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道満晴明「ニッケルオデオン 赤」

道満晴明「ニッケルオデオン 赤」

8ページ読みきり13本からなる短編集。ニッケルオデオンとは1900年代初頭のアメリカに現れた、小規模の庶民用の映画館のことらしい。安普請、最低限の設備の中で、ニッケル=五セントで見られる無声映画。どういう意図でこのタイトルがつけられたのかは特に語られていないけれど、映画好きな作者らしい、にくいタイトル。

ベタながら「コピ・コピ・ルアク」が好きだ。失恋したと自棄酒をする男と、酒を一滴も飲まずにかれの隣にいる男の秘密。甘酸っぱい展開といきなり訪れるラストの切なさが絶妙。
しかもこの酔ってた男が他のエピソードにも登場するんだけど、眠っているときこの男の夢を見ているというネタがあってわたし大変。

起も承も分からないままいきなり突きつけられる転だけで、最悪の結まで見えてしまう「ファニーゲーム」の恐ろしさとか、ひん曲がりすぎてストレートな愛情表現がもはや微笑ましいような気になる「竹取パラダイム」とか、行き過ぎた乙女チックな恋愛観が狂気になる「フェイスハガー」とか、アンビバレンツなものをぶつけて起こるヘンな化学反応が魅力的。そこに下ネタとか映画ネタとかアニメネタとか時事ネタが絡んできて、低俗なのに高尚みたいな事態になっている。

表紙にもなっている双子の姉妹の話「ヒールとスニーカー」は、仲良しだけれど正反対の趣味や考え方を持つ姉妹が初めて同調したのがよりにもよって一番同調してはならないことだった、という切ない話。
体が繋がった状態で生まれてきた双子の姉妹の短編というと萩尾望都の「半神」を想起する人は多いだろう。この設定でよく書いたなあと思ってしまったけれど、その体で存在するだけでエネルギーの供給=生死の問題と向き合わなければならない「半神」と違って、こちらは一部の内臓を共有しているものの胃や肺などは独立しているので栄養的な問題は現在のところなさそうだ。命に関わる問題と直面していない分彼女たちは色々なことを考える。ファッションのこと、アルバイト、そして恋。
おっとりした姉とはきはきした妹。僅かな時間差で姉・妹の立場が決まることを不服に思う妹は、しかし姉がその僅かな時間差によって自分に遠慮してくれていたことも知る。姉は姉としての利害を蒙っているのなら、妹もまた妹としての利害を蒙るしかない。ヒールを沢山持っていた姉はヒールを諦め、ヒールが苦手な妹はヒールを履く決意をする。それでおあいこ、と笑って済ませるには残酷すぎる運命を背負ったふたりだけれど、そうやって二人は肩を寄せ合って生きてゆく。

設定がすごけりゃ展開もすごい「回収委員と幻肢痛」は地雷を踏んで体がばらばらになってしまった先輩の少女のために、パーツを手に入れた女子生徒たちから主人公の少女がパーツを回収するという話。地雷(MINE)を踏んで散り散りになった体、回収したうちのひとつだけを少女は先輩に返さなかった。それを自分のもの(MINE)にした。明るく狂っているこの話で物語の幕が閉じられる。

高級なものじゃない、洗練されたものじゃない、ごった煮だからこそ見られる色々な世界。ファンタジーと現実がこんがらがっているところに、きれいなものも醜いものも混在している。幸福な話も不幸な話も、どれも一定距離を保って描かれているのがいい。キャラによって作品によって距離は違うけれど、どんなに近くまで来ても、どんなに心のうちを明かしても、きちんと遠い。程よい突き放しが心地いい。
タイトルと摺り寄せてそういう手法を映画的と呼んでしまうことも可能なんだろうけれど、そもそも映画のなんたるかをよく分かっていないので、とりあえずどこにもないヘンな短編集だったよ、と言うにとどめておく。
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posted by: mngn1012 | 本の感想 | 20:24 | - | - |

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