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Studio Life「シモンとヴァリエ LILIES」<ROUGE>

作:ミシェル・マーク・ブシャルド
上演台本、演出:倉田淳

シモン・デュセー:大沢健
ヴァリエ・ド・ティリー:姜暢雄
マリー・ロール・ド・ティリー伯爵夫人:曽世海児
生徒:小林浩司
ユー男爵夫人:前田倫良
ジャン・ビロドー司教:河内喜一郎
聖ミッシェル神父/ユー男爵:石飛幸治
ジャン・ビロドー:舟見和利
マドモアゼル・リディアンヌ・ド・ロジェ:藤原啓児
晩年のシモン/ティモシー・ドゥセー:重松収

***
Twitterでおすすめしてもらった「LILIES」、気になったのでDVD買っちゃった。2002,2003,2009年に上演されているもののうち、これは2003年の再演分。ROUGEチームBLANCチームのWキャスト制で、こちらはROUGE。

結論から言うとものすごく好みであった…世の中にはまだまだわたしの知らない、好みのものが溢れているんだなあ恐ろしいやら嬉しいやら。 2002年と2009年のDVDも出たらいいのに…。
あと2009年に物販で上演台本が販売されていたと知ってものすごい歯軋りしている。ほしい!よ!!!

案の定長い感想。
***

1952年カナダ、ケベック州の刑務所。かつて同じ学校に通っていたシモンへの面会に訪れたビロドー司教。あくまで距離をとった接し方をする司教に対して、シモンはかれが嘘の証言をしたことについて・過去に何が起こったかについてを言及しようとする。囚人仲間に過去の自分達を演じさせる、シモンの舞台が始まる。
ここから先はシモンの紹介による過去回想ではなく、シモンと囚人仲間が三年間練習してビロドーに披露する芝居(劇中劇)である。だから男性が女性役も担う。だからこの場合のキャストは「女性役をやっている男性」ではなく、「女性役をやっている男性囚人役をやっている男性」なのだ。登場していない人々も舞台の端で座って他のシーンを見ている。当然シモンとビロドー司教も、その一連の芝居を見ている。

1912年。発表を目前に控えた「聖セヴァスチャンの殉教」の舞台稽古のため、聖ミシェル神父がシモンとヴァリエを指導している。セヴァスチャン役のシモンとサヌエ役のヴァリエは、神父が席をはずした隙にお互いの愛情を確かめ合う。
そこへ遅刻してきたビロドーが現れ、シモンとヴァリエの関係を「疫病」と非難し、自分の母親たちが抗議したことで「聖セヴァスチャンの殉教」はお蔵入りになるであろうと神父に告げる。
シモンとヴァリエの「屋根裏部屋での行為」を目撃したビロドーは、二人の関係をヴァリエが「愛」と呼んでいることを主張し、いっそう非難する。腹を立てたシモンはビロドーに「地獄を見せてやる」と言って、力任せに唇を奪う。

とりあえずガッチガチのカトリック、ということを念頭に入れて見ないと主題がぼやける。信心深いビロドーにキスすることがイコール「地獄を見せる」ことになる、舞台なのだ。
そしてここは刑務所の中である、ということ。だから衣装は囚人服か、囚人が手に入れられるもののみ。カーテンや布を巻いただけの衣装とか、カッターシャツを後ろ前に着て作ったドレスとか。机や椅子も箱などを駆使して作られたものだ。
比較的常識人っぽいシモンと、お花畑のヴァリエ。まずはじめに、2003年の姜暢雄の可愛さが半端ない、ということを申し上げたい。もともと好きな顔だっていうのもあるんだけれど、ヴァリエのお花畑パーソナリティを更に彩る可愛さ…。あと上背があるので、シモンと同じくらいかちょっと高いくらいなのもいい。でもお花。ばっちり決まらないところ、稚拙なところは沢山あるんだけれど、ずっと全身全霊でやってるような必死っぷりが、手練手管や駆け引きを使うことをしないヴァリエと重なる。

