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榎田尤利「はつ恋」

榎田尤利「はつ恋」

何をどう書いてもネタバレにしかならず、そのネタバレは結構話の根幹に関わると思うのでたたみます。裏表紙のあらすじがものすごく上手にそこを伏せて書いてあるので、たぶん全方向にバラさない方がいいように思うので、大丈夫な方のみお進みください。

恋愛にも友情にも冷めきっている弁護士の久我山は、高校時代の担任教師である曽根の通夜に半ば強制的に参加させられる。顔も存在もろくに覚えていない人間の葬儀に何の感慨もなく参加したかれは、その帰り道に事故に会い、目が覚めると十四年前の姿で、当時の自宅にいた。

意識を取り戻した久我山は、高校二年生だった。当時の自分の部屋を降りると、そのあと父と離婚することになる母がいた。学校に行けば友人が話しかけてくる。何もかもが十四年前のままで、ただ、自分の内面だけが三十一歳の久我山なのだった。こうしてかれは、望まない二度目の高校生活を始めることになる。もちろんそれが二度目だと思っているのはかれだけなのだが。

一度目の高校生活のとき、久我山はおそらく冷めきった子供だったのだろう。家庭内不和やもともとの性格もあって、ろくに楽しい思い出などない、友達も本城だけ、成績だけはいい、そういう高校生だった。
しかしそれなりに慕って教師などもいた。自分の知らない本を紹介してくれる、話の面白い荻野のことを、久我山は記憶に残る程度には覚えていた。ただ三十一歳の久我山が見ると、二十代後半の荻野は浅慮な男でしかなかった。子供相手に得意がっているのが透けてみえる、つまらない男にしか見えなかった。年上となってしまったのだから仕方がないと言えば仕方がないのだけれど、学校と家くらいしか世界のない子供では気付けなかったことが、今のかれには分かるのだ。

逆もまた然り。ちっとも記憶に残っていない担任の曽根の授業は今受けてみると非常に面白く、かれの言っていることも筋が通っている。元々は自分が葬式に参加した男だ、というだけの目で見ていた曽根のことを、久我山は気にし始める。
はじめは興味本位だった。死んだ男。親の借金を背負って、馬鹿正直に生きて、自殺した愚かな男。久我山にとってみればその程度の認識でしかない曽根が、次第に大きくなってくる。もうすぐ死んでしまう男としてではなく、今生きている男としての曽根に興味を持ち始める。

頭の回転が良いうえに、大人の手管も持っている久我山は、曽根に接近し始める。
曽根にしてみれば久我山は大切な生徒のひとりだった。久我山が家を訪ねれば、生徒思いの曽根はそれを断らなかった。久我山の複雑な家庭環境もそれに後押ししていたのだろう。自分を頼ってくれることに喜びを覚えていたのかもしれない。十七歳の多感な時期の少年、年相応からは遠く離れて大人びているとは言え、かれにしてみれば久我山はまだ子供だった。
しかし久我山はひとりの大人の男として曽根に向き合っている。年下のかれを心配し、真面目すぎて要領の悪いかれに苛立ちながらも心底心配していた。賢明なかれは自分が十七歳に見えていることを忘れてはいなかったけれど、それでも時々素の、三十一歳のかれが顔を出した。
このあたりのギャップが切なくて面白い。お互いがお互いを年下扱いしているという不思議な状況は、こんなことでも起きなければ見られないものだ。ちぐはぐな二人は、それでも次第にお互いに惹かれてゆく。

惹かれていくことを久我山は素直に認めたけれど、曽根はそうはいかない。かれに現在付き合っている相手がいるということよりも、久我山が十七歳で、自分の生徒だということがかれを踏みとどまらせる。それは至極まっとうな考え方だが、曽根は久我山とキスしたあとでそれに気付いてしまった。ひとつの境界を越えてから一気に恐怖が襲ってきたのかもしれない。自分はとんでもないことをしたのだと気付いたのかもしれない。これが同世代ならお互い様だったけれど、かれは教師で久我山は未成年の生徒だった。曽根は責任を感じて、久我山を一方的に拒否した。
曽根は曽根で真剣に考えているのだけれど、久我山の事情を知っているだけにとても切ない。行動しているのは十七歳の久我山だけれど、実際に考えているのは三十一歳の久我山だ。分別のある大人のかれが心からふるまっているのに、それが曽根には届かない。きちんと受け止めたうえで拒まれるならまだしも、肉体の年齢だけを示唆して、その年齢にありがちな迷いなのだと処理される。真剣に受け止めることすらしてもらえないのだ。内容ではなく外面で判断されて、同じ目線に立つことすら許されない。

十七歳の久我山にとって曽根はただの印象の薄い教師だった。しかし三十一歳の久我山にとって曽根ははつ恋の相手になった。容姿と職業のおかげで女に困らなかったかれが、初めて自ら恋をした。

ファンタジー色の濃い設定の結末は急激に訪れる。その急さと若干の無理やりさに戸惑わないわけではないけれど、後味が悪くないのでいい。榎田さんであっても他の作家さんであっても、地味な設定で心情描写がばしばし入ってくるような話の方が好きなので、それを期待して読んだので驚いた。まさかファンタジーだとは。榎田尤利という作家がこれまで発表してきた作品の中で、すごく好きなものがいくつかある。そういうものと比べると、そういうものを書いた作家の作品としてみると物足りないというか呆気ないけれど、単体でみれば十分面白かったと思う。

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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 23:20 | - | - |

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