音楽:フランク・ワイルドホーン
脚本:グレゴリー・ボイド、ジャック・マーフィー
演出:鈴木裕美
アリス・コーンウィンクル:安蘭けい
帽子屋:濱田めぐみ
ウサギ:田代万里生
クロエ:高畑充希
ジャック/白のナイト:石川禅
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スランプ続きの小説家アリス・コーンウィンクルは、私生活もうまく行っていない。別居中の夫・ジャックと、アリスが家庭を顧みないことを諦めている娘・クロエ。家族カウンセリングも自分の仕事でドタキャンした挙句、仕事の苛立ちを夫や娘に八つ当たりでぶつけてしまう。
「遊び心がない」と却下された上、翌日の午前中が締め切りだと言われた小説を書くため、アリスは夫との話し合いも娘の宿題も家事もすべて後回しにして仮眠をとることにする。次の瞬間クロエは家を飛び出して行く。
慌てて娘を追いかけたアリスがドアを開けようとすると、いきなり謎のエレベーターが急降下。1から8までの番号がついた八つの扉が現れ、アリスは「不思議の国」へといざなわれる。
開演前のアナウンスも兼ねた、舞台回しは万里生くん演じる白ウサギが行う。常に時間に追われていて、何か言われると謝罪して縮こまってしまう白ウサギ。出番は多いんだけれど歌が少ない役柄なのがちょっと残念。
客に話しかけるメタな役どころでもある。
不思議の国でアリスは、数字の順番にドアをくぐり、ルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」にまつわる様々な体験をする。金髪に黒のリボン、水色のワンピースに白のエプロン、白黒ボーダーの靴下をはいた複数の男女に歓迎されたかと思えば、「DRINK ME」と書かれたメモのついたグラスを飲みほして小さなドアをくぐり、「焦らず急がず冷静に」物を判断することを忠告する芋虫と出会う。
芋虫役はミュージカル初出演のJOY。芸能人だということくらいしか知らないんだけれど、芋虫の奇妙な衣装がとてもよく似合っていたし、お人よしに見えてなかなか喰えなさそうないい芋虫だった。
そのあとハイテンションで「仲間を大切にする」ことと「楽しむこと」を主張するエル・ガトと出会ったアリスは、最初はむすっとしていたものの、次第にかれのペースに呑まれていく。最終的には笑顔でエル・ガトの仲間たちと一緒に踊るアリス。出会う人々が、彼女に色々なことを教えてくれる。
エル・ガトは柿澤勇人。仲間たちと一緒にオープンカーで登場したかれの歌唱力と身体能力はすごかった。気づいたら凄く高い位置でジャンプしていたり、橋にしがみついて逆さにぶらさがっていたり、本当に猫のよう。
次にアリスが出会ったのは白のナイト、というか、現実世界で彼女の夫であるジャック。君を守る、と歌うかれだけれど、実際はお調子者でへたれ。周囲にいるとりまきと常に相談して、役に立たない気休めだけの優しい言葉をくれる。
くせっ毛だった現実のジャックと違い、こちらのジャックはオールバックでぎんぎんのアイメイク。ブルーのカッターに白のジャケットで、ペガサスの頭がついたステッキを持って踊り、歌う。優しい笑顔に偽りはないけれど、特に根拠もない。
禅さんのツーステップのかわいさ!!ちょっと間の抜けたダンスを踊りながらにこにこ歌い、階段をゆっくり下りて、アリスに近づいてくる白のナイトことジャック。アリスは冷たく一瞥して、必要以上につっけんどんに接するけれど、決してかれはめげない。アリスが心底好きで仕方がないのだ。演技半分自分半分と自分で言っていた通り、禅さんの明るさや憎めなさが全面に出たキャラクターだった。自分のことを「君のヒーロー」だと言っちゃうだめな夫かわいい。
ジャックから譲られた招待状を手にしたアリスは、いかれ帽子屋のお茶会に向かうことになる。
帽子屋のしもべ・モリスに翻弄されたアリスの前に満を持して現れた帽子屋は、派手な見た目とは裏腹に非常にまともな人間のように見える。理知的で、まともに話が出来そうな感じがするのだ。そしてアリスは、彼女とどこかで会った気がしてならない。
