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菊池直恵「鉄子の旅プラス」

菊池直恵「鉄子の旅プラス」
連載「鉄子の旅」終了後に、アニメ化・DVD化、銚子電鉄応援ボックス、カラー版コミックス、コンビニ弁当プロデュースなど、作者を襲った一連の「鉄子の旅」関係の事象についてのエッセイコミックなどを収録。

DVD限定版用に書かれたコミックまで読めてしまうのは、DVDを買っていない人間としては非常にありがたいけれど、買った人はどう思っているのかしら。自分の身に置き換えてみると、ちょっと複雑。

相変わらず面白かった。鉄道には全く興味がないわたしだけれど、駅弁にもさして興味がないわたしだけれど、横見さんを代表とするテツのテンションやこだわりやバイタリティの尋常じゃなさがまず面白い。何かのマニア・おたくのひとというのは、対象が何であれ、こういう生き物なのだ。興味がない人間にとっては信じられないようなことのために人生を賭ける勢いで行動する。そしてとにかく語る語る語る。そのためになら、他のものを捨てる勢いだ。
電車の中で酒盛りを始める皆を横目に、電車に乗ったんだから酔っぱらうなんてもってのほかだとひとりノンアルコールを貫いた横見さんのスタンスがたまらなく素晴らしい。大好きな場所で大好きなお酒でわいわいやりたいというひとの気持ちも、もちろん素晴らしい。テツの数だけその理論や美学がある。おたくとして、こういう気持ちには共感するとともに、自分が傍から見るとどういうものなのかということも理解できる。
そして自分が興味のないことに対するおたくの放置っぷりも秀逸。横見さんの傍若無人っぷりが面白い。

そして何よりこのシリーズが面白いのは、キクチさんが相も変わらず何もかもに冷めた目でいることだ。鉄道関連はもちろんだけれど、アニメ化と言われても信じない上に、さほど乗り気でもない。テツのドラマがあるからと呼ばれても、それほど興奮もしない。磯山晶に会っても普通だし、その経歴を聞かされてもやっぱり普通。作家に会おうと、芸能人に会おうと、美味しい弁当を食べている時以外はキクチさんはずっとローテンションだ。斜に構えているわけでも、不愉快なわけでもなく、あらゆる「興奮している輪」を一歩引いて見つめている。この、何に対しても平等に向けられる俯瞰的視線が「鉄子の旅」の最大の魅力だろう。
もう一歩進むとやり過ぎになってしまうような、ギリギリのラインの無興味さと冷静さを保ったまま、「鉄子の旅」は改めて終わった。
ああ面白かった!

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posted by: mngn1012 | 本の感想 | 21:52 | - | - |

こいでみえこ「恋する嘘つき」1

こいでみえこ「恋する嘘つき」1
旅先のカナダで間違って新の元に届けられたハガキには、「一美へ もう俺を待つな 悟史」という思わせぶりなメッセージが書かれていた。日本に帰った新は受取人を探すことにするが、探し当てた一美が男であることを知り、どうするべきか迷う。そんなある日、酔っ払った一美が、新を手配した売り専の男と間違えてしまう。

ホテルで悟史との関係を聞いてしまった新は、翌日、一美の家に貼り出されている「家政婦募集」の告知を見て、立候補する。旅行ばかりしているかれはひとつの仕事を続けることはしてこなかったけれど、その分様々なことに対する知識や行動力はある。前任の家政婦の太鼓判を貰って、かれはそのまま住み込みの家政婦になった。

