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中村春菊「世界一初恋〜小野寺律の場合3〜」

中村春菊「世界一初恋〜小野寺律の場合3〜」

帯の、鈴木さんのバッグ持ってる鈴木さんに不覚にも萌えた。
素晴らしく相変わらずなふたり。進展しているのかしていないのか、既視感を覚えてしまうくらい堂々巡り。態度で分かるだろう、分かれよ、分からないわけがないよな?と言わんばかりに言葉を使わずボディランゲージ一本で攻めてくる高野と、高野のことと自分のことにはことのほか鈍感な律なので、話にならないのだ。

お坊ちゃん育ちで温和な上に、まじめすぎるくらいまじめで善人である律は、全体的に鈍い。他人に対して親切だし優しいけれど、かれは誰かの心情を察することが苦手だ。だから、見ようによっては表面的な対応をしてしまう。締切前で精神的に荒んでいる作家の心を救ったことがあったけれど、あれも彼女を鼓舞しようとしたのではなく、単に思っていることを言っただけだ。それはちょうど作家が欲していた言葉であって、彼女は復活して仕事に取り組むことができたけれど、結果は偶然にすぎない。
その元々の鈍さに加えて、高野相手だと身構えてしまうので律は余計に真実にたどりつけない。もう二度と傷付きたくないという思いが、かれの心に壁を作る。昔みたいに、言葉にされない高野の心情を予測して期待した挙句、全否定されるのは嫌なのだ。横澤が高野と付き合っていただのなんだのと惑わしてくる言葉は丸ごと信じてしまうのに、高野の言葉は微塵も信じない。

高野は高野で、言葉にするということが苦手だ。感覚だけで動いているわけでもないのだろうが、かれは筋道の通った説明というものを殆どしない。できないのかやらないのかはともかく、決定的にやろうとしないのだ。
おそらくかれにしてみれば、律に向かって十分言葉を尽くしているのだろう。確かにかれは好きだとか、お前も俺が好きなんだとか、繰り返し言っている。ただあまりにもその口調が普段通りな上、言葉よりも先に態度が出るので、信憑性に欠けるのだ。

信じにくい態度の高野と、信じることを自分に禁じているふしのある律は、だからちっとも進まない。
この展開が、日数的にはまだまだかなり続くことになるようだ。しかしこうなってくると、今度はどうやれば二人がしっくり噛み合うようになるのかが想像できないので、続きが楽しみになってしまう。ワンパターンだと思いつつも読んでしまうのは、そのワンパターンを抜け出したところで得られる景色を見たいからだ。
願わくばなし崩しではなく、一年かかってよかったと思えるような両想いを。

同じく丸川書店のエメラルド編集部に勤める木佐と、イケメン書店員の恋愛もあり。キラッキラ王子様ルックスノンケ少女漫画好き攻と、ゲイで童顔三十路ちびっこ受の、乙女チックな恋愛が可愛らしい。
それなりに結果を出しているし仕事もしているけれど、年下で編集長の高野と自分を比較して落ち込んでしまう木佐の、仕事に向かう心情描写が良かった。かれは決して無能ではないし、いい加減でもないけれど、自他共に認める「普通」なのだ。ぼろぼろだったエメラルドを一年で立て直し切った高野のほうが普通じゃない。だけど、その普通ではないひとと仕事を続けていれば、劣等感も生まれる。卑屈になってしまうこともあるけれど、高望みをしても無駄だから、自分にできることを、自分ができる一番良いことをやっていくしかない。
特殊な業界ではあるけれど、仕事に対するそれぞれの考えや情熱が伝わってきて微笑ましい。
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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 01:42 | - | - |

榎田尤利「蛇とワルツ」

榎田尤利「蛇とワルツ」
Pet Loversのオーナーである仁摩は、他のオーナーから問題児として転送されてきた杏二を自分の家で預かることにした。自称「蛇」のかれは傲慢で自分勝手で仁摩は苛立っていたが、自分が体調を崩した日に献身的な看病をしてくれたことから、かれを意識するようになる。

Pet Loversシリーズ四作目、兼最終巻。

Pet Loversというのは、一部の人間に向けた、デートクラブのような人材派遣サービスのようなものだ。客のペットになるのがかれらの仕事だ。それは何も性的なことだけを示すのではなく、ただの話相手であったり、世話係であったりもする。これまでの三作は、派遣されるペットである登場人物と客であったり、ほかの誰かであったりの恋だった。それぞれの事情からペットになったかれらは、一人ずつ幸せな恋を手にして、店を去って行った。
仁摩はこれまでの作品にも少し顔を出しているが、そこで伺えるのは、食えない男という印象だけだ。やり手の実業家であるかれを見ていると、ともすれば金儲けのためにだけこの仕事を始めたようにも見える。
しかし今回は仁摩について深く描かれていることで、かれの過去の闇や、かれが何を思ってこの事業を始めたのかが明らかになる。

杏二は非常に魅力的な容姿をした男だった。ひとを惹きつけてやまない整った姿かたち。しかし、自分勝手で傲慢で誰にも服従しない男だった。それは魅力的だけれど、金を貰うペットとしては問題だ。簡単に屈してしまうペットではつまらないという客もいるけれど、一切命令を聞かないのであればそれは仕事として成立しない。ゆえに仁摩はかれを自宅に引き取り、再教育することにした。

