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よしながふみ「きのう何食べた?」7

よしながふみ「きのう何食べた?」7

かつてシロさんは母親から、恋人を連れてくるように、と言われたことがある。息子がゲイだと知ると(息子への愛情と善意から)宗教にまで走った母親の最大限の歩み寄りに、史朗も思うところがあったのだろう。もちろん単に両親に合わせたのではなく、年老いて大きな病気などもした両親の歩み寄りによって、かれも柔軟になることができた。望まないかたちであっても一人息子のことを思っている両親に、せめて幸福であること、二人が大切に思っている自分が不幸ではないことを示したくなったのだ。
史朗父に向けたケンジの話が好き。学生時代にゲイであることを自覚した史朗もケンジも、結婚や恋愛が影響しづらい職種に就くことを決意した。殆どの人間が結婚して子供を持つ、そういう一般的なサラリーマンになれないと早いうちに知ったからこそ、そうではない自分が生きてゆける場所を探したのだ。そのことをケンジと史朗が話しあったことはないけれど、かれと長らく暮らしてきたケンジにはわかるのだ。
よしながふみの作品「月とサンダル」に、通称ジャイアンという男がいる。高校時代から非常に優秀な成績だったかれは東大を卒業し、大蔵省に入った。顔が良くて仕事ができるかれは、妹の友人である男と高校時代からずっと付き合っている。同棲も始め、恋人の手料理を持って職場に行くジャイアンは、ある日上司の女性に自分がゲイだと告げる。そして、こっそり皆に知れ渡るようにリークして欲しいと頼む。「職場が針のムシロになる」と考えていたかれは、「さしたる理由もないのにずっと独身でいれば」どうせいつか噂されるようになると腹をくくったのだ。ゲイとして社会の中で/会社の中で生きることをさらっと描くのは昔からだなあ、と改めて思った。
こういう少しヘヴィーな話題の中に、ジルベールとケンジの張り合いを入れたり、お父さんの見当違いの思いこみを入れたりして話を緩和する。恋人の親と会うという、ある種の恋人たちの通過儀礼を経験できたことが嬉しくて泣きだすケンジと、それを罵倒する通りすがりの男たち。何もかもが幸せなわけではないと、飽くまでもマイノリティなのだと(寧ろまだ一般認識はこの程度なのだ・差別意識がはびこっているのだと)最後に窘めてくる読後感。すごいバランスで話が進む。

ケンジが自分の行きたいカフェに史朗を連れて行ったあと、家に帰って「今日はご…ありがとうね」と言うところも好き。行きたくないところに連れて行ってごめん、じゃなくて、行きたくないところに付き合ってくれてありがとう。その方がよっぽどいい。

お料理友達富永さんちにも変化あり。娘の身に起こったことはそれほど珍しいことでもないし、今のご時世人に話すのがそれほどはばかられるものでもない。それと同じようにさらっと、富永妻は夫妻の過去をうちあける。それはあとで妻が言うように時間が経過したからかもしれないし、史朗が自分がゲイであることや父の病のことなどをあっさりと打ち明けてくれていたからというのもあるだろう。「どこん家もみんな何かしらある」という筧の考えが真理だなあ。父親がろくでなしだったケンジの家、母親が宗教にハマった史朗の家、客と浮気するケンジの美容院の店長、息子の嫁とうまく言っていない弁護士事務所の所長。
でもまあ毎日のご飯は美味しいし。それだけで何とかなる。
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posted by: mngn1012 | 本の感想 | 00:33 | - | - |

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