登場していない男も含めて、ずるい男ばかりの三角関係。
一美はゲイで、親友である悟史のことをずっと思い続けている。しかしその気持ちをかれに告げることはしない。気づかれているのだろうとうっすら自覚しつつも、悟史が何も言ってこないのをいいことに、曖昧な親友の関係を続けている。悟史が世界中を飛び回っていることを寂しく思いながらも、行くなとは言えない。一緒に行くとも言わない。それは、もともとインドアな自分が適応できないことを知っていたからだ。努力することを最初から諦めて、ただひとりさびしいと落ち込み、金で後腐れのない男を買って自分を慰めている。
悟史は悟史で、一美が自分に寄せてくる思いに気づいていながら、何も言わなかった。一美が気づかれていると知っていたくらいなのだから、おそらくあからさまな態度を無意識にでも取っていたのだろう。知っていて、一美が苦しんでいることも知っていて、何も言わなかった。かれが旅先で書いた手紙は一美の元に届くことはなく、新が現在持っているけれど、本当は送るつもりだったのだろうか。麺と向かって言うこともできず、たった一行の手紙で、終わらせようとしていたのだろうか。それとも、他に何か理由があったのか。
そして二人の、長年に渡る曖昧な関係に巻き込まれた新もまた、隠し事をしている。興味本位で手紙を届けようとしたけれど、一美が男だと知り、更にはかれの思い違いであれよあれよと事情を聞いてしまったものだから、今更言いだせずにいる。追及されるのが厭ならば知らないふりしてポストにでも入れておけばいいのに、それもしないのだから、新は故意に隠しているのだ。悟史を思い続けている一美が気の毒だからか、それとも、他に言いだせない理由があるのか。
目の前にある真実から目を逸らし、いつまでも逃げ続けていられるとは思っていないくせにずるずると期限を引き延ばすような三人。悟史が何を思い、今どこにいるのか、生きているのかどうかも定かではないけれど、まだまだ波乱がありそうな物語の今後が楽しみ。

しかしわたしが最初にこいでみえこの漫画を読んでから10年以上経っているのだが、この人は本質的な絵柄が変わらないまま画力が上がっている。長年やっているひとの割に、それほど古さがないのがすごい。
ちなみに「放課後の職員室」でした。たぶん最初に買ったビブロス(当時は青磁ビブロス…)のコミックスじゃないかな。真っ黄色の表紙だったはず。
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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 17:34 | - | - |

肩こりも腰痛も今に始まったことではないのだが、最近とみにひどくなっている。そんなときに、大叔母が最近通い始めた鍼灸院がなかなか良いから、よければ一緒に行かないかと誘ってくれたので行ってきた。結論から言うと、とても良かった。
なにがすごいって、そこの先生が、わたしの背中を見た途端に、体調をばんばん言い当てるのである。こういうところがつらいでしょ、こういう動きをよくやるでしょ、こういう症状があるでしょ、というのがすべて当たっている。触りもせずに言い当てるものだから、恐怖ですらある。
はい服脱いで、はいうつ伏せに寝そべって、えい!あーあなた鍼怖がらないねーえい!いいねー若いから治るよえい!あっはっはー、と、おじいさん先生が鍼をぶすぶす打ってくる。怖がらないねも何も、うつ伏せで何も見えない状態で、鍼うちますよと言う前触れもなく打ってくるもんだからたとえ怖かろうと怖がる暇がないのだ。ちなみにわたしは怖いものが結構多いけれど、鍼はこわくない。そして患者さんがほとんど高齢者なので、若い若いと連呼してくれる。いい先生!
結局わたしの肩こりやら慢性的な頭痛やらは、殆ど視神経の疲労からくるもののようだ。顔面麻痺と末端の冷えもその可能性が高いと言われた。身に覚えがありすぎる。先生がしみじみと、「よくここまで我慢してたね、誰に言っても分からないだろうから言わなかったんでしょ」と言ってくれたときちょっと感動した。初診のひとには誰にでも言ってるのかもしれないが、それでもなんとなく浮かばれた気がした。それと同時に、自分では慣れつつあった肩・首の凝りはそこまでひどいものなのかと絶望。ああわたしこの先生が神の手、とか言って宗教を始めたらついていくかもしれない、と一瞬思った。でもそんなひとではないので、普通に通うことにする。

帰り道は大叔母と少し歩いて、喫茶店でお茶。わたしが学生で、大叔母がもう少し若いときはよく遠出したものだが、わたしの予定的にも大叔母の肉体的にももう無理だろうなあ。実家が商売をしていたのだが、戦争で物資がなくなって閉めたんだよ、この場所がその店があったところだよ、と歩きながら大叔母が話してくれるのを聞いた。これまでにも何度か通った道だけれど、初めて聞く話だった。きっとこれは、わたしが大人になったから話してくれることなのだろう、とぼんやり思った。悲惨な描写はないけれど、その分生々しい。子供にはこんな話はできないと、明るく楽しい話ばかりするように努めてくれていたんだろう。そしてわたしはこのひとにとって、そういう世界の暗い部分を語るに値する大人になっていたのだとも思った。
そうかこのひとは戦争を経験したひとなんだな、と年齢的にわかりきっていることなのだが改めて実感。

