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ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序 EVANGELION:3.0 YOU ARE (NOT) REDO./巨神兵東京に現る 劇場版

みてきましたヱヴァQ!
エヴァに関しては分析とか考察とか理解とかするつもりは元々なくて、けれど到底答えの分からないものをうだうだ考えるのは楽しいので、ぐだぐだ書く。

ネタバレだらけ。
「巨神兵東京に現わる 劇場版」

「風の谷のナウシカ」に登場する巨神兵を用いた、10分ほどの特撮映画。
東京で暮らす「私」のもとにいきなり現れた弟が、明日この街が滅ぶ、と言い出す。当然間に受けない「私」だが、翌日複数の巨神兵が突如現れ、東京を焼き尽くしていく。

***
「風の谷のナウシカ」については、酔っ払っているときに流れているものを見たことしかないので、巨神兵についての知識は殆どない。
ジオラマの風景、おもちゃの人々。その中で静止する、ないしは動く巨神兵。決して映画館のスクリーンで見て怖いものではない。むしろそのつくりものっぽさに少し笑ってしまいそうになる。そういう、言ってしまえば「昭和のつくりもの」が、舞城王太郎の洗練された言葉と効果的な文字の演出、そして温度を極力感じさせない林原めぐみの声で非常に素晴らしい映像になっていると思った。とりあえず言葉がむちゃくちゃ美しいのだ。
神が七日間で創った世界を、七日間で滅ぼした大量の巨神兵。異形の巨大な存在。破壊されて、もう戻らない日常。息を呑んで見とれてしまうような残酷さと美しさがあった。
口を大きくあける巨神兵は、「破」のラストシーンの初号機を彷彿させる。


「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q YOU CAN (NOT)REDO.」

シンジがレイを助けた、「破」のラストシーンから14年が経過した世界。ミサトはリツコ、青葉、日向、マヤらと反ネルフ組織ヴィレに所属し、ゲンドウ・冬月らネルフの敵にまわっている。ヴィレの所有するエヴァのパイロットは、「エヴァの呪縛」で年をとらないエヴァ改2号機パイロット・アスカ、8号機パイロット・マリ。
14年ぶりに眼を覚ましたシンジは、トウジの妹鈴原サクラの案内でミサトの元に連れて行かれ、かれの命を左右するDSSチョーカーをはめられた上で、エヴァに乗らないように命令される。
困惑するシンジのもとにレイが運転するエヴァMark.09が現れる。シンジはレイの声に誘導され、ネルフへむかう。そこでゲンドウにエヴァ第13号機のパイロットとして待機するよう命じられたシンジは、同じくパイロットである渚カヲルと出会う。
世界の荒廃の引き金になったのが自分であること、綾波レイが碇ユイの複製体であること、今いるアヤナミレイ(仮称)は自分が救おうとした綾波レイとは異なることを知ったシンジは絶望するが、シンジからDSSチョーカーをはずして自分に嵌めたカヲルがロンギヌスの槍・カシウスの槍をエヴァが手にすれば世界がやり直せると教えられる。
カヲルとシンジという二人のパイロットにより動かされるエヴァ第13号機は、Mark.09とともにセントラルドグマへ向かう。予想と異なる槍が刺さっていることに困惑するカヲルを無視して、二本の槍を抜くシンジ。それをきっかけに第12使徒が現れるがMark.09によって殲滅、さらには第1使徒であったカヲルが第13使徒に堕とされ、かれをトリガーとしたフォースインパクトが発動する。DSSチョーカーによって、カヲルはシンジの目の前で首を飛ばされ息絶える。
マリとアスカの力でなんとか収束したフォースインパクト。アスカはエントリープラグの中にいるシンジを引きずり出し、かれを連れて歩いていく。仮称アヤナミレイもそれについてゆく。

***

はたしてこの映画は、「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」は、面白かったのだろうか。見たことに後悔はない。次回作「シン・エヴァンゲリオン劇場版:||」も絶対に見る。けれど、「序」「破」のときのような、いてもたってもいられない衝動・衝撃・興奮・昂揚・感動・熱狂、そういうものは得られなかった。麻痺してしまったのだろうか。理解を超えてしまったのだろうか。(そもそも理解できているとは思わないけれど)
けれど見てからずっと、この映画のことばかり考えている。

