここにいる闇太郎とは全然違う男だった、と。

思いっきり派手ないでたちで現れた男を連れて、立派はろまん街へ帰ってくる。派手な男は闇太郎と名乗り、お泪の顔を見るなり「お泪ちゃーん!」と喜んだ。約束したけれど守れなくてごめんね、やっと会えてうれしい、と鬱陶しい口調でたたみかけるように言うかれの言葉には説得力がないけれど、その代わり、内容は闇太郎しか知らないはずのものだった。
どちらが本物なのか、お泪は困惑する。目の前にいる夫のことを自分は愛している。けれどかれには記憶がない。そしていきなり現れた謎の男は、自分と闇太郎だけが知っている過去を持っている。サルキジが会ったのも、この男だ。

そこへ、善兵衛殺しの犯人である「闇太郎」を捕まえにきた役人が登場する。闇太郎はどこだ、と聞く役人に、一切の事情を知らない派手な闇太郎(やみ太郎)が手を挙げた。自分が闇太郎だと信じてもらえずしょげていたかれは、ここぞとばかりに自分が闇太郎だと主張し、案の定、連れて行かれた。
訳も分からずひっとらえられたかれは慌てながらもお泪を見て、幼いときに歌い合った、自分たちだけの歌を口ずさんだ。わかるだろう、ぼくがきみと一緒に幼い時代を過ごした闇太郎なんだよ、と、子供じみた歌で伝えようとしている。
そう言われれば、回想シーンの幼い闇太郎は過ぎるほどに天真爛漫だった。お腹がすいてお金がなくて笑っている、どんぐり食べてなんとか生きてる、そういう子だった。悲惨な事件を目の当たりにしたことと、大人になったことで今の闇太郎のような落ち着きを得たのだと思っていたけれど、闇太郎がそのまま大人になったら、捕まったやみ太郎のようになるはずだ。最初に出てきたときはイロモノが出てきたなあ、と思ったけれど、過去と現在を照らし合わせるとこうなるとしか思えない。

不審がじわじわと募っていく。お泪の、街の人間の、なにより闇太郎自身の。

全てを知っている天晴が、闇太郎を連れだした。
天晴は最初に着ていた白地に柄の入った着物だけでなく、真っ黒の着物や白の着物も着ているんだけれど、この時着ていた真っ黒の着物がまた良かった。コテコテの美学!
二人きりになった天晴は話し始める。父親が亡くなった名家の息子と自分は、取り立ててもらうべくある命令を受けた。農民一揆を片付けろ、というもの。かれは反抗する首謀者を斬り、かれが殺されたことに泣き叫ぶ妻をも斬って捨てた。それはお泪の両親だった。
忠実に命令に従って戻ってみれば、母は既に売られたあとだった。そして闇太郎は記憶を思い出す。裏切られたと怒ってかれが母を探しに向かったのはろまん街、うずらの親分の家。武家の妻だから女郎のような真似はしない、と、役人に犯された彼女は舌を噛んで死んだ。かれが母を探しに家の中に入ったとき、既に死んでいた母を死姦していたのがうずらの親分だった。かれはそれを斬り殺し、怒りにまかせて目に入るもの全てを斬った。騒ぎを聞きつけてやってきたがめ吉の眼を斬ったのも、かれだ。
屋敷から逃げ出したがめ吉は、見えない目で、必死に闇太郎を探していた。手さぐりにうろついていたかれは、自分が触れたのが今さっき自分の視力を奪った男だとも知らず、握り飯を渡してやった。闇太郎いたのか、蜉蝣峠にひとが待っているんだろう、早く行け、と一方的に話して送りだした。かれは闇太郎という名前と、蜉蝣峠で待ち合わせをしているということだけを刷り込まれ、なにもかもを忘れた。
うずらの親分を殺し、がめ吉の視力を奪った大通り魔は自分だった。のみならず、お泪の両親を殺したのも自分だった。自分は闇太郎ではなかった。
この回想シーンでは、正体不明の大通り魔について皆が説明していたときに流れたのと同じ映像に追加要素が入ったものと、先ほどと同じ演技が出てくる。ほとんど同じものなのに、あまりにも違って見える。「木更津キャッツアイ」のオモテとウラを彷彿させる、クドカンらしい脚本だ。一連の流れを知ってしまえば、がめ吉が同じように「あんたもげんさんでいいかーーい」と叫んでも、笑えない。そして本物のやみ太郎が殺されないように隠れている傍で、目の見えないがめ吉が殺人鬼に必死で話しかけている様子は身が凍る。

その真実は皆の知るところとなる。
親の仇に惚れてしまった、体ゆるしてしまった、ばかみたいだ、汚い、と泣き叫ぶお泪がせつない。双方知らなかったとは言え、愛してはならない男を愛してしまった。けれど嫌いになれない。自分を抱きしめてくる闇太郎を振り払おうとするお泪が、かれに死ね、と言う。嫌いになれないからこそ死んでほしいのだろう。生きたまま別れられないから。
闇太郎は死にたくない、という。俺の記憶の中のあんたを殺したくない、もう誰も殺したくないから、だから生きたいと。都合の良すぎる、けれど切実な言葉が苦しくていい。

けれど皆はかれを許さない。とくに、親の仇だと分かったお寸と、よりを戻した立派が先陣をきってかれを血祭りに上げようと意気込む。家から出た闇太郎は武器を持っていない。あんたたちには世話になったから、あんたたちを殺したくないから黙って行かせて欲しいというかれに、当然街の人間はイエスと言わない。相手の決意がかたいと知った闇太郎は下駄を脱ぎ、両手に持って戦うことを決める。
刀を持った大勢のならず者対、下駄を持っただけの闇太郎。けれどかれはどんどん人を倒してゆく。この強さは異常だ。まともじゃない。普通の人間が持ちえない強さを持ってしまった。
そこへ役人たちもやってくる。人を集めるだけ集めてのさばらせたから一斉摘発すればいいという、天晴の誘導によるものであった。けれど天晴は、やっぱりやめたとばかりに軽い調子で今まで手を組んでいた役人を斬り、自身も戦いに参加する。天晴の目論みは最後まであまり明らかにならなかった。一度は侍になろうとしたけれどなりそこねた、というエピソードから、挫折を味わっていたことは分かるけれど、かれが果たして何をしたかったのかは明らかにならない。お泪を気に入りながら嫁にもらわなかったのは、自分もまたお泪の親の仇だったからだと心情を吐露していたことから、お泪を気に言っていたことも分かる。けれどその執着も、かれに何かを為させるには至らなかった。親の仇であるはずの闇太郎にも、それほどの恨みがあるようには思えない。生きているのか死んでいるのかも分からないかれは、酒に酔い、剣を振り回し、人を斬って刹那的に過ごすことしかできなかった。医療の知識がある流石先生が天晴を見て、既に黄疸が出ているのでわざわざ戦って殺さなくてもあと数年の命だ、と語っていた。きっと天晴もそのことに気付いていたのだろうと思う。その前に死にたかったのか、それすらもどうでもよかったのか。今その瞬間に面白いと思ったことに乗り続けるしかできない男が哀しくていい。
戦いの中で、とうとう立派も剣を抜いた。これまで剣を鞘から抜いたことがないと言われ続けてきたかれは、慣れない剣を持って振り回し、誤って妻を斬った。お寸の返り血を浴びて驚愕のあまり固まっている立派を、「慣れねえことするからだ」と天晴が斬り棄てた。怒りも悲しみも感じられない、機械的な斬りだった。天晴の姉への執着は少しばかり度を越していたように思えたので意外でもあったけれど、もはやかれはどこか凍っていたのかもしれない。お泪が以前「あいつ冷たいんだ」と言っていた。血が通っていないかのように、いつも冷めていた天晴は、これでいいのかもしれない。