そのあと入った喫茶店で、野菜が入っていないか確認してから注文したメニューに思いっきりタマネギが入っていた。

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posted by: mngn1012 | 日常 | 23:02 | - | - |

亜樹良のりかず「恋するCUPID」

亜樹良のりかず「恋するCUPID」
高校の同級生で親友だったナツメが事故で亡くなったという知らせを受けて落ち込んでいる大学生朋生の前に、幽霊になったナツメが現れる。かれは、片想いしていた相手に告白できないまま死んだ無念でこの世に残ってしまったから、代わりに想いを伝えてほしいと朋生に頼んできた。

ちなみナツメの姿が見えるのは朋生だけ。
自分がゲイであることを、朋生には打ち明けていたナツメの想い人はもちろん男だった。死んだというのに明るくて軽いナツメのキャラが良い。本来重たくすることも可能な内容を、ちょうど良い程度に浮上させてくれる。ピンク背景の表紙と、話が見える軽いタイトルに相応しい、読みやすいラブコメ。

ナツメが片思いしていた薮内は、口をきいたことすらないサラリーマンだった。朋生がナツメの容姿の説明をすると記憶にはあったようだが、当然ながら名前すら知らない相手だった。薮内のことを思って成仏できなかったナツメと、名前すら知らない男が死んだことに、少しばかりの感傷を覚える薮内の温度差が切ない。
自分が知らない他人が亡くなったことを少しでも嘆いてくれるだけ薮内は良心的だが、それ以上どうしようもない。死ぬというのはそういうことだ。それ以上の発展はできない。そこまで、なのだ。

その恋の続きを、生きている朋生が引き継いだ。ナツメの想い人に惹かれる自分に気づいた朋生は、何とかしてその気持ちを堪えようとするけれど、止められない。ナツメが生きていれば、二人ともがかれに思いを伝えて、薮内に判断を任せることもできる。友情のために、身を引くこともできる。しかし、ナツメはもはやこの世におらず、薮内には姿さえ見えないのだ。ナツメと朋生が同じ条件で争うことは不可能なのだ。しかしナツメが死んでいなければ、薮内と朋生は会うこともできなかった。

友情か恋か、普遍的な命題に苦悩する朋生と、あまりそういうことは気にせず最初から最後までノリのいいナツメのやりとりが可愛らしい。

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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 15:17 | - | - |

週末あれこれ

今月の「装苑」が素晴らしすぎる。
表紙を遠目で見た瞬間、絶対今月は好きだと思った。案の定、好みすぎて怖いくらいに特集がいい。洋服を紹介しているのではなく、コーディネイトを紹介しているのではなく、空間を含めた記事がただ存在している。写真が存在している。美しくて、不気味で、惹かれずにはいられない。今回にJaneのバッジが付いていたらそれを言い訳にしてもう一冊買うのに!複数買って保管用と、飾る用にしたいところだ。
ひっつかんで買ったあと、読み進めたら、Jane Marpleの特集もあった。可愛い、としか言いようがない。

スタバの新作、ハニーオレンジラテに夢中。定番メニューになればいいのになあ。こういう、フルーツ牛乳だのフルーツコーヒーだのという、本物のコーヒー好きが顔をしかめそうな邪道なものが大好きだ。本当はブラックでコーヒー本来の味を楽しめるような大人になりたいのだけれど、苦くて無理である。
わたしは、スタバの露骨なまでの目を見て笑顔で元気に接客しますよ!というテンプレ接客が大好きだ。今日も元気に対応してくれるんだろう、いつもと違う店舗に行っても同じように対応してくれるんだろう、思わせてくれる。それは信頼を得るということであり、ブランドイメージを定着させるということだ。あれだけフランクに接してもらえると、気軽に質問もできるのでありがたい。店舗によるのかもしれないが、今のところ行った何店舗かはどこもいい感じ。

「装苑」を読んだら一気に、服欲しいよう靴欲しいよう化粧品欲しいようの熱が押し寄せてきた。肌は冬の乾燥と早速やってきた花粉と手抜き手入れでカサカサだし、どうせ職場に着いたら制服に着替えるんだからコートの下はいい加減な服になるし、このままではいけない、と思いつつもなかなか治せない。明日からちゃんとしよう、の明日が一向に来ない。しかしちょっとエネルギーが沸いてきた。
片側顔面痙攣が治らない。