「ひとりじゃないって素敵なことね」と、天地真理の「ひとりじゃないの」を口ずさむマリ。マリが真理(マリ)の歌をうたっていること、はさすがに偶然かな。決して仲は良くなさそうだが、アスカとマリはヴィレのパイロットとして、対使徒戦において協力・共謀する。人間味のあるリアクションをしないレイやおどおどしてばかりのシンジと比べて、しれっと言いたい事を言うマリの存在は、アスカに合っているように思う。戦うアスカは「ひとりじゃない」ように見える。
けれど彼女は、ヴィレの仲間と連絡を取り合い、マリの援護を得ながらひとりの名を呼ぶ。「バカシンジ」と。
「ひとりじゃないって素敵なこと」をシンジは身をもって実感する。眼を覚ましたかれには、ひとりの味方もいなかった。ろくな説明もなく、「エヴァに乗らないこと」「何もしない」ことをかれに望むヴィレの連中は、懐かしい人間もそうでない人間も、シンジに冷たい眼を向ける。
かれが命をかけて助けようとした綾波レイと同じ姿をしながら、命令に従うだけの仮称アヤナミレイ。相変わらず「エヴァに乗る」ことだけを告げるゲンドウ。
そんな中でシンジを救い、シンジを「ひとりじゃない」状態にしたのが渚カヲルだ。エヴァのパイロットとして紹介されたかれのやさしさに、シンジは安寧を覚える。ピアノの連弾とすこしの会話で急激に距離を縮め、仲良くなるふたり。一緒に風呂に入って同じ部屋で眠ったTVシリーズより、ひとつのピアノを一緒に奏でる新劇場版のほうが、親密さが増しているようにみえる。プライベートな空間の共有より、無からふたりで何かを作り上げる共作のほうが、シンジの孤独を埋めたように思える。
TVシリーズのカヲルは、シンジにとって理解できない・意味不明な発言を随所に紛れさせていたものの、基本的には耳障りのよいこと・シンジにとって居心地の良いことしか言わない少年だった。何もかもが空虚で傷だらけのシンジの心にたやすく入りこんだかれの、「僕は君に出会うために生まれてきた」という言葉すら大仰ではなかった。シンジの悲しみや憤りをすべて真綿で包んでくれる、奇跡のような存在だった。
けれど新劇場版のカヲルは耳に痛いことも言う。シンジが知りたがっていたとはいえ、かれ自身が引き金となったニア・サードインパクトについてシンジに教えたのはカヲルだ。それも、その結果生まれた赤い大地の視覚情報付きで、である。シンジを甘やかせてから絶望に落とし込んだTVシリーズとは異なり、映画のカヲルはシンジを追い詰める。優しく接しながらも、甘やかさない。ミサトたちヴィレの人間がシンジに言わなかったこと、おそらく言えなかったことをカヲルは明かす。明かして、シンジを突き動かす。
TVシリーズのカヲルの裏切りは、かれが友達・仲間の顔をしていて実はそうではなかったこと、使徒であったことだ。そのとき心を委ねられる唯一の人物を、シンジは自らの手で失うことになった。今回はカヲルが使徒であること、はさしてシンジの中で大きな問題ではないことのように思える。カヲルの言う通りに(実際はカヲルは目論見が外れたかもしれないことに困惑し、シンジを制止しているのだが)槍を抜いたのに世界がやり直されなかったこと・シンジの犯した罪が元通りにならなかったことにシンジは動揺している。カヲルの言うとおりにしたのに修復されなかった、カヲルに嘘をつかれた、という裏切りに傷ついている。カヲルは早い段階で制止しているので、それを無視して暴走した挙句に裏切られたと考えるシンジの絶望は共感しづらい。そこまでかれが自分が起こしたニア・サードインパクトに引きずられていたということなんだろうけれど。ひとりだったシンジはカヲルによってひとりじゃなくなった。ひとりじゃないことが「素敵なこと」だと、久々に感じることができた。
けれどかれはまたひとりになった。「ひとりじゃないって素敵なこと」なら、ひとりでいたら素敵じゃない、のか。
「ひとりじゃない」から起こるさまざまなこと。軋轢、衝突、不和。理解、協力、安寧。その両方を手放して、恒久の充足を得ようとするのが人類補完計画だった。新劇場版でも同じ意図で計画が進められているとすれば、これほど残酷な歌もあるまい。
カヲルの首が飛ぶ寸前の画、は衝撃でよかった。けれどやっぱりTVシリーズの衝撃のほうが残っている。カヲルが使徒であること、があまり問題視されていない印象。この辺は戦闘シーンともろもろごちゃ混ぜになって、どこに気持ちを置いていいのかよくわからなかった。

