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ヤマシタトモコ「YES IT'S ME」

ヤマシタトモコ「YES IT'S ME」

「目蓋の裏にて恋は躍りき」
美大に通う沼上は、同級生で変人と名高い馬原の視線を常に感じている。才能があってまっすぐで屈託のない馬原から無言で送られてくる、本人もそれほど自覚していないであろうラブコールに、沼上はうんざりしている。なぜかれがそんなにも馬原の視線や行動を意識しているのか、何の迷惑にもなっていないはずのそれにそんなにも苛立つのか、考えれば答えはすぐに出る。
焼けつくような視線を自分に向けているくせに、いざ会話をすると馬原はいたって普通だ。普通の同級生の会話の域をでないことに、また、沼上は苛立つ。お前なんか俺のことを好きなくせに、お前がそう言ってきたらこてんぱんに振ってやるのに、なぜお前はさっさと言ってこない?俺のことを好きなくせに!
幼いころ、好きな女の子のスカートをめくって泣かせたいタイプの少年だった沼上は、馬原がスカートを履いてくるのを待っている。なにもそういう特殊な服装で通学してほしいという意味ではなく、簡単に傷つけられるためのきっかけを、ずっと待っているのだ。
それはすなわち、かれのことを好きだということだ。相手を意識し過ぎるあまり、相手の好きを通り越しちゃったような沼上と、そんな沼上の気持ちにも一切気付かずただただかれに片思いしているど天然ピュア子供な馬原。ピュアッピュアで可愛い。

「彼女は行方不明」
援交だのレイプだのが原因で不登校中と噂の女子生徒を探しにいこう、と八名木は古林に誘われる。古林がそれまで、その少女・芦立を好きだということすら聞いたことがなかった八名木は内心穏やかではないまま、「いいよ」と応えた。高校生の夏休み、野宿をしながら自転車で少女を探しまわる旅が始まる。
ずっと古林に並々ならぬ気持ちを向けていたであろう八名木は、かれに、芦立について詮索する。どこが好きなのかと聞けばムネやシリだと答えるし、見つけたらどうするのかと聞けば「やらしてくれんじゃね?」と笑う。慣れない酒で酔っていたのか知らないが、「おまえも芦立とやらしてやるよ」なんて嘯いたりもする。かれが本当に芦立を好きなようには到底見えない。口さがないクラスメイトが品のない噂話をしていたのと同じようなノリで、かれは少女を語る。それは若さゆえの愚かさで、残酷さで、そして照れかくしでもあるのだろう。単なる悪意や冗談ばかりではないのだ。
その証拠に、八名木が芦立を悪く言うと古林は激怒した。自分だって同じようなことを言っているくせに、ほかの誰かが彼女を悪く言うのは許せなかった。そしてかれは芦立の家を訪ね、普通に家から出てきた芦立と顔を合わせても、まともに会話もできない。相手の気持ちも自分の気持ちも分からない少年の恋は、相手も自分も傷つけてしまう。
実際になにがあったのか知らないが、学校に蔓延した自分の悪い噂を知っているであろう芦立は、いきなり家にやってきた仲良くもない男子生徒に良い顔をしなかった。心配してきた、と震えながら言うかれの気持ちを信じられないほど、彼女も傷付いていたのだろう。「あたしとやりたいの?」と悪ぶって吐き捨てて、さもそんなことが何でもないことであるかのように相手と自分に言い聞かせて、彼女は去った。
古林から経緯をどこまで聞いたのかそれともさっぱり音信不通なのか、ひとりで廊下を歩く八名木は
向こうから歩いてきた芦立に向かって酷い言葉を投げかける。古林にはあれほどきつく出た彼女は、いきなりの言葉に傷ついた。彼女が負った傷を見て、八名木は自分のとった行動の愚かさに気づき、自分も傷ついた。善悪の判断が曖昧で、刹那の感情に左右されてしまうかれらは、傷ついて傷つけあって生きるばかり。