数年前は趣味のために生きていたけれど、今は、生きてゆくために趣味があるのだなあと実感する。趣味というかバンドのために、バンドを追うために生きていた時期はとうに終わって、バンドがなくなってぬけがらのようになっていた時期も過ぎ去って、いろいろなものに潤いを貰って生きている自分に気づく。ただ生きることもできるけれど、それはとても難しい。頑張った自分に適度に栄養を与えてやって、これまでのことを労うと同時にこれからのことに向けて背中を押す。
殆どの人はそんなことは百も承知なんだと思うけれど、寧ろそれが趣味なんだと思うけれど、そんなことすら最近までわたしは知らなかったのだ。

アーデさんのちびボイス買ったけど恥ずかしくてなかなかボタンを押せずにいる。
家に帰ってボタンを押したら「おかえり」って言ってくれるんだよ…!
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posted by: mngn1012 | 日常 | 23:22 | - | - |

広川和穂「必然の神様」

広川和穂「必然の神様」
百貨店で洋服の販売員をしている瑛慈は、それなりに遊んできたゲイだけれど、誰とも本気で付き合ったりしない。それは、運命の相手に出会える日をずっと待っているからだ。ある日、高校の同級生で初恋の相手・紺野に再会した瑛慈は、行動に移さないまま終わったはずの思いを募らせてゆく。

話は好きだし、中の漫画の作画も見やすくて安定していて良い。ただどうにもカラーがちょっと惜しい。どう見てもこの表紙の瑛慈は聖職者か芸能人にしか見えない…作中では販売員でおしゃれという設定で、実際かれが着ている服も洗練されているので勿体ない。中は、中はおしゃれなのに…!

初恋の相手に再会した偶然に興奮して、二度目に会って運命を感じて、連絡先を聞かなかったことに打ちひしがれて、向こうからわざわざ自分を訪ねてきてくれたことによって立ち直る。自分と紺野は運命の関係なんじゃないかと、二人が出会ったのは必然なのではないかと夢を見る。舞い上がるだけ舞い上がってようやく、自分のセクシャリティがマイノリティのそれであり、紺野がノンケであることに気づいて、また落ち込む。些細なことで変化する瑛慈の気持ちの上下が面白く、それを突っ込む同僚二人や友人女性達のバランスもいい。

とにかく恋愛に対するテンションが高く、実質七年間思い続けていた相手と再会できたことに有頂天になる瑛慈とは違って、紺野はとても穏やかで落ち着いている。しかしそれはかれのテンションが低いのではなく、単に同級生と偶然再会したとしか思っていないからなのだ。そのこと自体は決して珍しいことではない。久々に、と連絡先を交換して、ご飯を食べに行くこともよくあることだろう。
しかし、その食事の席で事件が起きる。
酒が入った瑛慈は、無意識に自分の気持ちを吐露してしまう。紺野と、周囲の客の驚いた視線によって我に返ったかれは店を飛び出した。せっかくの再会を何もかもだめにしてしまったと絶望していたけれど、追いかけてきた紺野はやっぱり落ち着いており、笑顔でその告白を嬉しいと言った。瑛慈の気持ちを知って初めて、これまで自分が女性と付き合ってきたときに感じていた違和感や、瑛慈と会えたときの喜びの理由を知ったのだという。
うまくできすぎた再会のあと、二人はうまくできすぎた両想いになった。

そして、その先が当然うまくいかない。
男と付き合ったことなどない紺野と、ゲイの世界でとっかえひっかえ楽しくやってきた瑛慈。会社員である以上あまり同性愛者だということを大っぴらにできない紺野と、職場の仲間にも明るくカミングアウト済みの瑛慈。価値観の違いすぎる二人は、お互いの世界に自分がふさわしくないのではないかと不安になったり、これまで経験したことのないあらゆることに戸惑うけれど、それでも少しずつ確実に乗り越えてゆく。いくつになっても何度目の恋であっても、やっぱり始まりには慣れない。それが初恋の相手であれば尚更だ。本当の自分を知られたら嫌われてしまうのではないかと心配になって、紺野の前でなかなか素直になれない瑛慈の純情が切なくていい。そしてぼんやりしていて流されやすそうな紺野が、見た目とは違って実はしっかりしていて、芯が強いところがいい。

こういうなにもかも手探りで、きちんと段階を経てステップアップしていく恋愛ものは大好物だ。

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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 22:20 | - | - |

