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ヤマシタトモコ「ジュテーム、カフェ・ノワール」

ヤマシタトモコ「ジュテーム、カフェ・ノワール」

なんでもありの短編集。
相変わらず凄く好きだと思ったのだけれど、受けていた仕事が終われば当分BLは書かない、というインタビューでの発言に凄く納得してしまった。なにも一般誌での仕事をBLの仕事よりも上に見て、ヤマシタさんにはその上のフィールドがふさわしいのだ、などと言いたいわけではない。単にべつの土俵という意味で(そしてそれらの土俵は多かれ少なかれ重なっているというのを前提にしており、更に付け加えるならばそこに優劣や上下はまったくないとわたしは信じている)、そちらへ向かっていると思った。

数回の連載による中編や長編ものではどうしても主人公たちの恋愛の経過が中心になる。それに比べて短編は自由になれるのか、男同士の恋愛が物語の中心ではなく、起伏の少ない日常生活の中のひとつにおさまってしまう。その恋を思い出すひとりの男や、いつかこの恋を思い出すであろう男たちの別れ、そういうものをひっくるめた時間の緩やかな流れが物語の中心にやってくる。
恋だけがすべてじゃない。だけれどもこんなにも恋に振り回される。恋がなくても生きていける。だけれども古傷がこんなに痛い。恋を失くしてからも生きてきた、これからも生きてゆく、だけど輝いていた日々が懐かしい。うまく割りきれないけれど、それに人生を左右されるほどでもない、そういう立ち位置に恋がある。
それはたぶん、多くのひとにとっての現実であり、大人になってゆくうえで無視しきれない真実なのだと思う。失恋して死ぬほど落ち込んだって朝は来るし、仕事だってあるし、数日経てば腹も減る。両想いになって最高に幸せでも友人と喧嘩すれば凹むし、仕事でミスすれば自己嫌悪する。恋だけで生きてゆけない。生きてゆきたいとも思わない。その冷静なものの見方が、つねにどこかにある。
その一方で、いかに恋が素晴らしいものであるのかということも謳われる。表題作「ジュテーム、カフェ・ノワール」で、婚約破棄しようか悩んでいるらしい妹と電話をしている姉が、TPOもわきまえずに叫ぶ。「誰かを本当に好きになるって すごく特別なことで 二度や三度もあっていいことじゃないでしょ?」それもまた真実だ。

表題作「ジュテーム、カフェ・ノワール」がすごくいい。とあるカフェにいる三組の客。偶然居合わせただけで全くの他人であるかれらのそれぞれのドラマが時折合致する。いくつかの小さなトラブルが原因でみんなの心がひとつになったり、また元通りになったりしつつ、話が進められてゆく。
本筋としては思わず含み笑いをしてしまいそうなコメディタッチの日常なのだが、それぞれの人物の些細な描写が相変わらず秀逸。男女の服装のジャンルが違うとか、思わず隣の席の話に聞き耳を立てつつ悟られないように会話するときのやりくちとか、分かり過ぎて困る。ふつうはさらっと流されてしまうような小さな動作に、観察眼が光る。

公衆の面前で告白して、大の男が人目も気にせず号泣するようなドラマティックな状況に出くわしてしまった男女の会話がいい。恋人ではないけれど仲の良い友人であるかれらは、たぶんどこにでもいそうな普通の男女だ。他人の人生はドラマの連続だ、と冷めた目で笑う女に向かって男が、「あなたにはないの ドラマ」と聞いた。すると女はさらっと返す。
「ないねえ 恋もないし」「友達もいるし たのしいこともいっぱいあるけど なんだろ」「バクゼンとさみしいこの感じ 心の底が孤独」
うまく言葉にして昇華できないがゆえに、ずっと心の中にため込まれている感情がある。もやもやしたその闇は、大きなダメージを与えないかわりに、小さく小さくわたしを蝕む。そういう感情を言い表すと、たぶんこれなんだろうな、と思った。その孤独はたとえ恋があろうとも完璧には拭い去れないと、わたしも、たぶんこの中に出てくる彼女も知っている。それでも、まだ見ぬ誰かに希望を託す。いつか起こるかもしれないドラマに夢を見る。だからこそ、身近で起こっているドラマに胸を高鳴らせるのだ。

そのドラマは偶然隣の席に座った他人の恋であるかもしれないし、毎日乗る電車の車掌の恋であるかもしれない。料理を作り続けて最終的に捨てられた男の愛かもしれないし、出て行った男を思い続けるあまり虚言を吐いた男の未錬かもしれない。そういうドラマがこの本にはたくさん詰まっている。

