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荒川弘「銀の匙」5

荒川弘「銀の匙」5

エゾノー祭に備えて色々と準備を始める学生たち。八軒・御影が所属する馬術部も例外ではなく、出し物を何にするのかで頭を悩ませている。

高校野球秋季大会。駒場の登板する試合を観戦した八軒たちは、普段駒場が味わっている緊張感や試合のスケール、勝敗の残酷さの片鱗を伺って、いてもたってもいられなくなる。いつも同じように馬鹿をやっているクラスメイトの、大舞台での勇姿に触発されたかれらが、交通機関を使わず走って寮に帰ろうとするあたりがばかばかしいけれどかわいい。
八軒が駒場の試合から得たものは、何かしなければ、という衝動だけではなかった。いまいち野球のルールや大会の仕組みを知らないまま駒場の試合を見たかれは、それでも十分に興奮し、感動した。ならばその理屈は、馬術部にも活かせるのではないだろうか、とかれは考える。馬術部の飾らない「いつもの姿」が出し物になる、と。

ニワトリの解剖、牛の直腸検査、犬の予防接種などのエピソードを織り込みつつ、八軒は更に忙しい日々を送ることになる。
何でも背負い込み、考えすぎてしまう八軒に対して駒場は「人にばっかかまってねーで自分のことやれよ」といった。それは「自分のこと」を精一杯やっているかれなりのアドバイスであり、八軒にかまってもらった「人」のうちの一人であるかれの謝辞でもある。その会話の途中、黙って聞いていた御影の表情が曇った。
御影は何でも背負い込んでしまう八軒の性格について、以前進路の話聞いてくれたことが「すごく嬉しかった」と評価した。八軒が自分のやりたい仕事と実家の仕事の相違を気にしていることは、御影にとって迷惑なばかりでもないらしい。彼女がこの会話の中で顔を曇らせたのは、自分もまた八軒を忙しくさせている「人」だという認識によるものなのか。相談したいけれどできない、迷惑はかけられないという自省か。
馬のことになるとことさら積極的になる御影を見ていた八軒は、やはり馬関係の仕事に就くべきなのではないかと声をかける。そのことについて御影は、「親とケンカしたくない」と苦笑して話を終わらせた。彼女もまた家族に対しては、「人ばっかかまって」るタイプの人間だ。駒場が八軒にかけた「自分のことやれよ」というアドバイスが彼女にも刺さり、だからこそ顔が曇ったのかもしれない。御影の問題は根が深く、まだ解決しそうにない。

馬術部では障害ジャンプの練習が始まる。低いバーを跳び越える練習だ。同じように素人だった部員達が次々と跳び越える中、八軒だけが跳べない。というよりも八軒の乗っている馬だけが、跳ぼうとせずに障害の前で回れ右してしまうのだ。しかも同じ馬に他の部員が乗ると、馬は簡単に跳ぶ。
自分だけができない、という事実が八軒を追い詰める。中学のときに味わった、勉強で置いていかれる、オチこぼれる、という恐怖が再びかれを襲う。人一倍練習しないと、と思いつめた目で呟くかれの姿から、八軒がどんな中学生だったのか想像できてしまう。

見かねた御影はかれを乗馬クラブに連れていく。そこで八軒は、色々な年齢・レベルの男女が愉しく乗馬をしている姿を見て、あることに気づく。かれらは皆口をそろえたように「馬がすごい」「馬に気持ちよく跳んでもらえてよかった」「馬に助けられた」と言う。八軒の素直な賞賛も感心も、かれらはそのまま馬へ流してしまう。
そして馬への感謝や信頼が必要なのだと学んだ八軒は、無事になんとか障害を乗り越えることに成功する。
動物と接することのない人生を送ってきたせいか、いまいちしっくりこないエピソードだった。跳べるかな、と同じように緊張している部員達の中で八軒だけが跳べなくて、それがかれの「うまく跳んでいいところを見せたい」という自己顕示欲によるものだ、というのはぴんとこない。そのあと躍起になって馬に跳ばせようとするかれの態度が馬に伝わったのは、分かる、気がする。

しかしながら、馬術部の前を通った女子生徒たちに、部員たちは一生懸命馬や乗馬の魅力を語っていた。勧誘ではなく「馬の良さを知って欲しい」「馬を好きになって欲しいだけ」と言っていた彼女たちの言葉に、本当に偽りがなかったことは分かった。
そして八軒はエゾノー祭での出し物において、「馬の超かっこいいところを見せる」ことを提案する。自分たちの普段の姿ではなく、馬のかっこいいところ。見せるものは自分達人間ではなく、馬なのだとかれは思う。それは多分他の部員たちの気持ちと同じだろう。

ひとつの問題が解消した八軒だが、祭に向けて用事は増えるばかり。元々やるべき仕事、自分よりうまく出来る人間に作業を依頼した分の報酬の仕事、誰かに代わってもらった仕事の報酬の仕事。
共同生活は誰かに助けられているのだとかつて学んだ八軒だが、その分、誰かを助けることも出てくる。他の仲間たちも勿論忙しいけれど、かれらは慣れている作業や知っている授業内容が多い上に、得意分野を依頼されている。けれど八軒には、勉強以外の得意分野がなく、しかもその勉強もここでは役に立たない教科ばかりだ。かれの仕事は増える一方で、疲労も比例してこの先どんどん蓄積するだろう。
社会人じゃないかれらの行動は、全てが本人たちの関係や人柄で成り立っている。助けてもらったら、助け返すのが基本だ。それは人間関係の根幹であり、非常に大切なことだけれど、代償も大きい。
人手が足りないとき、時間が足りないとき、自分ではどうしようもできないことがあるとき、仕事ならば人を雇うことができる。お金で解決と言うと聞こえは悪いが、そうすることで仕事は立ち行くのだ。けれどかれらはそれができない。何かしたいことがあれば、友人の友人の友人のような伝手を頼ったり、いきなり知らない人に話しかけたりしながら、交渉と説得を繰り返すほかない。それは学生のときにしかできないことで、今後のかれらに大きく影響する大切なことだ。
大変だし、既に八軒はショート寸前だけれど、祭の前のにぎやかさは、見ているだけでわくわくするし美しい。
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posted by: mngn1012 | 本の感想 | 20:44 | - | - |

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