九號「ACID TOWN」1

九號「ACID TOWN」1 
弟ジュンの入院費を盗むべく、ヤクザの事務所に忍び込んだユキとその親友テツだったが、敢え無く失敗する。反省の色を見せないユキの態度が気に入ったと、ヤクザの若頭・兵頭は、入院費を肩代わりしてやる代わりに、ユキに事務所に顔を出すよう持ちかける。

舞台は一見現代に見えるけれど、もう少し荒廃した街という設定。暴力とか薬物とか、そういうものがもっと大っぴらに跋扈している。力が金になり、金が力になる。背中合わせのそれを持っていない人間は、幸福に生きられない。残酷なほどに分かりやすい世界にかれらは住んでいる。

BLはここまで来たのか、と言うべきか。ここまで行けるのだ、と言うべきか。雑誌を読んでいないのでこの先については何とも言えないけれど、一巻の内容は殆どBLらしい部分はない。つまり男同士の恋愛ネタが占める割合が限りなく低い。だからと言って全くないわけではないし、きっと今後はその割合が増えるだろう。BLってとっても自由なジャンルなのだと再認識させられた。

ユキは弟のためならどんなに手を汚そうとも、危険を犯そうとも構わないと思っている。父親の違う、体の弱い弟が、かれのすべてだ。弟の笑顔のためなら、ユキは何でもする。
そんなユキを一番傍で見ていたテツは、ユキが弟に向けているものに似た感情をユキに抱いている。かれのために何でもする、自分の身を惜しまない、だけれども決定的に違う気持ちだ。テツはユキに恋愛感情を抱いている。だけれどもユキはそれに応じない。
親友であるはずの二人は、しかしながらお互いのことをよく知らない。ある男の登場や、他人からの何気ない言葉によって、テツは、ユキの過去や生い立ちを自分が全く知らないことに気づき始める。自覚すると、知りたくなる。それまでは知らなくても良かった。知らなくても平気だし、かれのことが好きだった。なのに、一度知らないことを考え始めると止まらなくなる。過去も未来もなく、現在だけを濃密に共有する二人の関係が、少しずつ変化してゆく。
ユキは秘密だらけだ。後半現れた男と再会したときに、ユキの脳裏にフラッシュバックしたひどい情景の正体。男自身の正体。それらに悩まされ、テツの暖かい友情に救われ、一喜一憂するユキは、兵頭に自分でも消化しきれない感情を向けているように見える。恋愛なのか、恋愛未満のまま消滅するのかは分からないけれど、ユキは兵頭に興味を持ちながら、そんな自分を否定しているように見える。
入り組んだ人間関係、力や金、支配するものとされるもの。荒んだ街で始まった、ひとつの事件。今後の展開が、恋愛的にも事件的にも楽しみだ。

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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 23:33 | - | - |

秋葉東子「人はそれを恋とよぶ」

秋葉東子「人はそれを恋とよぶ」
小中高一貫男子校に高校から入学した冨永は、可愛らしい外見の所為で引く手数多状態になってしまう。危惧した生徒会メンバーが申し出た保護を断った冨永は、外見からは想像できない男らしさを買われ、生徒会の仕事を手伝うようになる。そしてかれは、そこで出会った地味でのんびりしているように見えて実は万能な生徒会長の佐久間に徐々に惹かれてゆく。
 
表紙を見て先生と生徒だと思ったら、両方生徒だった。出席簿持ってるのに!と思って見直したら、生徒会議事録だった。びっくりしたけれど、可愛くて面白い一冊だったのでいいや。

ついこないだまで共学の中学生だった冨永は、新しく足を踏み入れた環境に馴染めずにいる。それは女がいないからと言って、ある種の容姿が整っている生徒たち、つまり女っぽい見た目の男たちがアイドル視され、恋愛対象になる環境だ。けれど、その状況を毛嫌いしている友人とは違い、冨永はどこか余裕だ。自分の見た目が与える印象からは程遠い腕力や、潤いがない生活の中で生まれた冗談に対する寛容さや、真摯な恋愛感情に対する性別を超えた敬意をかれは持っている。
だから、生徒会メンバーが提案した保護はかれには必要のないものだった。自分の身は自分で守れるし、そうすることが自分を保つために必要でもあったのだ。そんなかれを保護することをメンバーは早々に諦めたけれど、その代りに、物おじしない冨永は可愛がられるようになった。
表紙では教師のような見た目の会長・佐久間は、冨永や他の生徒会メンバーに比べて地味だ。騒ぎ立てることもしないし、いつも一歩引いて見ている。しかし、いざというときのかれがどんなに有能で、何でもできるかを知った冨永は、憧れにも似た好意を抱き始める。その感情が恋愛に変わるまでに、時間はいらなかった。
佐久間は佐久間で、冨永を可愛く思っている。裏表がなくて、いつも一生懸命で、真っ直ぐな冨永に、佐久間も好意を抱いた。そしてその感情はやっぱり、恋愛に変わる。
そんな二人の感情の経緯を、他のメンバーは知っていた。感づいたと言うよりは、ばれないほうがおかしいくらいに二人は露骨だ。それなのに、お互いだけが相手の感情を知らない。自分の感情に気づくことすら、なかなかままならない。

