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卯月妙子「人間仮免中」

卯月妙子「人間仮免中」

卯月妙子という人を知ったのは、西原理恵子の「人生一年生2号」だった。対談企画に参加していた一人だった。ゴージャス松野、女装が趣味のおじさん・キャンディちゃん、精神科医の小田晋、サイバラ、というなんともアレな対談メンツの中に彼女はいた。一般的なAV女優ではなく、ミミズや排泄物を食べるジャンルに出演している女優なのだと紹介されていた彼女は、飄々と語っていた。
あまりに濃すぎる面子の中で、彼女は特に目立っていたわけではなく、特に彼女について調べることもしなかった。作品を読んで初めて彼女の来歴を知ったのだが、オビにも書かれている通り、壮絶である。
幼い頃から統合失調症に悩まされ、小五で初めての異常体験。自傷や自殺未遂を繰り返し、20歳で結婚した夫(後に自殺)との間に息子をもうけるも、夫の会社が倒産したことを機にホステス、ストリップ、AV女優を経験。入退院を繰り返しながら舞台女優、漫画家などを続ける。ストリップ劇場で自殺未遂を起こしたり、付き合った男が神経症を患ったり、エピソードには事欠かない。

当然ながらひとつひとつに複雑な事情があり、本人も周囲もひとつひとつを必死で乗り越えてきたのだろうが、一気に羅列されると読み手はその感覚を失ってしまう。精神病院への入退院が七回と本人が書いているけれど、もはやそれが五回でも七回でも十回でも、二十回でも、自分が受ける衝撃の大きさは変わらなかっただろう。その、「行き過ぎてよく分かんない」突き抜けっぷりはこの作品に終始一貫して存在する。本人の絵柄と、笑い話であるかのように非常にドライにエピソードを重ねていく描き方の効果もあるだろう。待ち合わせ場所に、手に怪我をして現れた作者と友人の掛け合いも「ちょっぴり人を殺したくなっちゃって(=正気を取り戻そうと自分を傷つけた)」「また!?」「うん、また」「またか〜〜」というテンションだ。ものすごく痛ましくて大変な話のはずなのに、全てがギャグマンガであるかのように語られていく。
その一方で、本人が笑い話のように語る些細なエピソードに、恋人ボビーの深すぎる愛情や、母親・友人たちの優しさが溢れていて、思わず泣けてくる。アンバランスに見えるこのバランスが終始保たれているからこそ、この作品を読み続けられるし、この作品が素晴らしいのだと思う。

行きつけの飲み屋でよく顔を合わせる25歳年上の男性、通称ボビー(別に外国人ではない)とあまりに気が合うため、作者は自分から告白し、ボビーと付き合い始める。
還暦を過ぎている自分の年齢や、はっきりとは描かれないけれど表社会ではないところで行われている仕事、三度の離婚などから、ボビーは卯月との交際に及び腰だ。自分なんかと付き合ってはいけない、自分よりももっといい男がいる、若い男のところへいけ、とかれは再三繰り返す。一方、スカトロAVをやってまで生かしたいと思った夫が投身自殺したため、戒名を背中に刺青で入れている卯月は交際に対して非常にポジティブである。外部から見るとどっちもどっちなのだが、考え方が全く違う。その差ゆえにふたりは喧嘩を繰り返すけれど、ちょうどいいのだろう。
卯月の、別れるという選択肢を持たないところは、彼女の病気の状態が変動しても変わらない。ボビーが何かと自分を卑下して卯月のために別れようとするのに対して、卯月はボビーを巻き込もうと追い詰めようと手間をかけようと、自分から別れを口にしない。迷惑をかけたことは謝るし、自分の状況もきちんと説明する。特に過剰な協力や理解を求めることはないけれど、ボビーの愛情を手離したり疑ったりはしない。勿論別れてくれといったところでボビーは怒るだけで決して別れないだろう。それが分かっているからなのか、そもそもの性格なのか、卯月はかれとい続けることを確信している。かれに頼ったり依存するのではなく、ただかれと付き合い続ける。

