<< 9月ごはん | main | NODA・MAP(野田地図)第17回公演「エッグ」@東京芸術劇場プレイハウス >>

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

web拍手
posted by: スポンサードリンク | - | | - | - |

よしながふみ「大奥」8

よしながふみ「大奥」8

吉宗の長女・家重は言語不明瞭の娘であった。
下女をして「お気の毒を通り越して笑いそうになってしまう」と言わせてしまうような器量、何度繰り返されても聞き取りづらい会話、見苦しいまでの好色で酒浸り。「ご容姿もお頭も人並み以下」の彼女は、気性が荒い上、意地の悪い性格をしていた。つまり、周囲の人間からすれば、血筋以外の長所が全く見つけられない人間であった。
聡明で器量も人当たりも良い次女を跡取りにするのではないか、という噂もまことしやかに広がる。実際そのような動きも大奥内で行われていた。当然のことだろう。

そんな状況の中、女中のお龍は逆風吹き荒れる家重付きに命じられる。家重付きと命じられたときに、彼女は自分が何かへまをしただろうか、とこれまでのことを回想する。つまり家重の下で働くというのは、それくらいのことを意味する。左遷、ペナルティー、閑職。
ともあれ彼女は与えられた場所で精一杯働くことになる。家重にばかだと罵られ、必死の思いで命じたものを持っていけばいらないと言われ、難癖を付けられ、それでも彼女は家重のもとで働き、この不遇の娘に対してこれまで持っていなかった情が沸き起こるようになる。

大勢の人間の前に出ること、妹たちと席を同じくすることは家重にとって非常に大きなプレッシャーであった。周囲の好奇の目、出来の良い妹との比較、母にいいところを見せたいという逸る気持ちもあり、生まれた緊張や焦りが彼女にいい結果をもたらすことはなかった。
元旦の集まりで散々恥をかいた家重は部屋に籠もり、「死にたい」と呟く。襖の前でその言葉を聞いたお龍は、自分がこれまで家重について何も分かっていなかったと恥じいった。彼女が今日の自分の行動をそのように感じているということは、家重はまっとうな思考ができるということだ。周囲が言うような「人並み以下」の知能ではない。自由のきかない体を持って生まれた彼女は、そのことを揶揄し嘲笑する周囲の言葉も理解していた。自分ではどうすることもできない問題に彼女の心は傷つき、荒み、酒に溺れるようになったのだ。彼女が暴君のようにふるまうことは、果たして彼女の所為だろうか?
好色についても、お家存続のために必要だとお龍は言う。その主張は間違っていないと思うが、だからと言って人前であんなふうにふるまう必要はない。けれどお龍は一気に沸いた家重への感情で、そこまで判断できなくなっている。誰かに心酔する、誰かに傾倒する、誰かに忠誠を誓う。そういう気持ちは、普段見えていたものを隠してしまう。

けれど多くの人間にとって家重はやはり、馬鹿でどうしようもない姫のままだった。そうでないことを見抜いていたのは、お龍を始めとした数少ない女達を除いては、母の吉宗と父親代わりの杉下くらいだっただろう。
娘の知能に問題がないことを最初からわかっていた吉宗は、当然家重に将軍を継がせる気でいた。だから彼女がわざわざ娘を呼びだして一対一でそのことを告げたのは、それを口にしなければならない状況になっていたということだ。将軍になることが決まったように話す宗武と周囲の態度に、さすがに焦ったのだろう。
その対応は、自分の処遇を不安視していた家重を救った。元旦の集まりで宗武が得意げに諳んじて周囲に褒められていた漢詩を、家重が泣きながら聞き取りにくい言葉で言うシーンが哀しくていい。本当は自分だって知っていた、言えた、けれどあの場では言えなかった。殆ど誰にも聞き取れないし、口を開けば笑われる。「人並み」(もしくはそれ以上)の羞恥心と自尊心が、「人並み」以下だと笑われる家重を苦しめている。宗武が隣で褒められている姿を見ていた家重の苦悩は、彼女の今までの人生で味わい続けてきたものだ。吉宗は娘を抱きしめる。
血筋から言えば確かに長子である家重が次期将軍になるべきだが、この吉宗の判断は正しかったのかどうか考えさせられる。我が子可愛さに、言ってしまえば不憫な体で生まれてきた我が子への(もしかすると罪悪感を含んだ)格段の愛情が、この聡明な将軍の判断の目を曇らせたのではないか、と思ってしまう。本人は最後まで正しい判断だったと思っていたようだが、たとえ高慢なところがあろうとも、聡明で努力を怠らず、周囲からの評価が高い次女こそが将軍にふさわしかったのではないだろうか。ぶつかったお龍への態度を見るに、外面は良さそうだし。