一方、放逐されて逃げ出したサルキジをお菓子になった銀之助は追いかけていった。あの子のどこが好きなの、とお寸に聞かれたとき、お菓子は「走ってるところ」と言った。走る姿が格好良いのだと追いかけて行った背中を見て、「まああれもある意味男と女か」とお寸は呟く。
追いついたお菓子とサルキジは良い雰囲気になる。これからのふたりのことを語りだすサルキジに、お菓子はとうとう自分が男であると告げる。サルキジは知っていた、言ってくれるのを待っていた、と笑った。そして自分のマントの奥の洋服の胸元を開けて、自分が女であることを明かした。跡取りになるべく男としてふるまっていたけれど、実は女なのだ、だから自分たち二人はちょうどいいんだと彼女は笑った。
それを知ったお菓子は、サルキジを刺した。どうしてだと当然聞いた彼女に、「お菓子は、走っているサルキジを追いかけるのが好きだから」とぼんやり呟いて、とどめを刺した。
性器が切断されて存在しないこと、がかれの中の理由になると思っていた。彼女が女である以上は自分が男にならなくてはならない、けれど肉体的に男になれないということがネックになると思っていたので、分かるような分からないような言い分だ。最大の秘密を明かしたサルキジはもう突っ張らなくていい、一人で走らなくていい、そのことが魅力を失わせたのだろうか。サルキジが本当に一人前の男になるべく頑張っている男であったなら、銀之助はお菓子としてかれについていったのだろうか。それも違うような気がする。分からない、けれど、哀しい場面だった。
女装男子と男装女子、っていう取り合わせはたまに見るけれど好き。よしながふみの「大奥」でもあったなあ。

とうとう、誰かの刀を奪った闇太郎と天晴だけになった。心配そうにしているお泪を蜉蝣峠に行かせた闇太郎は、彼女に会いに行かねばならない。けれど天晴は行かせない。ぼろぼろの二人の斬り合いに、多分理由なんてもう、ないのだ。
天晴に斬られるたび、闇太郎は痛い痛いとうめく。その姿に美しさや格好良さはひとつもない。それでもかれは立ち上がり、「俺は、死なない」「死ぬわけには、いかない」と宣言して戦う。相討ちにも似た長い戦いのあと、それでも闇太郎は立ち上がった。天晴とかれの違いは、生きる理由の有無だと思う。そこに、あの日のように握り飯を持ったがめ吉がやってくる。お泪が逃げるときにも手を貸してくれたかれは、道中食べるように包んだ握り飯を渡して、後ろ手に隠していた刀で闇太郎を刺した。
お泪を苦しめたくない、とかれは刺した。自分の視力の仇だとは言わなかった。それでも闇太郎は行く。その背に、がめ吉が何度も叫ぶ「きちがい」の言葉が刺さる。

そして蜉蝣峠では、お泪がいまかいまかと闇太郎を待ち侘びている。そこへやってきたのは、サルキジのマントを羽織った銀之助だ。結局かれもまたこの峠に戻ってきた。一緒に闇太郎を待つ、というかれの目は、男の目に戻っている。サルキジのマントを羽織っているのはせめてもの弔いか、サルキジのように走りたいというかれの願いか。失ってしまった男としての象徴の代わりに、新しい男らしさの象徴をマントに託したのかもしれない。

二人のすぐ傍まで闇太郎は来ている。あと一歩のところで、かれが倒れた物音がしたけれど、二人は気づかない。気の所為だと笑って、闇太郎を待っている。かげろうの先に、ひとは、見たいものだけを見るのだ。見たいものは元気にやってくる闇太郎。それ以外のものは、見えない。

闇太郎は息絶える瞬間に、ひとりの女性の陰を見る。「母上」とかれは呟いて、倒れた。
闇太郎の母親もお泪も高岡さんが演じているので、闇太郎が見たその陰は母であり妻でもある。けれど、かれははっきりと母を呼んだ。妻を待たせておいて、母を。自分が救えなかった、自分を狂わせる原因になった存在を。結局男はそうなのか、とちょっとうなだれつつも、記憶がないから蜉蝣の先に何も見ないと言っていた男が、最期の瞬間に、見るものがあって良かったと思う。

***
大通り魔の正体があまりに想像通りだったり、天晴の行動要因やサルキジと銀之助のことなどあやふやになっている点も多いけれど、これはこれで面白かったと思う。わかりやすいところとわかりづらいところのバランスに難はあれど、楽しんで見られた。

どこだったかお寸が、あたしだってヤクザの娘になんか生まれていなければ、と言っていたのが切なかった。普段は明るくて派手で強気な彼女だけれど、彼女だってそうするしかなかったのだ。ヤクザに生まれてヤクザと結婚して、ヤクザの中で生きるしか選択肢はなかった。生まれは選べない。そのあとのことは自分で何とでもできるというような時代でも、街でもなかった。

テーマ曲?になっている、教祖イコマノリユキが歌う「蜉蝣峠を~♪」という曲がすごく良い。渋い歌声も格好良くて耳に残って離れない。

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posted by: mngn1012 | 映像作品 | 19:00 | - | - |

神谷浩史+小野大輔「熱愛S・O・S!」

ニンテンドーDSソフト「Dear Girl~Stories~響 響特訓大作戦!」の主題歌を含むCD。ゲーム発売から結構経ってようやく発売。

最初にこのジャケットの画像を見たときは何事かと思った。コラージュなのかとも疑ったのだが、本気でした。どうしたんだ。卒業アルバムみたいな手作り切り貼り感がおかしいんだけど、そのおかしみも含めてDGSか。