乱暴で口が悪い杏二と、同じくらい口が悪くてきれやすい仁摩はいいコンビだった。言い合いをしながら、何だかんだでそれなりにうまく生活するようになる。雇い主相手にも遠慮のない杏二は、誰も踏み込まなかった仁摩の心に土足で入り込んでくる。
働かなくても一生優雅にくらせる資産を持っていながら、なぜそんなにも働き詰めるのか。なにより、なぜ法律的にも安全面でも金銭的にもハイリスクローリターンなPet Loversを運営し続けるのか。おそらくそれは、友人ですら誰も知らないかれの真実に迫る質問だった。
その問いに、仁摩はあっさりと答えた。聞いたのがあまり自分のことを知らない杏二で、しかも微塵の気負いもなかったからこそだろう。きっと親友や仕事の相棒あたりに面と向かって尋ねられたら、かれは耐え切れずにはぐらかしたはずだ。

この仕事をやっている理由を、孤独を癒すためだ、とかれは答えた。それは面接の質問にでも答えるような陳腐な回答だけれど、上っ面の回答ではないことは杏二にはわかった。この、やりようによってはすごくありがちなやりとりを、非常に緊張感のあるものに仕上げるところが榎田さんの技量だと思う。いかに仁摩が孤独というものに対して敏感であるのか、それを恐れながら愛しているのか、本音を吐きだすことを恐れているのかがひしひしと伝わってくる。

仁摩が孤独というものに強いこだわりを持つようになった理由は大きくわけて二つある。母親とのすこし奇妙でひどく残酷な関係と、その孤独をぬぐい去ってくれる存在であったはずの元恋人・袴田との別れだ。袴田に恋し、かれとの関係に溺れきっていた若いころの仁摩はとても幸福だった。その幸福の絶頂で、かれは手酷い裏切りを受けた。
そのことは、いまだに仁摩の心に根強く残る傷である。仁摩の本心を知って態度を改めた杏二がいくら紳士的に優しくふるまっても、たまには幼く甘えてみせても、仁摩はこころを預けきれない。自分たちは雇用主と労働者の関係でしかなく、今はかれが一人前のペットになるための訓練中なのだと何度も自分に言い聞かせて、期待しないようにしている。鵜呑みにしないように、信じないように、好きにならないように。
言い聞かせている時点でとっくに落ちているのに。

いけないと思いつつ、仁摩は杏二を好きになりはじめていた。このままの日々が続けば、かれが自分の主義を曲げて杏二と恋愛を始めるのも時間の問題だったかもしれない。しかし幸せは続かない。杏二について、衝撃の事実が判明してしまう。
杏二に裏切られていた仁摩は、かれに再会したとき柄にもなく涙を流したけれど、恨み言はろくに吐かなかった。言葉を投げれば投げるだけ惨めになると分かっているからか、それとも傷ついた自分を晒したくなかったのか。そして杏二もあまり深く詫びたりはしない。このあたりのドライさが非常に榎田さんらしいと思う。号泣して責めまくるような仁摩も、事情をつまびらかに話して謝罪する杏二も出てこない。それに拍子抜けするわけでもなく、なぜか納得させられてしまうところも榎田さんだ。登場人物はほどよい距離感を保っているというか、あまり湿度の高すぎない関係を築いている。腹が立っても、憎くても、やっぱり好きなのだ。騙されても、傷つけられても、許してしまえるのだ。

その一方で、仁摩は自分が抱えている孤独を解消しきれない。年下の恋人ができたけれど、だからと言って何もかもがチャラになるわけではないのだ。事件が解決して、好きな相手と両想いになって、目下の悩みはなくなった。かれの頭を痛めるような事象はない。けれど、かれは昨日までと同じように今も、おそらく明日も、孤独だ。
傍にいる相手が年上の袴田であっても、親友であっても同じことだ。死んだ母がとった態度が永遠に消えずにかれの中にあるように、孤独もまたかれのうちに存在し続ける。それでも仕方がないのだ。構わないのだ。孤独なのはかれだけではない。そういう意味ではかれは孤独ではない。かれの孤独は消えないけれど、かれの孤独を癒そうと本気で思ってくれる相手がいる限り、かれは孤独にならない。複雑だけれど、きっとそういうものなのだ。
蛇にそそのかされて口にした果実によって、人間は知恵を得た。自我を得た。その先で、孤独を知った。それは人間が生きていくうえで払い続けるしかない代償なのだろう。人間である以上、孤独を持ちながら、寄りかかいあって生きてゆくしかない。個人で充足しきってしまう人間には他者が不要となる。誰にも関わらず、誰にも頼らず、それでも孤独を感じずに生きてゆけるならば、それは精神面では非常に安定しているかもしれないが、きっと不幸だ。

「交渉人」シリーズの最新作も後半がなかなか理屈っぽいというか、登場人物の内面に深く迫るような描写が多かった。好き嫌いが分かれるかもしれないが、個人的には最近のこの傾向はすごく好きだ。それが本筋である恋愛の邪魔をしないところも見事。面白かった。
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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 23:17 | - | - |

水名瀬雅良「Take Over Zone」1

水名瀬雅良「Take Over Zone」1
中学のときにとある事情で陸上を辞めた天才スプリンターの瑞樹は、高校に入ってからもその能力を高く買われ、陸上部に勧誘される。初めはもう二度と走る気がないと突っぱねていたけれど、先輩部員である紺野に挑発されて、入部を決意する。