有名料亭を、男だと言う理由でクビになった板前善次郎は、紹介を受けて大奥へ入る。陰険な大奥にうんざりしつつも、実力と負けん気のつよい性格でどんどん名前を売っていくかれは、ある方に出す食事を任される。
ひととき家重の寵愛を受けたあと、他のものに愛情が移ったことをきっかけに、相手の男に切りかかろうとして獄につながれているお幸の方だ。
お幸の方が語るエピソードからは、家重の短かった幸福な結婚生活と、彼女の孤独、歪んだ大奥という社会が見えてくる。そこによしながさんお得意の、薀蓄だらけの料理ネタが絡まって、ちょうど良い具合に箸休め。

杉下が亡くなり、吉宗に長年に渡って仕えてきた久通も己の死期を知る。その頃再び世間は飢饉に襲われ、人々の暮らしは荒れに荒れていた。聡明なものの、幼いころからの環境の所為なのか、家重は諦めが早く、嫌なことを投げだしてしまいがちだ。誰もが豊かに健やかに暮らせる日などこない、と憂いの言葉を述べるだけで終わってしまう。
その傍らで辣腕をふるうのが、家重の小姓であったお龍だ。成人後、彼女は意次と名を改めて活躍する。お龍こそが田沼意次だった。大奥の男たちに気を配り、将軍家重の感情を察し、政治面でも台頭しはじめる。商人から税金を取る、物品ではなく金銭で世の中が回っている、と若い彼女は考えた。娘の傍に、自分では考え及ばなかった案を持っている人物がいることを知った高齢の吉宗は安堵する。久通に遅れること三年、死を間近に控えた吉宗が意次を呼び出して重要な依頼をしたことからも、吉宗の信頼度合いがわかる。

意次の命を受けた権太夫という若者が長崎に赴いた。大奥の連中に蘭学を教える人物を探しに来たのだ。知り合い・吉雄耕牛をたよってきた権太夫は、見るからに異国の血が入っている青年・吾作と出会う。患者から赤面疱瘡をうつされた吾作は、権太夫の看病の甲斐あって命を取り留める。むしろ、かれと同時期に長崎で罹患したものは、みな軽症で回復したのだ。それは不思議な事態だった。
ともあれ権太夫に恩義を感じた吾作は、大奥へ向かうことを決意する。接見した意次からは、赤面疱瘡の流行を抑える研究を求められる。これこそが、吉宗が彼女に託した願いだったのだ。
7巻で1巻と繋がった「大奥」は、今回の8巻では当時謎のままであったいくつかの不審死の真相が明かされた。そして時代は1巻の先へ進み、吉宗の娘の治世である。ようやく彼女たちは、赤面疱瘡という、この国の男女比を狂わせた病と向き合うことになる。長崎での流行のおさまりにどんな関係があるのか。正体は何なのか。謎が膨らみはじめ、はちきれるのも時間の問題、のまま、以下続刊。
web拍手
posted by: mngn1012 | 本の感想 | 03:17 | - | - |

スポンサーサイト

web拍手
posted by: スポンサードリンク | - | 03:17 | - | - |