・「熱愛S・O・S!」
ゲームディレクターである岩崎大介の作詞。散々言われてることだけど「イワサキ」で「ダイスケ」ってどんだけDGSと運命的なんだこの人。
岩崎さんの作詞した曲は何曲か聴いたけれど、どれもこれも歌詞が凄かった。よく考えると意味がわからないんだけれど、よく考えてはいけない、よく考えられないだけの力がある。魅力であり、引力的でもある。なんかもうそのテンションで最初から最後まで突っ走ってゴーーール!!!みたいな。よくわかんないけどそういう感じ。

世界観としては僕に恋させた罪で君を逮捕しちゃうぞ、的な。イエー的な。

明るくて楽しくて騒げる曲に、言葉が沢山詰め込まれて乗せられている。オレンジのジャケットがぴったりの、そういうヴィヴィッドな色合いの曲。かわいい!それだけでも凄いのに、更には「DokiDokiさ 事件(こい)はもう止まらない」なんていう、おいおい岩崎さんどんだけラジオ把握してんのよ、っていうフレーズも練りこまれている辺りが嬉しい。そしてドキドキはまさかのローマ字である。

そして神谷さんは断然こういうアップテンポの曲の方が向いていると思う。ミディアムテンポのバラードよりもうまく聴こえる。「ハレノヒ」でかなり歌と真摯に向き合ったお陰なのか、歌に小技が利いていてびっくりした。歌うことの楽しさ、みたいなものが感じられるようになってきていたらいいな。
小野さんは安定している上に、台詞で色々遊んでいるのが楽しい。確保ー!


・「ねこまっしぐら」
こちらも岩崎さん作詞。
本人が猫好きの神谷さんに捧げたなんてブログで書いておられたように、猫の可愛さを表した歌詞だけれど、猫みたいに気まぐれで可愛い好きなひと、のこととも取れるような。
ちょっと昭和っぽいというか、90年代のポップス臭がして安心する。アイドルのアルバムに入ってそうな曲。こっちもかわいい。


・「どもども、ナマステ先輩です。」
大体DGSの3曲目は鬼門である。ある程度1,2曲目はちゃんとした、アイドル声優っぽい曲になっているんだけれど、この3曲目で大きく持ち崩す。蓋をしてもラジオらしさが溢れてくるというか、大丈夫だよ作り手はちゃんとラジオの方向が分かってるよ、とこの3曲目が無言で示してくれている。それがDIRTY AGENTだったりドリアントランスだったりカミヤハウスだったりするのだ。
で、今回はナマステ先輩。最初に出てきたときは単発ネタかと思ったら、その後も数回使われている。しかもゲームの同梱CDや他のラジオ番組など、思いがけない大舞台にやってくるのだから侮れない。

小野さんにはかの名曲「コミックシルフ持って来て」の歌があるけれど、よく考えれば神谷さんがフィーチャーされた曲って初めて。
で、これがどういう曲かというと、とにかくナマステ先輩が喋り倒しているだけである。途中からは小野さんも呼ばれて出てくるけれど、それも殆ど先輩に笑ったりちょっと突っ込んだりしている程度。

果たしてナマステ先輩が何を喋っていたのか、というとよく分からない。面白いけれど分からない。それでいいのだと思う。いつもの調子でまくし立てて、オヤジギャグも盛り込んで、一人でウケて笑っている。先輩たのしそうです!スカイラブコミュニケーションとかカーマスートラとか、もう、それ意味じゃなくて字面っていうか音とノリで可笑しいんだ。
ナマステ先輩はお洋服がお好きなので、小野さんの洋服の値段も当てちゃうよ。下世話だよ。

曲としても企画としても、これまでのCDの中で一番好きかもしれない。
1枚目の背中がむずがゆくなるような感じも好きだけど!

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posted by: mngn1012 | 音源作品 | 20:09 | - | - |

秋葉東子「その恋にはワケがある」

秋葉東子「その恋にはワケがある」
整った容姿の所為で学校中の生徒にからかわれたり言い寄られたりしている蒼井は、見かけによらない乱暴な態度と言動でそれら全てを切り捨てている。蒼井はふと飛び込んだ生物準備室にいた、動物の観察に並々ならぬ熱意を持つ隣のクラスの東と知り合いになる。他の男たちが向けてくるような目を一切自分に向けない東の傍は居心地が良くて、ついつい蒼井は居ついてしまう。

「人はそれを恋をよぶ」<感想>のスピンオフ。前作の主人公・冨永の友人で、かれと同じくらい整った女顔であることが原因で男に言い寄られまくっている蒼井の物語。とは言えここから読んでも問題なし。

小中高一貫男子校に通う冨永にとって、学校の男どもが自分をどう見ているのかは既に把握済みだ。女がいない環境に慣れすぎたかれらは、外に関心を向けるのではなく、中に関心を向けるようになった。つまりカワイイ・キレイな生徒を目の保養にしたり、からかったり、一緒に遊んだり、それだけでは飽き足らず、付き合いたいとかやりたいとか思ったり。あからさまに女の子の代わりとして蒼井を見てくるものもいれば、本気で恋をしているものもいた。そういう全てを分かった上で、蒼井は大きな声で公言するのだ、「ホモなんて大嫌い!」と。
袖にレースのついたブラウスを着て窓際で紅茶を飲みながら読書でもしてそうな見た目とは裏腹に、蒼井は気がきつくて口が悪くて乱暴だ。売られた喧嘩のみならず、なんでもないことにも難癖をつけて相手を煽り、結局売られたかたちになる喧嘩まで買ってしまう。そういうかれの本質を知った上で友人付き合いしている人間にとっては、かれのその清々しい性格は付き合いやすくて良い。そこそこに要領の良い冨永とは違って、蒼井はからかうような言葉を適当にあしらったり流せない。それゆえに揉め事を起こしてしまう不器用さもまた、蒼井の魅力のひとつだ。