そこへ、以前から聖ミシェル神父の舞台を好んでいるヴァリエの母、ティリー伯爵夫人が現れる。ビロドーとシモンは去る。パリから気球でカナダに来たリディアンヌ・ド・ロジェという女性から、自分の夫(ヴァリエの父)がパリで成功し、もうすぐ自分達を迎えに来ることを聞かされた夫人は、それを息子に告げに来たのだ。
ヴァリエの家に仕えているシモンの父・ティモシーも大喜びだ。以前からパリに行きたいと願っていたかれは、息子ともどもパリについていくことを楽しみにしている。

ビロドーが「気ちがい」と呼んだように、伯爵夫人は夢と現実の間を彷徨っている。貴族ならではの浮世離れした感覚、おっとりした物言いと皮肉屋なところ、気位の高さ、色々なものがとにかくアンバランスで魅力的。母を愛しているヴァリエでさえ、夫人の言葉をすべては信じない。その証拠に、嬉しそうに話す母に相槌を打ちながらも、かれは何度も「ティモシー本当なの?」と母親の言葉の真偽を確かめる。

そこへ神父が現れ、非難によって「聖セヴァスチャンの殉教」が上演中止になったことを夫人に告げる。先ほどシモンがビロドーにキスしていた場面を見ていた夫人は、それを神父の斬新な演出だと高く評価する。息子の話を聞いたティモシーは怒り、シモンを探すためにその場を去る。

*
ホテル・ロベルバールのテラスで、シモンは医師であるユー男爵から背中の傷の薬を受け取り、傷の原因について問われている。暴力を受けたと確信している男爵は本人の口からそれを言わせようとするが、シモンはしどろもどろになってごまかす。同じくテラスにいたリディアンヌ・ド・ロジェはその会話に口を挟み、シモンをからかいながらも慰めようとする。
シモンを探しに来たヴァリエが現れると、シモンから離れたリディアンヌは、自分がある夫人についた嘘について話し始める。パリにいる音信普通の夫について尋ねてきた、時代遅れのドレスを着た貧しそうな夫人の気が晴れるように、嘘をついたところ彼女はまんまとそれを信じ、夫宛の手紙を息子に預けたらしい、と。その夫人とはティリー伯爵夫人であり、息子というのがヴァリエだった。その話に絶望したヴァリエは彼女を責め、母からの手紙を渡してその場で破り捨てるように言う。

うまく嘘がつけないシモンと、上手な嘘のつき方を教えてやろうとするリディアンヌ。そこから、彼女が最近ついた見事な嘘に話が転がる。
ユー男爵はおそらく傷の犯人がティモシーだと気づいているはず。

リディアンヌたちが去ったあと、二人きりになったシモンとヴァリエ。そっけない態度をとるシモンに戸惑うヴァリエに、シモンは自分の背中の傷を見せ、ティリー伯爵夫人の言葉によって自分が父親に折檻されたことを告げる。
ティリー伯爵夫人の言葉と、ヴァリエのへたくそな弁解がティリーを凶行へ走らせたと憤るシモン。ヴァリエといることはかれにとって鞭打ちの刑と隣り合わせだ。
ティモシーを罰すると怒るヴァリエだが、六年も給金を貰えず、更には薪や食料を分けてやっている父親に対して、ヴァリエがそんな口を聞く事をシモンは非難する。シモンの言葉に打ちひしがれたヴァリエは、シモン宛に書いた手紙を破る。

ティリー伯爵家の家計が火の車であることが明らかになる。

シモンが去ったあと現れたリディアンヌの誘惑に、シモンは乗る。ヴァリエへの思いを見抜くリディアンヌに対して、シモンはそれを否定し、彼女にキスをする。
目撃したビロドーが「ここはホテルのテラスだぞ!寝室じゃないんだ!」と叫んでいることからも、当時の風潮と、なによりかれの価値観が見える。何かと母親と二人の女性の言葉を持ち出してひとを非難するビロドーの価値観・宗教観はがちがちだ。ビロドーのいかにも、という嫌味な物言いが好き。真実、常識、正義の名のもとに人を批判するゴシップ好きの少年。
かれがヴァリエに「リリー・ホワイト」というあだ名をつけたのはどうしてなんだろう。嫌味か、名前を呼ぶのがいやだからか。

