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清水玲子「秘密-トップ・シークレット-」8

清水玲子「秘密-トップ・シークレット-」8

特別編と銘打たれた「一期一会」は、青木の婚約祝い飲み会の物語。青木の婚約祝いなのに青木自身がセッティングしたという、非常にかれらしい飲み会に現れた薪はおもむろに今後のヴィジョンを語りはじめる。宴席で酒を次々飲みながら、今まで誰にも明かさなかった話をさらっと話す薪は、私服の所為でいつもより更に幼く見える。少年のような出で立ちで、膝を立てて日本酒を飲みながら、なにかを自慢する得意げな子供のような眼で、とんでもない話をする。薪が話しだす事実に驚くとともに、それまでおくびにも出さなかったかれを見ると、こんな風に他にもたくさん秘密を抱えているのだろうと勘繰ってしまう。その多くを誰にも話すことなく抱え込んで、一生誰にも打ち明けずに生きていくのだろう、とも。
まだ先ではあるけれど、今後の話をされた青木は、その内容に泣いた。24歳という若さと、過ぎるほどの真っ直ぐさがかれの個性であるとは言え、更には酒が入っていたとは言え、さすがに薪も驚くリアクションだ。転勤や移動がつきものの職業であるにも関わらず、青木は、今の毎日が終わる日が来ることを全く想定していなかった。それは、この毎日が永遠に続くと思っていた、ということだ。精神的にも肉体的にも厳しく、誤解もされやすい仕事だけれど、かれは皆と共に尽力する「第九」の仕事が永遠に続けばいいと思っているのだ。
それはおそらく、他の仲間も同じだったのだろう。かれらは青木よりもっと大人で、もう少し普通の感覚を持っているので泣いたりしないし、割り切ることもできるけれど、心中は大差ないはずだ。朝通勤したら牧がいて、信じがたいほど優秀なかれに怒鳴られたり呆れられながらも同じ事件と向き合っていく、そういう日々を失いたくないと思っているであろうことは、牧の話を聞いたかれらの表情で伺える。青木を諌めることで自分達に必死に言い聞かせている。いつか、だけれども必ず来る、その日のために。

本編は強い地震の後、とある小学校で亡くなった三人の人物をめぐる事件だ。
ひとりの少年の死は、誰の所為でもなかった。地元で数年前にも大地震の被害にあった少年は、引っ越してきたこの学校で、別段変わったところもなく生活していた。友達とも教師ともうまくやる、「普通の」少年だった。かれが唯一他の子供と違ったのは、かれ自身が自覚していたのかも定かではない心の傷だ。大地震でかれが見たもの。その全ては、幼いかれの心に深い傷を負わせた。一瞬にして崩れ去った建物、怪我をした人々、そして、瓦礫に挟まった老人と、かれを助けられなかった自分。死んだ馬場少年の脳から見られるその全ては痛ましく、なにより、防ぎようがないという意味で非常にやるせない。
誰も気にとめていなかったその傷は、今回の地震でいきなり表面化し、かれに幻覚を見せ、かれを死に追いやった。直接の死に繋がったのは乗用車との衝突だし、携帯電話で通話しながら運転していたドライバーは勿論社会的責任を負うべきだが、馬場を殺したのはやはり、地震なのだ。
わたしはかれらと同じくらいの年齢に、阪神・淡路大震災を経験しているので、非常に見につまされる思いがした。わたしの暮らしているところは瓦礫にならなかったし、幸い知人を亡くすようなこともなかったのだけれど、いきなり襲ってくる「逃れようのない死」への恐怖は忘れられない。確固たる犯人が存在する事件の辛さは想像を絶するものがあるだろうが、犯人がいない事件もまた、ほんとうに辛いものだ。
だからこそ、恐ろしい幻覚に突き動かされた馬場少年が最期に見たものが、かれを救うやさしいものでよかったと思う。この作品にしては甘すぎるきらいもある、都合の良いエピソードではあるけれど、せめて作られた物語の中でくらい、やさしい話があってもいい。

その一方で、れっきとした犯人・加害者には容赦なく厳しいのもまた、この作品の魅力だ。
皆に慕われている生島教諭は、自分が生徒に慕われていることを知っていて、それを利用した。彼女が故意に利用したものもあれば、彼女の普段の振る舞いが生徒達にそうさせた部分もある。ともあれ彼女は犯罪者であり、物事の全容も善悪の判断もあやふやな子供たちを利用した悪人である。
そういう人間に薪は容赦しない。とっくに明らかになっている自分の罪をそれでも覆い隠そうと、動転して薪の持つ携帯電話を奪おうとした彼女を、薪は張り飛ばす。いくら薪が小柄だとは言え、生島は女性だ。けれどかれはそういうことを考慮しない。そこからはたちの悪い犯罪者から証拠を守るという目的だけでなく、転落したあとも駆け寄ってすらもらえずに放置されていた子供やわけが分かっていないまま犯罪の片棒を担がされている子供を見た一人の人間としての怒りが溢れている。こちらもやるせない事件であるし、犯人が判明して逮捕されたところで、亡くなった二人の命は戻ってこないのだけれど、薪の行動に少し胸がすく思いがする。

元副検事という異色の経歴を持つ、全くフレッシュさのない新人・山本の態度や、かれを頼りにしているとメンバーの前で露骨なまでに好意的に振舞う薪に翻弄され苛立つ第九メンバーの姿は可笑しい。その一方で、本当に山本は新入りとして、仲間として受け入れるに足る人物であるのかを見極めかねているかれらの戸惑いもいい。仕事内容が仕事内容なだけに、かれらはどうしても新しい存在を疑ってかかるが、山本は我関せずで仕事を続ける。かれは確かに第九の異物なのだけれど、今後の第九を思えば、異物こそが必要だったのだ。この、36歳の新人は見た目も中身もキャラが濃くていい味を出している。雪子と挨拶するシーンがもう面白すぎる。
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posted by: mngn1012 | 本の感想 | 14:31 | - | - |

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