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神奈木智「楽園は甘くささやく」

神奈木智「楽園は甘くささやく」
母の死後遠縁の四兄弟の家に引き取られることになった貴史は、大勢と暮らすにぎやかな毎日になかなか慣れることができない。特に長男の冬杜の素っ気ない態度に苛立つことが多いが、もともと不眠症のけがあった貴史は、なぜか冬杜のそばではよく眠れる自分に気づいてしまう。

ノベルスの文庫化。後日譚書き下ろしあり。どっちにせよ初読。
母子家庭で育った一人っ子の貴史は、母を亡くしたことで身寄りをうしなう。十八歳のかれを引き取ったのは、母の従姉妹関係にあった女性の長男である穂波冬杜だ。既に両親を失って、冬杜を筆頭に三男一女で四人暮らしをしている穂波家で暮らすことが決まった貴史は、初日から非常に憂鬱だ。
同居するのは冬杜のほかに、美容師の春臣、バツイチ出戻りで家の事を担っている秋那と彼女の双子の弟で大学生の夏那。性格は違えどもそれぞれ世話焼きなお人よしで、賑やかな三人に、貴史はなかなか合わせられない。というのも貴史は中学の途中から母の願いで殆ど学校に通わず、二人きりの生活を送っていた所為で、同世代の人間相手の接し方がよく分からない。会話のキャッチボールも、笑顔の応酬も、大勢でとる食事もなにもかもがうまく出来なくて、貴史は逃げてしまう。かれらの常識、それはおそらく平均的な家庭の常識でもあるのだけれど、それに馴染めない。馴染めない自分を晒すことで、奇異の目で見られてしまうのではないかという恐怖もある。心を許してしまえば傷つくし、物品であれ気持ちであれ、何かを受け取っても返せないことがつらい。とにかくあらゆる接触を絶つことでしか、貴史は自分を守れない。

そういう貴史に気づかないまま、本心から優しく接してきたのが次男の春臣だった。貴史が何を考えているのか、はっきりと理解できないまま、それでも春臣は貴史の世話をやいてくれた。貴史のために食器を用意し、これまで出来なかったことをしてやろうとする。紅一点の秋那と、元気な末っ子の夏那もまた、自分達のやり方で貴史と打ち解けようと努力してくれる。
春臣が買ってきてくれた自分専用のマグカップを一度は受け取ったけれど、与えてもらうばかりで何も返せないことと、それによっていつか全てを失ってしまうことを恐れた貴史は、それを春臣に返した。「いらない」とだけ言って。その時は腹を立てていたけれど、本当の理由を知った春臣は納得し、もういちど最初のやりとりをやり直そうとする。欲しいと自分で口に出すように言う春臣と、かれが意図していることを知ってきちんと気持ちを伝える貴史のやりとりが凄く好き。「欲しいって俺に言ったら、あれは貴史にやるよ」と言う春臣に、勇気を出して貴史は「欲しいよ」と言う。「だから、僕にください」と。それは、今まで欲求を口にしたことがなかった貴史の初めての主張だったという。穂波家で貴史はいくつものことを学ぶ。家族(ごと)のルール、家族(だけ)の常識、感情とその表し方。子供のまま成長することを故意に止められていたかれは、何倍ものスピードでそれらを吸収する。

そして弟妹のような分かりやすい好意は見せない代わりに、一番貴史を理解したのが冬杜だ。配慮するがゆえの回りくどい言葉や、貴史の真意を伺うような距離の取り方を冬杜はしない。ただかれが推察する貴史の気持ちは当たっているし、遠慮のない態度で一番貴史の気持ちを揺さぶるのもかれだ。
なにより、眠りがひどく浅い代わりに、ふとした時に眠気が襲ってくる貴史がもっとも安心して眠れる場所になったのが冬杜だ。事情を知った春臣が色々な安眠の方法を探して、試してくれたけれど、冬杜が仕事をしている時のかれの部屋以上に安らげる場所はなかった。冬杜の言葉に腹をたてたり、素っ気ない態度に無性に苛立ったりしながらも、なぜか冬杜の傍から貴史は離れない。冬杜がいる日はかれの部屋に行ってしまう。そのことを微笑ましく思っている弟妹たちの中で、ひとり、春臣だけが苛立っていた。