*
修道院の家事の消火活動に出ていたビロドーはヴァリエの家を訪ねると、ティリー伯爵夫人にシモンとリディアンヌの婚約をヴァリエに伝えるように頼み、立ち去る。
シモンが関わっていないシーン、ヴァリエすらその場にいなかったシーンを、シモンの指揮で演じていることをビロドー司教は非難する。けれど、その場にいなかったことも知っている証拠がある、とシモンは動じない。

その後疲れた顔のヴァリエが現れる。身だしなみを整えることを忘れ、労働者のような荒れた手をしていることをたしなめる夫人に、ヴァリエは真実を話す。学校を出た後魚釣りのガイドとして働いていること、13歳の時からずっと母の目を盗んで働いて食費を稼いでいたこと。それを知った母は嘆き、「お父様のように卑怯者」だとヴァリエを責める。
インディアンたちと一緒に湖のガイドをして生計をたてているヴァリエ。「13歳の頃から」働いていたヴァリエ、「六年間も貰っていない」ティモシーという言葉を鑑みるに、カナダに越してきたかなり初期の段階から(もしくは最初から)、家計は逼迫していたのだろう。

一銭も渡さず妻子をカナダへ送り、何の連絡もよこさない父と同列にされたことで怒るヴァリエ。しかし伯爵夫人はヴァリエが父に宛てた手紙を盗み見たことで、かれが父親を深く思っていると確信している。それは父宛ではなく、かつてシモンに宛てて書き、ロベルバールのテラスで渡せずに破ってしまった手紙だった。
それを父に託すようリディアンヌに渡した、という夫人の行動にシモンは動揺する。ヴァリエの中に親子の情以外にものが宿っていると気づいた母親に「シモンを愛しているんです」と言うヴァリエ。とうに知っていた夫人は嬉しそうに微笑み、かつてシモンが書いた愛の手紙を呟き始める。次にヴァリエが、そして囚人達が唱和する。
何かを盗もうとしていた女中がヴァリエの引き出しを開けているところを見て手紙を見つけた、その女中はその場でクビにした、と夫人は言った。けれどこの家に女中はいないし、そもそも盗むようなものもない。何かを察した母が勝手にヴァリエの引き出しを見たのだろう。そのことをいちいち言及せず、ヴァリエは手紙を取り返そうとする。しかしそれは既にリディアンヌの手元にある。おそらく彼女がそれをシモンに見せ、何かあると火を放つシモン(なんでヴァリエもビロドーもそんな男がいいんだろう)が修道院を焼いたのだろう、とヴァリエは考える。
ヴァリエの動転に父子の情以上のものを見た夫人の尋問により、ヴァリエはとうとうシモンを愛していると告白する。それを聞いた夫人は微笑み、「あなたの口から聞きたかった」と言う。私の隣にはあなたしかいないのだから分かっている、と。
微笑んでシモンが「女中は?」と夫人の想像上の人物をからかうところも含めて、このシーン凄く好きだなー。ビロドーへのキスに激怒して折檻したティモシーと、愛を寛容に受け入れる伯爵夫人。愛情表現に臆さないところが、ヴァリエは母譲りなのだろう。

*
ホテル・ロベルバールのテラスで、シモンとリディアンヌの婚約を祝うパーティが催されている。
歳の離れた女性との急な結婚を揶揄するビロドー、釣りにたとえて二人の関係を皮肉るユー男爵夫人、舞台になぞらえて非難するティリー伯爵夫人、人前でしかキスをしないシモンの愛情を不安に感じているリディアンヌ、裕福な女性との結婚を喜ぶティモシー。
何もかもを手放しで喜んでいる父に対してシモンは、これまでの鬱憤をぶつける。リディアンヌと気球で発つシモンは、「あんたは連れて行かない」と言う。