喧嘩っぱやくて血の気が多くて酒が好きという、そっくりな二人。一方で、相手との付き合い方に対して全く違う意見を持つ二人。そんな二人の破天荒な日々や穏やかな恋愛について語られる前半の空気は、いきなり壊される。
ボビーが他の男の彼女と親しげに話していることに卯月が嫉妬したことを原因に、二人は小さな喧嘩をする。メールを送っても無視してくるボビーについて家の中で延々悩んでいた卯月は、こんなことでは駄目だ、「もっと前向きに!」と考え、外に出る。「人生バラ色」だと改めて思いなおし、「運試し」だと歩道橋の上から車道に向かって顔から飛び降りる。
卯月がこういう行動に走ったのは、舞台出演のために勝手に投薬を減らしたことが最大の原因なのだろう。だから彼女は決して正気ではなかったのだと思う。しかし本人が描く卯月はいたって冷静で、理路整然とものを考えているように見える。家の中で思い悩んでいても仕方がないから外の空気を吸う、(行動内容はさておき)失敗するとは思わないが万が一の時のための対策を用意しておく、携帯電話は壊れるから置いておく。正気の中で、彼女は何をも恨まず何をも悲観せず、飛び降りた。

命は助かったものの顔面を粉砕骨折した卯月は当然ながら即手術、その後も長い入院状態にはいる。後半は、病院の中で彼女が見続ける幻覚、そして退院後の生活に焦点が当てられる。
この幻覚がすごかった。薬の量の影響もあって、卯月はひたすら幻覚に苦しめられる。自分が看護士に殺される、弄ばれる幻覚からはじまり、ボビーが殺される幻覚、看護士や医者が奇妙な話をしている幻聴なども彼女に囁きかけてくる。
どこまでが現実で、どこからが幻覚なのか分からない。何せその幻覚を書いている人間が実際に幻覚を体験した人間なのである、本人は見たもの・聞いたものをそのまま書いているだろうから、彼女にとっては全てが現実だ。読み手として明らかに荒唐無稽なものは幻覚だと排除できるけれど、そうじゃないものについては境界があやふやだ。読んでいるこちらまで不安になったり、何が現実なのか分からなくなるあやうさがある。巻き込まれて、取り込まれてしまいそうなぐらぐらした世界がある。
幻覚を現実だと思っているために、卯月は見舞いに来たボビーや家族・友人に意味不明のメッセージを伝える。かれらはそれを見て、幻覚が見せているのだと判断したり、現実だと思って慌てたりする。けれどその反応すら、卯月が見ている幻覚かもしれない。なんと心もとない世界で暮らしているのだろう。彼女が常時暮らしている世界に、一瞬足を踏み入れられた気がする。

顔からアスファルトに突っ込んだため卯月は片目の視力を失い、顔は半壊し、手術を終えても元には戻らなかった。彼女の絵で推量するしかないが、事故前の自画像と比べるとかなりの変化である。自分の顔を最初に鏡で見た卯月は、「おいら片目でもこれ全部漫画にしたい」と興奮気味に感じている。わたしは卯月妙子がこれまでどういう漫画家だったのか、どういう理由で漫画を描き、どういう理由で描かなくなったのか知らない。けれどこの時、自分の「奇天烈」な顔を見て漫画にしたいと感じ、すぐに紙とペンを貰って自画像を描いた瞬間「地獄に落ちてもいい」と思ったという卯月は、漫画家以外の何者でもないと思う。
一方で、退院して少しずつ冷静になった所為もあってか、事故後の自分の顔についての躊躇やコンプレックスも卯月の中に生まれてくる。それを救ってくれたのがボビーだ。家に帰ったあと早々にボビーと寝た卯月は「ボビーがセックスしてくれたおかげでおいらは自分の顔に絶望せずにすみました」と語っている。
その後ボビーと一緒に行きつけの居酒屋に顔を出したりして、徐々に卯月は日常を取り戻す。朝起きて、ボビーと一緒に薬を飲み、かれを送り出して家事をする。そして彼女は実感する。「生きてるって最高だ!」と。

不思議な作品だった。泣けるわけでもないし、笑い飛ばすこともできない。呆れるでも哀れむでも羨ましがるでもない。なんだか自分の中にある感情がどこかへ引っ張られたような空虚感や疲労感がずっしり来る。けれど読後の爽快感はいい。卯月の片目は見えないままだし、顔も治らないだろう。統合失調症が快方に向かっているということもない。何も前向きになるような事情はない。けれど隣にボビーがいて、「生きてるって最高」だと感じられる。そのこと自体が「最高」なのだろう。
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posted by: mngn1012 | 本の感想 | 16:46 | - | - |

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