気づいても告白できないのは、お互いに「相手だけは絶対に男と恋愛しない」と思っている上に、「相手は自分だけは男と恋愛しない(から安全)と信じている」と思っているからだ。ややこしい。佐久間にしてみれば、男に言い寄られ続けている冨永は、男に恋愛感情を抱く男は苦手な存在であり、自分を恋愛対象に見ない佐久間を友人として先輩として信用している、のである。冨永にしてみれば、佐久間はは自分のことを決してそういう目で見ないヘテロの人間であり、冨永同様に男性にもてることを煩わしく思っているからこそ、男との恋愛なんて考えられない冨永に信頼をおいている、のだ。だから言い出せない。
これまでの自分の感情や、周囲のことなんて何もかも撤回してしまうくらいの勢いで恋に落ちたふたりは、同じことで悩んでいる。周囲の仲間たち同様に、さっさと素直になればいいと思うけれど、それができないからこそいいのだ。もどかしくて、不器用で、なんとかして自分の感情を押し殺すために、二人はどんどん遠回りをする。目の前にゴールがあるのに、遠くへ遠くへと歩みを進める。いらいらするけれど、相手の信頼を裏切りたくないために、相手と少しでも長く一緒にいたいために、嘘を重ねる姿はいじらしい。

コメディ色強めのラブコメだけれど、きちんと切ない部分や、青臭い友情もある。最後までじれったくてはらはらさせてくれる一冊。どっちが攻なのかな、と終盤までわくわくしたのはわたしだけかしら。
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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 19:19 | - | - |

平尾アウリ「まんがの作り方」1

平尾アウリ「まんがの作り方」1
13歳で漫画家デビューしたものの、年齢でもてはやされただけで、その後結果出せず、気づいたら19歳になっていた川口さん。彼女がバイトを辞めて漫画家として再デビューしようと思ったのは、最近人気の「さち」の漫画を読んだことがきっかけだ。しかし何を書いて良いのかも分からない川口さんは、バイト先の後輩で高校生の弟の同級生である森下さんから告白されて、「ガールズラブが流行っているから、そのネタになるかもしれない」という不純な動機で、その告白を受けた。しかしその直後、「さち」が森下さんだと知ってしまう。

百合ものだと期待して読むと、あまりの百合度数の低さに驚くかもしれない。帯が完全に百合を煽っているので余計に期待してしまうじゃないか。
森下さんは川口さんに夢中だ。漫画の中では、始まったときに既に告白が終わっていたので、どうして森下さんが川口さんをそんなに好きなのかは分からない。分かることは、川口さんは今のところ森下さんを恋愛の意味では全く好きではないということと、森下さんはそんな川口さんの気持ちなど百も承知だと言うことだ。
若くして人気作家になった才能と努力がそうさせるのか、単純に性格なのか、森下さんの気持ちはブレない。そして何より、胆が据わっている。漫画のネタになるかもしれないという酷い理由で森下さんと付き合うことにした川口さんは、森下さんの本気に触れて、徐々に罪悪感を覚え始める。これはある意味で大きな一歩なのかもしれないが、ともかく、川口さんの謝罪にも、森下さんは全くめげない。利用されていたのだと傷つくことも、泣くことも怒ることもせず、それでも構わないと笑う。二人の恋愛関係は殆ど進歩しないままだけれど、少なくとも川口さんが事実を明らかにして、それでも二人は引き続き付き合っているのだから、スタート地点には立てたのかな。