水名瀬雅良というと、洗練された絵で洗練された世界を舞台にした物語を描く印象があったのだけれど、これは高校の部活物。オシャレ業界じゃないのがちょっと珍しい気がする。ただ学校が舞台となると出てくるキャラの殆どは同世代の、同じ服を着た男子になるので、いつもより更にキャラの見分けがつきにくい。髪型で判断するしかないので、似た髪型の子が出てくると混乱する。無駄な線がないので絵は見やすいんだけど、漫画としては読みにくいところがある。

それはさておき。
中学の時に陸上を辞めてしまった瑞樹は、しかしスポーツテストで、その能力を教師に知られてしまう。教師だけでなくクラスメイトの陸上部員にも強引に勧められて、かれは陸上部の練習を見学することになる。様々なタイプの違う先輩部員たちを紹介されても、入部するつもりは毛頭ないので微妙な心情の瑞樹は、紺野を見た瞬間、態度が変わる。
瑞樹の事情など知るよしもない紺野は、かれと競争することになる。俺に負けたら入部しなくていい、と言う紺野に、瑞樹は動揺する。こんなときは必ずと言っていいほど、負けたら入部しろと言うものだ。しかし紺野はそうじゃなかった。自分に負ける程度の力しかないのならば部に必要ないと思っているのだ。それと同時に、本当に入りたくないと思っているのならば入部しなくていい条件をつくってくれている。
この紺野の言い分が結構好きだ。いくらリレーに出る人間が足りないからと言って、やる気のないものを無理やり部員にしても意味がない。入りたくないからと言ってわざと遅く走るような人間であればなおさらだ。だから、瑞樹が部活に本当に入りたくないのなら、もう二度と走りたくないのなら、それこそタラタラ走るだけでよかった。紺野が言い出した条件に従うことになるからだ。
けれどかれはそうしなかった。紺野の挑発に乗せられたとは言え、本気で走った。本気で走って、届かないものの背を追いかけて、走ることの昂揚を思い出した。

瑞樹にしてみれば陸上部からの勧誘は、辞めたくて辞めたわけではない陸上に戻り、望んで手に入れたわけではない怠惰な日常を捨てるチャンスだった。これを逃すと二度と手に入らないかもしれないチャンスに、かれは賭けた。
中学のとき瑞樹が陸上部を去った理由はありきたりではあるけれど、その描写が良い感じに執拗で、中学生のかれにはどれほどの精神的な痛手だったかと思う。だからと言って自分の傷を見せつけるようなこともせず、瑞樹は現在に向き合おうとしている。

一巻目のこの本では、恋愛にそれほど重きを置かず、いろいろなことが同時進行している。友情や顧問の恋愛、過去との決別や走ることなど、瑞樹が向き合うことはたくさんある。そして恋愛モードのスイッチが入ったところで、以下次巻。
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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 23:18 | - | - |

前野智昭、鈴木達央「手を伸ばして目を閉じないで」(原作:渡海奈穂)

前野智昭、鈴木達央「手を伸ばして目を閉じないで」(原作:渡海奈穂)
小さな頃からずっとピッチャーとしてチームを勝利に導いてきた樋崎は、高3の夏、甲子園直前に事故にあって再起不能になった。それ以来仲間とも縁を切り、知り合いのいない大学に通いながらコンビニバイトをする樋崎のもとに、高校の後輩明石が訪れる。大学リーグで現役ピッチャーとして活躍する明石は憧れていた樋崎に懐くけれど、過去を思い出したくない樋崎はかれを冷たい言葉で拒み続ける。

原作既読。感想はコチラ
原作がすごく好きだったので、どうかなと思っていたのだけれどCDも良かった。特に二人が感情的に言い合うシーンは文章よりも音にした方が迫力がある。あとは何もかもに投げやりに生きている樋崎の無気力ぶりを鈴木達央が好演していたと思う。

かなり原作に忠実な作り。殆ど樋崎と明石二人のやりとりで構成されている。
あらゆるものが煩わしい樋崎にとって、明石は目障りな存在以外のなにものでもなかった。再会した憧れの人を前にしてテンションを上げる明石と、自分の過去を知っている人間が存在しているだけで腹が立って仕方がない樋崎。前野さん演じる明石の屈託のない態度は非常に普通の大学生男子で、だからこそそれに腹を立てる樋崎が異様に過敏にみえる。
目標も友人も趣味もなにもない、ただ生きているだけの樋崎のモノローグがとてもいい。やさぐれた感じが出ている。

何度も自分の前に現れる明石に樋崎は徐々に苛立ってくる。そしてそれを制御しきれず、後輩に八当たりをしている自分に余計苛立ってしまう。明石の存在さえなければ、と思いながらも、自分の前に現れるかれを拒み切れない。
「樋崎直嗣は自分らの憧れでした」という明石の台詞が潔すぎて眩しい。殆ど「俺」なのにときたま一人称が「自分」になる。前野さんの声は明快ですぱっとしていて体育会系っぽい。なまじ自分が真っ直ぐなもので、曲ってしまったものをなかなか理解できない、明石の長所であり短所である一本気なところが滲んでいる。

食事シーンがちょっと微妙かな。いまひとつ物食べてる感じがしない。あとは演技の問題ではないのだが、効果音がところどころはっきりしない。明石が樋崎の部屋を出ていくときのドアの音が不自然な印象。まあ本筋からみると瑣末なことだ。