しかしそういう蒼井の性格が、半分は元々持っていたものだけれど、もう半分はこの異様な環境によって築かれたものなのだということが分かってくる。
東は変わった男だった。皆が目の色を変える蒼井がやってきても取り立てて反応せず、普通に、初めて口を聞く同級生に対する接し方で蒼井と話した。かれの関心は専ら人間以外の生物にあるようで、冷蔵庫にエサを沢山入れて蛇だの猫だのを飼いならしている。長身とぼさぼさ頭のおかげでぬぼっとした印象の東に、蒼井はすぐ打ち解けた。
たぶん、本来ならば必要のない緊張を、日常的に蒼井はし続けている。そうしなければ負けてしまうから。複数だったり自分よりも遥かに体格が良かったりする相手を、ひとり残らず振り切らなければならない。一端弱みを見せればそこに漬け込まれるから、一度のミスも許されないのだ。そういう生活は、いくら蒼井が気丈でもさすがに苦しい。その日々がかれを一層頑なにしたのだと、東の前で無邪気に笑う蒼井を見ていると思わされる。
東によって緩和された蒼井は、かれといないときでも少し穏やかになった。楽しそうだし、一層「きれいに」なったと冨永たちは噂する。それは恋をしている人間の様子に他ならない、と、可愛い顔に似合わず直裁な物言いをする冨永は気づいた。そして、蒼井に言う。

蒼井は動揺する。そんなわけがない、自分はホモが嫌いなんだ、と葛藤しつつも、言われて見れば確かに恋のようだと自覚もする。さばさばした性格のかれは、こういうところの割り切りも非常に早い。
自分の気持ちは分かったけれど、東の気持ちはいまひとつ分からない。親切だし優しいけれど、果たして恋なのかまでは読めない。読めない読めない、と東の行動に一喜一憂してぐるぐるする蒼井がいい。

勿論東も蒼井のことが好きなのだけれど、かれはかれでぼんやりしているだけに見えて、色々と案をめぐらせていたようだ。食べ物で釣ってみたり、北風と太陽の太陽作戦を実行してみたり、蒼井がこれまでのこだわりをぶった切って好きになった男だけのことはある。

最初から最後までのほほんラブコメ。商業誌初期の南野ましろを彷彿とさせるような、ちょっとフシギちゃんな世界観もありつつ、恋とテストと猫に振り回される男子高生がかわいい。
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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 21:22 | - | - |

砂原糖子「高潔であるということ」

砂原糖子「高潔であるということ」
真岸は転職先での仕事が開始するまでの数か月を使って、五年前に轢き逃げで殺された隣人の復讐をしようと心に決める。ゴミ屋敷に住んでいた、通称「ジジイ」を轢いて逃げたにも関わらず、執行猶予付きの処分になった相手は税理士の志田という男だ。真岸はかれの税理士事務所でのアルバイトを開始して、志田について探ろうとする。

このタイトルにせよ表紙にせよ、非常に異質なものを感じる。これはどうも今までのテイストとは違うぞ、これはどうも普通のBL小説じゃないぞ、と思わせるだけの力がある。そしてその予感は半分当たって半分外れる。

真面目でいかにも長男気質の真岸には、自由奔放な弟・徹がいる。兄弟が最初にジジイと出会ったのは、かれらが小学生の夏休みだった。ラジオ体操に遅刻することを恐れた二人は、通常のルートではなく隣人の庭を通り抜ける近道を選択した。所狭しと庭中にガラクタが積み上げられた近所でも有名なゴミ屋敷であったそこを、子供ならではの疑いのなさと無知で二人は通る。そして徹が、当時非常にレアだったオモチャを見つけてしまう。そのオモチャ欲しさにジジイの家へ行く徹に付添って、真岸も家を訪ねるようになった。そのうちかれらはジジイに懐いた。
ジジイが死んだのは五年前、真岸が二十歳の時だった。酒に酔って路上で寝ていたところを轢き逃げされた、というものだった。その時は人を轢いたと気付かなかったが、轢き逃げの報道を見て犯人は数日後に出頭してきた。かれの態度とジジイのこれまでの評判によって手のひらを返すマスコミ、優秀な弁護士の力もあってかかれは執行猶予付きの処分となった。ジジイを殺した相手は、刑務所に入ることもなくのうのうと暮らしてゆくのかと兄弟は当然激怒した。
数日後、偶然兄弟は犯人を見かける。感情的になってその場で殺してやりたいと言う弟を制止して、兄は言う。今やったらジジイの評判が更に落ちるだけだ。皆が事件を忘れたころ、五年後にしよう、五年後に復讐をしようと。誰が忘れても自分たちは覚えているから大丈夫だ、と。それは兄弟二人だけが知る、固い約束だった。

そして五年が経った。勤めていた会社を辞めて、新しい会社への就職も決まっている真岸には、そこで働き始めるまで数か月あった。時間があり、保証もある。これはまさにジジイの復讐をする絶好の機会だ、復讐をすべく物事が進んでいるのだと確信しているかれの元に、忘れていないだろうな、というメールが届く。約束の日が来たのだ。

ちょうど期間限定の事務アルバイトを募集している志田のもとで働くことに真岸は成功した。もともと経歴が良い上に愛想もあるかれが、面接で必死にアピールした結果だ。そして真岸は志田について調べ始める。志田の大切なもの、権力でも名誉でも家族でも富でも趣味でも、とにかくかれが大切にしているものが何なのかを知って、それを踏みにじって壊すことが真岸の目的だった。自分たちがジジイを永遠に奪われたように、ジジイが命を永遠に奪われたように、かれの大切なものを永遠に奪ってやるのだ。
しかし真岸の目論みはうまくいかない。体育会系出身で、とにかく笑っておけばいいと教えられた通りにふるまっているかれはすぐ町内に馴染んだので、志田の情報を得ることは難しくなかった。ただ無愛想で面白みに欠ける志田は顧客が少なく、顧客にもあまりよく思われていない。整った顔立ちの所為か小料理屋の娘には好かれているが、それとて志田からの好意は特にないように思える。つまり志田は何も持っていなかった。奪われるだけのものを持っていないということは、復讐の余地がないということだ。
かれについての調査が進む一方で、真岸と志田の関係も変化していく。あらゆる仕事を自分で抱え込んでいる志田は、真岸に仕事を頼むことをしない。真岸の仕事は少女の送り迎えの運転だけで、それ以外の時間はただ待機しているように言われている。会話があるわけでもない志田と二人きり、無言の時間が続くのは苦痛以外のなにものでもなかった。収穫がないまま一日を終えると、メールが届いている。何度も復讐の念押しをされる真岸は、苛立ちや焦りからか、志田の前で取り繕うことを忘れてしまう。かれの態度を非難してしまうことも何度かあった。憎むべき相手が存在していることそのものへの怒りと、真面目なのに要領が悪いかれに焦れての怒りが混同してくる。
志田の言い分は常に正しい。けれど、正しいだけでは世界は動かないし、人の心は留められない。同じ答であっても、それまでの過程が親身であるか冷徹であるかで、そのひとの印象は大分違ってくる。なんでも切り捨てるようなものの言い方しかできない志田に、真岸は苛立っている。
それは志田にとって最大の問題だった。正しいと思うことを率先して行動しているだけなのに、何故か自分の評価は落ちてゆくばかりだ。幼いころからそうだったので、もはや自分はそういうものなのだと諦めていたけれど、今になってかれはその答えを知ることになる。自分に足りないものが何なのかを知ることになる。奪うはずの真岸は、無意識に志田に足りないものを与えている。