帽子屋の開いたお茶会は、出席者全員にアリスの悪いところを書かせたカードを集め、その場でモリスが読みあげるというものだ。「頑固」「人に頼らない」などと欠点を次々と読みあげられてゆくアリス。
濱田さんの帽子屋の威圧感、存在感がすばらしかった!帽子屋が現れた瞬間、彼女が歌いだした瞬間、世界が帽子屋のものになる。彼女がその場を支配する。コブシもきいてるし、官能的でもあるし、理知的でもある。
お茶会がめちゃくちゃ意地悪でいいな。殴られた方がましである。
そこに、ハートの女王が現れる。気にいらないことがあれば首を切ることで有名な女王に平伏する人々。女王はアリスに対して順番に扉をくぐるように言い残して去っていく。
女王は渡辺美里。歌っても喋っても渡辺美里だった。歌はもちろんうまい。女王はとにかく衣装が超絶可愛い。他の衣装もすばらしいけれど、女王が一番可愛いなー。白黒トランプが無数に使われていて、ハート型の頭のまんなかには王冠。登場するゴンドラもハートだし、マイク代わりの花束もハート。
女王の「言うべき時に言うべき事を言うべきです 言うべき時ではない時に言うべき事ではない事を言うべきではない」という台詞は哲学的。
アリスの代わりにクロエを「アリスの望むように」しようとする帽子屋。迷いこんだクロエに優しい言葉をかけて近づき、彼女の信頼を早々に得る。「不安消去マシーン」を見せて、クロエにそれを使おうとする。
アリスの手助けがしたいから一緒に行動したいと願う芋虫、エル・ガト、ジャック、ウサギ。中でも人に頼るべきだ、人に意見に耳を貸すべきだと必死に主張するジャックに、アリスは一人がいい、一人で行動したいと反論する。「一人じゃだめだ」と何度も言うジャックの憤りや嘆きの裏には、アリスへの揺らがない愛情がある。そのことがすごくよく見える。
あと、アリスに怒鳴られて脅えてしゃがみ込んでしまうウサギの顔を、のぞきこんで慰めるジャックが好きだった。
一人では越えられないものも皆なら乗り越えられるかもしれないと、アリスは四人とともに鏡の扉を越えてゆく。
二幕。
ジャックたちの制止もむなしく、帽子屋の不安消去マシーンによってクロエは何の自己主張もしない、何も自分で決められない少女に変えられてしまう。ようやくクロエの居所を突き止めたアリスは、娘の変化に驚き戸惑う。帽子屋はマシーンにかけられたクロエこそ、「アリスの望む」クロエの姿なのだと言っていた。クロエを保護していたルイス・キャロルもまた、アリスがとってきた行動の意味を示す。ようやくアリスはこれまで頭ごなしに娘に主張を押しつけてきた自分の行動を顧みる。自分が望んでいたのはこんな娘の在り方ではなかった、と嘆く彼女の思いが伝わったのか、クロエは元に戻る。
これまで人の助けを求めず、伸ばされていた手を振りはらってきたのがアリスだった。ジャックを始めとした不思議の国の面々の応援の申し出すら、最初は拒んだ。最終的には渋々受け入れたものの、決して本意ではなかったはずだ。
しかし今一人きりになったアリスは、途方に暮れる。どうやったら開くのか分からない扉の前で立ち尽くし、誰か助けてほしい、と願う。都合がよいと言ってしまえばそれまでだが、彼女の心が変化してきたとも言える。誰かに頼ることは、アリスの困惑や弱さだけでなく、彼女の選択肢が広がったことも意味する。彼女の心にゆとりができたのだ。
芋虫のメッセージ、エル・ガトの主張、ウサギの問いかけ、ジャックの熱意が彼女を動かした。そのことが、クロエを呼び戻し、母と娘の関係を変化させる。アリスがクロエに言う、「あなたを取り戻したい」はそのまま、人生を・家族生活を・仕事を「取り戻したい」ということだろう。負のスパイラルに入っていたような人生をやり直すきっかけを彼女は手に入れる。
ルイス・キャロルは白ウサギと二役で万里生くん。ウサギと違って出番は少ないけれど、きっちり歌がある。
鏡の国は不思議の国のあべこべの国だ。
鏡の国の女王は不思議の国の女王とは違い、帽子屋の言いなりになっている。女王は帽子屋に言われるがまま、ジャック、芋虫、エル・ガトの死刑を決定する。
二幕の女王の衣装も撮っても可愛らしかった!