「Minun Musiikki」
ピアニストの清重は、同じオケのチェリスト布木に片思いをしていて、更にそれを見透かされている。既婚者の布木は清重に揺さぶりをかけてくる。
チェリストとしての布木の才能と、奔放なアーティスト然とした人柄に清重は惹かれている。しかしその思いを打ち明けるつもりはない。セクシャリティの問題か、同じオケの仲間としての配慮か、それとも布木が既婚者であるからか。そのいずれにせよ、叶わないはずの恋だった。しかしその気持ちに感づいた清重は、平気でそのことを口にする。お前は俺を好きなのだろうと、「俺に抱かれたくてしょうがないって目してる」と、言ってのける。
その言葉に当然清重は傷つくけれど、布木は気にしない。かれには他人の痛みなど気にしていられないくらい、自分の痛みがある。それは多分他人への思慕とか、未錬とか、期待とかそういうものだ。音楽にどっぷり浸かって生きてきた。音楽のことを最優先にして生きてきた。それでも音楽だけでは生きてゆけない。友情とか恋とか、欲とか義理とかそういうものを一切排除することなど出来やしない。できるひとがいるとしても、布木には無理だった。家に帰って誰もいなければ寂しいし、電球が切れていれば変えなくてはならない。そういうことを瑣末だと笑い飛ばして無視できない自分に、かれは傷付いている。
ひとりになりたいわけじゃない。ひとりでも平気な自分になりたいのだ。けれどそれを願えば願うほど現実と理想は乖離して、ただただ絶望だけが残る。それなのに、雑念だらけの心で奏でる音楽は、吐き気がするほど美しい。その孤独を吸って成長するかのように、どんどん美しくなる。そして残酷な現実が、より一層かれらを打ちのめす。

「YES IT'S ME」
幼いころから自分が大好きで大好きでそれを隠しもしない東間は、幼馴染みで今も同じ会社を経営している江城に告白される。「おまえがおれのこと好きだから」自分は結婚しないのだ、と。
おれがおまえを、ではなく、おまえがおれを好きだから、と江城は言った。江城はエノキと読み、髪型は素晴らしいキノコカット。あだ名は勿論キノコ。かれのヴィジュアルがすごくいい。
東間はずっと自分のことが一番すきだった。同じくナルシストだった母親からずっと可愛い可愛いと言われてきたかれは、その言葉を信じた。確かに男前だしスタイルも申し分ないのだけれど、それにしても自分が好き過ぎるようだ。幼稚園の頃からずっと、鏡で自分を見てばかりいる子供だった。その所為で他の子供に敬遠されても、年頃になって彼女に振られても気にしないくらい、かれはかれが好きなのだ。
そのことを一番良く知っているのは江城だ。鏡に見とれるあまり他者とのコミュニケーションがとれない東間を根気よく誘い、遊び続けたのがかれだった。そんなかれが放った言葉に、思いのほか東間は動揺する。自分を一番理解している江城が言うのだから無碍にはできない。もしかして俺はキノコのことが好きなのだろうか、と考え始める。
普通、恋愛対象として見ていない相手から告白されれば多少なりとも動揺する。しかし自分が最高に大好きな東間にしてみれば、自分が誰かに好かれることは当然だったし、なにより自分以外の誰かの感情など、それほど興味深いものでもなかった。だからこそ東間に意識させるためには、「おれがおまえを」ではなく「おまえがおれを」と言わなくてはいけないのだ。そのことを江城は熟知していた。
江城に言われて以来ずっと江城のことと、江城と自分のこれまでのことを考えていた東間は、徐々にそんな気になってくる。かれをそういう目で見るという選択肢を与えられてから、いきなりそのことばかり考えるようになる。自分にのみ意識が向いていたかれにとっては、大きな一歩だ。
とにかく東間のテンションが常に高くて面白い。その上、かれの同僚たちはそんなかれにもう慣れきっているので、全然驚かないところがまたいい。かれが自分の顔に見とれていても、「定期点検してるわ もう4時か」とそれで時刻を理解するレベルである。このスルーされ感が奇妙で愉快。どシリアスもいいけれど、こういうラブコメを書かせてもいい味。