「破」においてアスカは、なんどなく「ひとり」であることを口にしている。人形を使って「これからも一人でやるしかないのよ、アスカ」と自分に言い聞かせる。ミサトとの会話でも、自分がひとりであることをずいぶん前から受け入れていたことが分かる。誰も自分を見てくれない事実と早々に折り合いをつけた彼女は、その上で生き抜こうとしていた。
しかしクラスメイトであるヒカリや、シンジ・レイというパイロット仲間との交流を経て、アスカは「誰かと話すって心地いい」とミサトに言う。彼女は「ひとりじゃないって素敵なこと」だと気づいたのだ。
その後、試運転のために搭乗した三号機が使徒に侵食されたアスカは、ダミープラグに切り替えられた初号機によってぼろぼろに攻撃された。彼女は重傷を負い、精神汚染の可能性も危ぶまれていた。そのアスカは眼帯で片目を覆ってはいるものの、現在非常に元気そうだ。口が悪くて高飛車で自尊心が高くて、けれど人の変化の機微に聡い、アスカのままだ。14年の歳月の中で、彼女はどう復活したのだろう。

14年が経過したミサトの、無理してシンジと距離を置こうとしている微妙な心情が伝わる芝居が好き。レイを助けるためにエヴァに乗ったシンジに向かってミサトはかつて「いきなさい、シンジくん」と叫んだ。誰かのためじゃなく、自分自身の願いのために進め、と。その結果起きたものが、ニア・サードインパクトだった。ミサトはシンジに冷たく振舞うけれど、Mark.09の手を自ら取ったシンジを攻撃することはできなかった。危険だと分かっていて、かれを殺せなかった。
リツコはベリーショートになった。リツコもミサトもバブル感がさすがになくなったなー。14年経てば当然見た目は変わるけれど、リツコのこれみよがしのショートカットには、彼女自身を鼓舞するための理由がありそう。TVシリーズではゲンドウと懇ろだった彼女なので、今回もその可能性はゼロではない。自分を愛していない男に、そうだと分かりながら利用されていた彼女。その設定がこちらでも生きているなら、反ネルフ組織に身を置くことはリツコにとっては二重の裏切りになる。ゲンドウを振り切るために、ゲンドウを、周囲を、なにより自分を追いこんで無理やり振り切ろうとしているのかな、と勘ぐってしまう。単に邪魔だから、とか趣味が変わったから、という可能性ももちろんある。
トウジの妹、鈴原サクラ。それなりにシンジに好意的に接しているところを見るとトウジは無事なのかな。けれどある日シンジに支給されたシャツがトウジのものであったことや、「エヴァにだけは乗らんでくださいよ」という発言、そして荒廃した第三新東京市の様子を見ると、そんな希望があるとも思えない。

すべてが終わったあと、エントリープラグの中でうずくまるシンジに対して、助けてくれないんだ、とアスカは言う。命がけで、無我夢中でレイを助けたシンジのことを知っているのだろう。それでもアスカは、見下したような目を向けながらも、シンジをひとりにしない。かれを連れて、後ろからついてくるレイを拒むこともせず、歩いていく。混ざってだれのものか分からなくなる足跡。「ひとりじゃない」旅路。けれど確かにみんな、ひとりのままなのだ。

取り敢えず新情報がありすぎて、一回見ただけではうまく飲み込めなかった。あと何回か見て整理したい。

主題歌は「Beautiful World」から、同じく宇多田ヒカルの「桜流し」へ変更。こちらもいい曲。気だるさとか、明るいもの・うつくしいものの近くにある厭世感や絶望のどうしようもない感じとかが非常にしっくりくる。

「破」のラストに流れた「Q」の予告とは何だったんだろうな。むしろあれを見て空白の14年を埋めればいいのか?ここまで違うと笑えてたのしい。
今回の予告も信じてないよ!
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posted by: mngn1012 | 映像作品 | 22:34 | - | - |

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