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天禅桃子「フラッター」

天禅桃子「フラッター」
通勤途中に毎朝見かける男が気になっていた浅田は、ある日その男・観月と仕事をすることになる。左手の薬指に指輪をしていることから結婚していると思い込んでいた観月が、職場でゲイだとカムアウトしていると知ったことで、浅田の気持ちがざわつきはじめる。

整った容姿と、それにふさわしい洗練された身なりの観月は、確かに目をひく男だった。更に仕事をするようになったことで、かれが非常に仕事が出来る男だということも分かる。さらには人当たりもよく、後輩たちからの支持も得ている。ある意味見た目通りの完璧な男である観月の薬指に指輪を見つけたとき、浅田はなぜか同様してしまう。客観的に見れば年齢的にも条件的にも結婚していて何ら不思議なところのない男なのに、驚いて、初対面で思わず指輪を話題にしてしまう。そんな浅田の言葉に、観月は微笑んで答えをごまかした。
その対応になんともいえない気まずさを感じてしまった浅田は、その後観月がゲイだとカムアウトしていることを知る。「超有名」だというその情報にかれは更に驚き、観月とうまく接することができなくなる。嫌悪感や不快感ではなく、どうしようもない動揺がかれを支配する。
たぶんそれは、今まで単にきれいだと思って見ているだけの男と、恋愛することができるのだという選択肢が急に訪れたことへの動揺だろう。浅田はゲイではないし、観月には指輪をするくらい心に決めた相手がいる以上、観月がゲイだったところで何も進展しないのだけれど、思いもよらなかった情報を得たことで、浅田は新しい道を見つけてしまった。

明らかに昨日と違う浅田の様子に、気づかない観月ではなかった。浅田がどこからか自分の噂を聞きつけたことを悟った観月は、今後の仕事を円滑に進めるために浅田を飲みに誘う。観月と浅田の間の認識を統一するというよりは、観月の質問に答えることで浅田の混乱をおさめようとしてくれたのだろう。それさえ過ぎてしまえば、この先も仕事仲間としてうまくやれる。

実際観月は非常に魅力的だった。浅田が思わず毎朝確認してしまった外見の華やかさだけでなく、人間としても面白い人物だ。軽妙な会話と有無を言わせない笑顔と、他の人間と同じように隠し持っている劣等感や策略。そういうものがいちいち浅田を驚かせ、次第に惹きつけていく。親しくなるほどに、うまく咀嚼できない気持ちが生まれていく。
そんな浅田の背中を押すことになったのが、帰り道見かけた観月の涙だった。誰かと電話している観月は、往来で泣いていた。それを見た浅田は一目散にかれのもとに駆け寄り、そのまま手を引いて街を歩いた。そして浅田は、自分が観月を好きなのだと気づく。
詳しいことは話さないけれど「今フリーになった」観月の言うままに飲み歩き、翌日の休日も出歩いて、そのままかれらは親しくなった。

今の仕事が終わったあとも、つまり二人が仕事仲間でなくなったあとも連絡していいか、と観月は言った。二人きりのときに面と向かって告げられた言葉に、当然浅田は含まれている意味を探そうとする。けれどその直後、通りがかった人にぶつかられて胸に倒れこんだ観月に動揺した浅田の顔を見た瞬間、かれは背を向け「友人になれるかもしれないと思ったんだけど」と先ほどの言葉を撤回した。自分に触れて動揺する浅田を見て、つまり他の男友達相手とは違う反応をする浅田を見て、無理だと一線を引いた。
けれど浅田の動揺は、観月が予想していたのとは全く違う心情からなるものだった。他の男友達のように思えないのは事実でも、浅田は観月を好きなのだ。好きだからこそ、浅田に触れれば動揺する。そして、そのあと知らされた観月の本心に更に動揺したのだ。観月が欲しているのは今後も続く友人関係で、浅田の欲しているものとは決定的に違う。それでも浅田は気持ちを伝えず、観月が望んでいる友情に応じた。

このまま親しい友人関係を続けていればいつか恋愛になる日がくるかもしれないと、浅田は思っていたのだろうか。観月に恋しているかれは、その気持ちを持ったままかれと仕事をし、かれと飲みに行った。そしてある店で、浅田の指輪の相手と偶然会うことになる。「友人」だと名乗ったその男にまだ観月が気持ちを残していることはひとめでわかり、浅田はようやく自分の不毛さに気がついた。傷つく観月を見て心を痛め、恋を失った観月を見て安堵し、「一人でいたくない」と自分を呼ぶ観月に喜んでしまうことの空しさを知って、これ以上友人関係は続けられないと自覚する。
決意して友情の終わりと告白を同時にした浅田に、観月は冷静だった。浅田を「ダダ漏れ」だといったくらいだから、少し気づいていたというのもあるだろう。ゲイではない浅田の言葉を鵜呑みにせずなんとか治めようとする観月に、浅田は言う。自分を好きじゃなくても構わない、と。その言葉が観月の胸に刺さる。

かつて自分も同じ事を言ったと苦そうに観月は過去を語りだす。吉野との出会いと再会と、あっという間の失恋。それでも吉野と恋敵とずっと一緒にいた観月は、ある夜失意の観月につけこんだのだと自嘲する。そのあとの年月と、今の喪失を振り返って、そういう関係は良くないと、破綻すると観月は言う。
しかし浅田は諦めない。自分は観月や吉野とは別の人間だというかれは、「俺のこの気持ちは」と言ったあと、続きを話さずに口をつぐんだ。
その後、自分を待ち伏せしていた吉野と顔をあわせた浅田は、かれと話をする。自分が最低の選択をして傷つけた観月に合わせる顔はないけれど、かれを心配しているという吉野との会話で、浅田は観月への気持ちを見抜かれる。どこが好きなのかと聞かれて応える浅田の言葉は凄く簡単で、飾り気のないよくある言葉で、それだけに誠実だ。「傷ついてもこの気持ちは俺だけのものだ」という言葉は、あの時観月にぶつけようとして躊躇した言葉だろう。ふられても、報われなくても、代わりにしかなれなくても、それでもこれは浅田の思いだ。浅田の恋だ。たとえ吉野の代わりをつとめたところで吉野の思いじゃないし、観月のものでもない。
その会話を、二人がどこかへ向かうところを偶然見かけた観月が聞いていた。浅田がどんな風に自分を好きなのかを知った観月は、かれの気持ちを信じるほかない。そして自分がかれのことばかり考えていること、かれに恋をしていることを認めるしかなかった。

ドラマティックなんだけれど決して珍しくない出会いに始まり、誤解を含んだ色々な交流によって距離が近づいて、気持ちを自覚して、一筋縄ではいかなくて、障害や過去を乗り越えて結ばれる。無理したところや早送りされたところのない、非常に丁寧で繊細な物語だった。最近の天禅作品の中でかなりのヒット!
吉野さんの過去がもっと見たいけれど…ラストがあれだからな…無理だな…。
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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 11:30 | - | - |

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