連行される三人が悲痛な声をあげるのは当然なのだが、ジャックがずっと「おかちめんこー!!」って叫んでいたのは何だったのだ…真顔なので余計におかしい。
クロエを取り戻したアリスは、牢屋に閉じ込められている三人を助け出す。ナイトを助け出すアリス、の構図がかわいらしい。へたれ夫は、騎士を待つお姫様でいいのです!「君のヒーロー」が逆転していていいのです!へたれ夫の仕事は「励ます」「信じて待つ」などでいいのです!
アリスは帽子屋と決着をつける決心をする。
ジャック、エル・ガト、芋虫、ウサギと同様に、帽子屋もまたアリスの中から生まれた存在だ。アリスの中にあるマイナスの部分だけを取り出して、増幅させたのが彼女の正体だ。アリスが帽子屋と出会った気がするのは当然だ、帽子屋もまたアリス自身なのだから。
一対一の戦いの中、帽子屋はアリスの大切な存在を一人ずつ消してゆく。ジャック、芋虫、エル・ガト、クロエ。彼女の忠実なしもべであるはずのモリスまで、帽子屋は殺してゆく。アリスがついに帽子屋に刃を向けたとき、彼女は言う。自分を殺せばもう小説が描けなくなるぞ、と。手を止めてしまうアリス。小説家であることは、母であること・妻であることと同じくらい、寧ろそれを上回る勢いでアリスのアイデンティティだった。自分の中から生まれた帽子屋を消せば、アリスの創作は止まる。彼女を消せないアリス。
めざまし時計のベルが鳴り、女王が現れ、ついに本人たちの口から、アリスに正体が明かされる。かれらはすべて、アリスから生まれた、アリスの夢の中の登場人物だった。不思議の国も、そこから繋がっている鏡の国も、アリスの夢の産物なのだ。
1から順番に、数字の書かれた扉をくぐってきたアリス。7の扉までくぐったアリスが最後にくぐるのは、8の扉。それはアリスの家の住所だ。1の扉を越えて不思議の国へ来た彼女は、8の扉をこえて戻らなければならないのだ。
そしてアリスは目を覚ます。そこはクロエの部屋のベッドだった。家族カウンセリングも、クロエの明日までの宿題も、家事もすべて後回しにして体をあずけたベッドだ。一時間経過したら起こしてくれとアリスは頼んでいたけれど、もう朝だった。
部屋にやってきたクロエは、昨夜と同じ冷たい口調で、アリスが自分のベッドで眠ったからかわりにアリスのベッドで眠ったこと、起こそうとしたけれど目を覚まさないので朝まで放っておいたことを告げる。そして迎えにきたジャックに送ってもらって、学校へ向かうと言う。
すべては夢だった。クロエは夜中に出て行かなかったし、変な機械に電流を流されてもいない。ジャックもクロエも、ナイフで殺されたりしていない。けれどその代わり、アリスとの関係も昨日の険悪なままだ。
そのことを理解したアリスは、色々なことをリセットしようとする。締め切りを延ばしてもらい、家族カウンセリングを優先させようと決意する。そして家事をして、久しぶりに家族三人で夕飯をとることを決意する。何も変わっていないからこそ、今日から変化させるのだ。
夢からさめたアリスは知っている。「私が変われば世界が変わる」ということを。そのための一歩を、彼女は踏み出した。
帽子屋との対決、正体が明らかになり、現実に戻るまで、の流れがちょっと不親切だった。端っこの席だからか音響がよくなくて、聞きとれないところが少しあったからかも。ただ濱田さんの帽子屋の迫力は十分すぎるほどに伝わってきて、それで満足しているところもある。めちゃくちゃかっこよかったー。「帽子屋さま万歳!」と繰り返すモリスの頸動脈を切る女王様格好いい。
不思議の国の連中は皆アリスに「お前は誰だ」と問うた。そのたびにアリスは「アリス・コーウィンクル」という名前と住所、「小説家」という職業と「かろうじて既婚」という自分の状況を述べた。けれどその答えに満足したものは誰もいなかった。