…好き過ぎると普段通りに感想が書けないと思い知った。
わたしを一瞬にしてものすごく気持ち悪い信者にしてくれるこの本の、この作家の魔力が悪いの。

「ラ・カンパネラ」
本人が言うとおり非常にBLらしいBL。好きだからこそ相手を困らせたい、相手が焦る顔を見て、いかに自分が好かれているのかを実感するといういじめっこの気持ちが残酷でかわいい。そのいじめっこは普通は頭が良くて性格が悪い、この作品で言うと要のようなタイプなのだが、ヤマシタ作品はそうはいかない。そういう不器用だと片付けるにはかなり人間的にひん曲がっているインテリを、誰にでも可愛がられて愛される人気者がいじめるところがらしいと言うか。

「こいのじゅもんは」
世間一般にはなかなか伝わらない、自分の偏った趣味の中でだけ活きる言語を敢えて使う、というキャラはしばしば出てくる。「スパンク・スワンク!」や「恋の心に黒い羽」のマゾヒストたちがそうすることで変人を自ら気取り、予め距離をとっておくことで不用意に傷付かないように保身していた。今回はRPGオタクのマミヤがそういうキャラだ。しかしかれは分かってほしい、という気持ちも強い。ふざけたメールを送りつけて、ふざけていないと泣いて怒るかれのアンバランスさは面倒臭いだろうが、惚れてしまえばそこも可愛い。

「サタデー、ボーイ、フェノミナン」
これはUFOが途中で美浜に切り替わったということ、なのかな。学生時代、片思いしていた相手にこれ以上ないくらい酷い言葉を投げかけられて以来、桐谷はずっと心で叫んでいた。「ぼくをさらってくれUFO」と。誰もいない世界にいきたい、自分のことを知られたくない、辛かった記憶を消してほしい、それは桐谷の過去への嫌悪の現れだ。
しかしかれは当時自分を傷つけた美浜と再会し、心を揺さぶられる。とうとう両想いというときもかれは願う。ぼくをさらってくれ、と。二人きりで宇宙に投げ出されても構わない、また来週会おう、と。この相手は存在すら不確かな、圧倒的な力を持った存在ではなく、目の前にいる若干「宇宙人顔」の男のことではないのかな。穿ちすぎかもしれない。

「魔法使いの弟子」
中年男と少女。ものごころついたときから男しか好きになれない男と、本当の恋をまだ知らない少女はあまりにも違う生き物すぎて、同じものを見ても同じように受け取れない。どんなに親しくなろうとも一定の距離が保たれている関係がすごくいい。
決して戻ってこないとわかっていながらも出て行った男を待ち続けて、希望的観測ですらない妄想を少女に説き続けた男の嘘を、少女は信じた。信じた彼女だけが、男が決して叶えられない願いをかなえてしまった。
まだ幼い少女がえたいの知れない男の言葉を鵜呑みにしてしまうのは分かるのだけれど、現実をしってそれなりにすれている男が、少女の言葉を疑うことなく信じたところが凄くいい。自分の嘘に影響されて、彼女がありもしないことを言ったのだとは思わないのだ。子供が母親の言葉を何でも信じてしまうように、かれは彼女を根拠なく信じた。
かれの家にいるちょっと不気味な置き物もすてき。

「cu,clau,come 食・喰・噛」
相手が好きだという気持ちを隠そうとすらしないゲイの男加保と、かれの気持ちを感じながらもかれの家に週5で通って夕食をとるヘテロの男・城尾。だからといって城尾だけが悪いわけでも、ずるいわけでもない。相手の気持ちをどうすることもできないように、自分の気持ちだってどうすることもできない。
「好きな人間がうまそうに食ってくれればもういいんだよ」と加保がなんでもないことのように言う。その「もう」に、かれがこれまでに苦悩しながら断ち切ったであろうものの重さが滲む。

「ワンス アポン ア タイム イン トーキョー」
毎日電車に乗って、ひとのドラマを眺めるだけの男。何万人という人間が電車に乗っては下りてゆく、その人間の数だけドラマがあるのを傍目に見ている男は、みんなにはドラマがあって、自分にだけはないような気になっている。過去にはあったドラマを振り切って上京して、変化のない生活を続けるうちに、それがすべてだと思ってしまった。
しかしかれらにドラマがあるように、自分にだってドラマはあるのだ。偶然の再会というドラマティックな展開だけれど、そのあとがちっともドラマティックではないところが好きだ。主人公が仕事をほっぽり出して追いかけたり、一気に恋になったりはしない。次の約束を決めたりもしない。かれからもらったのは「また 東京で いつか」という言葉だけだ。向こうにしてみれば、卒業と同時に疎遠になった親友と、前のように仲良くしたいだけかもしれない。「また」「いつか」は数年後か数十年後か、それとも永遠にこない「いつか」かもしれない。明日かもしれない。漠然とした口約束だけで終わってしまう物語。
関西から上京してきた主人公は、マンションで一人暮らしをしている。家に帰ってベッドに突っ伏したかれの心情は、東京育ちで実家住まい(前にどこかのエッセイでみた)のひとが書いたとは思えないなまなましさがある。
と、関西で絶賛実家住まいのわたしが言う。

好き過ぎて大変。
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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 10:26 | - | - |

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