シモンとティモシーの確執は、何も鞭打ちの件ひとつに限ったことではない。このシーン、ティモシーを演じているのがシモン自身だと考えると、実際より憎憎しげに演じていたりするのだろうか、と思わなくもない。

そこへ、シーザーに扮したヴァリエが登場する。驚く人々を前にして、パーティの余興だと示したヴァリエは「聖セヴァスチャンの殉教」を演じはじめる。戸惑っていたシモンも芝居に参加する。
激怒するティモシーだが、ヴァリエに鞭打ちの話を出されて絶句する。シモンの背中の傷の犯人を確信したユー男爵を始めとした人々は去り、最後に残った母の足元に縋ってヴァリエは号泣する。

道化を演じて必死にシモンへの愛情を表現したヴァリエ。そんなヴァリエを愛している母親がいるからこそ、かれは「自分を誇りに思う」ことができるのだ。ここに限らず泣きの演技がかわいい。

*
19歳の誕生日を迎えたヴァリエに、伯爵夫人はバスタブを用意して祝福する。大喜びして風呂に入るヴァリエに、これだけではない、と夫人は言う。明日は狐狩りに行きましょう、と彼女はいい、泥で出来たケーキを持ってくる。
バスタブをどうやって手に入れたのかと聞くヴァリエに、「マリア様に」借りたという夫人。この後のことを思えば、残り僅かな手持ちのものを売って金をつくったのかな、と想像できる。
この段階で既に彼女が「狐狩り」の予定をしていることがすごく気になる。

そこへ、リディアンヌと発つ日が近づいているシモンが現れる。気球が放火されたことで出発の日がずれこんでいるのだ。贈り物の本を渡したあと、リディアンヌを愛せない苦悩を打ち明けるシモンをヴァリエは励ます。なんとか元気付けて送り出そうとするが、ヴァリエも引き止めたくて仕方がない。最終的にシモンはヴァリエへの思いを断ち切れず、二人は愛情を確かめ合う。
誕生日にきっちりプレゼントを持ってくるシモンの恐ろしさ。
お風呂なので裸です。膝抱えて風呂入ってるヴァリエかわいいよ…。マリッジブルーのようなことをつらつら言うシモンの愚痴をきいて、励ましてやるヴァリエ。リディアンヌへの愛がないのなら自分のもとにかれを引き戻すチャンスだし、シモンもある程度その選択肢を持った上でここへ来たと思うんだけれど、ヴァリエはそれを利用しない。まだ自分に気がある別れた恋人に今の恋人のことを言うシモンを責めることもない。
男が欲しがる全てを手に入れた、とヴァリエはシモンを評する。自分にはそんな器量はない、羨ましい、というヴァリエの言葉にシモンは「君は美しいよ」と言う。それを聞いたヴァリエは立ち上がり、自分の姿をシモンに見せて、「本当にそう思う?」と尋ねる。イエスと言って抱きしめて欲しいのか、ノーと言って立ち去って欲しいのか、かれ自身も決めかねているような感じがする。
結局忘れられず、別れられず、服のまま風呂に飛び込んでヴァリエを抱きしめるシモン。気球を壊したことがヴァリエの手柄だと思っているシモンはそれを賞賛するが、ヴァリエは反対にシモンがやったのだと思っていた。二人は笑い、運命を味方につけたような気分になる。

そこに現れ、息子の恋の成就を喜ぶティリー伯爵夫人。だがビロドーに案内されたリディアンヌも二人の前に現れる。リディアンヌの気持ちを逆なでするような言葉を続ける伯爵夫人に、とうとうリディアンヌは自分がかつてついた嘘について告げる。自分が以前話したことは全て嘘で、実際にはヴァリエの父は妻子とともに暮らしていたという。
気球に放火したことを告訴する、というリディアンヌ。自分ではない、というシモンの言葉も届かない。シモンがロベルバールから出て行かないことを喜ぶビロドー。