志田は自分の利益を考えて行動しない。好かれる、楽をする、儲ける、そういったことを念頭に入れていないだけでなく、求めていないようにも思われる。志田の幸福が見つけられないのではなく、存在しないのだと知った真岸は動揺し、酒の回った頭で自分が幸せにすればいいんだという答えを出した。のみならず、そのことを志田に伝えてしまう。俺を好きになれ、俺が幸せにしてやる、といくら鈍い志田にでも告白だと分かるくらいあからさまな言葉で、かれは志田を口説いた。
勿論志田はその告白を断るが、真岸は諦めなかった。志田は志田で、真岸が言った言葉を思い出して、仕事に活かすことを覚えた。歩み寄った態度に顧客達の態度は変化してゆく。色々なことが上手くいきはじめていた。
志田を喜ばせようと行動する真岸の気持ちはかれ自身にも掴めなくなってきていた。志田に好印象をもたれたいのは志田に惚れさせて振るためか、志田に好かれたいのか、ただ志田を喜ばせたいのか分からなくなった。その答えを出すのが怖くて、真岸は志田を喜ばせることだけに専念した。

それほどまでに強い情熱を、愛情を志田はぶつけられたことがなかった。実の親からの愛情を実感したこともなく、妻にも娘にも大切にされていなかったかれに、真岸の優しさが浸透するのにそれほど時間はかからなかった。なぜ真岸のような男が自分なんかを好きなんだろうかと思いながら、志田もまた真岸に惹かれていることを自覚した。
それでも志田は自分の利益のために行動したりはしない。過去に起こった事故のことすら、真岸に話す。真岸が事情を知っていると志田は知らないのに、志田の話にはひとつの嘘も誇張もなかった。罪を悔い、自分が一生背負っていくべきものなのだと思っている。懲役刑はくだらなかったけれど、かれはずっと罪を償い続けてゆくつもりなのだ。

もういいのではないか、という思いが真岸の中に生まれる。かれらが憎んでいたのは、ジジイを殺したくせに罪を逃れてのうのうと暮らしている、想像の中の志田だった。志田はひとつの幸福も得られないまま、今もあらゆるものを失い続けて、罪を抱えて生きている。じゃあジジイはどうなる?息子夫婦と上手くいかず、ゴミ屋敷に住んでアル中になって、路上で轢き殺されたジジイの仇は誰が取る?志田を好きになってはいけないのか、と懊悩する真岸は、とっくに志田に恋をしている。
志田も真岸に恋をしていた。あるひとつの事件によって真岸兄弟のことを思い出したかれは、割が良い訳でもないバイトを真岸が必死でやりたがったことから、これまでの全てのことを思い出した。ショックというよりは、真岸が自分を好きだと言ったことも含めた全ての行動に、ようやく合点がいったようだった。そして、憎むはずの自分を愛してしまったと苦悩する真岸に、志田は言う。君はここへいったい何のためにきたのか、と。この台詞が一番志田という男を表していると思った。自分に復讐するために来たんだろう、なのに何故それを諦めようとするんだ、計画は成功したんだから、最後まで遂行しなければならないだろう、自分を傷つけなければいけないだろう、と無言で真岸を責めている。かれは一言で真岸の背中を押す。真岸が志田に復讐することを、志田が後押ししている。

結末まで、とにかく一度読み始めたら止まらなかった。ここでは触れていない大きなトリックにも驚かされたし、読み終わったあとは動悸が激しくなってよく眠れなかった。ひとが亡くなっている事件の加害者と、被害者の知り合いという関係同様にヘヴィーな展開と、心情描写が続く。けれどその一方で、いつもの砂原糖子らしいのんびりとしたやり取りも随所に描かれている。いい具合に緊張感を緩めつつ、かと言って途切れさせることなく最後まで話が進む。そのことが物語を重くしすぎないでいるのだと思う。飽くまでこれは二人の男の恋の話、なのだ。それを都合が良くて物足りないと思うか、ちょうど良いと感じるかは意見が別れそうだけれど、個人的にはこの話はこれで良いと思う。

「高潔であるということ」という言葉の示す通り、志田はいつでも高潔だった。不正を嫌い、真面目に仕事をし、本来ならば自分がやる必要のない雑用もこなした。誰かがポイ捨てしたであろうゴミを必死に拾ってきちんと捨てたり、既に売り物としての価値をなくしつつある萎れた花を好んで買った。感謝されたいなどと思っていないし、これみよがしの態度をとらなかったので、誰にも気づかれなかった。
唯一気が付いたのは、かれの弱みを握るべく志田を観察し続けていた真岸だけだった。
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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 20:09 | - | - |

一条ゆかり「プライド」12

一条ゆかり「プライド」12

最終巻。
大きなネタバレになるので畳みます。
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posted by: mngn1012 | 本の感想 | 22:24 | - | - |

テラシマ「種を蒔く人」

テラシマ「種を蒔く人」
飛び込みで行った歯科で医者の北神に一目惚れした南は、その気持ちを察知した北神にいきなりキスをされる。舞い上がってその場で付き合ってくれと告白した南に、しかし北神は二つ返事で断ってきた。諦められない南はそのあとも歯科に通っては、北神を口説き続ける。

北神はほかに表現しようがないくらいに美形だ。かれ自身そのことはよく知っているし、とにかく幼いころからよくモテたらしい。そのモテ方が普通でなかったのは回数や頻度のみでなく、これまでに誘拐されたりストーカーされたりと散々な目にあい続けてきたようだ。それらに傷ついているというよりは、返り討ちにしてやったけれど怒りがおさまらないというのが北神の言い分だ。繊細そうな見た目とは裏腹に、北神の性格はキツい。歪みきった性格をそのまま言葉にするので口が悪く遠慮がない。真剣な南の告白を、重いしつこいうざい面倒だと切り捨て続けている。
そもそも最初に「そういう」ことを始めたのは北神だ。街で以前自分を見かけて気になっていたと赤面しながら話した南が、いきなり自分を恋愛や性の対象として見ているわけではないと承知で、距離を縮めた。遊びの付き合いばかり重ねている北神にとっては、南もまたそのうちのひとりにしてやってもいいか、くらいの気持ちだっただろう。反面、おそらくゲイではない南が気味悪がって帰ってしまっても良かったのだろうと思う。一方的に見かけて印象的だったと思われることなんて、北神には日常茶飯事だ。