距離が縮まるにつれ、心の距離が遠くなる。樋崎を知れば知るほど、明石はもどかしくなる。もっと腹を割って話がしたい、自分に向き合って欲しい。自分に本音を聞かせてほしい。怒りや弱音や甘えを引き出したい。どんな種類であれ、強い感情を見せてほしい。そのために明石はいろいろな方法で働きかける。

野球をしている明石を見て、樋崎の心は余計にささくれる。考えれば考えるほど落ち込んでしまう。野球のことを考えたくなくて、極力そうしてきたのに、明石の存在によってそれができなくなる。もう二度とできない野球というものに対峙せざるをえなくなる。「仕方ねえだろ、好きなんだよ、野球」という吐き捨てるようなモノローグがすごく良い。

なし崩しに始まった肉体関係に、樋崎は結構はやく順応した。どうせ抵抗してもかないっこないと頭で考えて、一度も試すことなく、最初から受け入れた。そんな自分を「たぶん、ずっと寂しかったんだと思う。誰かと過ごす時間まで、野球と一緒に失っていたんだ。」とかれは分析する。明石の変化も自分の変化も、かれは冷静に見ているふしがある。こんな異常な状況に巻き込まれてもまだ、かれは他人ごとのように受け止めている。その代わり、それまでより声が低くなって、テンションも更にうつろになっている。
その状況に結局明石は耐えられない。自分を見ろと必死で叫ぶ明石の声は、それでも樋崎に届かない。叫び尽してとうとう諦めた明石に、樋崎は遂に見放されたのだと思う。このあたりの言い合いがすごく好き。自分の何が責められているのかすら、樋崎にはわからないのだ。「俺だって俺のことなんかいらねえよ」と、ひとりごとのように呟いた樋崎が哀れだ。けれど明石はかれを哀れまず、対等の存在だと思うからこそ、かれの前から去った。明石はもうちょっと、抑揚の抑部分があっても良かったかも。

そのあとも丁寧なつくりで良かった。「その先の」の部分にあたるエピソードで、敗退した後輩に向かって叱咤激励したあと、気持ちが高ぶりすぎてそのまま泣き出す樋崎がいい。小説では泣いた、としか書かれていないけれど、思いっきり号泣していた。ちっとも格好よくも可愛くもない、情けない鳴き声がすごく良かった。見苦しいほどに、自分の気持ちを解放することができたのだ。

サイレンで終わるラストがすごくいい。試合が始まるように、かれらの話もこれから始まるのだ。
原作を読んだときは、傷ついた樋崎の再生の物語だと思った。CDを聴いて感じたのは、樋崎を再生させるために、まず明石はかれを壊したのだと思った。核となるものを失ってぼろぼろになった自分を、中途半端にかき集めて樋崎はなんとか形にした。それは歪で不安定で、かろうじて存在しているだけのものだった。それをいくら大切にしたところで、樋崎は喜ばない。パーツが足りないから以前のようになれないと嘆くかれのために、一端それを粉々にしてやる必要があった。そして樋崎は今あるものだけで新しい形を構築し、再生した。
良い話だな、と改めて思えるCD。

ブックレットに書きおろし小説もあり。相変わらず口の悪い樋崎と、全然それを気にしない明石。仲良し仲良し。
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posted by: mngn1012 | BLCD | 22:43 | - | - |

「劇場版 さらば仮面ライダー電王 ファイナル・カウントダウン ディレクターズカット版」

さ劇場版&以前発売されたDVDとBDには収録されていないカットが追加されて再構築された、いつものディレクターズ・カット版。

参考:映画の感想一回目二回目DVDの感想

大きく追加された部分と、細々追加された部分、更にはカットされた部分などもある。だからと言って話の印象が大きく変化するようなことはないので、なんというかこのDVD自体が非常に贅沢品である。

女子高生二人の登校中の会話、小学生男子二人のキャッチボールしながらの会話で、幽霊汽車の話がなされている。ここは劇場でまるまるカットされていたので、ここに出ていた役者は、出たはずの映画に出ていなかったということになるんだな、すごい世界。

パンフにも載っていた、話題のイマジン四人の着ぐるみも収録。
着ぐるみを脱いだら着ぐるみでした、な映像で全員でラムネを飲む。そこでタイトル。そのあとついでだから良太郎のところへ行こう、という掛け合いが相変わらず可愛い。リュウタに体当たりをかまそうとしてよけられるモモタロスの不憫さが可愛い。
自分を庇って怪我を負った侑斗を、今度はコハナが庇う。いくら喧嘩が強いとは言え、変身できるわけでも特殊な攻撃ができるわけでもない少女が、決して勝てるはずのない相手と対峙して、決して引こうとしない。その凛とした潔さと強さがコハナの魅力だ。
小野さんがインタビューで再三言っていた、幸太郎が犬のフンを踏むシーンも一部収録。そのあとも踏んだり蹴ったりで、良太郎の孫である幸太郎が、祖父同様に運が悪いということを象徴的に表現している。しかしこのあと、ひとつも運の悪さが描かれないので、ここがあるとかえって浮いてしまう。滝のシーンで頭上の鳥にフンを落とされたりとか、バナナの皮で転んだりとか、そういうエピソードが他にもあると活きると思うんだけれどね。