「YES IT'S YOU」
その続編。江城が自分のことを好きだと知って、どうにも自分もかれのことを好きなのではないかなんて思い始めているものの、あまりに長い付き合いの所為で今更関係が変わりそうにもない。それでも別に構わないという気持ちと、どこか煮え切らない気持ちが相俟って、東間はもやもやしている。こんなに長い間一緒にいて、いつから相手は自分のことが好きで、自分をそういう目で見るようになったのかが分からないと迷い始める。
そんなかれの思考回路なんてお見通しの江城は、「意識しろ」とメッセージを送ってくる。ただの友人ではないのだと、恋愛関係を視野にいれた曖昧な距離にいるのだと、お前を性的対象として見ているのだと、そういうことを意識するようにかれが示唆してくる。
それに頭がぐるぐるしてきた東間の「キノコのキノコがおれを思ってキノってるところを?」というモノローグがバカ丸出しでいい。茶化さずにはいられない気持ちもあるし、今更シリアスになれないところもある。そのあとの「キノコが…おれを…!?」という1ページ丸々使ってのアホなコマも良い。
想像できない想像できない想像できないありえない、と思いつつも、脳内はこれまでの色々な思い出を早送りで流してくる。かれの思い出はこれまで常に自分中心だったはずなのに、なぜかあらゆる場面が江城に塗り替えられる。今までにはなかった状況、それは確かに東間が江城を意識しているということだ。自分よりも江城のことを先に考えてしまうということだ。
一気に気持ちを自覚して、へろへろになってしまう東間の変わりっぷりもすごければ、それに同じように撃ち抜かれてへろへろになる江城もすごい。想像以上に早い展開がきて、かれ自身も動揺しているようだ。恋愛の始まりは予想外で、それに真っ赤になって慌てる二人。こうでなくちゃ。

「Loathe!」
8ページの超短編。自分のことを好きな相手に酷くふるまって弄んでかれを支配している主人公は、本当はそんなかれに囚われている。支配されるMは支配されることで、Sを支配する。恋愛は不平等でとても対等。

「夢は夜ひらく」※以前書いたものの使いまわしです。
百貨店の化粧品売り場で働いている男・刀根を中心にした、なんでもないはずの数日の物語。
ゲイの刀根には同棲している恋人がいる。ヤマシタさんの作品を読んでいてたまに思うのは、作中で結ばれるのではなく最初から恋人がいる状態の主人公が、些細な他人の言葉や態度に深く傷ついたりすることがある。その時に恋人の存在はあまり頼りにならない。かれがいないところで傷つけられた自分の傷は、自分の力で修復しなくてはならないのだ。だから刀根は全てを話すようなことはしないし、恋人もまた追及しない。大人が社会で生きている限り、傷つくことも落ち込むことも日常茶飯事だ。哀しいけれどもそういうもの、なのだ。
毎日を生きてゆくうえで「そういう刀根さんもまとめて好きになってくれる男の人に好いてもらえ」えいることは支えになる。だけど、実際、それだけでは立ち行かない。職場の仲間、仕事のやりがい、他の友人、そういうものだって必要だ。まだ女性の割合が圧倒的に多い化粧品売り場で働いているかれは、常に奇異の目を向けられているだろう。男だからいやだ、という理由で拒まれることも多いだろう。そういう毎日を戦っていくには充実した恋愛は大切だけど、それだけじゃだめだ。
愛だけでなんて生きていけない。そういう当たり前のことが実はすっとばされがちだけれど、敢えてこの話はそういう現実を含んでいるようにみえる。

ラブコメで笑って、音楽家の話で唸って、でもやっぱりわたしはこの本だと圧倒的に「夢は夜ひらく」がすき。どうしようもないことはどうしようもないままで残る。愛だけで何もかも乗り切れるほど、人生は簡単じゃない。そんな難しく辛いものだからこそ、愛が必要。
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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 23:54 | - | - |

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