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榎田尤利「交渉人は諦めない」

榎田尤利「交渉人は諦めない」

「交渉人は嵌められる」<感想>の続編。

兵頭もUSBも環に奪われてしまった芽吹は、それでも立ち上がる。依頼人のいない事件において、大失態によって全てを失くしてしまった交渉人を立ち上がらせたのは、かれに惚れていると言い続けていた男ではなく、いつも傍にいる仲間だった。叱ったり、宥めたりしながらかれらは芽吹の様子を気にかけてくれる。それによって芽吹は決意する。「俺は俺を信じる」と。口にだして仲間に言わなければ出来ないほどに、芽吹は自分を信じられない。自分を信じられないような人間は、誰のことも信じられない。だから芽吹は自分を信じる。他の人間を信じるために。何度裏切られても、好きだから、信じたいから、信じるのだ。

環の計画で、更なるひどい目にあわされたあとも芽吹の心は折れない。かれはもう、腹をくくってしまっている。そして、自分が失ったものをすべて手にしている環を、芽吹は少し憐れんですら、いる。誰も信じられない、誰も好きになれない男。そう思ってしまえば、もはや怖くはない。
しかし抜群に頭が切れる環相手では、芽吹が太刀打ちできないのも事実だ。そこで動くのが「チーム芽吹」だ。頭の切れる智紀、詐欺師の才能はないがスリにかけては超一流の技をもつ志津、胆が据わっているうえに容姿抜群のキヨ。水商売・修羅場慣れしているアヤカも加わって、ミッションスタート。智紀が企てたこの計画は無茶苦茶だけど、無茶苦茶だからこそ面白くて、はらはらわくわくさせてくれる。チームだからこそできる役割分担がいい。

結局はその計画においても、環のほうが一枚上手だった。すべてが徒労に終わり、意気消沈するチームの中で、芽吹だけが晴れがましい気持ちになっている。もういいのだと、諦めではなくかれは言う。いかに自分が仲間に恵まれているのかを、このミッションによって芽吹は改めて実感した。自分個人の問題のために、ろくに事情を打ち明けてもいないことのために、皆が体を張って協力してくれた。その事実が芽吹を浮上させた。その皆が怪我もなく、電気代すら節約している自分のオフィスに揃っている。ひとつのものに対して向かい合って、一喜一憂している。それがどんなに幸せなことかを芽吹は語り続ける。落ち込む仲間に、もう一度戦いたいと言う仲間に、そして全てを盗聴している環に。

全てを手にしてなお、環の気持ちはおさまらない。なんとかして芽吹を傷つけたいと思ったかれは、とうとう最後の手段に出る。芽吹の親友だった男、自殺した男、芽吹が「自分が殺した」とうわごとで繰り返した男の遺書をチームと兵頭の前で公開する。芽吹を慕う人間に芽吹の罪を晒すことが、環が考えうる最大の攻撃だった。
深く傷を抉るその攻撃を真正面から受けながら、芽吹は環に反論を続ける。自分の罪を認めながら、自分がどういう人間なのかを受け入れながら、かれは話すことを止めない。話せば話すほど傷は深くなるけれど、芽吹は続ける。それはかれの「交渉」だ。環という一筋縄ではいかない犯罪者を追い込むために芽吹が出来る唯一の手段だ。もはや検事でも弁護士でもないかれは、傷を負いながら相手を追い詰めていく。その生き方は不器用だけれど、きっと芽吹が望んだことなのだ。権利で踏み込むのではなく、相手の信頼を得て踏み込んでいくこと。仲間の信頼を得て、共に戦うこと。その芽吹の根性に、自身の能力に奢って高みの見物を続けてきた環が勝てるはずがないのだ。

とうとう芽吹は環の足元をすくった。チーム芽吹は環に勝利したのだ。けれど、その勝利は空しい。環に一本取られたときは晴れがましい気分だったのに、いざ環をやりこめると、空しさが募る。それは、環を倒した先に得られるものの中に、亡くなった親友の命が入っていないからだ。かれの罪が晴れようとも、かれが結果的に庇うことになったひとの罪が軽減されることになろうとも、芽吹の心は変わらない。
芽吹の気持ちは、親友を信じてやれずに死に追い詰めた悔恨から逃れられない。本当にかれは無罪だった。そして芽吹はそれを信じることができなかった。そして親友は、命を絶った。芽吹の命を救ってくれた男は、芽吹の言葉に背中を押されるように死んだ。そんなことは環に指摘されなくても、芽吹が一番知っている。全てが終わって、ひとり泣く芽吹がかなしい。