皆に馬鹿にされたモモタロスが「くっしょおおおおお」と叫ぶシーンも追加。可愛いのう。
幽汽スカルフォームの戦闘シーンもかなり尺が伸びている。基本アドリブだという掛け声が、ひとつひとつ憎々しくて良い。戦闘を汽車の中から見守る死郎とソラのシーンもいくつか追加されていた。

江戸時代に着いてからのイマジン大勢わいわいシーンも追加。リュウタと子供のシーンはちょっと中途半端なので、カットして良かったと思った。子役が泣いてしまったというメイキングがあったので仕方がないのかもしれないが、伝わるものの少ないシーンだ。誰とも行動せずに一人で楽しそうに踊っているリュウタは、とてもかれの性格が滲んでいて良い。いーじゃーんいーじゃんすげーじゃーん。
近所の人に料理のコツを教わっている主婦デネブと、「そこの料理番!」とデネブを顎で使う寝ころんだままのジーク。そんな扱いをされてもちっとも気にせず、楽しそうに返事するデネブの懐の広さがすばらしい。
輪から出ている幸太郎を思いやるモモタロスのカットがちょいちょい増えている。

戦闘シーンも細かく追加。キンタロスが籠をかぶって「虚無僧バージョン!」と言っていたのがおかしかった。絶対子供に分かんないけどいいの。
ラスト、幽汽ハイジャックフォームに変身した死郎と向き合うソードフォームとライナーフォームの元に、New電王がやってくる。「モモタロス、クライマックスにはまだ早いんじゃないの?」と言って、親しい友人にするように軽くソードフォームの腕を叩く。モモタロスのぶっきらぼうだけれど優しい思いやりが幸太郎に届いて、かれを少しずつ変えた。テディにだけ心を許していたかれが、テディにしか心を許せなかったかれが、モモタロスにも心を開いた。
それを受けたソードフォームが軽くかれの尻を蹴って、「馬鹿野郎、俺たちは最初っからクライマックスなんだよ、終わりって意味じゃねえよ」と言った。俺たち、のところで、自分とライナーフォームに変身している良太郎を指さして。
ここはすごく大切な台詞だと思うんだけれど、なぜ劇場版でカットしたのだろう。戦闘前夜、怪我をおして戦いに参加すると言った幸太郎を説き伏せるため、モモタロスは「こいつは俺たちにとって最後のクライマックスだ、邪魔すんじゃねえよ」と言った。過ぎてゆく古い時代の自分たちに花を持たせろ、と。それを受けて幸太郎は、まだ引退するには早いだろうと軽口で引き留める。そしてモモタロスが、そういう意味じゃない、まだ終わりじゃないんだと述べて、かれらの旅が続く、そういう若干強引で無理めだけれど美しい流れが作られていたのだ。勢いや流れももちろん大切だけれど、ここは多くのひとが気軽に見られる劇場版で是非流して欲しかった。

それはともかく死郎の死によって危険は回避され、かれらはそれぞれの時代へ戻る。

オーディオコメンタリーは金田治監督。金田監督はモモタロスを呼ぶとき、最初のモにアクセントを置く。良太郎はタに置くし、他のキャストは良太郎同様タに置くか、二つ目のモに置いて「桃太郎」と同じイントネーションでかれを呼ぶ。ひとによってバラバラだ。造語なので答えがなくて面白い。わたしは良太郎があの弱弱しい声でモモタロスを呼ぶのが大好きなので、タにアクセントを置くのが好き。耳馴染みが良い。

主に撮影場所とスーツアクターメインの解説。ほとんど声優については語られないので、CDが声優の話9割なのとちょうどバランスがとれたかな。どこがアドリブなのか、どこが誰の案なのかを知れて面白い。

金田監督はとにかくモモタロスが好きなようで、「ね、ここのモモちゃんかっこいいね」「モモタロスはほんと良いやつなんだよなー」「ここはモモタロスのシーンですね」「このモモを撮りたくてね」とモモの話を一杯してくださってわたしはとってもたのしかったです。全文同意。ところどころ「ももたろう」と呼んでいらっしゃっても気になりません。

やっぱりさらば電王大好き!

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posted by: mngn1012 | 映像作品 | 21:32 | - | - |

ニャンコ先生抱き枕

LaLaの8月号、9月号、LaLaDXの7月号、LaLaスペシャルのいずれかに付いている払込取扱票を使って1950円を振り込むと手に入る全員サービスという名の通信販売。

ニャンコ先生の立体アイテムはアニメ版にせよ原作にせよ、再現力が低くて買うのを逡巡していたのだけれど、これはコミックナタリーで紹介されていた写真が物凄く良かったので買ってしまったのだ。

段ボールにでかでかと「夏目友人帳」だの「ニャンコ先生抱き枕」だの印字するのはちょっとどうなのかと思う。通販して商品名が外箱にでかでかと書いてあることってそうそうないと思うんだ。
ネギま!の明日菜添い寝シーツの事件から学習しよう、な?

親ばか的な写真どーん。

ボディ。やらかい!ふわふわ!お腹が出ているので平面に奥とお尻が浮いてかわいい。


上から。この二色がニャンコ先生。


お!な!か!
首輪は別布で、鈴はワッペンのように張り付けてある。肉球は刺繍っぽくなってる。顔をうずめたい衝動に駆られるのだが、真っ白なので気を使う。ぬいぐるみなんだけど気を使う。


お顔立ち。ナタリーで見たものとちょっと違うな、と思ったのは、顔が尖っているのだ。猫のフォルムとしてはこちらの方が正しいんだけれど、ニャンコ先生としてはもっとぺっちゃんこの方が原作に忠実なのではなかろうか。惜しい。
けばだってみえるのは毛の向きと明かりの問題なので実際は大丈夫。


アップ。
いつ斑になってくれるのかしら!

