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末次由紀「ちはやふる」1〜2

末次由紀「ちはやふる」1〜2
天真爛漫で、思ったことを何でも口にしてしまう小学生千早は無口で近寄りがたい転校生・新の趣味である百人一首かるたに出会い、おだやかなイメージからは程遠いハードな競技であることを知る。金持ちで負けず嫌いの太一を含めた三人は、かるたの練習会に顔を出すようになり、かるたの世界にはまっていく。

明るく元気な少女千早は、容姿が整っている姉が成功することが自分の夢だ。姉に自分の夢を背負わせていると新には批判されていたけれど、千早は姉を羨むのではなく応援することで、家族の輪に入っていられたのだと思う。母は決して悪いひとではなさそうだが華やかな世界への一歩を踏み出した姉にかかりっきりで、千早に興味を示そうとしない。
そんな新は酷く貧しい生活を送っている。
両親はともに健康そうだし、祖父は稼ぎに繋がるのかは知らないが有名なひとだし、他になにか理由があるのだろう。冷酷そうに見える新だってまだ小学生で、喜怒哀楽も薄いなりに表現している。
そして教育熱心な母親の元で名門中学への受験を志す太一。何をされても冷めた目で黙っていた新が気に食わないのか、太一は新を敵視していやがらせを続けるが、間接的に千早の誠実さによって反省する。そんな三人がかるたの世界を覗き、惹かれていく。

かるたが楽しくて仕方がないといった三人を見ていた先生が、三人が仲良く競技の練習をしているからこその楽しさだ、と称するシーンがとても印象的。自分がその競技が好きだということは大前提だけれど、「みんなでやる」から楽しい。少なくとも小6でかるたをはじめたばかりの千早はそう思っている。みんなで練習して、学校や往復の道でみんなでかるたの話をする、そういうことも含めて「楽しい」のだ。
一人でも好きなことであれば楽しいけれど、みんなで共有する楽しさは格別である。それを一番実感したのはおそらく、これまでひとりで孤独にかるたをやっていた新だろう。けれどその日々は長くは続かない。卒業、入学、引越し、新しい人間関係が待っている中で、三人は別の道を進まざるを得ない。
この卒業式の日はどこを切っても泣ける。「ハルコイ」で散々思い知ったけれど、末次由紀はひとの涙腺を刺激することに長けすぎている。ただ泣けて仕方がない、理由よりも言葉よりも先に涙が出て止まらない、そういう気持ちを表現することが素晴らしく上手い。泣きだすとき、泣いているとき、泣いた後、末次由紀の書くキャラの顔はそれほど整っていない。こみあげてきたもので顔をくちゃくちゃにして泣く表情は、こちらを上手く涙に誘ってくれる。

高校生になってから、再会した皆の変化がまたいい。千早と太一の変化はサギだと言いたくなるくらいだ。幼い頃の友人は久々に再会してもすぐに溶け込めるけれど、幼すぎて連絡を取ることやある程度のペースで会うということが思いつかないため、疎遠になりがちでもある。案の定その一般的な道を辿っていた三人がぎこちないながらに集まってきた。ここに恋もあるのかな、楽しみ。

競技かるたがすさまじい攻防を繰り広げていることはテレビなどで見て知っていたけれど、ルールや対戦方法も色々あって、非常に奥の深い世界のようだ。かるたの一枚一枚を友達だと思え、という先生の教えに従ってきた千早は二巻の後半で、その一枚一枚に込められた思いや解釈を知るようになる。友人と仲よくなるにつれて、それぞれの性格や過去が分かってくれば、また仲良くなる。その一歩を踏み出したところだ。

新の家庭や千早の姉・親との関係など、気になるところはまだ謎のまま。続きが楽しみ!
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posted by: mngn1012 | 本の感想 | 23:18 | - | - |

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