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崎谷はるひ「インクルージョン」

崎谷はるひ「インクルージョン」
大学入学とともに九州から上京してきた早坂未紘は、連日電車で痴漢してくる相手をとうとう捕まえるべく応戦する。しかし人違いだった上に、相手に怪我を負わせてしまう。気が済まない未紘は、夏休み中その相手、ジュエリーデザイナーの秀島照映の仕事を手伝うことになった。

「しなやかな熱情」、「ひめやかな殉情」、「あざやかな恋情」から成る慈英×臣シリーズの関連作。慈英の従兄が照映になる。ただ単体で読んでも問題ないと思う。

未紘は完璧に博多弁。一部ルビで翻訳されているくらいガチガチに訛っている。福岡から出てきてまだ三か月あまりのかれは、東京にろくな知り合いがいない。大学でうまく友人を作れず、適当に遊んでいる人間にノートや出席で利用されることも気に食わないので顔見知りもおらず、孤独に過ごしている。そこへきて、連日の通勤ラッシュで痴漢に合う。そのことを友人というほど親しくもない男に打ち明ければ、自分が誘っているのではないかと責められる。そんな最悪な毎日の中で、未紘の精神はぎりぎりのところまで追い詰められていた。苛立ちと哀しさがないまぜになって、自分が悪いのではないかという疑念が生じる。それを否定したくても、相談する相手すらいないのだ。
そしてとうとうかれは限界を迎える。痴漢に合っても抵抗しなかったことが、心ない級友に言われた「待ってるも同然」という揶揄を肯定するようで、なんとしてでも払拭しなくてはならないと思い立ったのだ。
そしてかれが全力で追い詰めた相手が、重い工具箱を持った、痴漢などできるはずのない照映だった。

その勘違いによって照映は右手に怪我をする。いくら左利きとは言え、デザイナーとして造形もするかれにとっては、その怪我は仕事に直接影響する類のものだった。責任を感じた未紘は夏休み中、無給でかれの職場の雑用をすることにする。照映の相棒である久遠にからかわれたり、部下の下田に嫌味を言われたりしつつも、かれは毎日一生懸命につとめた。バイトもできないのでいっさい収入がないことは痛かったが、東京に来てから居場所というものをひとつも持たなかったかれには、毎日が楽しかった。
全く門外漢だった未紘が宝石に対する知識を得て、忙しい職場で人間関係を築いてゆく様子は微笑ましい。それと同時にいずれ起きることがほのめかされている事件が怖いのだけれど、当事者の未紘はそんなことは当然知らないまま、照映に惹かれてゆく。

とにかくエロがものすっごい長い。長いなんてもんじゃないくらい懇切丁寧に、筋道立てて描写されている。さすがラキア。さすが崎谷はるひ。単純に行為の動作だけでなく、精神も肉体も他人と接触することにまったく慣れていない未紘の不安定な心情描写は読み応えがあるし、一喜一憂しながら照映に心を開かされてゆく過程は凄くいい。
ただ、そこに頁を割き過ぎてしまったのか、未紘を悩ませていた痴漢問題は根本的には全く解決していない。というか心ない知人も言っていたように、抵抗できないんならせめて車両変わればいいと思うんだけど…。それができないからこそ不器用で向こうみずで傷つきやすいままの未紘なんだろう。
かれが学校でなかなかうまく人づきあいできずに、寂しい思いをしていることも変化なしだ。照映は別にともだちなんて無理して作っても意味がないだろうと一蹴したけれど、それはずっと久遠と腐れ縁を続けてきたかれだから言える傲慢な発言のようにも思う。夏休みの間に成長した未紘が、秋からの学校生活をうまくやっていけるのだと匂わせて欲しかったな、というのは贅沢か。

自分を好きだと言わない照映の態度に未紘は不安を覚えるけれど、自分はからかわれているだけなのだと言いつつも、どこかでかれは照映に愛されていることを確信しているようにも思う。言葉がなくとも、それだけの態度をかれは見せてくれている。未紘が案外根性のある九州男児だったことも影響しているのかもしれない。よく泣くわりに女々しいところが少ない、変わった主人公だ。

じっさい慈英×臣シリーズとの関連部分はそう多くない。照映の口から何度か、余計な友人などいなくても困らない人間として例に出されたり、絵画の道を断念した原因として話題に出たりしている。このあたりの照映の絶望なんかも読んでみたいけれど、久遠が遠くから(しかも純然たる友情で)見守っていただけならば救いがなさそうだ。
あとは最後に久遠が称した「本物の天才なんか、世間の害悪だよ」という台詞くらい。この台詞がすごくいい。悪気はないのに、寧ろ良かれと思ってやったことで照映を絶望の淵に追いやった慈英。その慈英の気持ちが分かるからかれを責めなかった照映と、自分がなにをやってしまったのかを後からしった慈英。大好きないとこに憧れて、真似をしたくて、そのことで大好きないとこの夢を絶ってしまった自分を慈英は責めて続けている。害悪は他者だけでなく、自分をも蝕むのだ。

タイトルをきれいに補完するあたりはさすがに上手いと思った。
インクルージョンとは、空気や粒が入って変わった模様になっている石のことだ。初めにそれを見た未紘はそれを汚れなのではないか、不良品が紛れているのではないかと思ったけれど、うまくデザインに組み込めばかえって味のあるものができることもある。
それはたぶん他人とそれなりにコミュニケーションをとることが得意ではない未紘のことであったり、おとなげのなさすぎる照映のことであったりする。完璧ではないからこそ、どこにもない模様ができる。なにかと組み合わせて、うつくしいものを創り出すことができる。足りないからこそいいのだ。
読了後にすごくしっくりくる、そういういいラストだった。
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posted by: mngn1012 | 本の感想(BL・やおい・百合) | 17:36 | - | - |

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