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一穂ミチ「はな咲く家路」

一穂ミチ「はな咲く家路」
自分を女手ひとつで育ててくれた母の結婚相手には、自分と同い年の息子がいた。母の結婚によってその息子・葵と同じ家で暮らすことになった高校生のかずさは、自分とは正反対の性格をした葵に惹かれてゆく。

かずさと葵が初めて顔を合わせた過去と、それぞれ大学生になって別のところに一人暮らししている現在が交互になって、物語は進んでいく。
ずっと母親と二人で暮らしてきたかずさは、母親の再婚によって、慣れ親しんだ東京から中国地方へ引っ越すことになった。結婚前に初めて四人で会ったとき、言われたとおりきちんとかしこまった服を着ているかずさとは違い、学ランの首元が苦しいとぼやく葵は、気安くかずさに話しかけてきた。標準語のかずさと、地元の方言で話す葵。言いたいことを言える葵と、特に言いたいこともないので「困ったように」笑うかずさ。二人は何もかもが違い過ぎて、逆にすぐにうちとけた。
かれらはお互いが自分にないものを持っているだけでなく、それぞれが初めて見るタイプの人間でもあったのだろう。理解できないところが沢山あるからこそ興味を持って、もっと知りたいと思うようになった。

かずさ視点で描かれる話だからか、どれほど葵が魅力的な男なのかということがたっぷり述べられている。豪胆でなにものも恐れず、なにものにも屈せず、媚びない男。ひとの感情の機微に敏感で、痛みや寂しさに敏感な男。そしてひとたび創作活動に入るとなにも見えなくなる。そんなかれを好きにならないわけがない。寧ろ、好きだからこそ、そんな風に眩しくかれがうつるのかもしれない。

葵は葵で、どこか心を開ききらないかずさのことを気にしていた。口数が多くないのに、たまに話す言葉が的を射ているところが気に入ったようだ。思ったことをなかなか表に出さず、殆どを自分の中にため込んでしまうところも面白かったらしい。一見何を考えているのか分からないかれは、しかしかずさのことを非常に強く思い始める。

言葉ではなく素振りで、ふたりは自分の気持ちを表し、相手の気持ちに感づいた。自分の中のうまく整理できない感情と同じように、相手も明文化できない思いを抱いているのだと知って、その善悪も重大さも分からないまま、どうにもならない距離を持て余していた。家族として、父と母とともに同じ家で暮らしていること、部屋がすぐ隣にあることは、幸福であり不幸でもあった。
結局は言葉にしないまま、二人は隠れてキスをした。そのあとにも言葉はなかった。必要なかったからだ。相手が自分を好きなことも、自分が相手を好きなことも、二人の中では確かな真実だった。
しかしそのあと母親が祖母と電話をしているところを通りかかったかずさは、彼女が自分の母に「幸せですから」と恥ずかしそうに言うのを聞いて、ショックを受けた。大きな子供を連れて、慣れない土地での結婚生活をおそらく心配してくれたであろう祖母に対して、母親は心からの言葉を返した。そのことが、かずさを一気に夢から覚ました。
悪いことをしているわけではないのに、ひどく罪悪感をおぼえる。母親が悲しむだろうとわかるからだ。必死に働いて自分を育ててくれた母が感じている幸福を、壊してしまうだろうとわかるからだ。葵と一切血のつながりがなくても、男同士で妊娠の心配などがなくても、自分たちが思い合っているというだけで母は傷つくだろうと、確信できるからだ。そしてかずさは、葵を拒んだ。
これは二人が一切自分たちの気持ちを言葉にしてこなかったことにも原因があるのだろう。ポジティブな感情はいちいち言葉にしなくても分かりあえる。けれど、こういう微妙な問題は、きちんと二人で向き合って考えるべきだった。高校生のコドモが二人集まったところでろくな考えが出なかったとしても、気持ちだけでも楽になれたはずだった。しかしかずさはそうしなかった。始まったときのように何も言わず、いきなり葵を拒絶した。降って沸いた罪悪感を払拭する方法を、それ以外にしらなかった。

そして現在。別の土地に住んでいることと、過去のせいでここ数年連絡を取り合うことすらなかった葵と再会して、かずさはやっぱりかれを好きだと思った。嫌いになることも忘れることもできなかった。そしてそれは、葵も同じだった。

「ぜんぶ、本気でしような。(略)ちゃんとやり抜いたら、もし、もし別れてしもうても、家族でおれるって思うんよ」という葵の台詞が非常に青臭くて愚かで眩しくてよかった。それは今二人が好き合っているからそう思えるだけで、実際の別れはそんなにきれいなものばかりじゃない。何年も恋人として過ごした挙句に別れて、明日からは家族に戻りましょう、なんてできるわけがない。けれど、今の葵はできると信じている。かずさは、そんな葵が言うことだから確かなのだと、信じている。痛みをあまり知らないがゆえに突っ走れる若い純情。恥ずかしくていい。

一穂さんのもつ気恥かしいほどの清冽さは少し影をひそめたように思う。独特の短い文章の爆発的な感じは相変わらずだけれど、突き刺さるような峻烈さはなかった。そこが好きなので残念だけれど、これはこれで良い。
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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 21:26 | - | - |

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