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榎田尤利「交渉人は嵌められる」

榎田尤利「交渉人は嵌められる」

「交渉人」シリーズの第四弾となる今作では、過去のシリーズで匂わされていた、未だ語られていない芽吹の過去について言及される。前回薬物によって正気を失った芽吹がなんどもうわ言のように呟いていた、「信じてやれなかった」ことによって「俺が殺した」男の話だ。

芽吹が決して忘れることができない、けれど毎日思いだして追い詰められるようなこともさすがになくなったその過去と改めて直面することになったきっかけは、一通の郵便物だ。でたらめの宛先から、芽吹以外には分かりそうもないパスワードをかけて送られてきたそれは、過去の事件の新たな事実となりうるデータの入ったUSBメモリだった。
そのUSBメモリに端を発し、いくつもの出来事や人物が浮上する。対立する暴力団組織、二人の詐欺師、重篤状態の刑事とその弟、父親殺しの容疑をかけられた息子、ストーカー気質の女、自殺、そしてヤクザと交渉人。無関係に見えたいくつもの瑣末な事件が次第に絡み合い、複雑さを増していく。

才能のない詐欺師の志津を、ひょんな事情から芽吹はスタッフとして研修することになる。頭も要領も悪く見た目も十人並みで詐欺師しかできない、かと言って詐欺師の才能もからっきしない志津は、当然ながら芽吹ネゴオフィスで役に立つわけではない。給料を払うのが勿体ないくらいだ。しかしそういう人間をこそ受け入れるのが芽吹だ。そしてそのかれが、足を引っ張ることもあれど、非常に役に立ってくれる。芽吹の頼みで行動するのではなく、芽吹のために何かがしたいと自発的に行動するのだ。かれの周りにはそういう人間がたくさんいる。両親に早くに亡くなられ、妻子もなく、友人と呼べる存在もほんのわずかしかない芽吹の財産だ。

兵頭の芽吹への愛情はほんものだ。高校時代に出会って衝動的に芽吹を欲して以来、かれはずっと芽吹に惹かれている。オフィスでのまさかの再会までに長い空白の時間があり、その間には勿論複数の人間と関係を持ってはいるけれど、今のかれは、うまく関係を築くことができなかった十代のころの分まで芽吹を思っている。芽吹のお人よしな部分や情深いところを見て好きだと言うのではなく、かれの心の闇を把握して好きだと言うのでもなく、どちらでも構わない、と兵頭は言う。過去も現在もどうでもいい、とも言っていた。「好みの男はひとりしかいない」という兵頭の言葉を芽吹は笑い飛ばそうとしたけれど、それは兵頭の本音だ。仕事であれ情であれ、おそらく想像を超える数の男と関係を持ったであろう兵頭だが、かれが惚れているのは今も昔もたった一人だ。
そのことを芽吹は知っている。言葉で、態度で、何度も兵頭に伝えられてきた。芽吹が一番知っているはずだ。しかしその一方、かれはそれをすぐに忘れる。兵頭の気持ちを疑うのでも信じられなくなるのでもなく、何か目の前のことに必死になると飛んでしまうのだ。キヨのことも、智紀のことも、さゆりさんのことも飛ばない。ただ兵頭のことだけが、ヤクザとして大抵のことはやってきている兵頭の誠実な気持ちだけが、飛んでしまう。愛されているものの傲慢か、心を許しているからこその怠慢か、庇護しなくて良い存在だからなのか、芽吹は何度となく兵頭の気持ちを踏みにじる。しかも単に兵頭の片思いならまだしも、芽吹はきちんと兵頭を思っている。かれ自身に言葉で告げたことがなくても、無意識ではあるが第三者に「好き」だと言っているし、合意の上で関係を続けている。
だけれど芽吹は兵頭をないがしろにする。自分のことで頭が一杯になると、兵頭だけを無碍にする。
組織のためにはどうしても、芽吹の仲間が持っている、仲間が芽吹に届けるであろうUSBが必要なのだと兵頭は言った。普段自分の仕事のことを話したがらない男が組織の事情まで打ち明けて、芽吹に乞うた。芽吹の愛情や譲歩が期待できないのなら、せめて情けにでも訴えるつもりだったのだろう。それほど兵頭はなりふり構っていられないのだ。けれどそれすら芽吹は否定する。しかもかれははっきりと言ったのだ。仕事や依頼じゃなく、自分個人の事情で渡せない、と。それはつまり、芽吹にとって兵頭は、他の個人的な事情よりも劣るということだ。そして芽吹はそのことを自覚していない。自覚していないからこそこんなにひどいことができる。自覚していないということは、駆け引きのないかれの本当の気持ちだ、ということだ。
兵頭にとって最優先させるものは組織だ。だから芽吹が仕事に必要なのだと言えばまだ、兵頭の傷は大きくなかっただろう。しかし今の芽吹は、自分の気持ちを兵頭より優先している。死んでしまったかつての親友を優先している。そのことに芽吹よりも早く気づいた兵頭は傷つく。ついさっきまで、暴力的な手段に出てもUSBを奪うと息巻いていた男は、肩を落とし出て行ってしまう。結局折れるのはいつだって兵頭なのだ。芽吹の残酷さと、惚れた弱みを抱える兵頭の苦悩がせつなくていい。
去って行く兵頭を一度名前で呼んだだけで、芽吹は引きとめることも詫びることもしない。かれが去ったあとは気を取り直して仲間に連絡をする。この芽吹の割り切りもまた、兵頭を思えばせつなくなる。

全ての糸を引いていた男の正体が、終盤で明らかになる。散りばめられていたエピソードが一つに集約され、芽吹は、自分が最初から嵌められていたことに気付く。自分を思ってくれる居心地の良い男を傷つけて、それでも必死で向き合おうとしたものが、目の前でかっさらわれてしまう。そして芽吹は過去だけでなく、自分を思ってくれる男も奪われてしまうのだ。

非常に、非常にいいところで終わって事態は「諦めない」へ続く。同時発売なので良いけれど、「デコイ」のように発売までの期間が開いていたり、それこそ一般小説のように次回の発売日が未定だったらかなり歯ぎしりしただろうと思う。よりにもよってそんなところで…!
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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 22:29 | - | - |

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