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砂原糖子「ファントムレター」

砂原糖子「ファントムレター」
イタリアンレストランに勤める梢野は、頻繁に店に通う田倉と同郷出身の幼馴染みだが、頑なに過去の話をしようとしない。気さくに話しかけてきたり、休日に出かけることを誘う田倉をあしらいながら日々を過ごしている。
親の事情で田舎に引っ越すことを余儀なくされた小学生の治は、ある日家の庭の蔵から「オサム」宛の手紙の束を見つける。そこには自分と同じ境遇で引っ越してきたばかりの少年の、生活の変化が描かれていた。


梢野真頼は地方から上京してきたあと働くようになったイタリアンレストランで、現在シェフを務めている。人懐っこいアルバイトや後輩シェフとの関係も良好で、療養中のオーナーの代わりをなんとか務めている。それなりに繁盛している店には、梢野とは異なり大学を卒業したあと就職を機に上京してきた田倉がよく訪れる。幼馴染みの田倉は気さくに話しかけてくるが、梢野はすげなく応対するのみだ。
6年前に結婚し、その一年後に妻を亡くしたあとも、再婚するつもりはないと結婚指輪を外さない梢野。長く続いている彼女とは、最近も旅行をしたばかりだという田倉。けれどかれらの間にあるものは、幼馴染みの親しさでも、単なる友人の関係とも少し違うぎこちなさがある。
同じころ、両親の離婚が理由で東京から地方に引っ越してきた小学生・治は最悪の気分だった。友人と離れたくないから父との生活を選んだのに、売れない上に癇癪もちの小説家である父は、親戚筋を頼って田舎に引っ込んだのだ。地元の子供たちにも、虫が沢山いる暮らしにも馴染めない治は、ある日蔵で「オサム」宛の手紙の束を発見する。その宛先が自分ではないことを知っていて、少しの背徳感を抱きつつも、治はその手紙を読み始める。
手紙には、治と同じように都会から田舎に引っ越してきた少年の不満が書き連ねてあった。意地悪ばかり言うクラスメイト、閉鎖的な人間関係、虫。そういうものへの愚痴をオサムに吐き出す手紙は、その時の治にとっては唯一共感できる感情だったのだろう。誰とも不満や変化を分かち合えない治の孤独を、この手紙が埋めてくれたのだと思う。だからこそ治は、大量の手紙をこの後も読み進める。「マヨリ」という少年が書いた手紙を。

この手紙のマヨリがおそらく真頼であろうことは、冒頭ですぐに分かる。勿論同じ名前の他の人間だというミスリードであることも否定はできないが、名前が一般的ではないことからも可能性は低い。この手紙の差出人のマヨリが梢野であることを前提に読み進めることで、今の梢野と田倉が語らない過去に何があったのか、何がふたりの今の不自然な関係を作り出したのかが分かる。
オサムに宛てられた手紙は、最初の不満だらけのものから少しずつ変化していく。「サトル」というクラスメイトが現れたことで、オサムの生活が変わっていくのだ。憎まれ口を並べながらその日あったことを語るマヨリの手紙からは、サトルと遊ぶことの楽しさやサトルに心を許していく過程が簡単に想像できる。マヨリはサトルに救われたのだ。
そしてその頃、治にも変化が訪れる。クラスメイトの双葉と遊ぶようになったことで治は一人ではなくなり、この土地の良さを見いだせるようになる。この時双葉がいてくれてよかったと本気で思った。じゃないと治は、地元に溶け込めず友達もいないまま、少しずつ好転していくマヨリの人生を追いかけていくことになる。それはいつ終わるかも分からない孤独を抱えた少年にどれほど残酷だったか分からない。

現在の真頼、梢野は田倉から彼女とそろそろ結婚することを知らされて動揺している。結婚の先輩としてアドバイスすることを乞われ、何かと相談を持ちかけられては断ることもできない。販売職で休日が合わない上に多忙な彼女だからと、田倉は梢野を誘って出かけるようになる。
二人の関係は変化しない。亡き妻への愛を貫くつもりの男と、もうすぐ彼女と結婚する男。そのはずなのに、梢野は田倉が誰を思っているのか知っている。道で別れたあともずっと自分の背中を見ている田倉。何かと自分と出かけようとする田倉。それがいけないと分かっていながら指摘することもできず、口にされていない思いを拒むこともできず、断ち切れない。この辺りの、過去に何かあったのだろう・お互いに今も思いを引きずっているのであろう・でもそれを続けられない事態があったのだろうと思わせる駆け引きが凄くいい。普通の会話なのにそうじゃない、端々に相手を探ったり責めたりするような気配がある。けれどそれを表に出すことはできない。じれったい!

マヨリとサトル、治と双葉の関係も変化していく。中学生になってもオサムに宛て続けたマヨリの手紙の内容は、サトルとぎこちないながらも友達から恋愛関係に進んだことが綴られている。キスをした、戸惑ったけれど嫌じゃなかった、お互いに好きなんだ。以前からマヨリの手紙を知っていた双葉に、マヨリとサトルの二人が付き合いはじめたと明らかにしたことがきっかけになったのか、治と双葉もキスをした。けれどマヨリとサトルのようにはいかなかった。最初のキスを、元々治に何かとつっかかってきた少年が見ていたからだ。ホモだと囃したてられた二人は、人前で一緒にいることを避けるようになる。
周囲の心ない言葉によって引き裂かれそうになったのは、治と双葉だけではなかった。マヨリとサトルも関係がばれて周囲から非難されたのだと、治は自分を非難するクラスメイトの言葉で知った。狭く、人間が入れ替わらない田舎では、何十年も前の噂も残っている。その時の二人の状況になったことで、治はマヨリとサトルの経緯を、梢野真頼と田倉訓の経緯を知ることになる。

梢野と田倉、その過去であるマヨリとサトル、そして治と双葉。二組だけど実質三組の恋は、物語の最後に一つの場所にあつまる。かつて駆け落ちしようとしたマヨリとサトルに触発された治と双葉が、手紙と親戚の情報をたどって、梢野のいる東京に来たのだ。
マヨリとサトルが一緒にいないことに傷つく治。治と双葉のまっすぐな姿に複雑な思いを抱く梢野。手紙が繋いだ過去と現在が、お互いをいい方向に導いてくれる。

「オサム」の正体は想定内というか、それほど問題ではないのだと思う。手紙があったこと、が大切だった。実質これは手紙の形式を借りた日記だったと思う。ただ、マヨリの性格的に、日記では書けなかった。大切な「オサム」宛だから書けた。オサムが読まないことは知った上で、吐き出すことで救われていたのだろう。そしてその手紙が、同じ名前の治を救った。
そしてオサムの正体を知ってから読み返すと、一人帰った部屋で梢野が今日あったことを話しかけているのは亡くなった妻(やその遺影など)ではなく、育てているミントだったのかもしれない。どちらでも代わりはないのだろうけれど。
どの話も良かったけれど、過去のサトルとマヨリの過去の話が好きだなあ。最初が純朴なだけに、そこから駆け落ちを選ぶまでになった経緯がやるせない。治と双葉のその後も読みたい。大人二人は散々遠回りしたのであとはお幸せに。
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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 10:51 | - | - |

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