そこへ現れるのは当然兵頭だ。兵頭は芽吹の過去について一切何も言わない。環に対しても興味がないと言い続けたし、かれの遺書を聞いたときも同様だ。過去に興味はない、過去にも嫉妬するから聞きたくないという兵頭のスタンスが、かえって芽吹を救う。どんな慰めも罵倒も自分の中で出尽くして、それでも傷を癒せない芽吹をどん底から引き上げるのは、何も言わない兵頭なのだ。
USBを巡って自分ではなく環を選んだことを芽吹は責めないし、兵頭は謝罪しない。過去のためにUSBを渡さなかったことを兵頭は今更口にしないし、芽吹も詫びたりしない。それはお互いが解決すべき問題であって、二人で抱えることではない。そしてここにいるのはヤクザと交渉人ではなく、事情があるとは言え他の男と寝た男と、その恋人なのだ。
もはや痴話喧嘩のようなやりとりを、この上なく真剣にやりあう二人は可愛くて愚かだ。独占欲に駆られた芽吹の本音と、いつになく自信のない兵頭の関係がいい。自分から芽吹に触れることができない兵頭の様子に、かれがどれほど誠実に芽吹を思っていたのかが分かる。嫉妬がかれらをつよく結びつけたのだから皮肉な話だが、きっと二人はずっとこんな調子で、揉めつつもずるずる付き合っていくのだろうと思う。

榎田尤利作品の中で一番何が好きかと言われると、ちょっと悩んでしまう程度には榎田ファンだけれど、この「交渉人」シリーズは多作な榎田さんの作品の中でもかなり好きなほうだ。というか毎回新刊が出るたびに尋常じゃない面白さに驚いてしまう。
現段階では全容が明らかにならない怪しい行動をする男や、芽吹の非常に重苦しい過去、現在起こっている犯罪や事件の合間に挟まれる、かれらの呑気な日常がまたいい。ディープな内容が、基本的に前向きで呑気な芽吹の一人称で語られることや、おそらく敢えて固有名詞を多様することで緩和されている。芸能人の名前なんかが頻出したり、兵頭が仕切る風俗店のサービスの名前がいかにも頭の悪そうなキャッチーな文句になっていたり、兵頭のコントのような部下たちのやりとりが冴えている。かれらが、物語が息苦しくなりすぎないように適度に風を通してくれているのだと思う。考えさせられる展開とのめりこんでしまう感情描写や会話とのバランスがとても好きだ。過去は決して変わらないし取り返しもつかないままだけれど、読後感がいい。

なにもこの作品で初めて明らかになったことではないのだが、挿絵担当の奈良さんの絵柄の変化がここにきて更に顕著になっている。そして今回、この最新刊発売を機にこれまでのシリーズを読み返したことで、それを強く意識した。っていうかもう、別人。
何度も書いているような気もするがわたしは挿絵にそれほど興味がない。好きな作家さんなら嬉しいし、イラストによって作品が更に広がったり深まったりすることもあるとは思うが、絵で買ったりすることはほぼない。しかしそれにしてもこれはちょっとどうなの、と思う。今の絵が好きだとか嫌いだとかじゃなく、あまりにも変わりすぎているのだ。「~振り返る」のときのあの格好良い兵頭はどこへいったの!眉目秀麗な設定の芽吹はどこに消えたの!とさすがにうなだれてしまった。
でも相変わらず表紙のデザインといい挿絵の構図といい、独特でとても巧いのだ。奈良さんはただ絵が、キャラが綺麗なだけではない。作品を読んで理解している、という感じがする。モチーフの使い方や視点が素晴らしい。だからこそ惜しまれる。あとは繊細な表情に戻ってくれたら…と願わずにいられない。表紙の色味が変わったのはわざとなのかな。これまではぱっきりした色だったのに今回は淡め。

ともあれ相変わらず面白すぎるほどに面白いシリーズだった。そして次は待ちに待ってたキヨと智紀のスピンオフ!今回も、ちんまい智紀が怪我させられた途端ぶち切れるキヨとか、智紀の発案に従ってホストに扮するキヨとか、愛について語るキヨとか、若者組が可愛くて仕方がなかったので楽しみ楽しみ。

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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 22:35 | - | - |

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