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よしながふみ「大奥」6

よしながふみ「大奥」6

松姫を失った綱吉にとって、心の支えとなるのは父だけだった。国で最も地位の高い将軍職に就いてもなお、年老いて冷静さを手放しつつある桂昌院の機嫌を損ねることが怖いのだと、彼女は自分を笑う。もはや妊娠できない体になってからも父には必死に子作りしている自分を見せ、誰が自分の後釜にふさわしいのか理解しながらも、私欲のために無茶を言う父の言葉に頷き続けた。そうまでしても、父が望む娘・父が愛してくれる娘でありたかったのだ。老い先の長くない父に夢を見せてやりたかったのだ。
自分のよすがは父一人なのだと寂しそうに言う彼女には、吉保の献身も、右衛門佐の忠義も届いていない。二人のことを心から信頼していることに違いないけれど、血の繋がりには勝てなかった。望めば何でも手に入れることができる彼女が、波乱に満ちた半生で得たものがあまりにも少ないことに、右衛門佐は気づいてしまった。そしてかれは無力感に陥る。自分がしてきたことは何だったのかと、取り返しのつかないところまで来てしまってから、綱吉の絶望の深さを知る。

家光を愛するがゆえに、男と女であることを辞退した有功。家光は亡くなるときに、「これでよかった」と微笑んだ。国のために数え切れない男と関係を持ち、子を産んできた彼女は、一番愛した男と寝ることを止めた。そのことが、二人の絆を更に強くした。子種がない有功が家光を肉体的に独占することができない以上、そうすることでしか、かれが特別だという証明は為されなかった。
綱吉と右衛門佐もまた、関係を持たないゆえに特別な関係であり続けられた。年齢を理由に側室となることを拒んだ右衛門佐は、綱吉のために大奥を維持することに心血を注いできた。数回寝て子供を為し、用無しとなって隠居生活を送るのは御免だった。そんな右衛門佐の野心に気づいていた綱吉は、知っていて、かれの願いを受け入れた。それで良かった。けれど、彼女の中にはどうしてもしこりが残る。なぜ自分に抱かれなかったのか、否、自分を抱いてくれなかったのか、と。男女の立場が逆転してしまったこの世界では、女将軍が大奥の男を「抱く」のだ。かれらは将軍に「抱かれる」のだ。綱吉はいつもの調子でそう口にしてから訂正した。将軍として右衛門佐を抱くのではなく、女として惚れた男に抱かれたかったのだ。
その願いはここへきてようやく叶う。死を見つめ、死を望んだ綱吉を引きとめるべく、右衛門佐は彼女を抱いた。これまで子孫を残すための行為、父を安心させるための行為、遊びだと振舞うことで自分についた傷を自身からも見えなくするための行為しか知らなかった彼女に、決してそうではないのだと示した。何よりずっと温めてきた自分の想いを告げるために。そしてそれが真実だと伝えるためには、この日でなくてはならなかった。自分も綱吉もかつての美しさから遠ざかるほど老いてしまい、妊娠出産も叶わなくなり、更には誰にも知られないこの夜でなくてはならなかった。
ようやく綱吉は、血の繋がりではないものを知る。右衛門佐の心を知り、初めて好きな男と寝たことが彼女を強くした。桂昌院が掴んだ上着を脱ぎ捨てて歩き出す彼女は、ここへきて父のしがらみから解き放たれた。

長い時代を生きた綱吉の最期は、彼女のこれまでの人生を象徴するかのような壮絶なものだった。朦朧とした綱吉が言った通り、「誰…?」と思った御台の登場と、のちに描かれたかれの最期のリンクも見事だったし、なにより、吉保の行動に驚いた。よしながふみの銃は弾切れしないのか、と放心した。彼女はずっと綱吉の傍にいた。自分と肩を並べる寵臣を見事な計画で排除したあとは、桂昌院と関係を持ちながら、綱吉の世話をし続けた。何かを望んだり、口出しすることもなく、滅私奉公し続けた。綱吉に膝を刀で刺されたこともあった。それでも彼女はなにひとつ裏切らず、将軍のために生き続けた。そのことこそが、彼女の何よりの私欲だったのだろう。
吉保が得たものは何だったのだろう。放っておいてもそう長くはなかった綱吉の寿命の残り時間を、少しだけ彼女は奪った。苦しむ綱吉を楽にしてやったようにも見えるし、最後の最後に綱吉を思いっきり傷つけたようにも見える。もがく彼女を抱きしめて泣きながら微笑む吉保は、筆舌に尽くしがたい表情をしている。自分の腕の中で、皆に愛され憎まれた女が息絶えてゆく。誰のものでもない、自分の腕の中で。その恍惚を手に入れた表情だ。

秋本のその後もいい。大奥を飄々と暗躍した男は何も失わず、最愛の女のもとへ戻り、娘と共に、幸せな余生を過ごすのだ。

そして御代は家宣のものとなる。病弱な体に鞭うって懸命に世を立て直そうとした女将軍の裏で、彼女のために画策し続けた間部詮房と、彼女に命を助けられた男・左京がいる。ろくでもない家から逃げるように家宣の屋敷にすみついた左京は、美しく芯の通った間部に惚れた。しかしその自覚は、間部から家宣の側室になるようにと命令されたときにうまれたものだった。主君のことしか考えていない間部の残酷なまでの一途さに左京は傷つきながらも、彼女の願いを叶えてやろうとする。
家宣は間部が全てを賭けて尽くそうと思うにふさわしい人物として描かれている。左京に対しても誠実であり、御台に対しても心を砕いて接した。人々に愛され慕われた将軍は、元々の健康状態に、無理をして何人もの子供を出産したことが祟り、早逝する。
すべてであったものを失い、自暴自棄になった間部をこの世に引きとめるべく左京は彼女を怒鳴りつけ、無理やりに説得し、そして手を伸ばした。まだ若い男は、自分のことなど道具どころか摩羅だとしか思っていない女に恋をし続けていた。いくら家宣を慕ったところで、止められる想いではない。
またひとつ、事件の火種がともる。
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posted by: mngn1012 | 本の感想 | 11:03 | - | - |

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