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夜光花「忘れないでいてくれ」

夜光花「忘れないでいてくれ」
他人の記憶を見ることができる守屋はその能力を使って、当人が消したいと願う記憶を封じ込める仕事をしている。ある事件を目撃したことがトラウマになっている女性の記憶を封じ込めたところ、その事件を追っていた刑事が守屋のもとに訪れ、記憶を消したことを詰られる。

守屋清涼は仕事上記憶が消せると謳っているが、実際は消すのではなく催眠術によって思い出さないようにすることができる。他人が見たものを見ることができるかれは、その当事者が忘れたいことだけを封じ込めさせ、その記憶がなくても辻褄が合うように記憶を切り貼り修正してくれる。特殊な能力を持ったかれを活かそうと、親友が考え出した商売だ。
女性を暴行した犯人がまさに現場から逃げる瞬間に居合わせたひとりの客が、その記憶を忘れたいと申し出た。三年前に起きたその事件の犯人はいまだ見つかっておらず、それゆえに彼女はもし自分がもう少しはやく目撃していたらという罪悪感に何年も苛まれているのだ。それを聞いた守屋は彼女の願い通りに仕事をした。

そのことを知った刑事・秦野が職場に押し掛けてきたとき、守屋は少し驚いた。いまだに事件を追っていると思っていなかったのだ。膠着状態の暴行事件で、ろくに犯人の顔も覚えていない目撃者の記憶が今更役にたつことなどないと守屋は思っていた。だからこそ彼女の記憶を封じた。
更に、警察に否定的な感情を抱いてもいた。被害者は犯人の顔を知らないことも知っていたし、彼女が唯一の目撃者であることも承知の上で、それでも封じ込めた。所詮三年前の事件をいまだ解決できないような警察、そして自分の辛い過去に大きくかかわる警察の無能さを憎んでもいた。だから目の前の刑事が困っていようとも、守屋はちっとも気にならなかった。

守屋と秦野は何もかもが正反対だ。かれらは内容は違えども、幼いころにひどく辛い経験をしている。殆どの子供が味わわないような、凄惨な過去を持っている。そういう意味では二人は近いのかもしれないが、そのあとの対応が真逆だった。
家族を奪われた守屋は何もかもを憎んだ。結局犯人を逮捕できず時効を迎えてしまった警察に不信感を抱き、犯罪者を自らの能力で裁くことをも辞さなかった。犯罪者をぼろぼろになるまで追いつめて苦しめる、そういうことがかれの復讐でもあった。
しかし秦野は決してそういう選択をしなかった。刑事になり、法律にのっとって犯罪の抑止と事件の解決に身を賭すことにした。憎しみや悲しみを受け入れ、外に向けて吐き出すことをよしとしなかった。それはある意味で、父に誤った行為をされ続けたかれの復讐だったのかもしれない。自分はそちらに引きずられないこと、自分はそうならずに真っ当に生きることが、かれにできる唯一の正しい復讐だったのだ。

憎しみを吐き出すことで懸命に自分を保っている守屋と、過去にあったすべてを自分の一部として受容することで自分を保っている秦野は、ぶつかり合いながらも惹かれあう。過去を見抜かれて挑発された秦野が守屋を力任せに襲うという最悪のきっかけが、二人の距離をいきなり縮め、そのまま離れなくさせた。

体だけの付き合いだと主張したい守屋と、心も含めて付き合いたいと願う秦野の相容れない関係が続く一方で、事件も起こる。ひとりの客が偶然目撃した事件からあらゆることが派生して、ついに守屋は、己が一番憎むべき相手と対峙することになる。
守屋の仕事を紹介するためのサンプルにも見えた最初の客の事件がきっかけで、徐々に事態が大きく核心に向かう流れがうまいと思った。無関係に見えていた線が一本につながる。もう少しで繋がりそう、という最後のラインを無理やり結んだのは守屋だった。一番会いたくて一番会いたくなかった相手に再会したときの、守屋の動揺がすごい。自分がいかに臆病なのかをかれは実感し、絶望する。懐が広く心が強い秦野に比べると、守屋は強がっているという印象がある。口汚く、意地悪くふるまって必要以上に強く見せることで、自分を奮い立たせている。頼る相手を持たずにきたかれの処世術なのだろう。過剰な強がりもまた、かれの強さだ。

守屋がすごく強がりで、秦野に対して弱みを見せることを極端なまでにしないところは結構好きだ。自分の問題は自分で解決するんだ、ということに躍起になっている。それは秦野に迷惑をかけたくないという思いやりや他人行儀な考えではなく、自分の中にある積年の恨みを、自分の手で晴らさねば気が済まないという原始的な理由によるものだ。
それゆえに秦野とぶつかりあい、相容れないことも沢山あるけれど、恋愛よりも憎しみを優先するかれの不器用な生き方は嫌いになれない。

後半はちょっともったいなかったかな。素材がいいのに料理法が合わない、みたいな印象。通称花吹雪先輩の思わせぶりで結局回収されないエピソードや、清涼という名前についてのエピソードがあまりにもいきなり出てきたあたりが惜しい。とくに名前はラストに繋がるすごく大切なエピソードなので、もうちょっと思わせぶりに匂わせておいてほしかった、と好き勝手言ってみる。
それをおいても最後の三行はすごく良かった。にくい。
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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 22:11 | - | - |

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