断っても断っても歯科に通い詰める南に、文句を言いつつも北神は慣れてしまった。付き合う気は起きないけれど、不快ではなかった。悪乗りと自棄で遊びでなら寝てやるけれども、真剣に付き合うのは嫌だと北神が言えば、付き合っていない相手とセックスするのは嫌だと南は言う。それぞれのポリシーだと言う主張を曲げる気がない二人は相容れない。なのに南は北神が好きで、北神は好きじゃないと言いながらも適当に相手をしている。
そういう奇妙な関係が続くほど、二人はお互いを知ることになる。自分に言いよっていた相手が一気に目の色を変えたことが何度もある、自分と瓜二つの双子の妹・花を北神が紹介したときも、南は特に反応しなかった。兄弟がいることを羨ましいとにこやかに話しただけで、花に心を奪われるようなことはひとつもなかった。北神に一瞬で恋をしたくせに、同じ顔をしていて、なおかつヘテロの南にとっては本来の恋愛対象である女性の花に、かれは関心を抱かなかった。その様子を見て、事情を知っていた花は楽しそうに笑う。今まで兄に言いよってきた無数の人間と南が違うことを、兄よりも先に気付いたのだ。肝心の北神は予測が外れたことを苦々しく思いつつも、南の態度に悪い気はしていない。南の態度に悪い気がしなかった自分には、悪い気がしているようだが。
北神に散々罵られて苦笑している南だけれど、かれは自分が好きになったひとを、とても真摯に見つめている。だから、これまでの誰も気づかなかったことを南は気づいてしまった。北神はいつも好き勝手にふるまっていて、楽しそうに見える。気持ちを受け入れることはないけれどそれなりに一緒に行動することに馴染んだ南とあれこれ言い合っているとき、南に無理難題を吹っ掛けて困らせているとき、かれは笑っている。類まれな容姿と歯科という立派な職業と大切な妹というたくさんの宝物を持っているかれは、何の屈託もなく笑っているように見えるけれど、そうではない。かれの笑顔にはどこか不自然さが残る。違和感とでも言うか、うわべだけで笑っているように見える。嘘をつかれているというのではなく、見ている相手を何とも言えないやるせない気持ちにさせる笑顔だ。

そのことに気付いたのは、妹や古くからの知り合い以外だけでは南だけだった。耐えられなくなったかれは、北神のいないところで花に言う、「あの人はなぜあんなに孤独なんですか」
ここで、北神の違和感の理由が一気に分かる。ああそうだ、孤独なのだ。本人がもはや慣れてしまって意識していないであろう、意識しなくなったほどに慣れてしまった孤独。かれはずっとひとりなのだ。妹と一緒に暮らして、職場の人間関係も上手く行っていて、それでもかれは一人きりだ。

その孤独に南は気づいて、なんとかして拭いたいと願う。埋めてやりたい、ひとりではないと知らせてやりたい。それを応援するもの、そんなことを望むこと自体が身の程知らずだと邪魔をするもの、事情を知らないけれど落ち込んでいる南を励まして鼓舞してくれるもの、それらに助けられて南は何度も立ちあがる。孤独ではないから立ちあがれるのだ。南の祖父母の話は頁としても台詞としても決して多くないんだけれど、さらっと入れられているわりにはヘヴィーで、けれどすごくいい言葉だった。傷を負っても生きていて欲しいと願う、傍にいてほしいと願う気持ちは罪じゃない。

いくつものすれ違いを経て、ようやく二人は顔をあわせる。それぞれが持つ相容れないポリシーを、曲げたのは北神だった。そんなものはもうかれには必要なくなったのだ。
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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 22:33 | - | - |

真崎ひかる「硝子の筐」

真崎ひかる「硝子の筐」
四年前、交通事故で両親と姉を亡くした七魚は、姉と結婚するはずだった朝長と二人で暮らしている。家族を一気に失った自分を抱きしめてくれた朝長に七魚は恋愛感情を抱いているけれど、決して伝えないと決意している。

一回り年上の姉は非常によくできたひとで、七魚にとっても他の人間にとっても愛すべきひとだった。父が経営する会社を手伝う姉は有能で、美人で、隙のない女性だった。その姉が選んだ結婚相手は七魚も面識のある朝長で、かれはそのことを素直に祝福した。沢山のひとに言い寄られているであろう姉の相手として、穏やかで優しい朝長は好感が持てた。両親も朝長を気に入り、すべてはうまく行くはずだった。
しかし悲劇が起きる。家族四人で車に乗っていたときに起きた事故で、本当ならば七魚も死んでいただろう。偶然直前に姉がシートに落とした携帯電話を拾うべく身を縮めていた七魚だけが、命を落とすことを免れたのだ。だからと言って良かったとは思えなかった。まだほんの子供も、あまり出来が良いわけでもない自分だけが生き残ってしまった。何でもできる、皆に愛されていた姉が死んでしまった。父も母もいない。

事故によって意識を失っていた七魚が目を覚ますと、そのことが警察から伝えられる。理解できずに動揺している七魚だったが、一睡もしていないであろう朝長の痛ましげな表情を見た瞬間に、それが真実であることを知ってしまった。思わず朝長に、姉ではなく自分が生き残ったことを詫びる七魚が痛々しい。朝長にとって大切なのは当然恋人の姉だから、自分よりも姉に助かって欲しかっただろうと、まだぼんやりした頭で考えたのだろう。
その言葉に朝長は怒る。馬鹿なことを言うなと責めて、その上で、生きていてくれてありがとうと七魚を抱きしめてくれた。何もかもを失った子供の七魚に、これから先のことなどひとつも考えられないであろう七魚にとっては、朝長の与えてくれる優しい言葉とぬくもりが支えになった。それしかなかった。そしてそれらを与えてくれる朝長に恋をした。それは至極当然のことのようにも思える。

