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西炯子「娚の一生」2

西炯子「娚の一生」2

海江田を意識しつつも過去の恋愛の痛手から立ち直りきれず、新しい恋を始められないつぐみに対して、それまでは余裕のある態度をとっていた海江田が次第に真剣になる。出会ってからそれほど経っているわけでもないことを思えば、かれは焦っているようにすら見える。
元々かれは持って回った言い方をするタイプではなかった。言いたいことをずばっと言う。相手や場所を気にせず、そのあと気まずい空気が流れるかもしれないことなど考えず、言いたいことを言う性格だ。それは、年齢や職業や結婚など、とにかくひとが突っ込みたいけれどなかなか突っ込めない要素をたくさんもっているつぐみに対しても同じだった。他のひとが言いたくても言えないことや、まさか言えるはずのないことも、かれは沢山言った。それにしても、この巻の海江田は必死だ。

海江田にしてみれば、ひとまわり以上も年下の女の考えることなんて大体分かる。それを知った上でかれは言う。「君の心のまん中に 抜けへん硬いトゲがある」と。それがつぐみを縛り付けている。身動きがとれないように制して、もう二度と彼女が期待して裏切られることがないようにしている。その内容の具体的なことを知らなくても、話を聞かなくても、つぐみがどんな思いをして恋をしないように自分を律しているのかを推測できる。
だから「それが何かは問題やない」のだ。とにかく今、つぐみは恋をしないようにしている。それだけが真実だ。それだけが海江田にとっての問題なのだ。細かいところまで何もかも掘り下げようとしないのは、かれ自身の性格と、年齢がさせるのだろう。分からないことがあってもいい。知らないことがあっても共同生活はうまくいっているし、恋だってできる。あとは、つぐみの心に刺さったままのトゲが「抜けるのを待つ」だけなのだ。それは簡単なようでいて難しい。強引に抜いてしまって、その傷口を埋めるような激しさで恋ができる時代はもう終わってしまった。待つしかない。
けれど、「ぼくには君ほどたくさん時間はない」とかれは言う。それはつぐみを追い詰めているわけでも、情に訴えているのでもなく、心からの言葉だ。待つしかないけれど、待っているだけではいられない。彼女とともに対等に過ごせる時間はそう多くないからこそ、少しでも長い時間を共有したい。距離を測りあう時間ではなく、駆け引きをする時間でもなく、心を預けきった時間を。そのために海江田は焦り、これまでのかれらしくないほどに言葉を尽くしてつぐみを説得する。もはやつぐみに必要なのは口説き文句や甘い囁きではなく、いかにして腹をくくらせるかなのだとでも言うように。彼女が自分自身で最後の一歩を踏み出せばいいだけだ。そしてそれが、ほとほと難しい。

焦る海江田の気持ちも、臆病になるつぐみの気持ちもすごく分かる。お互いに相手が好きで、相手の自分への気持ちもわかっているのに、でもうまくいかない。大人の恋はそれまでの恋愛経験や人生経験がモロに出る。やすやすと相手の色に染まれない。だから難しくて、とても読み応えがある。
つぐみの性格をずばっと言い当てる海江田の言葉が痛くて、痛い分だけ気持ちいい。「君のその「幸せウツ」にぼくはつきあう気はない」とか、「本当のことを信じひんというのは…もはや君の信仰や」とか、京都弁も相まってすごく辛辣で、だからこそ奥深くにある愛情が感じ取れる。
それほど長くない時間の中で、海江田はつぐみのことを理解した。それはかれの年齢や聡明さもあるけれど、それだけかれがつぐみのことを見つめて、考えて、知りたいと思ったからでもある。それはそのままかれの愛情表現だ。つぐみの本質を言い当てて、どうしようもないところを知っていて、それでも君が好きなのだとかれは手を伸ばしてくれている。

途中はさまれた子供の話は、お互いが急に現れた見知らぬ第三者に対してどういう態度をとるのかということを通して、それぞれの考え方や経験が描かれていて面白かった。家族というものに対する意識や、子供というものの社会での役割についての考え方は、如実に自分の経験が反映される。一般的な家庭で愛されて育ってきたつぐみと、特殊な環境で育った海江田の違いは、きっと今後もあらゆるところで出てくるだろう。ぶつかることも、心底理解できないこともある。けれど、そういうものを内包しながら二人はやっていくのだろう。

ラスト、酒のせいでちょっとしたバカをやらかしてしまった海江田に対するつぐみの態度がいい。ここでようやく、彼女は一歩踏み出すための行動に出た。まだ一歩踏み出したというところまではいかないけれど、片足を上げるくらいはしたのではないだろうか。こんなときまでずるい海江田の、何枚も上手な態度もいいし、それにつぐみがまんまと乗せられたあと、自分から仕向けておきながら心底うれしそうにする態度もいい。ずる賢くて意地悪だけれど、可愛い男。
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posted by: mngn1012 | 本の感想 | 21:59 | - | - |

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