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一穂ミチ「シュガーギルド」

一穂ミチ「シュガーギルド」
赴任先のイギリスから八年ぶりに東京へ戻ってきた清坂は、再び自分が働くことになるオフィスで、ひとりの青年と出会う。清坂が在英中に就職し、今年異動してきたばかりだという青年・白石は、かつて清坂が旅先で一晩をともにした男だった。

商社マンの清坂は、30歳の時に渡英し、八年ぶりに東京へ戻ってきた。変わらない上司や友人が迎えてくれる一方で、知らない顔も当然増えている。別部門から異動してきたばかりだという、口数の少なそうな青年もその一人だった。挨拶をしようと名刺交換をして、ようやく清坂はその相手が誰なのかに気づいた。
渡英直前、衝動的に行った北海道・紋別で困っていたところを助けてくれた大学生がいた。ろくな準備も下調べもなく一人旅にやってきた清坂に、名所を案内し、穴場の店を教えてくれたかれの名前は、白石和といった。出会った日とその翌日、白石にいろいろな場所を案内してもらった清坂は、かれといることで、その頃心の中に蓄積していたわだかまりが少しずつ昇華してゆくことに気づいていた。もう二度と会えないと分かっていてかれと一晩を過ごし、眠るかれを置いてそのまま紋別を離れた。それっきり、思い出すこともやめていた相手だった。

「is in you」と同じく再会もので、過去の出会いと別れ、そしてそれを気まずく思いながらも距離を縮めてしまう現在が交差して描かれている。受視点だった「is in you」に対してこちらは攻視点。年下視点だった「is in you」に対してこちらは年上視点。出会った日本ではなく香港で再会する「is in you」に対してこちらは赴任先のロンドンでも出会った紋別でもなく東京で再会する。
などと分類することもできるのだけれど、そういう設定の似通りをものともしない面白さだった。

紋別という土地に対して、ふたつの決して交わらない目線が向けられている。計画性もなくいきなり飛行機に飛び乗ってやってきた清坂は、普段自分が暮らす土地との違いを単純に味わい、驚いている。その寒さとか、車で感じる地面の感触とか、海が近い場所ならではのにおい。畏れを抱かずにはいられない圧倒的な自然、ネオンまみれの都市ではみられない景色を前にして、かれは言葉を失う。
美しいとかすごいとか、そういう言葉じゃたりないものを肉眼で見ているのだろう。計画していないからこそ堪能できた、旅人の驚きが魅力的だ。そして実際に存在するものや起きている事象を表現するにあたっての、作者ならではの比喩が冴え渡っている。
早起きして流氷を見たときの「朝が生まれるごとに、冬がすこしずつ死んでいく季節。巡る営みの無情さと残酷に人は「美しい」という名前をつける」という文章がすごくすき。
そこに、紋別で生まれ育ち、「何もない」ことを痛感して東京へ出た白石の目線が入る。家族に無理を言って、自分自身も必死で切り詰めてそれでも東京へ出てきたのは、閉塞感に押しつぶされてしまいそうな自分を必死に守ろうとしたから。そうやって、紋別から出た他の若者と同じ行動をとりながら、白石はそういう若者たちを苦々しく思っている。若者たちが出た結果として起きている過疎を、そんな資格はないと思いながら、憂いている。
そういう若者はきっと白石のほかにもいるだろう。けれど、繊細でまだ幼さの残るかれの言葉は人一倍響くような気がする。「ここが好き、でも嫌い。ときどきどうしようもないような気持ちになる」という言葉の重さに、釣り合うだけの言葉を誰が持てるだろうか。

年齢も職業も出身も違うふたりは、同じものを見ても全く違う気持ちを抱く。けれどそのことがきっと良かった。白石の飾らない本音に清坂は自分の中にある傲慢さを恥じる。自分でもどうしようもない愚痴めいたことをこぼす白石は、真剣にきいて、嘘のない言葉を返して、時には場を和ませてくれる清坂に救われる。全く違うふたりだからこそ居心地が良かった。名前と年齢とあと少しの情報しか知らないまま一緒に行動して、二人一緒に恋に落ちた。

24時間にも満たない紋別での出来事すべてが、とうていあり得ないはずなのに地に足がついたドラマのようで凄くよかった。冬の紋別という舞台に、身の振り方への葛藤、自分とは正反対の友人への羨望という清坂の精神状態が合わさって、独特の空気が出ている。

キーワードになるのは上述の紋別と、かれらが仕事で取り扱う砂糖だ。甘いものが好きで、砂糖そのものも好きで、砂糖について語りだすと止まらない清坂。甘いものが苦手で、家に砂糖がない白石。
何度も二人の会話には砂糖が出てくる。初対面の時も、相手が女の子ではないのをいいことに、自分の仕事の話を熱く語った清坂。再会したあと、白石が何も言わずに砂糖だけを入れたコーヒーを渡してくれたことで、清坂は相手が自分を覚えていることを実感した。
そして砂糖を含んだ清坂の話が、白石の将来を(現在を)決めた。地元が好きで、けれど息苦しくて嫌いで、どうすることもできずに焦っていた白石に、清坂の話は響いた。しっかりした仕事をしている大人との出会いがかれを動かした。清坂のもみじの話や砂糖の話が、自分にも地元に対して出来ることがあるかもしれないという希望を白石に与えた。こういうところは年齢差がある関係ならでは、だと思う。大人と子供。先輩と後輩。上司と部下。教えるものと教わるもの。職歴も人生経験も対等じゃないからこその関係。清坂の言葉が白石を動かし、白石の真意を知ったことで清坂が動く。これまで大胆な選択を一度もしてこなかった清坂が、一世一代の勝負に出る。

恋愛の要素は手堅く抑えつつも、どちらかというとそれ以外の物語が濃い作品という印象。面白かったけれど物足りない、というひとも出てきそう。いやでも素晴らしかったです。好き。

表紙の清坂はどう見ても38歳ではないな…50歳手前くらいの雰囲気。なのでこんな人は出てきません。中の挿絵は絵によって多少の揺らぎがあるものの、大方38歳くらいに見える。
表紙かわいいからきにしない。

全てを読み終えてから(白石がどういう経緯を経てこの職場にいるのかを理解してから)頭から読み直すと、白石が健気で可哀想でせつなくていい。清坂にこんなこと言われてかわいそう、こんな態度とられてかわいそう、そのいたみが醍醐味。
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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 23:13 | - | - |

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