最初は将来のことを考えてリディアンヌを選ぶことをシモンに薦めていたビロドーが、リディアンヌへの嘲笑を明らかにしはじめたのは、彼女がシモンをロベルバールから連れ出す存在だと分かったからだった。シモンとかつてのように親友関係に戻りたいビロドーには、最初はヴァリエが、次にはリディアンヌが邪魔になった。
だからこそリディアンヌにシモンとヴァリエの関係を見せつけ、二人の婚約を解消させることを狙ったのだ。

絶望した伯爵夫人は泥のケーキを食べ始めるが、ヴァリエによって制止される。

*
翌日、予定通り幻想の狐狩りに出かけるヴァリエと伯爵夫人。全ての持ち物と愛を遺す、と告げた夫人は、自分を殺すようにヴァリエに頼む。ストールを顔にかけて横たわった夫人に、泣きながら土をかけるヴァリエ。最期まで自分に話しかけていてほしいという夫人に、ヴァリエはシモンとの出会いを語る。寒い冬の日の出会いを話しながら、ヴァリエは母親に馬乗りになって彼女の首を絞める。
狐狩りが終わったら、ヴァリエをおいて「パリへ行く」と夫人は言っていた。もうすぐ最終便だと言いながら、彼女は自分の最期の場所を探す。彼女は「聖セヴァスチャンの殉教」の台詞を引き合いにして、パリに帰るのは彼女にとって「よみがえる」ことで、そのためには一度「死なねばならぬ」のだとヴァリエに伝える。
狂っている。夫人は一度も、ヴァリエに「殺して」とは言わない。直接的に言わないのが貴族の在りかたなのか、それとも言うまでもなく伝わってしまうのが家族の在りかたなのか。淡々と旅行のプランを話すようにして死の準備をする彼女は誰よりも狂っているけれど、誰よりも正気のようにも見える。彼女が「領主館」と呼ぶ廃墟と、「地中海」と呼ぶ近所の湖と、「愛のすべて」を遺す、と夫人は言う。むちゃくちゃなのに筋が通っているような気がするから不思議だ。
何故夫人がここで死を選んだのか。リディアンヌが真実を明かしたからではなく、ヴァリエの恋が成就したからでもなく、シモンが家を訪ねる前から彼女は既に「狐狩り」を予定していた。夫が来ないことをわかっていたのか、もう息子には自分がいなくても大丈夫だと分かっていたのか、自分が枷になると感じたのか、これ以上貧しく惨めな暮らしを続けていられないと思ったのか。最期まで我儘で、美しい貴族だった。泣きながら土をかけるヴァリエに、「夢が途切れる」から話しかけて、と彼女は言う。生きながら夢とうつつを行き来していた女性は、夢の中を終の棲家に選んだ。
泣きながら必死で土を掘るヴァリエがかわいそうですごくいい。ここの表情が一番印象に残っている。何か話してほしいと思った母が、シモンの話を求めるところも好きだな。最後の会話に選んだのがシモンの話というのが美しい。
ヴァリエの腕に触れていた夫人の右腕がもがくように宙を掻いて、ぱたっと落ちる。ヴァリエもシモンもいいけれど、結局この母親の生き様にすべてを持っていかれた。貧しく(彼女にとっては)惨めな暮らしがいやで夢の中に生きたかと思えば、理性的に死を選ぼうとしたりする。領主館という廃墟でそこにいないゲストを迎えてダンスをしたかと思えば、息子の気持ちを最後まで決して否定しなかった。
「斜陽」のお母さまみたい。

母の死に呆然としているヴァリエのもとにシモンが現れ、状況を把握すると、そのままかれを連れて逃げる。
母の死に泣いているヴァリエは、今にも発狂しそうだ。そのすんでのところでシモンが現れる。一番つらいときにどこからともなく登場する少女漫画の王子様展開!好き!