全体的なクオリティは高いので、これで2000円強なら良いと思う。次の湯たんぽを買うべきか迷っている。一匹いればいいかなあ。ニャン。

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posted by: mngn1012 | 日常 | 12:08 | - | - |

「The Musical AIDA アイーダ」@梅田芸術劇場 14時公演

数週間前にいきなり「アイーダが見たい」と思い立ち、友人を誘って見てきた。アイーダ公式サイトの「チケット販売状況」はものすごく便利。どの日のどの席が残っているのかが一目で分かる。素晴らしい。

アイーダ:安蘭けい
ラダメス:伊礼彼方
アムネリス:ANZA
乾あきおさんという方が体調不良でお休み、と貼り紙がしてあった。

パンフレットが売り切れ。どうもパンフレットを買わないとフォトブックが買えないというシステムだったようなのだが、パンフレット自体が全くないのでどうしようもないようだ。パンフレットとバッグのセット、というのもあった模様。それ以外にもいろんなグッズが完売、再入荷予定なしと書かれていた。すごいな。読みが甘いと言うべきなのか、それとも予想外の売れ行きと言うべきなのか。

以下ネタバレ。
ちなみに元々の話も宝塚版も全く知らないまま行った。

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posted by: mngn1012 | ライヴ・舞台など | 23:40 | - | - |

富士山ひょうた「瞳の追うのは」3

富士山ひょうた「瞳の追うのは」3

音海と矢島というカップルの日常の喧嘩や平穏を描いた「ディア・グリーン」の過去編というかなれ初め編というか、な「瞳の追うもの」が完結。
傍から見れば恋人同士のような二人だけれど、実際、なかなかあと一歩が踏み込めずにいる。お互いの気持ちもうすうす分かっているし、自分の気持ちだってもはや認めているんだけれど、なんとなく、距離が縮まらない。それは、友人としてはこれ以上ないくらいに近しいところにいるかれらの関係の所為もあるだろう。あと一歩の距離をゼロにしたいとはやる矢島と、このままでもいいと思う音海。音海はお互いのことを何もかも分かっていて、一緒にいると居心地が良い今の関係を愛しているからこそ、今更この関係を変えなくてもいいかと思ってしまう。どころか変えて、これまでの関係を壊してしまうことを恐れている。

二人ともの心情が描かれるので、なかなかうまくいかない理由がはっきり見える。いずれは喫茶店をやりたいという夢を持っている矢島は、その夢のために大学中退までして、必死に頑張っている。賢明と思われにくいその判断を、しかし音海はかれらしいと理解して応援していた。どんなに矢島がその夢に真摯であるのかも、かれは良く知っている。そういう矢島が、今まで働いていた喫茶店を辞めて新しい店を決めたとき、店のよさと共に音海の家に近いということを利点としてあげた。それに、音海は切れた。
自分のために、言ってしまえば始まったばかりで浮かれている恋愛なんかのために、夢を左右させたくないという音海の気持ちは良く分かる。別に今までだって忙しければ何週間も連絡をとらないことはあった。それでも今まで問題なくやってこられたんだから、これからも出来るじゃないか、とかれは思っている。矢島が好きだからこそ、今までの矢島を好きだからこそ、矢島が変化することが耐えられないのだ。
一方で矢島の気持ちも分かる。かれは別に恋愛によって堕落したわけでもない。雰囲気は非常に気に入ったけれど通勤に面倒な店、勤めるか勤めないかと迷ったとき、音海の家のことを思い出した。音海の家に近いと思えば、今までより遠くなる道のりも気にならない。店自体が魅力的な上、音海の部屋を訪ねることもできれば更に良い。いくら夢のために真剣に打ち込んでいても、それ以外の部分だって充実させたいという気持ちは至極普通だ。これまで友情だったものが恋愛感情に変化したのだから、関係だって付き合い方だって変わるに決まっている。

関係の変化に対してとてもネガティブな音海と、ポジティブな矢島。正反対の二人だからこそ揉めて、すれ違って、その先に自分だけではたどり着けなかった景色がある。途方にくれそうな遠回りの先に、ようやく二人は新しい関係を築き始める。
そのあとは、本人はそれなりにきちんと考えているつもりなんだろうけれど結構考えなしのところがある矢島のおおらかさにつられたのか、いきなり姉にカミングアウトしてしまう音海が伺えたりもする。作用しあう二人の関係が自然に描かれている。

この作品のいいところは、二人に起こるイベントがとてもリアルだということだ。地味、とも言い換えられそうだけれど、劇的なことが殆どない。身内が倒れて実家にあわてて帰省したり、結婚式で誰かと再会したり、そういう日常のひとコマひとコマの間に、長年にわたる二人のドラマがある。そのバランスがいい。
そして「ディア・グリーン」を読んだときには思わなかったけれど、確かにあの若さで音海があんないい家つきの店をもてることはおかしい。こういうからくりがあったのか、と納得させてくれる展開。ここだけがちょっとドラマティックかな。

掲載誌が隔月誌だということもあって、非常に長い間をかけて完結した作品だ。読み応えがあって面白かった。「ディア・グリーン」がもとにあるので絶対上手くいくことも分かっているんだけれど(まあそんなことを言えば殆どのBLはそうなんだけれど)、それでも一喜一憂させてくれる良作。

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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 20:30 | - | - |

劇場版 さらば仮面ライダー電王 ファイナル・カウントダウン ディレクターズカット版 初回限定特典 「新録ラジタロス+おまけ」

「さらば電王」のDC版に封入されている特典CD。

・新録ラジタロス
初っ端から「ゲストがすっごぉいスペシャル」とハードルをガン上げする鈴村さんに苦笑しつつ、神谷さん登場。第一声はスカルフォームの「どうした?たたかわないのか?」だった。あああもうこの声超好きだよ…!

