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和泉桂「タナトスの双子 1912」

和泉桂「タナトスの双子 1912」
病気がちの母と三人で暮らしている双子の兄弟、ミハイルとユーリ。貧しいながらも幸せに暮らす家族の元に、双子の父親であるオルロフ公爵の遣いが現れ、兄のミハイルを引き取りたいと言ってくる。母を病院にやるためにミハイルは会ったことのない父のもとへ向かう途中、馬車の事故で行方不明になる。
そして数年後。ミハイルの代わりに公爵のもとへ行ったユーリは近衛師団の大尉になっていた。久々に会った幼馴染みのマクシムから、かれが最近よく行く貧民層の料理屋の息子を紹介されたユーリは、その息子こそが、亡くなった兄ミハイルだと確信する。


帝政ロシア末期を舞台にした、全く違う人生を送ってきた双子の物語。とにかく作者が物凄く力を入れているのが伝わりすぎるくらい伝わってくる作品だった。気合いが紙から滲んでいるかのよう。

金髪碧眼、天使のように美しい双子はいつも一緒だった。わんぱくなミハイルと冷静なユーリは喧嘩をしたこともなく、母と三人で幸せに暮らしていた。そんな日々が永遠に続くのだと思っていた。
しかし運命はかれらを残酷に引き裂く。嫡子が亡くなったために、これまで放っておいた妾の子を跡取りとして引き取りたいと言う遣いが来たのだ。指名されたのは兄のミハイルだった。別にミハイルでなければならない理由などひとつもないまま、かれはオルロフ公爵のもとに行くことを決めた。12歳だった。
運命は更に残酷な別れを用意していた。ミハイルの乗った馬車が事故で川へ落ちたのだった。遺体は上がらなかったけれど、子供が生き延びられるような状態ではないことから、ミハイルは死んだものとされた。傷心の母子のもとにオルロフ公爵はやってきて、ユーリを引き取ると言った。これが全ての始まりだった。

本編は1912年、双子が25歳の年から始まる。オルロフ公爵のもとで息子としての教育を受けたユーリは、泣く子も黙る切れ者の近衛師団員になっていた。美しい容姿で上官に取り入っていると揶揄されつつも、かれ自身は実力で大尉まで成り上がったのだった。
かれが連れている年上の部下、ヴィクトールがまた曲者だ。仕事をするうえではかれは非常に優秀な、優秀すぎて副官で落ち着かせるのは勿体ないくらいに優秀な部下だし、畏まった言葉遣いと態度は模範的ですらある。それなのに言葉尻や目線には、明らかな反感の光がある。そしてそれを隠そうともせず見せつけてくる。上官としてのユーリについては尊敬しているが、人間としては軽蔑しているのだとしれっと言い放っているあたりがすごくいい。和泉さんはこういう「服従する気の全くない従」と「相手を飼いならしているつもりで実は手綱を握られている主」の主従を書かせると素晴らしい。しかも軍服である。大好き。
ユーリはなにか崇高な意思を持って仕事をしていると言うわけでもない。兄の死が無駄死にだったと言わせないために、ただそれだけのために必死で権力を手にしようとしている。

貧民窟にある料理屋の看板息子ミハイルは、今日も店の手伝いをしている。事故にあった自分を助けてくれた、血のつながらない両親との生活は、貧しいけれど楽しいものだった。過去の記憶の一切を失っているミハイルは、男女問わず気楽にベッドを共にする享楽主義者だ。そんなかれに本気で惚れているのが、食料品屋の息子で幼馴染みのアンドレイだ。アンドレイの気持ちは全員に知れ渡っていて、ミハイル自身も、アンドレイとならいつ寝てもかまわないと思っている。けれどアンドレイは本気だからこそ、他の多くの人間と同じように扱われることを拒んでいる。
武骨で言葉数が少ないけれど、誰よりもミハイルを思っているアンドレイの包容力に、ミハイルは救われている。いつも見守ってくれるかれのおかげで、人生の半分の記憶がないという不安になんとか打ち勝っているのだ。
貧しい生活をしているミハイルたちは、今の政治に不満がある。ミハイルもアンドレイも、一部の貴族だけが裕福に暮らす仕組みには我慢がならず、革命を起こそうとしている連中のひとりだった。