反対に、漫画に向かう二人は真剣そのものだ。書きたいものが明確にある森下さんと、書きたいものが何なのかすら分からない川口さん。書きたいものがないのに、なぜ辛い思いをしてまで書くのだろうかという気もするけれど、少なくとも彼女は本気で「漫画家」に戻りたいのだ。なったことがない人間の憧れとしてではなく、経験して、通り過ぎた人間が再度願っている、その気持ちは生半可なものではないだろう。
二人はファミレスでネームをきったり、一緒に原稿を仕上げたり。プロである森下さんが、川口さんからの質問や疑問や愚痴の相手をしているという、一方的な状態だけれど、ともかく二人は漫画を描き続ける。
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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 20:36 | - | - |

秋山はる「オクターヴ」2

秋山はる「オクターヴ」2

雪乃にとって、肉体や肉体に対する欲望はひたすら嫌悪すべきものだった。それは、純粋にテレビの世界にあこがれてその夢を叶え、結果として散ってしまった彼女に対する地元の人の反応によるところが大きいだろう。水着姿や露出の多い衣装を着ることが多かった所為か、東京という未知の都会に対する羨望と嫌悪の所為か、雪乃はあり得ない噂がまことしやかに流れる地元で、クラスメイトの男子から酷い言葉を受けてきた。他の女子には隠している欲望を、ありありと見せつけられた。夢破れて傷ついていたところに、散々な中傷を受け、雪乃は性欲全般から遠ざかってしまった。行為はもちろん、興味を持つことからも離れていった。

自分のセクシャリティが定まらないまま節子と寝て、多少は柔軟になったけれど、やはり雪乃はまだ性を避けているように思う。昔のメンバーが自分宛に送ってきた、彼女自身が出演するAVを、元マネージャーの男に勝手に見られたあと、雪乃はそのDVDを受け取った。パッケージの写真を見て、彼女は吐いた。自分が経験したことのない、男性との行為の描写に、自分が普段節子と繰り返している、女性との行為の描写に、そして何より、そのDVDを「使った」男の発言に、彼女は嘔吐した。
まだ10代の雪乃が、特別潔癖なのだとは思わない。よく見知った人間が出演しているということも、ショックに追い打ちをかけたのだろう。

その一方で、雪乃は確実に、これまで興味を示さなかった男の体にも関心を抱くようになる。節子の弟である真利の肉体に、雪乃は興味を持つ。節子と同じ顔をしていながら、全く異なる肉体を持っているという違和感からだと本人は思っているようだけれど、雪乃は、「女が持ちえない肉体」に好奇心を持っているように見える。雪乃が閉じこもっていた扉を節子が解放した。長い間鬱屈とした日々を過ごしていた彼女の性は、急激に色々な物を吸収しようとしている。
両性愛者である自覚を持っている節子と違って、雪乃は自分のセクシャリティさえ把握できずにいる。性別に関係なく節子が好きなのだ、というよりは、女だから節子と気軽に距離を縮められただけなのだと思う。付き合い始めた二人が育んできたものは偽りではないけれど、きっかけは雪乃の男性嫌いから生じたものだ。雪乃は女が好きなのではなく、男が嫌いなのだ。彼女は消去法で女を取ったように見える。だから、男が嫌いでなくなりつつある今、二つの選択肢の前に改めて立たされたとき、彼女がどちらを選ぶのかは不明瞭だ。

雪乃の肉体はぐるぐると悩んでいるけれど、節子との恋愛は順調そうだ。節子と出会って精神の安定を得た彼女の姿に、親友も家族も安堵した。節子との関係を知った親友は、認めてくれなかったけれど、そのことを二人は一緒に悲しんだ。いつかまたここに来たいと、二人の絆は強まった。心と体のアンバランスさ、雪乃自身すら持て余しているその状態はとても不安定で、脆い。

そう遠くないうちに、雪乃は男と関係を持つのではないか。それが真利なのか、それとも他の男なのか、きっとその差は大した問題ではないのだ。彼女をこれまで苦しめてきた男であること、自分とも節子とも異なる肉体を持つ「他者」と接触することが大きな問題になるのだ、と思う。
雪乃が男と寝ることを止めない、と節子は言った。そのことが雪乃を傷つけた。恋人だと思っている相手に、他の誰かと寝てもいいよ、と言われることは、雪乃にしてみれば、自分に対する執着の薄さを知ってしまうことだからだ。
その節子の言葉が免罪符にならないといいけれど。
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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 20:02 | - | - |