本人がいいんですか僕で、と笑っていたけれど、ラスボスですらない敵の声優がこういうものに呼ばれるのは確かに異例だ。まあラジタロス自体が前からあるものではないので、仮定をしても詮無きことではあるけれど。そういう複雑な思いを胸に抱いたり背中に投げられたりしつつ、面白い話をしていただければそれを楽しむだけです。
ゴーストイマジンは敵であるだけでなく、思想や理由を持たない本当に卑怯な敵なので、キャラ同士の掛け合いをやるわけにも行かないので大変そうだ。良太郎の体を楯にモモタロスを半殺しにした、電王史上でも稀なほどの悪い奴である。しかもザコっぽいし。その甘さのない悪さが気持ちいいんだけど、それはまあ別の話。

鈴村さんがどこかで、神谷さんから特撮のDVDボックスを借りっぱなしにしていると言っていたけれど、まだ返してなかったのか!そして今回そのタイトルも発覚。その話にせよ最初に見た仮面ライダーの話にせよ、鈴村さんの情報量と熱量が本当にすごい。知らない作品の話なので、まるで「ヒーローアカデミーJ」の本郷くんが話しているかのようだ。そして鈴村さんは相変わらず説明がうまい。

神谷さんが何度も、電王のテレビシリーズを見ながら鈴村さんを羨ましく思っていた話をしていた。同期や同年代というものにとても拘って、良くも悪くもライバル意識を持つことが普通の業界だ。仮面ライダーにせよガンダムにせよ、自分が一視聴者として好きだった伝統あるものものに関わることができるのはとっても稀だ。そういうものに出られて嬉しいとか出たいとかいう気持ちが前に出ていて興味深かった。

通とのエピソードもいいな。年齢が離れてると人見知りってしにくいものね…しかしオトナとコドモがモテ話をする絵面は微笑ましい。
あとは関さんのエピソードが多め。悪気無く先陣きってピッてする(※聞いていないと全くなんのことかわからないと思いますが、とにかく皆がさすがにピッてしたらまずいだろ、と思っているときに関さんがピッてしたんです)話とか微笑ましすぎ。突っ込んでるところも目に浮かぶ。もうひとりの関さんの話もたくさん聞けて面白かった。

一番印象的だったのは、仮面ライダーの作品に出ていなかったら、仮面ライダーのグッズを持つことをためらっていたという神谷さんの話。鈴村さんが、俺は(もし出ていなくても)持つけど、といっていたのも面白い。考え方の違いなのでどちらがどうということでもないんだけれど、持つことを躊躇する理由で「悔しいじゃない」と言っていたところが凄くよかった。

・ラジタロス4
公録ラジタロスはここで収録。
鈴村さんの「さすが東映!相棒思い!」がじわじわくる。
あとはNEW電王の話をしているときに「全然興味ないんですけど」と吐き捨てるように言った佐藤健のドSっぷりが素晴らしかった。いやもちろん仲良しだからこそ言えるんだけどね!
小野さんのだだ滑り三本投稿は、円盤にしてやるのがいっそ気の毒なほどである。でもいいよそれでこそだよ…。

満足満足。

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小林典雅「嘘と誤解は恋のせい」

小林典雅「嘘と誤解は恋のせい」
大学生の結哉はマンションの隣人である和久井に一目惚れをして以来ずっと片思いをしている。見つめているだけで何の行動も移さないかれをもどかしく思った先輩の騎一が練ったある作戦を使って、結哉は和久井の家を訪れる。

アホラブコメで面白かった!
とりあえず裏表紙がすでに面白い。普通あらすじが書かれているそこには、作品の内容にリンクさせたアンケートが載っている。当てはまったら買ってね、というノリなのだが「どれか一つでも当てはまったあなたは、同志です。(勇気を持って)お買い求めください」という悪乗りっぷり。勇気がいるのかこの本は。ちなみに実際は語尾にハートまでついている。

いいとこのお坊ちゃんで家事が得意で顔が可愛くてお人よし、という悪いところのない結哉だけれど、かれは自分の片思いを成就させたいと思っていない。ただ出勤するかれをベランダから眺めていられるだけで十分だと思っている。背が高くて顔がよくて優しそうなかれに恋人がいないわけがないし、大体自分なんて相手にされるわけもないし、っていうかそもそも男だし。
色んな言い訳を自分にぶつけて希望すら持たない結哉を、劇団員で常に財布が苦しく、かれに常に食わせてもらっている騎一は放っておけなかった。本来の優しさとお節介と恩義と、後は多分ちょっと楽しんで、かれが考えたアイディアは、大学生である結哉が授業で使うためのアンケートを和久井にとりに行く、というものだった。
それをきっかけに会話をして、なおかつかれの様々な情報が聞きだせる、それはある意味で一石二鳥の案だった。すでにアンケートを作成し、更には緊張して話し出せないであろう結哉のために会話の一部始終まで脚本で作った騎一に押されるまま、結哉は和久井の部屋のチャイムを鳴らした。