貴史を気にかけていた春臣は、その感情が徐々に変化していくことを自覚していた。夏那が一緒に風呂に入ったと言えば何とも言えない気持ちになり、冬杜に懐いているのを見れば腹がたつ。その気持ちの正体を分からないほど、春臣は子供ではなかった。そしてかれは休みの日に貴史をドライブに連れ出し、強引に迫ってキスをする。いきなりの展開に驚き、怖いと感じながらも、貴史は抵抗しなかった。恐怖で抵抗できなかったのではなく、親切な春臣が望むのなら耐えようと思ったのだ。決して望ましくはないけれど、傷つけるよりは我慢したほうがいい、と。拒むようなことは「してはいけない」と。

何も言わなかった春臣に対して今後どういう態度に出るべきか、答を出せずにいる貴史のもとに冬杜が来る。事情を春臣から聞いたかれは、普段のかれらしくないお節介な態度と回りくどい物言いで、あれやこれやと言ってくる。結局のところそれは、長兄らしい、拗れた家族の仲を潤滑にしようとする言葉ばかりだった。どころか、春臣の長所を述べ、貴史に付き合うことを薦めるようなことも言う。
その態度によって、貴史は自分の気持ちを知る。自分は冬杜が好きなのだと、他の相手を薦められたことで自覚する。恋の自覚と失恋を同時に体験することになる。困惑した貴史は冬杜に「それでいいの」と言うけれど、冬杜は気まずそうにしながらも話を続ける。失恋は決定的だ。
そこへ春臣が来て、話を更にひっかきまわす。貴史が好きだと二人の前で宣言したまでは分かりきったことだったが、かれは更に、「おまえ兄貴が好きなんだろう」と指摘してくる。貴史を好きな春臣だからこそ気づけることだった。貴史をずっと見ていたから、貴史の態度や表情をじっと見ていたから、冬杜相手のときだけ態度が違うことにも気づけた。そしてその質問に貴史が答えられないまま、冬杜が話を遮る。「俺と貴史の間にはなにもない」という、まっすぐな言葉で。

気持ちを自覚したあとの貴史が非常にかわいそうでいい。報われないと分かりながらも諦めきれず、かと言って今までのように無遠慮に冬杜に接することもできず、よく眠れず、かれがいないときに部屋に入って眠ろうとする。春臣への罪悪感と、冬杜への叶わない気持ちで弱った貴史が頼るのは、やっぱり冬杜なのだ。
その体当たりの好意と健気さに、冬杜がおちる。なりふり構わない好意に、必死で張っていた意地も虚勢も崩されてしまう。そこから先はなしくずし。

そのあともう一、二つ揉め事が起こるかと思っていたけれど、結構あっさり片付いた印象。しかし当事者をほったらかして揉める兄二人に対する秋那の怒りや、腹をくくったら恥ずかしげもなく愛情表現を繰り返す冬杜の態度とか、細かい部分が面白かった。恋愛そのものもいいけれど、他人だった貴史が四人の輪に少しずつ入って家族になってゆく過程が好き。

貴史の生活はなにもかもがこれからだ。当人の死によって母親から物理的に解放された貴史は、穂波家での生活を始めたことで、ようやく精神的にも解放された。外出することや他の誰かと交流を持つことを咎められない生活を手に入れた貴史は、これから先どうするのだろう。数年遅れの学生生活を始めるのが無難かな。学費もあるだろうし、なにより帰るところも応援してくれる家族もある。
そういうことが後日譚でも、一切描かれも匂わされもしなかったのが少し残念。新しい部屋まで借りて蜜月満喫している様子は伝わってきたけれど、冬杜が言っていた、これからさきの貴史が見えない。まあこの家族(と彼氏!)がいればなんとかなるか。
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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 22:23 | - | - |

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