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田中相「千年万年りんごの子」1

田中相「千年万年りんごの子」1
かつて捨て子だった雪之丞は、見合いをしたりんご農家の娘・朝日の家に婿入りする。風邪を引いた朝日のためにもらってきたりんごを食べさせたことで、雪之丞は村の秘密に抵触する。

生後まもなく寺の縁側に捨てられていたという雪之丞は、養父母に育てられ大学まで卒業した。大学院に進むように望まれていたものの、入り婿を希望していたかれは、それまでの学問に関係ない、全く縁のない青森県のりんご農家に婿入りした。見合いの席で出会ってすぐに婿に来て欲しいと言い出した、野暮ったい娘・朝日に惹かれたからではない。かれは早く家を出たかった、それだけだ。
なぜかれが家を出たいと望んだのかは分からない。捨てられていた寺で育てられたかれは、おそらくあまり不自由のない暮らしをしてきたと思われる。養父であろう男(住職?)もいつまでもいていい、と言っているし、そこに嘘があるようには見えない。その妻であろう人物も、特にかれに冷たい・厳しいという印象はない。ただかれは家を出たいと望んでいた。結婚相手も、一生の仕事も、問わないほどに強く。
「捨て子」としてのメンタリティが雪之丞を支配している。名前を呼ばれれば捨てられている赤子を思い浮かべる。一部の人間がすぐ見抜いてしまうような上っ面の笑顔の仮面を貼り付けて、かれは今まで生きてきたのだろう。一見暗い印象は受けない分、かれの中に潜んでいるであろう闇の深さは計り知れない。

大人数の中で育った朝日は屈託がない。明るく奔放で、けれど厳しい自然のと共存してきた強さも持っている。自分たちではどうしようもないことを何度も経験してきた人間ならではの、割り切る強さがある。ずっと一緒に暮らしてきた猫の死に対する朝日の反応に、彼女の強さが出ている。哀しい気持ちは当然あるだろう。けれど彼女は取り乱さない。淡々と思い出を語り、土にかえる猫を「りんごの木になる」と言う。
諦めに似ているけれど全く別物であるそれは、諦めが最初から備わっている雪之丞の心を少しずつ動かす。まだ若い朝日だが、彼女には既に悟ったような、老成したようなところがある。

自分たちはりんごの子だ、と朝日は言う。りんご農家を生業とする家に育った彼女の父も彼女も、その収入で暮らしてきた。その収入で食事をし、学校に通った。親が働いた金で育った、という意味では、他の仕事をしている家族となんら変わらない。けれどそれを「りんごの子」と表現する朝日の口ぶりがとても好き。
りんごの子である朝日は、いずれ自分も土に還って「りんごの木になる」ことを望んでいる。りんごに育てられ、りんごを育て、子を産み育て、いつか自分もりんごの木になる。寒く厳しい風土、白くてきれいなりんごの花、雪深い土地、真っ赤なりんごの実。りんごの木になると確信している朝日。なんとも言えない芯がとおったしなやかさ・美しさに、部外者である雪之丞は魅せられている。雪之丞の目を通して、読み手も魅了される。

慣れない農作業や大家族に雪之丞が少しずつ馴染んだころ、朝日が風邪をひいた。彼女を家にのこして仕事に出た雪之丞は、見舞いのつもりでりんごを持ち帰る。偶然通りかかった道で、季節はずれのりんごを見つけたかれは、それをいくつかもいできた。私有地ではなかったし、数個だし、なにより自分が幼い頃風邪をひいたときにりんごをすりおろしてもらった記憶があったからだ。このことからも、雪之丞が愛されていたことが分かる。
そしてかれは帰宅して、拝借してきたりんごをすって朝日に与えた。それはまだぎこちなさの残る夫妻の、やさしい日常のやり取りになるはずだった。しかし事態は一変する。

朝日に食べさせたりんごの残りは土塊になり、りんごを持ち帰ってきた場所を話せば家族は絶句し、雪之丞が理解できない方言や用語を用いた言葉でぽつぽつと話し、口を閉ざしてしまう。
とにかく何か重大なことをしでかしてしまったことだけは空気で伝わるが、具体的なことは雪之丞には何も分からない。明らかに何かを隠されていることも分かるけれど、家族にはそれ以上聞けない。これ以上の失敗をしないように近所の人間にそれとなく伝承の話をしてもまともに答えてもらえない。素っ気ない対応に、雪之丞は自分が部外者であること、自分が知らないだけでなく、教えてもらえないことがあるのだと実感する。
土地の信仰に反することをした、という漠然とした実感は半分正解で、半分不正解だろう。朝日はそのりんごを食べたことによって巫女になった、と彼女の父は言う。その言葉から受ける印象は漠然としているが、実際は生易しいものではなかった。病気が治った朝日の髪と爪はいきなり何十センチも伸び、彼女は次第に小さくなっていく。原因が自分にある以上、期日がくるまで何も聞かないでほしいという朝日にも、何もなかったこととしてふるまってくる家族にも追求できない。
そんな雪之丞に、唯一真実を話してくれるのが、かれを初対面の時から嫌っていた村の男だ。最初から雪之丞の嘘笑いに気づき、不信感を持っていたかれだけが、本当のことを話してくれる。しかし、雪之丞の精神的なショックに配慮しないからというよりは、今までにないかれの必死さに気おされたから話したという感じがする。決して悪い男ではない。
かれに真実、というよりもかれが知っている謎を聞いた雪之丞は腹をくくる。これまで何事も深追いせず、それなりにうまくやることを最優先にしてきたかれが、禁忌に向かおうとしている。かれが船を漕いで向かう先は村の伝承の真実であると同時に、これまで向き合わずに避け続けてきた己の出生や、心の中にある闇でもある。遠慮して、波風を立てないことをモットーとして生きてきたかれが、そこから一歩踏み出した。

家族の情というものに自信の持てない男が、大家族の中で明るくつよい妻と生きるうちに変化していく、そういう話だと思っていた。しかし中盤から民俗信仰、土着的な信仰にファンタジーが絡まってゆく。
面白かった!!
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posted by: mngn1012 | 本の感想 | 20:52 | - | - |

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