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キサラギ

ドラマCD版がとても面白かったので、映画版を借りてきた。

一年前に自殺したグラビアアイドル・如月ミキの命日に初めて集まった、HN家元、HNオダ・ユージ、HN安男、HNスネーク、HNイチゴ娘という熱狂的な如月ミキファン五人。インターネット上でしか交流のなかったかれらはミキの思い出話に夢中になるうち、ミキが自殺ではなく殺されたのではないかという話題になる。

ドラマCD版と一番大きく違うのが、CD版ではHNオノ・ダイスケだった男が、こちらではオダ・ユージになっている。同姓同名の芸能人にあこがれたのかとからかわれて、偶然HNを考えるときに流れていたテレビに映っていたからだと弁解するあたりは同じ。しかし映画版はそれだけではなく、本当は心の底ではオダ・ユージに憧れていたのだというオチつき。オダ・ユージ本人と言うよりは、「踊る大捜査線」の青島刑事に憧れていた、と言うべきか。その役を、同じく「踊る大捜査線」に出ていたユースケ・サンタマリアがやるというあたりの面白さもある。興奮すると思わず同じ台詞を言ってしまったりするあたりがニクい。このあたりの遊び心は、「踊る〜」の認知度があってこそ、か。面白かった。

安男のトレンディな格好はもちろんトレンディな格好ではなかった。変なカウチンニットに変な帽子!その言葉に「僕もこんな格好ですし」と言った家元の格好もなかなか酷かった。ヨレヨレのスウェットにぼさぼさの頭だ。
個人的に、良い俳優というのは顔がはっきり分からない俳優だと思っている。物語においてはかれらは本人である前にその時演じている人物であるべきだと思うし、それが出来ているひとはその時によって印象が違うので、結局のところはっきりとした顔が分からない、ということになる。
つまり何が言いたいのかと言うと、ダサい服装をしているときの小栗旬は本当にダサく見えるのだ。ダサい服を着ている役を演じているときの小栗旬、と言うべきか。本当にうだつがあがらなくてちょっと気持ち悪い、コミュニケーションが不得意そうなアイドルオタクに見える。単に衣装やヘアメイクの力で見た目がそう見えるのではなく、俳優としてそう「見せている」のだ。そういう技術だと思う。凄い。
どうも元々顔の造形がちっとも好みではなかった所為や、ドラマというものを悉く見ないことから、全く興味がない役者だったのだけれど、これを見るとなかなかどうして、人気の理由がちょっとわかった気がする。あと声が好みだと気づいた。

大筋はドラマCDと殆ど変わらない。映画の方が時間が長い分、いろいろと付け加えられていることはあるけれど、印象は同じだ。
最後の大磯ロングビーチの映像まで、ミキがぼんやりとしか映らない演出がいい。髪が長い少女であることだけは分かるけれど、顔が分からないようになっている。わたしたちはこの間にミキ像をどんどん作り上げられる。好きだったアイドルと重ねることだって可能だ。
虚像だ、と言う台詞があった。如月ミキというアイドルは虚像だ。死んだのは芸名を如月ミキと名乗っていた少女で、アイドル如月ミキは死なない。たとえミキが老いて醜くなっても、引退しても、どんな道を進んでも、アイドル如月ミキは、覚えている人がいる限り死なないのだ。

五人がプラネタリウムを見るシーンがいい。部屋のカーテンを閉め切って電気を消し、ホームプラネタリウムをつけて、全員が天井にうつる星を見ている。それぞれのミキとの思い出を、かれらは星の並びから思いだす。そこには台詞の掛け合いも、はっきりした映像もない。ただ、想像で補うことしかできない。
かれらはその思い出を他の四人と分かち合うことをしなかった。自分だけの思い出にしておきたかった。アイドルが見せたアイドルではない部分、自分個人に向けられたミキの言葉や振る舞いを、かれらは独占し、胸の奥に閉まった。
どんな結論になっても、ミキは戻らない。かれらが導きだした予想はあくまで推論でしかなく、真実は永遠に分からない。それでいい。

ドラマCDと映画ではラストが異なる、というのはネットで見ていたのだが、本当に全然違った。
ネタバレ伏せ。

五人が帰結した結論は同じだった。そのことに満足した五人はミキのコンサート映像を見て盛り上がる、とここまでは一緒。
映像が終わったと思ったら、大磯ロングビーチでのコンサートのときに司会をしていた宍戸錠が出てくる。日付は2008年の2月4日。追悼会は2007年だったので、ちょうど一年後、ミキの二周忌の日だ。
映像を見ていたのは同じ五人。一年前は、もう二度と集まらないなんてことを言っていたのに、五人はまた同じ日に集まっている。
そして宍戸錠は言う。ミキは自殺ではない、殺されたのだ、と。そのことをかれはミキが死んでからの二年間、ずっと考えてきたのだと言う。そしてたどり着いた結論が語られる…。
と、ここで話は終わる。宍戸錠の話がどういうものだったのか、五人がどういう過程で再び集まったのかなどはさっぱり分からないまま、終わる。

おいおいおいおいどうなるの、と言うところでばっさり終了。非常に思わせぶりな終わり方で、本編で必死にカタルシスしたものを全部返されたような気持ちになる。二時間近くかけてちょっとずつ捨ててすっきりしたと思っていたものを、軽々とつっ返された。やられた。

面白かった!

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posted by: mngn1012 | 映像作品 | 21:30 | - | - |

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