まだ子供の七魚は一人で生活できるはずもない。しかし強欲でいつも自分を嘲笑していた叔父との生活は望ましくなく、父の古くからの友人で親戚同然の付き合いをしてきたシンと朝長の協力の甲斐あって、七魚は、姉との結婚後同居することになっていた朝長と二人、実家での生活を始める。
家のことは何もできないという朝長の世話を焼き、家事全般を自分が引き受けることは、七魚にとって苦ではなかった。友人との寄り道よりも夕飯の支度が楽しかったのは、朝長が食べてくれるからだろう。二人の生活は非常に順調だった。傍から見れば奇妙な関係だったけれど、少なくとも二人はそれを不自然だとも苦痛だとも思っていなかった。
事故の日が雪だったため、雪が降れば七魚はひとりで眠ることを怖がり、朝長と一緒に眠った。それ以外の日であっても、お互いになんとなく相手の存在を感じていたくて、かれらは会話がなくても同じところにいた。それぞれが別のことをしながら、背中をひっつけてソファに座っていた。
かれらは家族だった。姉と結婚していれば朝長は兄になったわけだが、兄弟と呼ぶには遠慮のある関係だった。だけど他人と言うほど遠くはないし、だからと言って友達というわけでもなかった。もともと家族の縁の薄かった朝長と、いちどに家族を失った七魚が四年かけて築いた奇妙で歪な関係を、それでも二人は「家族」と呼んだ。それ以外に呼びようがなかったし、家族だと思いこむことでかれらは家族になった。家族だと思い込むほかなかった、ともいえる。戸籍も血も何の繋がりもない関係を、必死に七魚は保とうとする。このままずっと一緒にいるためには、絶対に自分の気持ちを明かせないとかれは思っている。
この手の、家族ではないものがお互いの思いだけで家族になろうとする、疑似家族の物語は大好きだ。家族に憧れて家族を欲して、家族ではないものを家族にする。家族の役割をお互いに与えて家族を構成する。そもそも多くの家族は他人が寄り添ったことから派生してゆくのだから、七魚と朝長が家族でないなんて、言えない。

知られてしまったら全てが崩壊すると思って耐えている七魚だけれど、傍から見ればかれの気持ちはバレバレだ。亡き父の古くからの友人で親戚のように昔から知っているシンにも、幼馴染みで親友の芳基にも気づかれてしまっている。それを知っても態度を変えずに仲良くしてくれる芳基に七魚は感謝しているけれど、ある日、芳基から告白されてしまう。最初から叶わない恋だと諦めている七魚を見ているのはもどかしい、自分が慰めたかったのだとかれは言い、勢い余って七魚を押し倒す。そこへちょうどやってきた朝長はその光景を見て、「悪かった」とだけ言って去った。元々仲が良くてじゃれあっていることもあった芳基と七魚だから、その一環だと思えないこともなかった。けれどそう思ったら「悪かった」などとは言わないだろう。朝長は前置きなく部屋の扉を開けて、恋人たちのラブシーンに踏み入ったことを謝罪したのだ。
男同士であることを咎めるでも驚くでもなく、当然七魚が他の誰かのものであることに傷つくでも怒るでもなく、ただ、見なかったことにされた。それは朝長が七魚に恋愛感情を持っていないということの証明にほかならない。分かっていたけれど、そのことを痛感した七魚の動揺が切ない。泣いたりしないからこそ痛ましい。

朝長も七魚もその夜のことをなかったことにしようと努めたけれど、到底できるものではない。二人が付き合っているのだと思い込んで、応援するようなことを言ってくる朝長の態度にとうとう腹を立てた七魚は、自分の気持ちを勢い余って伝えてしまう。好きなのは朝長さんだ、と。言ってしまってから慌てて訂正したけれど、それが信じてもらえるような空気ではなかった。秘めていた恋は最悪の形で知られてしまい、二人の関係はどんどん悪化する。
そして数日が経過して、朝長は七魚を好きだと言ってきた。七魚の告白を聞いて気付いたのだと、自分が無意識に抑え込もうとしていた気持ちは恋なのだと言う朝長の言葉を、七魚は信じなかった。そんな都合の良い話があるわけがない、今の居心地の良い家族の関係を壊したくないからそう言うんじゃないかと、姉を思っている朝長が好きなのだと、ひどい言葉を投げてしまう。かれにとっては何もかもが初めてで何もかもが想定外で、だからうまく丸めこむようなことはひとつもできなかった。本人はなんとか立ち回れているような気でいるからこそ余計に哀しい。

朝長が繰り返す真摯な言葉を七魚は頑なに信じない。その理由をかれはシンに、家族でいたいからだと告げる。家族でいればいつまでも一緒にいられるから。恋人になったら終わるかもしれない。でも家族は永遠に続けられるから、朝長とできるだけ長く一緒にいるためには家族という関係を選んだほうがいいのだと七魚は言う。一挙に家族を失った過去を持ち、これまでに恋の終わりを迎えたこともないかれが言うには少しリアリティのない台詞だけれど、どんな関係でもいいから一緒にいたいと思った七魚の拙い恋心は伝わる。
けれどまだ未熟なかれには見落としていることがある。このまま七魚と朝長が家族でいれば、いつか朝長が誰かと恋をしてしまうかもしれない。そうしたらその相手と家庭を持って、かれだけの家族を作ってしまうかもしれない。変化を恐れる七魚にはその想像ができなかった。
そしてもうひとつ。気持ちを明らかにした以上、もはやこれまでの関係ではいられない。恋人になるか、それとも朝長の気持ちを信じないと主張して、かれと疎遠になるか、選択肢はその二つになった。恋人になれば今日や明日はいいかもしれないけれど、「いつか」かれを失ってしまうかもしれない。それを七魚は恐れていた。けれどそのいつかを恐れて何もしなければ、今すぐかれを失ってしまう。来るかもわからない未来を怯えるより、今確実に失うことのほうが怖い。そして、七魚は朝長の手を取った。

事故のあとに少し登場しただけだった叔父と大人たちが、七魚の知らないところでひと悶着あったことや、朝長と姉の結婚がふつうの恋愛結婚とは違っていたことなど、二人の恋愛以外のことは匂わされるものの言及されない。朝長の家庭環境についても同じくだ。説明が物足りないようにも感じるけれど、それらは七魚が知る必要のないことだと朝長は判断したのだから、七魚視点の物語ではそれでいいのかもしれない。都合が良すぎるところも含めて、ほわっとした雰囲気の作品だったと思う。
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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 19:55 | - | - |

崎谷はるひ「不謹慎で甘い残像」

崎谷はるひ「不謹慎で甘い残像」
同棲を控えてそれぞれの家の引っ越し準備をする謙也と颯生は関係も仕事も非常に良好で幸せな日々を送っていた。ある日謙也の家から、かれのモトカノが失くしたと当時騒いでいた高価なピアスが見つかる。宝石の価値が分かるだけに放っておけない颯生は、謙也にきちんと連絡するように伝える。