屋根裏部屋に辿り着いた二人。逃げようというシモンと、この場に留まりたいと願うヴァリエ。そこに逃げるための準備をしたビロドーが現れ、三人で逃げようと持ちかける。しかしビロドーと分かり合えないシモンはそれを突っぱね、かれを部屋から追い出して施錠すると、「俺たちの結婚指輪だ」とポケットから取り出した指輪をシモンに手渡す。
指輪を飲みこんだあと、カンテラを床にたたき付けて火を放つ。抱き合ったまま二人は炎に飲み込まれる。

朝、眼を覚ましたシモンがヴァリエを「太陽が上り始めた、とてもきれいだ、お前に見せたい」と言って起こすところの格好良さがすごい!!ずっとヴァリエとの愛情に躊躇い、怯えていたシモンはもういない。迷いの果てに腹をくくり、喪失直前で取り戻したヴァリエと共にあることをかれは選んだ。
一方のヴァリエはどこかぼんやりとした表情で、少し現実離れしたことを言う。「母に究極の愛を捧げた」かれは、心の一部も母に捧げたのかもしれない。
車を用意し、二人を連れて逃げようとするビロドーにも、シモンをとどめるために気球を壊したと自白するビロドーにも、ヴァリエは動じない。最初はビロドーの援助に乗ろうとしていたシモンも、二人ではなく三人で逃げること、ビロドーの自分への度を越えた崇拝、なによりかれがこの期に及んでも二人の関係を許されない間違いで時間をかけて正していくものだと考えていることを知り、諦める。
先に行け、とビロドーを部屋から出そうとするシモン。それを信じたビロドーは、自分がこれまでにしてきたことの全てを書いた日記をかれに手渡し、別れのキスを求める。この日記が結局シモンの、かれがいなかった場面を描く資料となった。ビロドー司教はそのことすら忘れていたようだ。キスをせがむビロドーを「絶対に嫌だ!」とつっぱねて、シモンはビロドーを追い出す。

*
ふたたび1952年。
ここで記憶が途切れているシモンは、この後何が起こったのかをビロドー司教に問う。司教はついに真実を打ち明ける。炎の中シモンを助け出したあと、再び戻ってヴァリエを助けようとした。しかしそのとき、シモンの拒絶の言葉を思い出し、かれはヴァリエを置き去りにした。愛するものを引き離してやろうと考えたのだ、という。更に裁判で偽りの証言、シモンに不利な証言をすればシモンは自分を恨む、自分について考え続けるだろう、と思ったとも。
ビロドーのシモンへの思いは異常なまでの執着を持った友情であり、かれを聖人のように見つめる崇拝でもあった。だからかれはシモンのキスを嫌がって抵抗した。かれは本当にシモンがヴァリエと別れてリディアンヌ(女性)と結婚すればいい、と思っていたのだろう。
そこにそれ以外の感情が入ったのか、最後まで入ってこなかったのか、ははっきりとは分からない。かれが自分の感情をどういう風に見ていたのかも。ただどちらにせよ、気の毒なほど報われない、空回りで独りよがりな情熱だった。
たとえそれが恋=禁忌じゃなくても、気球を壊す、嘘の証言をする、などは立派な禁忌だ。友情のためであれ、ビロドーはその手を罪に染めている。

ナイフを司教に向けるシモンと囚人たち。殺してくれと願う司教に、しかしシモンはナイフを納める。「俺はお前を生かす」と告げて去っていくシモンと囚人たち。ビロドーだけが残される。
シモンにとってビロドー司教と会ったのは、火事のあとに何が起きたのか・かれが何をしたのか、を知るためだった。その内容如何によってはビロドー司教への攻撃も考えてはいただろうけれど、かれは結局何もしない。ビロドーへの許しではなく、何もしないことが最大の罰になると知っているからだ。
ヴァリエが現れるまでは仲が良かったとビロドーは言うけれど、本当にシモンとビロドーが友人関係であったのかは疑わしい。シモンは徹頭徹尾ビロドーへの嫌悪感をむき出しにしているか、そこに存在していないかのように扱うか、どちらかの態度しかとらない。その憎しみすら、ビロドーを喜ばせるものだと分かった今、かれはビロドーの願いを否定することで、かれそのものを否定する。それがシモンの復讐になるのだろう。
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posted by: mngn1012 | 映像作品 | 15:59 | - | - |

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