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雲田はるこ「新宿ラッキーホール」

雲田はるこ「新宿ラッキーホール」

株式会社ラッキーホール。ゲイビデオを撮影してする会社。苦い味と書いてクミと読むへらへらした社長を筆頭にした、たった三人の会社。そこを舞台に物語は進んでいく。

第一話目は、不運続きで金がなくなり思いつめていたところをスカウトされた、世間知らずの男の物語だ。アダルトビデオ出演の面接にスーツで来るようなその男は、男との経験はおろか、女との経験も非常に少ないと言う。緊張して困惑するかれに苦味は実際どんなものなのか知ってもらおうと、よりにもよって自分が出演しているゲイビデオを見せる。
悪びれるどころか照れることもない苦味は、そのまま面接に来た男を押し倒す。苦味の優しい言葉と巧みな行動に男は簡単に翻弄され、陥落する。騙されやすく漬け込まれやすそうな男は、人に優しくされたことがないと喜ぶ。
落ち着いた男から詳しい事情を聞くと、それは簡単に取り返せる金だった。男は金を取り戻せることが明らかになり、ビデオに出る必要がなくなった。それはかれにとって喜ばしいことだが、一方で、苦味との接点がなくなるということも意味していた。優しくしてくれる苦味に一瞬で恋に落ちた男は、会いにきていいでしょうか、と問うた。仕事じゃなく、社長と出演者じゃなく、一人の男として会いたい、という意味だ。
言われた苦味は、二度と来るんじゃねえぞ、と男を突き飛ばした。
冷たくされてもなお、寧ろその冷たい態度によってより一層、男は苦味に惹かれたようなコマで話は結ばれる。

男がしつこく苦味に言い寄ったり、苦味に会うためにビデオに出ようとしたりするのだろうかと思って二話目を開くと、かつて思いつめていた男をスカウトしたサクマの話になる。
ラッキーホールの社員であるサクマは、元ヤクザだ。今は組を抜けているが、鋭すぎる目つきも腹の据わり方もどうみてもカタギではない。そんなかれは、かつての組長の息子・竜と偶然再会する。サクマが初恋だったと言う竜は、弱そうな頭とゆるそうな貞操観念と、かわいそうなほど一途な初恋を抱えていた。好きでもない女と結婚させられる前に、好きな男と寝たいと詰め寄る姿は哀れで痛々しい。
そこに、苦味がサクマを訪ねてくる。サクマは苦味の肩を抱いて「俺の奥さん」と紹介する。事情を一瞬で察した苦味はサクマに抱きついて、「ダーリン」とかれを呼ぶ。なんとかして竜を追い払いたいサクマと、それに協力する苦味。
そうして一度は諦めた竜だが、やっぱりかれの中にあるサクマへの恋心は消えない。必死の思いで結納を抜け出してきた竜の健気さに、サクマは絆される。組長への恨みもあり、サクマは竜を抱いてやる。
ことがおわると、竜は非常に晴れやかな顔をしている。サクマへの恋がなくなったわけではないのだろうけれど、初恋が昇華したような、自分の道を進むことを決めたような表情だ。このままサクマが忘れられない、サクマに対してもっと思いつめる、というようなことがないあたり、かれは生まれながらの極道なのかもしれない。元服を迎えたような、少年が男になったような顔だ。

三話目は、ずっと苦味を思っているラッキーホールのスタッフ・斎木の話。元々苦味のファンだったかれのほのかな思いを知っているのは、男優のレニだけだ。レニの機転があって、斎木は苦味とレニと3Pビデオに出演することになる。憧れの苦味と寝られることは、かれにとって僥倖だった。けれどあまりに舞い上がりすぎた態度から、サクマは斎木の気持ちに気づいてしまう。自分に惚れている相手とは仕事をさせたくない、苦味は俺のだ、と言ってサクマは斎木を追放しようとする。
気持ちに気づかれたこと、苦味の傍にいられる仕事を辞めさせられようとしていること、サクマが述べる苦味とかれの関係に斎木は驚く。
傷ついている斎木につけ込もうとするレニの存在が、斎木をすこし慰める。失恋直後の弱ったところに手を伸ばすのはずるいかもしれないが、一人きりよりはましだろう。

サクマと苦味の関係はよく分からない。一話で苦味は男優希望の男と寝た。二話では竜の前でとってつけたような恋人同士の演技をしてみせたあと、苦味は「嘘つき」とぼやいていた。竜が来たときは、職場にいる苦味をわざわざ追い出してサクマは竜を抱いた。そのあと「ちょっとは妬けよ」と自分の行動を棚上げしてサクマは苦味に言ったが、どちらも特に気にしている様子はなかった。付き合っているのか、思い合っているのか、単なる腐れ縁なのか、はっきりしない。
斎木の気持ちを知ったサクマの言及も、どこまで本当か分からない。狭い人間関係での色恋沙汰が仕事の上で迷惑だから、嘘をついて追い出そうとしたようにも見える。恋人になんて仕事をさせるんだと、自分の欲望を放り出して責める斎木に対する態度を見ればサクマの言葉が本気にように見えるが、いまひとつ信じきれない。初対面の男と寝ていた苦味にとって、斎木の前でサクマと寝ることもなんら抵抗はないだろう。だからサクマの行動も、決定的な答を出してはくれない。

三話かけて浮上させた謎が、四話・五話の「陽の当たらない部屋」で明らかになる。苦味とサクマの過去の話。
父親の借金のかたに売られた美少年の苦味と、ゲイだという理由で苦味を「使い物」になるようにしろと命令されたヤクザのサクマ。ふたりの出会いは最悪だった。
ゲイビデオに出られるようになるために、サクマと共同生活をしてかれに抱かれるという生活の中にも、苦味は早々に順応した。逃げても無駄だということも、そもそも逃げるあてがないことも、高校生のかれは分かっていたのだろう。サクマと暮らしてサクマと寝てサクマとだけ話す日々の中で、苦味はサクマを好きになる。それがほんものの恋なのか、ストックホルム症候群なのか現実逃避なのか、なんて実際のところ誰にも分からないだろう。サクマもまた苦味に執着しはじめる。かれは組長から新しく下された命令に反して、苦味を「生かす」ことを決意する。
サクマが「使い物」になるようにしてくれたおかげでポルノ業界のスターになった苦味は、言われるがままにふるまうだけの子供ではなくなった。世間を知ったかれは、自分がサクマを「生かす」ことを考える。自分の体で稼いだ金で、サクマを解放しようと考えたのだ。
不器用と言うかひとりよがりというか、ばかでどうしようもなくて汚いのに、かんじんなところだけすごくピュアなふたりだなあ。

そして現在の話に戻る。二人の軽口から、実は長らく体のつながりがなかったことが分かる。苦味にいたっては自分たちの関係が何なのか、既に分からなくなっていたらしい。そんな状況なのにサクマは斎木に苦味を「俺の」だと断言していたと思えばなお可愛らしい。

阿仁谷ユイジ「刺青の男」を思い出す構造だった。ラッキーホールという職場を舞台にしたオムニバス。それぞれのスタッフの恋。ただそれだけ、に見えて、暗いところで繋がっている関係。
雲田さんって「〜落語心中」が異様に好きで、BLはそこまででもなかったんだけれど、これはむちゃくちゃ面白かった!
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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 21:40 | - | - |

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