「不機嫌で甘い爪痕」<感想>、「不条理で甘い囁き」<感想>に続くシリーズ第三弾にして最終巻。
全体的に大きな揉め事の起こらない、日常を生きるカップルの物語は三巻目になっても変わらない。勿論小さな喧嘩や問題は、それぞれが職場やプライベートで第三者と関わって生きている以上浮上するけれど、決して珍しいものではない。性別こそ男性同士だが、いやそれを含めても、二人はとっても「ふつうの」恋人同士だ。

二人はすごくいい関係を築けるようになった。同棲に対して楽観的な謙也とは違い、事実上の結婚だととらえている颯生は男同士で暮らすことで変な噂を立てられるのではないかと不安を抱いている。けれどそれを謙也には言わない。謙也がその程度のことを一切考えなかったわけではないだろうし、考えた上で構わないと答を出したのであろうし、自分だってかれと暮らしたいからだ。そういう葛藤を全部呑みこんで、引っ越し準備をしている謙也の背中に抱きつく。颯生の異変を知ってか知らずか謙也はそれに付き合って一緒にふざけて、それで解決する。変化には不安がつきもので、それを乗り越えるのは自分ひとりではないから、大丈夫なのだ。二人の現在の関係を端的に表現している、なんでもないけれどすごくいいシーンだと思った。

円満な二人は、謙也のモトカノのピアスを見つける。付き合う前に謙也が言っていた、自分をオタクだと罵った女・祥子のピアスである。普通ならば何年も前の、しかも片方だけのアクセサリーなんか放っておけと言いたくなるところだが、幸か不幸か颯生にはその価値が分かってしまった。彼女が騒いでいたのも分かるくらいの高価なものだった。そしてそのことを知ってしまったからには、なかったことにできる二人ではなかった。
というわけで謙也が連絡を取った祥子がこれまた崎谷作品によく出てくる、物凄く我のつよい、強すぎる女性である。脇キャラとしてならまだしも、話のメインとして出てくるにはなかなか厳しいものがある。別に女性キャラが嫌とか女性が関わる話が嫌だとか言っているのではなく、崎谷はるひの女性キャラが、なかなか厳しいのである。信号機シリーズのひかりというトンデモキャラの存在に痛い目を見た傷が癒えていないのかもしれない。
会いたくないから送ると分かりやすく匂わせている謙也のメールもなんのその、とにかく会ってくれの一点張りで、祥子はストーカーさながらに連絡を入れてくる。前回他のお客様にストーカーされていた謙也なので、同じパターンではないだろうと思いつつも、なんとなくページをめくる手がゆっくりになってしまう。結局断り切れずに会うことになって、どうなるかと思っていたらしかし、謙也の対応がすごく良かった。
まだ何を考えているのか掴めない祥子に向かって、勘違いになるかもしれないと承知の上で謙也は、付き合っている人がいるから期待してるとしても応じられないし、今後個人的に会うこともできない、とはっきり伝えた。言いたいことを後先考えずに言う反面、ひとの気持ちの機微に疎いところのある謙也は、こういうことに関して後手になりがちだった。しかしいつまでも、そのままのかれではなかった。理想的な対応に、かれが傷つきやすい颯生のことをきちんと理解して、かれを守ることを最優先にしているのだと分かる。颯生は嫉妬を前面に出して謙也に不平を言うようなタイプではない。一人で溜めこんで、謙也を信じる気持ちと不安な気持ちに揺れながら、微笑んでいるのだ。それを知らないままの謙也ではない。そのあとで言った、颯生の信用に応えるために自分は不安要素を取り除かなければいけない、という台詞もすごくいい。理想的過ぎてどうかと言うところもあるけれど、謙也は最初からそういう人間だったわけではない。失敗もして、少しずつ今の謙也になったのだと分かるから良い。謙ちゃんいいよいいよ!
しかし祥子は更に上手だった。謙也にそんな気がないことを伝えた上で、彼女はとんでもない要求をしてくる。非常識にもほどがあるその要求を、謙也は拒むことができた。実際かれは何度も拒んだ。けれど、最終的には請け負うことになる。それは祥子の押しが勝ったと言うよりは、そこまでして押してくる彼女のことがさすがに心配になったからだ。恋人として、恋愛対象としての気持ちがなくても、明らかに不安定になっている知り合いを無視しきれる謙也ではなかった。そして今の祥子ならば、颯生のことを突き止めて吹聴するくらいやってのけそうだ、という不安もあった。

祥子のことがある上に、棚卸だの大きな催事だのが重なって仕事でもとても忙しい毎日を過ごす謙也は当然疲れてくる。そんなとき、同棲前に急遽共同生活を期間限定で始めることになった颯生が、かれを徹底的に甘やかして癒してくれる。以前颯生が仕事で倦んでいたときに、気分転換をさせてくれたり甘やかしてくれたのが謙也だったから、お互い様なのだとかれは言う。どころか、自分に甘えてくれることを嬉しそうにすらしている。共同生活の醍醐味を噛みしめる謙也がいい。

祥子の存在がどういう風に二人の関係に絡んでくるのかと思ったけれど、そこに更に別の問題が重なったことで相殺されたように思う。二人の関係は多少のアクシデントでは揺らがないところまで来ているのだ。些細な不安は行き違いは当然ある。実際颯生は自分のゲイの友人に謙也を紹介することを悩んでいたし、謙也が風呂場で叫んでいた独り言によって颯生が動揺したりもした。そんな小さな摩擦はこれからもあるだろう。けれど根本的にはもはや動じなくなっている。あとは知らなかったところを知って、より理解を深めてゆくだけだ。

謙也が最後まで祥子に颯生のことを明かさなかったのもいい。実はこのひとなんだ、と紹介するのかと思いきや、かれは最後まで友人だと言い続けた。祥子と再会する前に謙也が、自分と颯生の仲を言うべき人とそうでない人はきちんと見極めている、と言っていたのを思い出す。人間的には決して悪い人ではないし、本当に謙也に恋心があるわけでもない祥子だけれど、謙也は彼女をカムアウトしてはいけない人間だと判断した。それまでの祥子の行動を見ていると、確かに彼女は興奮して他の誰かに話してしまいそうなところがある。もはや恋愛感情抜きで彼女を見ていた謙也には、それが分かったのだろう。ちょっと胸のすく展開だった。

最初から結構地味めな話だったので、最後も派手さはなく終わる。けれど、このなんでもなさこそが颯生が今まで得られなかったものであったし、謙也にしても、颯生とこれから先生きてゆこうと決めた理由なのだと思う。疲れたときやしんどいときに支え合える、なんでもない日々に恋の切なさとか楽しさを見いだせる、そういう相手だから。
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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 23:07 | - | - |