いきなりやって来た緊張しまくりの隣人相手に、和久井はとても親切だった。結哉の言い分を信じきったかれは、結哉を部屋にあげ、アンケートに回答してくれた。ただその内容がもうとんでもない。最初は趣味や職業から始まり、あとの殆どが性癖。やってみたいプレイとか、無人島で二人きりなら男とでも大丈夫ですかとか、これを元にどんなレポートを取るんだと疑いつつも、和久井は親切に返事をする。
結哉は結哉でそのろくでもないアンケートを口に出して読み上げないといけないので、内心いっぱいいっぱいである。二人して混乱しつつ、騎一の作ったアンケートに振り回されている。問題のとんちんかんっぷりと二人のリアクションは、思わず声に出して噴いたくらい面白かった。

騎一のとんでもないアンケートと、こちらは悪気のなかった忘れ物によって、二人の距離は一気に近づいた。相手の色々なところを知って、そのあとは、知らないところをもっと知りたくなった。和久井は自分が知らない結哉を、騎一が知っているのかと思って嫉妬もした。
嘘で始まった出会いは、しかし本人すら知らなかったお互いの本性を暴いていく。自分はもはや枯れているのではないかと思っていた和久井と、ただ親しくなれればそれでいいと思っていた結哉は、自分の欲の深さを知ることになる。それまでは積極的に行動することがあまりなかった和久井は、ある事件のあと、それまでのクールなかれはなんだったのだと言いたくなるほど必死で結哉を捕まえようとする。全体的にノリは軽いのだけれど、キモをきっちり抑えてあって、ラブ部分は切なかったり胸キュンさせてくれる上質のラブコメだ。
気持ちが通じ合ったあとの和久井の、アンケートをもじった台詞がいい。こういう恥ずかしいことをさらっとやってのけてしまうくらい、目の前にある恋愛に溺れているのかと思えば微笑ましい。

その続編である「ラヴァーズ・ブートキャンプ」は、付き合い始めた二人の話。このタイトルがすでにおかしい…。
結哉が最初の嘘を嘘なのだと明かしたことで、その嘘はなくなった。けれどまだ誤解は残っている。恋愛にいい思い出のない結哉は自己評価がとてつもなく低い。そして恋するものの盲目さで、和久井への評価がとてつもなく高い。その結果導き出されるのは、和久井と二人きりになるとどうしていいのかわからない、そしてこんな自分と和久井が付き合っていていいはずがない、というものだ。

付き合い始めたと思ったのに、二人の関係はあまり変わらない。学生で料理が得意で隣人である結哉の家に、かなりの頻度で和久井は通っているけれど、そこには大体いつも騎一がいる。二人きりの時間はろくに取れないでいる。
この騎一がまた曲者。かれは後輩であり親友でもある結哉の恋が成就することを本当に願っているのだが、その一方で、自分の都合だって大事である。かれにしてみれば結哉の家で振舞われる料理は生活に不可欠なものだし、それ以外にも楽しいことがあれば自分だって参加したいと思う。
しかしだからと言って、親友の恋を邪魔するような男でもない。ではなぜかれがこれまでにも増して結哉の家に来るようになったかと言うと、本人から頼まれているからだと言う。二人だと緊張して間が持たないから、というのだ。そうやって誰かに一緒にいてもらったら、永久に二人きりの関係に慣れないように思うのだが、そんなことまで結哉には考えられないのだ。

決してうまくいっているとは言えないそんな状況だけれど、二人の脳内は結構お花畑。付き合いだしてからというもの、二人とも心の声がものすごく増えているのだ。相手が好きすぎて世界中に叫びだしたいような気持ちになっている。このテンションと、実際の会話のテンションの差が可笑しい。恋愛バカでステキ。

そんなにも結哉が好きな和久井の前に、ひとつのある案が舞い込む。無人島ツアーのモニターにならないか、と友人から誘われたのだ。二つ返事で応じたかれは、そのツアーに結哉を誘った。騎一の絶妙なアシストもあって、見事和久井は二人きりで一泊旅行に出かけることに成功する。

モニターとして行くので旅費は無料、その代わり宣伝に使えそうな写真を撮ってくるように頼まれた二人は、それを口実にお互いの写真を撮りまくる。着替え!裸!と目を爛々として撮っている二人が可笑しい。そして相手が自分と同じことを考えているなどと全く想像しないあたりが、微笑ましいやらがっかりするやら。
楽しい旅行でこれまで知らなかった相手の一面を知って、思いは募るばかり。心の絶叫も大きくなるばかり。邪魔も入らないし、腹をわって話して、そのあとはあわよくば!と血走っている二人の欲望とは裏腹に、立て続けに天災が起こる。この運のなさがまたお似合いである。

とは言いつつも雨降って地固まる、な感じ。とにかく笑うところが沢山あって、胸キュンするところも沢山あって面白かった。相手の行動に思いつめていた割りにちょっとしたことで納得してしまうけれど、消化不良ということもなく、満足満足。
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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 17:19 | - | - |