別々の人生を過ごしていた双子の再会のきっかけになるのが、新聞記者のマクシムだ。父親がオルロフ公爵と親友であるマクシムは、引き取られたユーリの最初の友人となった。そして大らかで自由で優しいかれは、ユーリがひそかに思いを寄せている相手でもある。
伯爵の息子という立場でありながら、マクシムは飾った生活を好まない。美味いという噂があれば、貧民窟まで食事をしに行くことだってある。かれがその日入ったのは、シチが美味いと噂の、ミハイルの家族の店だった。貴族だというだけでマクシムを毛嫌いしていたミハイルだったが、気の良いかれの性格に次第に心を許し始める。恋が芽生え始めていた。見た目以外の何もかもが異なる双子なのに、同じ相手を好きになってしまったのだ。
当然ながらそっくりな二人の男に接点を見出したマクシムは、二人を会わせることにした。マクシムが誘えば二人は当然やってくる。死んだはずの弟に会えたことを涙ながらに喜ぶユーリとは対照的に、ミハイルは貴族であるかれへの反感を隠さない。自分が貴族であったこと、双子の兄がいること、それが自分たちの集団が憎むべき相手であること、全てがあまりにも唐突過ぎて頭に入らない。

ユーリはミハイルに、また会いたいと言った。ミハイルはそれを突っぱねられなかった。自分が知らない自分のことを知りたいからか、マクシムが協力的だからか、ユーリから秘密警察の情報を聞き出すことができそうだからか。その全てであって、そしてどれでもないのだろう。理由は分からないけれど、真剣な弟の言葉に、かれは抵抗できなかった。

それからも兄弟は逢瀬を繰り返す。とにかく兄に会えたことが嬉しくて、苦労している兄になんでもしてやりたいと思っているユーリとは違い、ミハイルの心情は不安定に揺れる。素直になったりなれなかったり、マクシムとユーリが仲良くしている姿に嫉妬したりと、会うたびに気持ちが入れ替わる。
そしてある日、悪気のないユーリの行動に深く傷つけられたミハイルは、かれへの復讐を思い立つ。これまでユーリに対して強い感情を抱かなかったミハイルが最初に抱いたものは、憎しみであり、かれを傷つけて悲しませたいという歪んだ愛情だった。

兄弟とマクシムの奇妙な三角関係が一進一退する中、世界の情勢もまた刻一刻と移り変わってゆく。徐々にロシアの終わりが始まろうとしている。革命派と反革命派の攻防は激しくなるばかりで、それは双子にとっても無関係な話ではなかった。執拗なまでに描写される世界観はとにかく重厚で、薄暗い。湿度の高い世界が広がっている。

前編にあたる「1912」でキーマンになるのがマクシムだ。双子を繋ぐ糸であったかれは、その行動によって、糸を縺れさせもした。
マクシムに恋をしていたユーリはその思いを告げたけれど、かれはそれを受け入れてはくれなかった。好きだからこそ抱かないのだ、と言われてしまった。ヴィクトールの歪んだ思いを傍目に見ていて、そのつよさに勝てないと思ったのかもしれない。
そしてマックスは、ミハイルの捨て身の恋を受け入れた。不思議なほどにマクシムはミハイルの望みを聞き、かれに同行した。ユーリが哀しむと分かっていただろうに、ユーリが自分の立場を危うくしてまで守ろうとしたミハイルと共に行動した。
かれが何を思って行動したのかは分からない。ユーリ視点とミハイル視点が切り替わって話が進むので、双子の周辺のひとびとが何を思っていたのかはあまり描かれない。そして誰もが言葉に出さないので、永遠に分からないままだ。ユーリを愛していると言いながらミハイルと寝て、かれと行動し続けたマクシムの狙いは何だったのか。ともあれ巻末のかれの行動で、双子の間にあった糸は完全に切り離されてしまった。糸でありながら、かれは糸を切る鋏でもあった。

大正時代を生きる没落した旧華族・清澗寺家の物語同様に、世界観の構築がすばらしい。危うげで、退廃的な舞台が見える。ただ清澗寺に比べてかなり恋愛要素は薄く、心情描写も少ない。おそらく故意に減らしているのだろうと思う。相手の行動が分からないからこそ起きる不安は、清澗寺では最終的に解決された。しかし「タナトスの双子」では、謎は謎のままであることが多い。嗜好の問題になるのだけれど、この手法も面白いと思った。マックスが何を考えていたのか、分かるのはマックスだけだ。幼いころから共に生きてきたユーリにも、短いけれど濃厚な時間を過ごしていたミハイルにも分からない。分からないからこそ気になるし、かれのことを考えてしまうのだ。

切られた糸が結びなおされることもないまま、「1917」へ。
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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 22:33 | - | - |

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