それは白ウサギがアリスに言った、「どうするべきかじゃなくてどうしたいか」を知りたいという言葉と同じだろう。がんじがらめになっていたアリスは、冷静に考え、楽しみながら行動し、呪縛から解き放たれた。自分が変化すれば環境が変わることを知った。
「みんながアリスだ」と女王以下、不思議の国の面々は歌った。帽子屋も芋虫もエル・ガトも、それ以外の皆も、アリスなのだ。アリスの脳内で生まれた、アリスの一部の特徴を誇張するかたちで存在するみんな。アリスは夢の中で沢山の自分に出会い、その力で自由になることに成功した。
非常に分かりやすい教訓が込められた物語だ。ドラマティックな楽曲と、それを歌いこなすキャスト、ものすっごく素敵な衣装と、魅力的でわかりやすいキャラクター。華やかで楽しいミュージカルだった。
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そのあとはトークショー。
おなじみ「山崎邦正です!」の挨拶で出てきた塩田さんが司会。
公演中、座席から塩田さんがよく見えたんだけど、ものすっごいのりのりでした。飛び跳ねる、踊る、とっても楽しそう。落ち着いて!と言いたくなるけど、落ち着いたら塩田さんではない…。
参加メンバーは安蘭さん、濱田さん、「城みちるさんです!」と紹介されてその場で歌い出す禅さん。似ていると「ずっと言われてる」と笑う禅さんの顔をまじまじと見て「ほんとだ!」と驚く安蘭さん。
東京公演を終えた後の大阪初日。大阪は熱気がある・ノリがいいという話から「塩田さんの自己紹介は東京ではノーリアクションだけど大阪ではウケてた」と安蘭さん。禅さんは東京公演から一週間ほど空いたので、普段ぬけない歌詞がぽんっと抜けた、と言ってた。濱田さんは意地悪な役なので、アリスの中のいやな部分を演じるというよりは、見ているすべての人のいやな部分を演じるつもりでいる、と言っていた。あと禅さんの「おかちめんこー!」は、リハで「まじめなテンションでばかばかしい事を叫ぶ」という話から生まれたものらしい。濱田さんがいたくお気に入りで、それを絶対採用してほしい、と言ったそう。
役柄と自分との共通点や相違点の話。自分を殺せばもう小説が描けなくなると帽子屋にいわれたアリスが、彼女に向けていたナイフを振りおろせなくなるシーンに共感する、とのこと。仕事のために色々なものを犠牲にしてしまうところがある、と言う話に禅さんも頷いていた。舞台に立つ人は皆、多かれ少なかれそうなんだろう。
騎士の役、ナイト役だと言われて最初無理だと思った禅さんは、本を読んで「いける!」と思ったそう。役作り半分・素半分でできるへたれ夫役のようです。
ワイルドホーンの音楽はどうか、という話。これまで何度もワイルドホーンの作品に出ている濱田さんを中心に、ドラマティックな曲がそろっているという話で盛り上がる。濱田さんがベルティングを使う曲が多いので大変、と語ると、塩田さんがすかさず解説。七つ?くらいある発声方法を挙げて、地声のままで歌う方法をベルティングと呼ぶ、というようなことをフォローしてくれていた。ベルトでしめられたように苦しいのでベルティングと言うんだ、と塩田さんが真面目に言うと笑いだす安蘭さん。だじゃれだと思ったらしいのだが、本当にそれが由来だったそう。「CHESS」のときもそうだったけど、安蘭さんフリーダム。塩田さんのこういう解説はとても勉強になるなー。(ちゃんと覚えられてないけど…)
最後に、今後の大阪の予定をそれぞれが紹介しておわかれ。ホリプロクオリティだけど便利というか参考になりますねこれ。濱田さんが「シラノ」とソロコンサート、安蘭さんと禅さんが「遠い夏のゴッホ」でした。